草原を彷徨う姉妹と魔王②

 魔法というものは基本的に、発動した本人がその全てを操作出来る。よって完成した魔法に干渉するのは同種か対抗属性をぶつけて消滅させられはしても、それに手を加えて更に発現した事象を変換させたりは、事実上不可能だ。


「うわー……えなにコレ。メダリオンがキーになってて持ち運べるの? マジかー」


 ましてや魔力を物質化させ構成し定着させた、言ってしまえば魔法による創造という奇跡は百歩譲ってあるとしても、


「えー、本当だ凄いなー。どうやったら出来るんだろう見当もつかない」


 そうして完成したものを更に改良するなどという神業は、当たり前に不可能だと論じられている。


 まぁ論じるもなにも、「魔法」が一般的ではないどころかお伽話の出来事と認識されている現代において、それを語ること自体が荒唐無稽であり、そんな暇があったら魔術の研鑽をしろとマジギレされるのだが。


「どうでも良いけどアンタいつまで抱き付いてんのよ離れなさいよ。そうしているとアンタの魔王が私のお腹に当たるんだけど!」

「はっはっは。イヤだ」

「鼻噛み千切るぞテメー」


 ナディが創った【マナ・ベース】を改良して持ち運び可能な【ディメンション・ホーム】にしちゃったレオノールに感心しながら、だが何故か抱き合っている二人である。


「いいから離れなさいよレオが見てるでしょこういうのは情操教育に良くないのよなんで判らないのよいい加減に理解しなさいよこの変態大魔王!」


 訂正。ナディが一方的に抱き付かれているだけだった。そしてどういうわけかどういった技術なのか、絶妙に振り解けない。

 更に、魔王になっちゃっている魔王の魔王がナディのお腹に当たってもっと魔王になっているようだが、詳細は不明である。


「ああそうか。それもそうだね。よし控えよう」

「見てなくても控えろや! それに変態行為は止めろよ本気でイヤなのよ!」


 流石にそれが判ったのか、渋々、ホントーーーーに渋々、腸が捻じ切れるのではといった表情でナディから離れるヴァレリーだった。


「ああ、酷い目にあったわ。まったく、なんで隙あらばベロチューしようとするのよ意味が判らない。そういうのはもっと雰囲気とか――いや違う何考えてるのよ私ってば」


 かぶりを振って何故か浮かんだ考えを振り払い、ヴァレリーから距離を取りつつレオノールの傍へ行く。それに気付いたレオノールは、持っているメダリオンをナディに差し出した。


「このお家はお姉ちゃんのもの。だから発動キーはお姉ちゃんが持っているべき」

「え。でも創ったのは私でも改良したのはレオでしょ。だからこれはレオが持つべきよ」

「改良は魔法の知識と製作者の魔法構成理論を理解出来れば誰でも可能。レオが改造出来たのはお姉ちゃんの魔法が凄かったから」


 たとえ理解出来てもそれが出来る時点で明らかに異常で奇跡を超えた神業なのだが、出来そうだからとやっちゃって出来ちゃったレオノールにとっては「いつものこと」でしかなかったりする。


「じゃあこうしよう。もう一つメダリオンを作って2人で持とう。今度は私が創るね。レオ用だから、刻む紋はラナンキュラスかな。【プロセッシング・マナクリスタル】」


【ストレージ】から5センチメートルほどの純魔結晶を取り出し、それを加工する。ラナンキュラスの花言葉は「光輝」。レオノールの名そのものだ。


「はい。これでこの家は私とレオのものよ。帰ったら土地を買って、この家を置こう。そして庭と裏庭に二羽ずつニワトリを飼うの!」

「初志貫徹を忘れず絶対叶えようと努力する。さすおね」


 家はともかくニワトリに関しては、飼うこと自体にあんまり努力は必要ない。飼ってからの努力は必要だろうけど。そしてツッコミ不在の現時点で、二人は誰にも止められない。


「えーと、ボクはどうしたら良いのかな?」


 そんなツッコミ待ちな二人に、やっと声を掛けるヴァレリー。そんな魔王を一瞥したナディは、無言でそのまま視線を逸らした。


「あのー。出来ればボクもそれが欲しいなーなんて思うんだけど……」

「嫌よ。同じの渡したらイロイロされるのが目に見えてるもの。セクハラされるのが判ってるのになんで渡さなきゃいけないよ我慢なさい。アンタは自前のに一人でいれば良いのよ」


 今度こそ本当に我慢の限界というか、言ってしまえば当然するべき対応であるためくそう言うナディであった。そして言われたヴァレリーは、判り易く絶望の表情になる。


「ええ、そんな……ボクとナディの仲じゃないか。ほら、前世でも【ストレージ】を共有化してたでしょ。なら今世でも色々共有した方が便利だよね」

「あんた、前世で私たちがどんな立場だったか覚えてないの? 仮にも王と王妃だったんだから、その程度の共有化はしておいた方が何かと便利だからって理由で【ストレージシェアリング】を開発したんでしょ。あんたがどう思っていたかなんてこれっぽっちも興味ないけど、其処に愛とかそういうものの介在なんてなかった筈よ。魔族の王だったクセになんでそういう実利に疎いのよ。どうせ頭の中は性欲を発散することしかなかったんでしょ情けない」


