7 姉妹は迷宮氾濫に気付かない

「お姉ちゃん。魔物が多くて鬱陶しい。どうすれば良いの」


 元鉱山なのに何故かある澄み切った湖から際限なく跳ね出す、甲殻が青い鉱石で出来ているロブスターっぽい魔物に貫通魔弾を的確に叩き込みながら、レオノールが辟易して平坦に言う。


 それに対してナディはというと、


「うーん、どうしようねぇ。無視しても良いんだけど、この数だとそれも無理っぽいよねぇ」


 やっぱり湖から延々と這い出る甲殻が赤い鉱石で出来ているカニっぽい魔物を貫通魔弾で撃ち抜きながら、思案顔で答えた。


 ちなみにどうしてムカデに使ったように貫通炸裂魔弾ではなくそれにしているかというと、ロブスターもカニも食材を落とすからだ。

 これら甲殻類の魔物は跡形もなく吹き飛ばすと魔結晶しか落とさないが、綺麗に残るように倒すと何故か綺麗に殻を剥いた調理済みの食材が落ちる。

 あと火魔術で倒すと焼いたモノが、水魔術で倒すとボイルしたモノが落ちる謎仕様になっていた。

 一番人気は火魔術で倒したときのレアドロップである焼きエビ味噌とカニ味噌だが、ナディもレオノールもちょっと苦手だった。ぶっちゃけ内臓だし。


「どうしようかなぁ……エビ刺しもカニ刺しも数年分拾ったし、ある程度は無視していこうか」

「賛成。それにそんなにエビカニ食べたら痛風になっちゃう」

「決まりー。じゃあ範囲で焼き払うよー」

「おっけー」

『【ディメンション・サークル】【マキシマイズ・オブ・マギエクステント】【バーン・デストラクション】』


 極大の立体魔法陣が発動し、其処から炎が噴き出す。それが二人を中心に円形に広がり這い出すロブスターとカニを根刮ぎ焼き払い消滅させる。そして残ったのは、無数の焼きエビと焼きガニとそれぞれの焼き味噌であった。


 それらをやっぱり残らず拾い、だがそうされてなお湧き続けるそれらを無視して湖の階層を更に奥へと駆け抜けた。

 ちなみに此処は三十階層であり、【クリスタ・マイン】が本来の状態であったなら【シルバー】の冒険者六名以上のパーティが経験を積み、且つ収入アップに勤しむ重要な場所である。調理済みなエビもカニも需要があるしチョイと良い値で売れるから、いくらあっても困らないのだ。


 あと普段ならばロブスターもカニも一度に一匹二匹程度湧くのが精々であり、間違っても際限なく湧き続けたりしない。

 そういう意味でこれは異常事態なのだが、事前に情報を集めたわけでもなくただ「面白いから」という理由で突貫した二人がそれを知る筈がなかった。


 そして続く三一階層にはまたしても湖があるが、


「お姉ちゃん。今度は湖から金色の二枚貝が跳ね出して来るよ。貝のクセに。あと潮臭い」


 今度はかんすい湖であった。


「そうねぇ。うわ、貫通魔弾が弾かれる。一丁前に角度付けて弾いてるのか。やるねぇ」


 直径50センチメートル、厚さ20センチメートルの平たい二枚貝が貫通魔弾を滑らせるように弾くのを見て、何故か感心するナディである。


「でもそれだけよね。【グラント・オブ・チェイス】【ピアッシング・シェル】」


 撃ち出された貫通魔弾を弾くべく二枚貝がその殻を傾けるが、それを嘲笑うかのように軌道を変えた魔弾が垂直に突き刺さり貫通する。そしていつものように消滅し、乳白色な光沢のある真円の玉と美味しそうな生食出来そうな貝柱が落ちた。


「角度で弾かれるならそうならないように垂直に誘導すれば良いのよ」

「垂直だと貫通エネルギーが十全に伝わる。さすおね」

「そういうこと。じゃあ一掃しようか……ん、待って。貝柱は生食と焼きのどっちが良い?」

「どっちも食べたいけど強いて言うなら焼き」

「りょーかーい。じゃあレオは焼きの準備して。私は生食確保するから。【トラント・ソール】【マルチプル】【ピアッシング・シェル】」


 そう言い魔法を発動させるナディ。とんでもない数の、数えるのが不可能なほどの貫通魔弾が全方位に擊ち出された。

 それは弾こうと角度を変える二枚貝目掛けて軌道を変え、ことごとく垂直に突き刺さり貫通し、そしてことごとく生食な貝柱と化す。あと例の玉もメッチャ落ちた。純白や金色のも混じってるし。


