2 草原を彷徨う姉妹と魔王①

 影から無数の刃が伸び、だが影が落ちていない地面からも同じくそれが伸びてゴキブリを刺し貫いて殲滅する。

 それを成してなお無表情であるヴァレリーは、正しく魔王ヴァレリアだとナディは理解し、そしてちょっとだけ胸が高鳴ってしまい、


「どうしようレオ。私ちょっと胸が苦しい。心不全かな」

「お姉ちゃん……」

「ヤバイなー。病気は全部治したし予防もちゃんとしているんだけどなー【グラン・キュアディジーズ】【デュレーション・キュアディジーズ】【リバイヴ】【バイタリティ・アクティベーション】」

「……お姉ちゃん……」


 判っていたことではあるが、どうやらナディはそういう心情に疎いらしい。もっとも五回も生まれ変わった今までの人生を振り返ってみても、それらしい経験は一番最初だけだった。経験といってもそもそも薔薇が咲く同性愛者だったし。


 それに魔王妃アデライドの時だって恋愛とか婚約とかお見合いとか全然無く、


「亡命に来たよヨロ!」

「オケオケ結婚しよう!」


 簡略化すればこんな感じだったし。


 うん。犬のご飯人にもならないから取り敢えず放っておこう。そう心中で独白し、何故か「ひーはー」と深呼吸しているナディからそっと目を逸らした。


「殲滅したよ。うん、消えないところを見ると、やっぱり此処は迷宮内じゃないね」


【グルーム・ブリンガー】をし、同時に一撃で屠った無数のゴキブリ――【クォーツ・ローチ】を見てそう感想を漏らすヴァレリー。それを聞いて我に返ったナディは、その無数に転がっているゴキブ――【クォーツ・ローチ】を見て思考が一気に現金キャッシュになった。


「メチャクチャ高純度の結晶ね。これ原型無くして宝石商に売りつければひと財産だわ。あとこれを高値で買った貴族貴婦人どもが、元がだと気付かずドヤ顔で着飾る様を想像するだけで特大バケットすいで三本はイケるわね!」


 そして発想か鬼畜である。そんなちょっとナイわーと言われそうなことをはつらつと言っているナディを見て、二人は――


「見栄全開で高級宝飾を買い漁る貴族から合法に金銭を得る。そしてそんなロクデナシの優越感を踏みにじる庶民の味方。さすおね」

「ああ、そいつは痛快だね。中身や体型じゃなく見てくれを着飾る誇りがお高そうなバカどもにはお似合いだ。良し絶対に売り飛ばそう」


 物凄い良い笑顔で全肯定した。やはり元夫婦で元親子である。


 そうして無数に転がっているゴキ――【クォーツ・ローチ】をナディは笑いながら二刀の小太刀で切り刻み、


「あー、イイわー。結晶をゼリーみたいに斬り刻める【凍花とうか】と【灼花しゃっか】はやっぱりイイわー。それに良い鍛錬にもなる」


 ちょっと危ない感じに悦に入り、


「久し振りの愛剣だから勘を取り戻さないとね。うんこの感覚、とても良いよ」


 ついでにヴァレリーも便乗し、無数に出現させた影の刃でいろいろな大きさにカッティングする。ちなみにこのゴキは中身外身共に全部結晶で出来ているため、余す所なく素材として使えた。

 あとあくまでゴキだしどうやってカサカサしてたのだろうとか、そんな危険なことを考えてはいけない。


「それとナディ。もっと『イイわー』って言って。出来れば吐息と一緒に囁くように」

「黙れよ変態」


 そして変態発言も忘れずに、だがやっぱり即却下されていた。


 そうした作業を終えて戦利品のゴ――【クォーツ・ローチ】の素材を残らず回収して、ちょっと腹拵えをしてから更に先へと進む。メニューは焼きロブスターサンドである。


 関係ないが、ヴァレリーに焼きカニ味噌と焼きエビ味噌を勧めてみたところ、判り易く嫌ぁな顔をされた。やはり嗜好品も似るのだろう。


 そして更に歩くこと二時間。三人は遂に草原のはてに辿り着いた。


 其処は地面が途切れており、あるのは切り立った断崖だった。更に下には雲海が広がっており、遥か下方を見通すことすら出来ない。高所が苦手な方々はちょっと出ちゃうほどの景観であった。


