5 冒険者になろう

 ナディがオットとアガータから冒険者の年齢制限について聞かされ崩れ落ちてから、遂に五年の月日が流れた。


 その頃になるとナディもすっかり成長し、だが相も変わらずゴロツキやら悪徳奴隷商人やらアホなお貴族やらに誘拐されそうになっている。そしてそれは一向に沈静化せず、幼女から少女になったことでより拍車がかかる有様であった。


 それにナディの傍には、妹のレオノールがいるという一因もある。


 ナディは青味を帯びた黒である濡烏ぬれがらすの髪と紫暗しあんの瞳で容貌が整っており、おまけに十歳にしてはちょっと発育も良いから他より容姿が良く見えるため、ロリを偏愛するオヤジとかエロいジジイどもの格好の的である。


 だがそれよりレオノールだ。


 その容姿は白金髪プラチナ・ブロンド翠瞳エメラルド・アイズの超絶美幼女であり、更に何処か儚げで庇護欲に駆られる、これまたロリエロジジイを三桁は余裕でホイホイするんじゃないかと予測されるほどの超弩級な美幼女に成長してしまっていたのである。


 斜向はすむかいに住んでいるオットは、ナディとレオノールをずっと見守っていた一人であるため、美しく成長した二人に感慨もひとしおだ。


 見守ってはいたが世話はしていない。いやむしろ出来ない。逆に現在進行形で色々と世話になっているし。ホイホイのごしょうばんとか。


 この五年間どうやって生活していたかというと、ホイホイで手に入れた金銭は元より不純物が一切入っていない魔結晶に不純物を混ぜて錬成し、純度を5%程度に落としてからオットに市街の魔術具屋に卸して貰って収入を得ていた。


 今サラッと「錬成」と述べたが、で調合やら調剤やら彫金やら錬成やらをして生計を立てていたから、ナディにとってそれはなんでもないいつものことであった。オットとアガータは盛大にドン引きしていたが。


 それと、何故わざわざ其処まで純度を落としたのかというと、当初訝しんでいたオットと一緒に結構良い服に着替えてから、お試しで純度20%の魔結晶を門前町の魔術具屋に持って行ったところ、なんと一個あたり大銀貨一枚という値が付いたからだ。


 当然その金額にビビりまくって挙動不審になっていたオットだが、即座にナディがはしゃぎながら店主から色々聞き出し、そんな高級品を持っているとは到底思えない風体をなんとか誤魔化した。まぁ、借金の形に取られるくらいならと売りに来たと説明したが。


 結果、凄く憐れむ視線を向けられたが足元を見て買い叩かれそうになり、逃げるように店を後にしたらお約束のようにゴロツキが狙って来てホイホイするという珍事が起きた。


 最終的にはそんな純度まで落とした上で、市街の優良店で買い取って貰うことになったのである。


 ちなみにその純度で一個あたり小金貨一枚で売れた。つまり、門前町の魔術具屋は足元を見ただけではなく商店としても見る目がなかったのだ。


 それから、参考程度にその優良店の方で20%の魔結晶の価値を訊いたところ、小金貨五枚から九枚――つまり金貨一枚にはいかないがそれほどの価値があると返答があった。


 そしてやっぱりオットが判り易く動揺しまくっていたのは、この際どうでも良いだろう。


 あとナディが興味本位でそれが100%な純魔結晶ならいくらになるのかを訊いたら、直径3センチメートルのもので白金貨一枚だそうな。


 判り易くいうと、百億円くらいである。そしてナディの【ストレージ】には10センチメートルくらいのそれが、数えるのが面倒なくらいあったりするのだが、取り敢えず色々と拙くて酷いことになりそうだから見なかったことにした。


 そしてそんな純魔結晶を使ってナディは、


「【ヒーリング】【リトル・リジェネレーション】【グラン・キュアディジーズ】【デュレーション・キュアディジーズ】【リバイヴ】【バイタリティ・アクティベーション】【バイタリティ・メインテイン】【ブーステッド・オールアビリティ】【セーフ・コンディション】【ソーサリー・イクステンシヴ】【アプレイザル】【アナライズ】【センス・イービル】【センス・ホスリティ】【センス・エネミー】【センス・ライ】【ホウルレジスト】【ホウルリフレクション】【ディザブル・ホウルナーフ】【マナ・リインフォース】【オブリビアン】【マナ・ディプライヴ】【クリエイト・マナクリスタル】【アセンブル】【ストレージ】【クリンネス】【リペア】【インディストラクティヴ】【リサイズ】【エクスルーシブ・ブラッド】」


 0.5ミリメートル大に加工して、それぞれ違う魔法をドン引きするほど付与したそれらを三十個連ねて形成したネックレスヘッドを作り、レオノールにプレゼントしていた。

 治癒治療はもちろん、体調管理や強化、感知とか耐性とかホイホイセットや清潔、補修まで揃って更に使用者制限まで付けた一級品である。


 カテゴリーとしては軽く国宝級を超えていたりするが、では当たり前にデフォルトで家族にプレゼントしていたから、まぁいっか? とか言いつつ深く考えずにやっちまっているナディであった。


 そんなナディは、レオノールにでの子育て経験をもとに英才教育を施してあり、おかげでその能力が世間一般的に言うところの常識から激しく逸脱してしまっていたりする。


 具体的には、まず当たり前に魔法が使え、しかもそれが無詠唱なばかりではなく発動挙動すら見えない思考発動型であったり、一つ二つの同時発動程度ではなく三十以上の同時発動が出来たりしていた。しかもそれが同系統ではなく全部別で。


 ちなみに世間一般的に魔法とは、概ねスペルという呪文を唱えてトリガーとなる名称を発することで発動する。よって無詠唱での発動は非常に高度な魔法技術であり、更に思考発動型に至っては伝説の魔王と魔王妃、そしてその一族のみの秘奥であると伝えられているのだ。


