第20話 サッカー少年と雪ん子

(サッカー少年と雪ん子)


 山から帰ってくると、武はサッカーの夏の大会、順々決勝が待っていた。


 雪子と真理子もホームグラウンドで試合があるということで、応援に来ていた。


「よくやるわね―、この暑い中で……」


 雪子は、既に暑さに参っていた。


 真理子は、団扇で雪子を扇ぎながら……

「武さんが出ているんだから、応援しないと、負けちゃうでしょうー!」


「……、応援しなくても負けるんじゃないの……、初めての順々決勝なんでしょうー」


「でも、武さんのアシストで勝ってきたようなものだから、今日も勝てるかもよー!」


「そんなこと、どうでもいいけど……、あんな玉ころ、蹴って何が面白いのかしら、他にやることないのー」


「まーまー、そういわずに……」


 その時、何人かの相手方チームの選手を抜く、武の華麗なドリブルが雪子たちの目に入ってきた。


「……、やるじゃん!」

 雪子は、ひとこと言った。


「武さん、背が小さいから、接近戦では勝てないから、ドリブルでかわすしかないのよっ!」


「……、結構、足、速いのねー」


「ドリブルと足の速さが武さんの売りなのよ!」


「さすが、真理、詳しいのねー」


「……、武さんが山で話してくれたのよ!」


「いつの間に、そんなに仲良くなったのかな……?」


「おかげさまでっ! 三日も一緒にいれば、それくらい話すわよ!」


 しかし、この試合、武の奮闘むなしく、一点差で負けてしまった。


「まーあー、武さんには来年もあるから……」と真理子。


 雪子は、炎天下に長時間いたことで、もう限界だった。


「ねーえー、わたしプール寄っていく……、真理子も来ない?」


「あたし、水着持ってないよー」


「裸でいいじゃん」


「バカ、雪子は持っているの?」


「朝から、暑かったから、多分持たないと思って、持って来た、また倒れたら困るでしょうー」


「じゃーあー、あたし見ていてあげる……」


「見るだけじゃなく、触ってもいいわよー!」


「バカ、……」


 雪子たちが、プールからの帰り道を歩いていると、人気のない校庭のサッカーコートの中を、一人ドリブルをして走っている武がいた。

 その影は、低い赤い太陽に照らされて長く伸びて、寂しそうだった。


 雪子は、真理子を置いて、突然、武に向かって走り出した。

 そして、武のドリブルするボールを一瞬にして奪い取った。


「……、わたしのボール取ってみなさいっ!」


 武は、雪子に追いつこうとするが追いつけない。

 ボールを取ろうとするが、かわされて取れない。

 雪子のすばしっこさは兎そのものだった。


「……、武、まだまだね、練習しなさい!」


 雪子は、ボールをゴールに蹴りこむと、真理子の所にもどった。


 グラウンドの外で見ていた真理子は……

「凄いじゃないっ! サッカーも得意なのー?」


「サッカー、知らないわ。水浴びしたから5分くらいなら、ボール、追えるわー」


「でも、ぜんぜん武さんより速かったわよー」


「……、だって、わたし、兎だもの!」


「はーあー、雪ん子、じゃーなかったの?」


「雪ん子兎、それがわたしなの!」


 雪子は、正直に打ち明けたことを隠すように、真理子の前を早歩きで逃げる。


 真理子は後を追って、雪子の前に出ると、振り向いて……

「何でもできる雪子が羨ましいわっ!」


 ため息まじりに雪子を見つめてから、雪子の横を歩いた。


「……、わたしは、真理子が羨ましいわっ!」


 雪子は、真理子の手を取って腕組みした。


 学校の帰り道、街はまだ昼間の暑さの余韻が残っていた。


「どこがよー?」と、真理子は雪子の顔を覗く。


「未来があるじゃないっ!」


「そんなの雪子にだってあるじゃないっ!」


「……、わたしは、もうー、駄目っ!」

 雪子は遠くの山を見ていた。


「そんな、明日、死ぬようなこと言わないでよ……」


「……、真理子は将来、何になりたいの?」


「あまり、考えたことないなー、……」


「武のお嫁さんとか……?」


「バカっ!」

 真理子は、組んでいた腕を振り払って、雪子の前に出て言った。


「武は、サッカー選手が夢だから、サッカー選手のお嫁さんでいいじゃない!」

 雪子は真理子の背中に話しかけた。


 真理子は、一度振り向いて……

「バカっ!」と言って、もう一度雪子に背中を向けて一人前を歩いた。


「……、今からしっかり捕まえておかないと、武がサッカーで有名になったら、他の誰かに盗られちゃうわよっ!」

 雪子は、真理子の背中に話した。


「……、まだ、先の話ねー」


「真理子の夢は、何……?」


「……、だから、考えたことないなー、小さい頃は、ケーキ屋さんだったかなー」

 真理子は、もう一度、雪子の横に並んだ。


「かわいいじゃないっ! わたしケーキ、好きよ!」


「でも、このままいったら、一人娘だから、お母さんの農園継ぐのかなー」


「それもいいじゃないっ! 武もサッカー選手になれなかったら、一人息子だから、農園継ぐんじゃないのー? 家も隣同士で、二人で大農園にして、リンゴ作りなさいよっ!」


「でも、そう言われると、お母さんの東京に行った気持ちが分かるわっ!」


「どんなふうに……?」


「将来を決められてしまった絶望感ねっ! 私の夢はどうなるのよ……?」


「……、ケーキ屋さんになる夢、……」


「それだけじゃないわよっ! 未来の楽しみとか、わくわくするような気持ちとか、リンゴを作るよりも、もっともっと、凄いことが待っているよな気がするじゃないっ!」


「……、そうかなー? 真理子も東京に帰りたい……?」


「あたしは、東京生活を知っているから、東京に未練はないけど、東京を知らなかったお母さんには、憧れの世界だったのよ……」


「じゃー、真理子はここでケーキ屋さんをやるのねー?」


「だから、分からないんだって……、これから探すわっ! わくわくするようなこと……」


「雪子の将来は、何なのよっ?」


「……、わたしの場合は、ただ、ひとつよっ!」


「何なのよ……?」


「みんなの幸せを祈ることよ……」


「修道女でも、なるの……?」


「違うわよっ! 雪ん子になるのよっ!」


「はーあー、……」


 今は赤い雲に覆われ、黄色く眩しい太陽が、低くたなびいている夏の雲を染めていた。

 

 でも、少し秋の風が心地よく吹いている。


 この街の夏は短い……






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