 だがそれは予想の範囲内。その程度では心が折れない三人である。


 ただレオノールはもちろん、迷宮での負荷や此処に来てから無理をして魔力枯渇を起こしたりしたナディもまた疲れたため、今日の探索は打ち切って休むことにした。もっとも魔力枯渇に関しては、誰かさんが痴漢行為をしつつ譲渡したため問題ない。別の意味では問題大有りだが。


 幸い食材は【クリスタ・マイン】で乱獲したため大量にあるし、それに草原にも実は可食な野草が結構ある。中にはレアな薬草が生えているのを、ナディが見つけていたりもした。


 そうして食事を終えると徐々に陽が傾き、辺りが暗い紫紺に染まり始める。それと共にナディとレオノールが疲労のためかそのまま眠ってしまった。

 それを愛おしそうにヴァレリーは見詰め、【ストレージ】から毛布を取り出して二人に掛ける。そして【グルーム・ブリンガー】を抜いて地面突き立て、


「【影の拠点シャドウ・ベース】」


 大量の影を発生させ、ナディとレオノールを中心に小さな小屋を創り上げた。


「うん。まだ全盛期には程遠いな。でも、今はこれで充分だろう。誰と戦うわけでもなし。ボクはね、ナディ。キミと大切な妹を守れればそれで良いんだよ。あとはなにも――」


 要らない。そう続けて独白しようとしたが僅かに考え、気を取り直して言い直す。


「うん、でもナディとえっちしたいなぁ」


 深い溜息を吐き、横になる。良いことを言おうとしても、結局は思春期の色々な衝動が漏れ出るヴァレリーである。


「ばーか」


 そして微睡まどろみながらもそれを聞いていたナディは、声に出さずにそう呟いた。


 ガチムチなギルマスのシュルヴェステルから学校を勧められるという荒唐無稽な提案から始まったナディとレオノールの長い一日は、そうして終わったのである――






 ――とまぁそんなわけで、良い感じに締めればそれで丸く収まるワケでもなく、否応なく翌日が始まるわけで。


 ヴァレリーが創り上げた【影の拠点シャドウ・ベース】で目覚めたナディは、まず自分の股間に顔をうずめて尻を揉むという、熟睡しながらも変態行為をするヴァレリーにマジギレして、


「【プロフュージョン・オブフラワーズ】! こーの破廉恥漢が! 死ね!!」


 前世の最秘奥であり、魔王を幾度となく打ち倒した超高速連撃を繰り出した。


「えー、したいの我慢してるんだから揉んだり嗅いだりスーハーしても良いじゃないか。前世じゃあいっぱいさせてくれたでしょ」

「知らねーし今前世じゃねーしアンタと私は真っ赤な他人だろうが取り敢えず死ねよこの変態がー!!」


 だが【グルーム・ブリンガー】を所持して更に強化されたヴァレリーにまだ未熟なナディのそれが届く筈もなく、その連撃はことごとく弾かれた。


「あーもー信じられない。あーもー信じられない。寝てる女子の股間に顔を埋めるとかどれだけ変態なのよこの性欲大魔王!」


 で、結局ヴァレリーに一撃たりとも擦りすらしなかったナディは、文句を言いながらもエプロンをつけ、魔法で作った竈門に火を入れてパンを焼く。その間に、蓋をきっちり閉めて圧力をかけた鍋でスープを作っていた。


「エプロン姿のナディ……良い!」

「黙れよ喋るな死ね」


 そんな当たり前にプリプリ怒っているナディのそんな姿を見てそう言い、サムズアップをするヴァレリー。反省なんかしちゃいなかった。


「素肌にエプロンだともっと良かったけど、前世でも結局してくれなかったなぁ。王妃だったし機会が無かったんだけどね……は! 今からして貰えば良いんじゃないか!? なんという妙案。やはりボクは天才だったか!!」


