第31話 牡丹雪の伝言

(牡丹雪の伝言)


「お、お雪さん、ちょっとその格好では、……」


 お雪は、やはり白い浴衣一枚の姿で胸元をはだけさせていた。


 手には蛇の目傘を持って、黒い駒下駄なのに音もなく歩いて、誠のいるフロントまでやって来た。


 ホテルのロビーは、朝、まだ暗いうちから、これから登山に向かうお客で賑わっていた。


 しかし、お雪を見るなり、誰も身動きができなくなっていた。


 誠も動こうとしたが、動けず、成り行きを見守った。


「雪ん子と真理子と武が、山小屋に向かった。加代と誠に迎えに来て欲しいと言っている……」


 お雪の口は動いていなかった。


 でも誠には、はっきりと聞こえていた。


「……、加代さんを連れて、迎えに行けばいいんですねっ!」


 誠は、体は動かなかったが、口は思うように動いた。


「……、そう!」


 お雪は、薄っすらと笑顔を誠に向けた。


「どこの山小屋ですか?」


「誠のいた山小屋……」


「わかりました……」


「……、急いでいくのよ! それともう一つ、もうじき、雪子はいなくなる……」


 お雪は、それだけ言うと振り返り、そのまま玄関へと向かってホテルを出て行った。


 ホテルのロビーの窓から外を眺めると、さっきまでいい天気だったのに、今は、あたり一面、

真っ白になって濃い霧で覆われていた。


 誠は、支配人に事情を説明して、急いでホテルを出た。


 誠の後のフロントでは、濃霧に覆われたことで、予定を変える客であふれていた。

 その中に困ったお客も何人かいた。


「もう一泊していく、今の、今の浴衣の人を呼んでくれ、金に糸目はつけんよっ!」


 年配の貫禄のある男が、玄関を指さして言っている。


「いえ、彼女は当ホテルとは、なんの関係もありません……」


 誠と代わったばかりの若いフロントマンは、事情が分からないまま笑顔を作って答えた。


「じゃー、どこに頼めばいいんじゃー?」


 男は、尚も激しくフロントマンに詰め寄る。


「いえ、そういう斡旋もしておりません……」


「じゃー、今の人はなんだ、裏口があるだろうー? 裏口が……、いくら欲しいんだ! 言ってくれっ!」


 そう言った客が後を絶たなかった。


 しかし、お雪が去って、三十分もしないうちに、ホテルの周りの霧は嘘のように消えていた。


 空には、星がわずかに瞬いていた。


 まだ見えない太陽が今にも昇り始めようとして、山の裾のを赤く染めていた。


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