 まぁ、ぶっちゃけるとナディの前世――つまりがその魔王妃であるのだから当たり前に使えるし、なんなら教授も出来る。レオノール以外にはやらないけど。面倒臭いし。


 ナディの今後の育成計画は、まず十歳までに魔法の基礎とか武術の基礎を知識として教え、それと並行して貴族の礼儀作法やらも無意識レベルで出来るように、だが時と場所と場合に合わせられるように


 これはあくまでもナディの予想だが、きっとレオノールは何処かの貴族の庶子なのだろう。そして遠くない未来に捜し出されて、在るべき場所に戻ることとなる。

 そうなったときに恥ずかしくないように、孤立しないようにしなければならない。

 でもそうなっちゃってもそれに負けないタフネスさと物理的な魔法的な強さを備えていれば、絶対に困らないから。


 力こそパワー! ナディのモットーである。


 だいたい理解出来ると思うが、ナディは結構脳筋であった。


 それから、早い段階から魔法を教え始めて気付いたが、レオノールは魔法適性が異常に高い。武術はちょっとアレっぽいけど。

 よって楽しくなっちゃったナディは、砂が水を吸い込むが如く知識を吸収するレオノールに、自分の知る魔法技術をこれでもかとばかりに注ぎ込んだ。でもやっぱり武術はちょっとアレだったけど。


 もっとも物心が付く前は魔法が暴発し易いために【封印】を施していたが。


 そんな有り得ない英才教育をしながら、やっと十歳になったナディは遂に冒険者登録をすべく、市街にある冒険者ギルドに来ていた。レオノールと一緒に。


 いつもならアガータのところでおとなしく留守番をしている筈のレオノールが、珍しく一緒に行きたいと我儘を言い出したのである。

 でもその程度ならまぁ良っかぁ、とか深く考えないで了承し、二人は仲良く手を繋いでお出掛け気分で来たのであった。


 ちなみに二人の格好は、お揃いの皮革製サコッシュを肩掛けし、ちょっと良さげな木綿のシャツとポケットが色々ついてて便利なパンツである。間違っても女の子らしいスカートを履いていたりしない。ホイホイしちゃうから。

 あとサコッシュはダミーで、二人とも【ストレージ】が使えるから中に貴重品は入っていない。ついでに皮の間に0.5ミリメトール大の純魔結晶が価格的に意味が判らないほど挟み込まれていて、使用者制限とか盗難防止とか、悪意を持って盗んだ相手が呪い――全身に針が五万本くらい刺さる激痛が常時走る、しかも解呪不能――に掛かる魔法とかが付与されていたりする。

 明らかに盗んだ相手に同情するであろうオーバーキルなのだが、そういうヤツは死ねば良いと本気で思っているナディに、罪悪感はない。達成感はあるけど。


 そうして冒険者ギルドに到着し、外の喫煙所で一服している連中が訝しげに見ているのを気にせず中に入る。

 中は広く吹き抜けになっており、窓から陽光が差し込む明るい場所だった。奥には受付カウンターがあり、また日が差す場所はテラス席になっている。

 其処では食事も提供しているようであり、その壁には『ギルド内禁煙。破ったら殺す!』と血痕らしきシミが付いている紙がデカデカと貼られていた。


 入口の喫煙スペースで多人数がたむろしているのを思い出し、妙に納得するナディである。


 そしてそんな健全で明るい環境のギルド内を見回したナディは、此処を管理してる人たちの努力は素晴らしいなぁと思い、だが暑い時期はクッソ暑いんだろうなぁとか見当違いなことを考えていた。


 それはさておき。レオノールと手を繋いだナディは、仲良くテクテク歩いて受付に行く。

 受付は二つ。それぞれ美人なお姉さんと、顔に向こう傷がある厳つい天パの長髪ガチムチおじさんとが着いている。


 それを見比べ、ナディは一切迷わず向かった。ガチムチおじさんの方に。


「おやこっちに来たのかい。あっちの姉ちゃんの方が良いんじゃないのか」


 そんなナディを見て意外に思ったのか、そのガチムチおじさんが感心したように言う。まぁ、当然の反応だろう。


「受付なら何処でも一緒でしょ。それとも貴方は仕事が嫌なの? 雑なの?」

「うわ。ド正論で来たよ。まだ子供に見えるけど見た目通りじゃねぇのか? それとも亜人か?」

「見た目通りに子供だしちゃんとヒト種よ。それより、登録したいんだけど」

「そういうのを、子供に間違いないだろうけど見た目通りじゃねぇっていうんだが……いいかそれは」


 諦めたのか、それともこんなタイプは初めてではないのか、何事もなかったかのように書類を出す。


「まず必要事項を書くんだが……字は書けるか?」


 書類と羽根ペンをカウンターに置き、基本的なことを聞く。これは意地悪でもなんでもなく、子供に限らず大人でも書けない者はいる。特に貧民街での識字率は低い。


「書けるわよ。筆記用具も持って来てる」


 そう言い、サコッシュから万年筆を出して必要事項をスラスラ書いて行く。その筆跡が、メッチャ綺麗だった。


「筆記用具持参かよ。本当に見た目を裏切るな」

「そんなの全然居ないわけじゃないでしょ。はい、これでいい?」

「ん? 書くの早ぇな。うお、字が上手ぇしなんだそのペンは? インク付けてなかったろ」

「そういうのいいから。さっさと登録して頂戴」


 当たり前に疑問に思うだろうそれら全てを却下したナディは、半眼で受付のガチムチおじさんに催促する。そういうところが子供っぽくないのだが、それもナディにとってはどうでも良かった。

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