 更にそんなヤバい発想も出ちゃう始末。とんでもない変態魔王である。


「【グランド・オペレート】【クラッド・ハードニング】それは天才ではなく変態。いくら好きでもそういうことを繰り返してると本気で嫌われる。それは判ってお兄様」


 魔法で地面を操作してテーブルセットを創りながらレオノールが諭すが、やっぱりあんまり効果はなかった。


 最終的に、特別な朝食――カニ味噌いっぱいのムースとハーブのバケットサンド――を提供し、すごーく嫌そうな顔をするヴァレリーに、今後変態行為をするたびに【ストレージ】に引くほどある死蔵予定のカニ味噌やエビ味噌の料理を提供すると脅迫して収めた。

 涙目で捨てられた子犬のように項垂れる様はちょっと同情を誘うが、原因が原因だけに当たり前に自業自得である。

 あとそのバケットサンドは意外にも美味しかったが、たとえどんなにそうでも苦手な食材が入っていればヒトは忌避するものだ。


 だが――ナディは考える。それだけでは警戒が足りない。このままではなし崩し的にそういう関係になってしまう。というか貞操の危機であり、絶対アレを避けてくれないだろうから間違いなく出来てしまうと色々な危険を感じたナディは、探索を再開せずにアホほど死蔵していた純魔結晶を使い、


「【マナ・アルケミィ】【クリエイト・マナツール】【オペレート・オブ・マナ】【マナ・マテリアライズ】【クリエイト・マナサーキット】【マナ・ラウンド】【マナ・リインフォース】【アブゾーブ・ソーサリー】【マナ・ステイブル】【インディストラクティヴ】行けそう【クリエイト・マナベース】よしこのまま【マナ・フィクスィティ】」


 その日の夕方まで掛けて、魔力を物質化させてちょっとした家を創ってしまった。持っている純魔結晶のおよそ半分弱を使い切ってしまったが、全然後悔していないナディである。いやむしろ、貞操の危機や身重の危機から脱した達成感と完成した充実感の方が勝っていた。


 間取りは3LDKで、風呂トイレ付き。もちろんユニット式ではなく別である。もっともこの世界にユニットバスはなく、むしろ風呂がある家の方が少ない。というか高級住宅じゃないと風呂はない。


 関係ないが、某ガチムチギルマス宅は風呂トイレ完備である。


 キッチンの蛇口にはそれぞれ水属性と火属性を付与した5センチメートル大の純魔結晶を格納し、冷水と温水が出るようにした。更に汚れが付かないように【浄化】を付与した純魔結晶も格納済み。

 もちろん風呂も同様で、当然トイレにも【浄化】の魔結晶を格納しているため、いつでもいつまでも清潔だ。


 寝室はナディとレオノール用とヴァレリー用で、あと一つは予備である。レオノールとしては、ヴァレリーの寝室まで用意しなくても良かったのではと思ったが、結局そういうところがナディなのだから仕方ないと、考えるのを止めた。


 あとは、何故かある屋根裏部屋は、完全にナディの趣味で意味はない。


 そうして出来上がった魔力を物質化させた自宅を見上げ、かんがいひとしおなナディである。もう此処に住んで良いんじゃね? とか危険な発想まで出て来るほどだ。


「ナディって、凄いんだね」


 そしてそんな奇跡ミラクルを目の当たりにしたヴァレリーは、本気で感動していた。冷静に考えれば、こんな所に持ち運べない家を建てるのはどうかしているのだが、充実感に満ち溢れているナディにそれを突っ込むのは野暮というものだ――


「それで。建てたは良いけど、これこの後どうするんだい?」

「あ」

「……『あ』て……もしかして考えてなかったのかい?」


 ――が、そんな空気は読まないヴェレリーが容赦なく訊いた。エアブレイカーぶりが半端ない。おかげで暫くフリーズしたのち、意味もなく両手をワタワタ動かしてから項垂れるナディであった。