 ナディの言葉の刃がヴァレリーを刺し貫く。言っていることは正論中のド正論であるため否定出来なく、そして過去を顧みると――いや現在進行形でも正しくそのとおりであったため、反論の余地などなくその場に崩れ落ちるヴァレリーであった。


 対魔王戦。ナディ初勝利の瞬間である。ではなくでの勝利であるため、達成感はイマイチだったが。


 いつか物理でも勝つ! そう自身のプライドに誓う、どうしてもどうあっても脳筋なナディであった。


「お兄様がお姉ちゃんを大好きだというのは鬱陶しいほど伝わって来る。でも其処に相手への思い遣りが見当たらない。今のお兄様は単純に欲望を満たしたいだけで相手がどう思ってどう感じるかなんて考えてもいない。それが通用するのは成り立ての成人男子までで良い大人がしてはいけない」


 更にレオノールが追撃をする。まだ十歳であり、そして前世で早逝した愛娘に言われる内容としては最悪である。まぁ実際は逝去した十六歳プラス十歳だが。


「うん、うん、二人とも、本当にごめん。ボクも何故か湧き上がる衝動が強過ぎてなんか抑制が効きづらいんだよ。でも、これだけは判って欲しい」


 顔を上げ、片膝立ちになり左手を帯剣に、右手を右手を胸の前に組み、真剣な表情で二人に向き合うヴァレリー。いつになく真剣だ。あと帯剣はしていない。格好だけである。


「実はボク、先日成人したばかりなんだ」





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……えーと……そんなわけで、そういうこと、なんだよね……」


 凄く言いづらそうに、照れ臭そうに、そして何故かちょっと嬉しそうに告白する、どう見ても二十歳は超えてそうな外見のヴァレリーであった。


 そしてそんな告白を聞いて暫し呆然とするナディであったが、それを反芻して脳内で色々情報処理をして、


「年下だったーーーーーー!」


 出た結論がそれしかないため、取り敢えず頭を抱えて両膝を突いて空を見上げて「!」と叫ぶことにした。信仰している神も宗教も無いのに。


「魔王なお兄様が成人したての思春期真っ盛りで女子に興味津々な性欲大魔王だった。お姉ちゃんごねん。ある程度は諦めて」


 そしてそれを受けたレオノールがちょっとした爆弾を投下する。思春期男子のそういうワケの判らない衝動はどうしようもない。ただそれを巧くコントロールするかただのサルになるかで、他所様の評価が著しく変わるものだが。


 投下されたそれを被弾したナディとヴァレリー双方が精神的なダメージを受けたのだが、それよりもナディにとってヴァレリーが年下だという事実の方がダメージがデカかった。


 同年生まれならうみづきが違ってもであるが、ナディが成人したのは半年以上前である。そして実は、年が明けていた。よってヴァレリーは、ナディより一歳下ということになる。


「マジかー。ナイわー。どう見ても二十歳は余裕で越えてる老け顔なのに年下とか、マジでナイわー」


 何が気に入らないのか、そうブツブツ言い始めるナディであった。全世界の老け顔さんに大変失礼である。あとヴァレリーはいうほど老け顔ではない。中性的で精悍な顔立ちで、更に均整の取れた長身の体躯であるためそう見えるだけだ。


「えーと、ナディ。ごめんね。冷静になって考えてみればおかしかったよね。でもどうしても衝動の抑制が効かなくなるときがあるみたいだ」

「性欲つよつよ変態魔王なお兄様がお姉ちゃんを大好きで発狂しそうだというのは理解した。共感も納得も出来ないけど。でも本能のまま暴走してお姉ちゃんが身重になったらどうするの。此処にずっと居るつもりなの。後先を考えて行動して」


 反省しているっぽいヴァレリーに追撃するレオノール。重ねていうが、現在十歳である。そして前世では娘であり、確証はないが現在の妹に、静かに無表情に滔々と諭される魔王様。これは精神的に相当クる。


 レオノールにとって初の対魔王戦。完膚なまでの勝利であった。もっとも父親は総じて娘に勝てないものだ。色々な面で。


 そんなちょっとした家族会議(?)があり、結果的にヴァレリーはナディにセクハラ行為をしないと約束させられ、だがどーーーーしても我慢出来ないときは同意を得るということで纏まった。


 そして結局、酷く落ち込む姿を見ていられなくなり、うすゆきそうの紋を刻んだメダリオンを――


「……お姉ちゃんそれの花言葉だったり送る意味知ってるの」

「え? もちろん知ってるわよ。薄雪草の花言葉は『高潔な勇気』でヴァルにピッタリでしょ」


 ――何故かちょっと機嫌良さげに作って渡した。


 そう。のだ。


 それを差し出されたヴァレリーは虚を疲れたように一瞬だけ呆然とし、だがすぐに片膝を突いて恭しくそれを受け取り、そして手の甲にキスをするというナディにとって意味不明な行動をとった。


 ちなみにメチャクチャ様になってて格好良く、ちょっとだけ見惚れてしまったのはナイショである。


 その後ヴァレリーのセクハラ行為は劇的に減り、だが――


「ナディ。好きが抑えられない。抱き締めたい」

んな抑えろど変態」


 ――許可を取ってから行動に移すようになった。概ね拒否られているが。


 それから。薄雪草を送るという行為が何を意味しているのかをやっぱりミクロン単位で理解していないナディを見て、レオノールが「さすママ」と言っていた。残念ながらこれは褒め言葉ではない。

 だがそれで二人が納得しているのだから文句はないだろうという結論に至り、それ以上なにかを言ったりツッコミを入れるのは止めようと思うレオノールであった。藪を突いて蛇どころか魔王と魔王妃が出たら厄介この上ないから。面倒だし。


 そうして拠点が完成し、安心して休養が取れる場所を確保したことで探索が劇的に効率化した。


 まぁ外敵に関しては安心出来るが、たまーにヴァレリーが英雄や勇者に準ずるひとかどの者たちが良く見舞われるという、とある伝説のアクシデントを突発的に発生させたりしたが、それはもう事故だと思って諦めて貰うしかないだろう。


 そのアクシデントとは、主にナディが着替え中なのを気付かずドアを開けちゃったり、ナディが入浴中なのに気付かずに入浴しようとしたり、それを撃退しようとしたナディが石鹸を踏んで思い切り引っ繰り返って見られちゃったり、疲れたナディが寝室を間違えてヴァレリーの部屋で寝ちゃったり、そしてそれが着替え途中で力尽きてて半裸だったりするという、ヴァレリーにとってとても恐ろしいモノだった。主に忍耐力と自制心を試されるという意味で。


「ヴァルの部屋に掃除に入るとちょっとヘンな臭いがするんだけど」

「ナディの所為だよ!」

「はぁ? なに言ってんのよ意味が判らないわ」


 そんなどうでも良い会話を挟みつつ、三人は順調に探索をして行った。


 平坦で何もないと思われていた此処は実はそうではなく、先日のGがいる結晶の山だったりちょっとした湖があったり、低木の林があったり、せいりんそうというレアな薬草が群生していたりしていた。


 そしてやはり魔物は生息しており、その領域テリトリーに侵入したものを無条件に判り易く攻撃してくる。


 どんな魔物が棲息しているのかというと、湖には【クォーツ・ストライダー】という水上をスイスイ移動する細長い甲虫がいた。低木の林には【クォーツ・スティンク】という五角形の甲虫がいて、征輪草の群生地には【クォーツ・ウッドラウス】という玉のように丸くなる甲虫がいた。


 アメンボウとカメムシとダンゴムシなのだが。


 ちなみにどれも何故か高純度の結晶であり、ナディが「メシウマー」と言いながら切り刻み、ヴァレリーはほぼ無傷で仕留める方法に執心していた。あとカメムシは臭気を出さなく形状がソレなだけだった。


 そして征輪草とは、言うなればレア度がスペシャル級の薬草で、とある難病の特効薬である。その難病で苦しむ貴族だったら、一株あたりで小金貨数枚くらいは余裕で出すだろう。それほどその難病は、罹患した者にとって深刻なのだ。


 水虫だが。


 そんな感じで。生き生きと物理で狩りまくるナディを見ているレオノールの「さすおね」がめられないまらない。


 そのほかにも、高地トレーニングの機会はそうそうないとばかりに体調を整え鍛錬を始めるナディであった。手合わせの相手には困らないし。

 あとそうやって体を動かすことで、ヴァレリーのセクハラや変態行為も減るという副次効果現れた。やはり運動で発散させるのは一定の効果があるようだ。


「ナディ愛してる。チューしたい」

「寝言は寝て言え」


 ただしあくまで減っただけでゼロではなく、そしても健在だ。よってナディも、レオノールが言ったとおりにある程度は諦めた。そしてヴァレリーもそっち方面の自重を覚えたため、やれば出来るじゃないと褒めるナディである。口には出さないが。


 それ以前に、そういう自分は全然自重出来ていないのに何様だと、某ガチムチなギルマスならきっと突っ込むだろう。だが元々自覚なんて一切無いし、なんならそんなの最初から概念ごと無いナディであるから、あんまり変わらないかもしれないが。


 ――そうして鍛錬をしつつ探索を開始してから三ヶ月が経ち、三人は一つの結論に達した。


 通常の方法で此処――テーブルのような山頂から降りるのは事実上不可能である、ということに――

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