「じゃあアンタがなんとかしなさいよ」

「え?」


 挙句、そんな無茶振りまでする始末。今日のナディはポンコツだった。やってることは凄いのに。


「アンタがなんとかしなさいよ! そもそもアンタが要らんコトするからコレ創ったのよ! だったら責任取るのが筋でしょ!」


 更にそんな筋違いなことまで言い出した。そして言われたヴァレリーはというと、少し俯き小さく息を吐いて、


「ああ、そうか。ボクが個室以外であんなことをしたのが原因なんだね。よし任せて」

「いや個室とか関係なくフツーに嫌だからなんだけど!?」


 特に意味も方策もないのに快諾した。その理由がちょっとアレで、やはりノータイムで反論するナディである。


「判った。ボクがきっとなんとかしよう。そしてこの我が家で僕とナディは結ばれるんだ」

「結ばれねーしフツーに嫌がってんだろうが良い加減判れや!」


 どうあってもその発想に行っちゃうヴァレリーだった。まぁ、これも一つの愛の形なのだろう。相手はメチャクチャ大変そうだが。


「そもそもアンタは単にヤりたいだけだろこの破廉恥漢の変態が!! そんなにヤりたきゃ他所のお貴族様な令嬢とヨロシクしたら良いじゃないのよなんで私なのよ!! アンタもお貴族様なんだしその見た目だったら引く手数多でしょ!」


 いくら前世で夫婦であったとしても、今世ではまだ会って二日目である。なのに其処まで変態行為をされ、流石に我慢の閾値がぶっ飛んで激昂するナディであった。

 だがそれでも、そんなナディを見詰めて優しく微笑んでいるヴァレリーは、色々な意味でたいしたものである。決して褒めてはいないが。


「うん、そうだね。確かにそういう話もウンザリするほどいっぱい来てたよ。でもボクは、家と見た目と資産しか見ていない有象無象どもより、ナディじゃないと絶対に嫌だ」

「なんで私に其処まで傾倒するのよ意味が判らないよ!」

「決まってる」


 怒りでどうにかなりそうなナディにそんな微笑みを向け、そしてとてもイケ顔なイケボで、


「ボクは、ナディを愛しているから」

うるせぇわ!」


 愛を語るが、イケ顔イケボなどに騙されないナディは、その告白を即座にぶった斬った。


 そんな感じでギャンギャン騒いでいる元夫婦を尻目に、


「やはり元夫婦。なんだかんだで仲が良い」


【ストレージ】から今までホイホイして集めた特大な純魔結晶(1メートルくらい)を取り出し、ナディが創った魔結晶の家を前に、レオノールは暫し思案する。関係ないがその魔結晶の価格は、サイズでの単純計算でミスリル貨三枚超であり、だがその大きさだと十枚は軽く超える。そこまで巨大なモノだと、用途が無限大だから。


 余談だが、ミスリル貨は一枚で百億ニアである。


「【アナライズ】――凄い。生活必須機能に加え破壊不能と魔法吸収機構も備えている。魔力由来の攻撃は全て魔結晶に吸収されて更に強化される。理論的にはドラゴンのブレスすらその対象。さすおね」


 そうして解析してその機能や構成を調べ上げるレオノール。後ろでナディが一触即発になっており、だがそんな姿を良い笑顔で見詰めながら火に油を注いでいるヴァレリーがいるが、見なかったことにした。


「【ソーサリー・イクステンシヴ】【プロセッシング・マナクリスタル】【ターム・オブ・ソーサリーアクティベート】うんいける【ディメンション・サークル】【ディメンションホーム・パッシベーション】」


 魔法を完成させた瞬間、ナディが作った家の上空に魔法陣が出現する。そしてそれがそのまま降りて家を包み――家がその場から消失した。


「上出来。【ディメンションホーム・アクティベート】」


 レオノールがもう一度魔法陣を展開すると、今度は地上に魔法陣が出現してそれが上昇し、そして、消失した家が再び現れた。


「1メートルあったのに5センチメートルくらいになった。これをキーにしよう【プロセッシング・マナクリスタル】」


 そうして残った純魔結晶に魔力を込め、レオノールはメダリオンを作り始める。


 刻む紋はアイリス。花言葉は「希望」で、正しくナディに相応しいとレオノールは思う。


 そんな様子を、いつのまにかヴェレリーに抱き締められてチューをされそうになり必死に退けていたナディは、動きを止めて呆然と見て――


「ナディ。愛してるよ」

「いや待って今凄いこと起きてるから待ってってばもーーーー……~~~~~~~~」


 ――結局避けられなかった。










――*――*――*――*――*――*――


 申し訳ありませんが、これ以降は不定期更新となります。


 ちょっとリアルが忙し過ぎて時間がなかなか取れなくなってしまいました。


 楽しみにしていて下さる方々には大変申し訳ありません。当方も更新出来るように努力しますので、どうかご了承下さい。



 佐々木鴻 拝

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