「【マキシマイズ・オブ・マギエクステント】【ユイット・ソール】【ディメンション・サークル】【バーン・デストラクション】薙ぎ払えー」


 次いでレオノールの魔法が完成し、極大化された立体魔法陣が周囲八方向に展開される。其処から強化されまくった炎がふきだし、更に回転して二枚貝を焼き尽くした。

 そしてやっぱり落ちまくる焼き貝柱。そしてついでに例の玉もメッチャ落ちたが、今度のは完全な乳白色ではなく、ピンクが混じった物も多数あった。


 そうして魔物を一気に殲滅し、ついでにドロップアイテムをやっぱり根刮ぎ回収し、三二階層へと進んだのだが――


「お姉ちゃん。この迷宮タチが悪い。どうしてまた湖なの」


 そう、【クリスタ・マイン】は三十から三五までは水棲魔物が生息する階層なのだ。そしてドロップ品は、爆散させない限り全部可食品である。元鉱山の迷宮なのに。あとほぼ一本道で迷う方が難しい。


「うーん。確かにタチが悪いわね。水棲魔物って一様に頑丈だったり異常に生命力が高かったりするし。それにモノによっては小さいのが群体で湧い……て……」

「お姉ちゃん。なんか丸い二枚貝が地面一面に数えたくないくらい湧いてるよ」

「うわぁ……これ集合体恐怖症の人が見たら大騒ぎするヤツだ」


 この階層の湖も鹹水湖で、湧いてくるのは直径5センチメートルくらいの二枚貝で、ドロップは剥き身である。そして現在それが一面に、地面が見えないくらいにビッシリと湧いていた。

 あとこの二枚貝はそれほどの脅威ではなく、取り付かれなければ鈍器でサクサク叩き潰せて生食剥き身も手に入る、謂わばボーナスステージのようなものだ。ただし取り付かれれば水分を吸われて枯れてしまうが。


「うん。一掃しようか。レオは生食と焼きとボイルはどれが良い?」

「貝の剥き身は生食の方が色々応用が効いて調理し易い」

「じゃあ生食で。【グラビティクラッシュ】」


 階層を埋め尽くさんばかりに湧いている群体な二枚貝の中心に重力塊が出現し、一気に吸い寄せられたそれらがことごとく破砕する。そしてその跡には剥き身がちょっとした山になっていた。


「【アセンブル】【ストレージ】大漁大漁♪ 次へごーごー」

「バラけているなら集めれば良いじゃないとばかりに吸い寄せて一掃。さすおね」


 そうして三三階層に達した二人は――


「お姉ちゃん。軟体生物がいる。ちょっと苦手かも」


 やっぱり鹹水湖があり、其処から1メートルの虹色のイカ【イーリススクィッド】と、や80センチメートルの深紅のタコ【ルージュオクトパス】が群れを成して湧いていた。


「うん、私も単体なら平気だけど、数えるのも鬱陶しく群れていると流石にちょっと引く。【ピアッシング・シェル】」


 そんなことを言いつつ、お試しで貫通魔弾を放つナディ。それは一直線にイカに直撃し、なんとその弾力で弾いた。


「うわ。貫通しないんだ。厄介だなぁ」

「じゃあ焼く。【バーン・デストラクション】」


 レオノールが今度は放射状に灼熱の炎を放った。それはイカとタコを纏めて焼き払い、それぞれ姿そのまんまな綺麗な焼きイカと焼きタコがドロップする。


「焼けば良いのかー。でもなぁ」

「うんそう。焼きはそれしか選択肢が無くなるから不可。やはり選択肢無限大な生食にするべき」

「だよねー。やっぱりいつまでもお手軽な貫通魔弾に頼ってちゃダメだよねー」


 言いながら自虐的に肩を竦めて半眼で溜息を吐くナディである。ちなみに貫通魔弾は一般的に全然お手軽ではない。魔術だけではなく物理的な戦闘もこなせる【魔導士コマンドメイジ】系統職の主力魔術なのだが、そういうのに疎い二人は理解出来ていなかった。じゃなくて方かも知れないが。


「じゃあ切り刻もう。迷宮って外と違って倒し方の工夫が要らないから楽で良いよねー」

「そうだねお姉ちゃん。こっちはタコを切り刻む。お姉ちゃんはイカをお願い」

「おっけー。行くよー」

『【トラント・ソール】【マルチプル】【ホロウ・ブレイド】』


 二人は同時に魔法を発動し、多重詠唱で発動された魔法が更に多数化され、イカとタコを切り刻む。そして跡には綺麗に締められた生食のイカとタコが落ちた。


 そんな風に粗方片付けた二人は、続く三四階層でも鹹水湖から湧き出ている魔物を見て、


「お姉ちゃん。またいっぱい湧いてる。でもバカなの」

「うん、それは思った」


 ちょっと脱力した。


 そう、この階層も鹹水湖から魔物が湧く。それは完全にエラ呼吸な水棲魔物であり、つまり打ち上げられればビチビチ暴れるだけでそれ以外はなにも出来ない。

 そして現在この階層でもやっぱり気持ち悪いくらい湧いており、湖から溢れ出していた。比喩表現ではなく物理的な意味で。


 そんなお間抜けな有様を目の当たりにしてちょっと「スン……」となった二人だが、すぐにそれらを切り刻んで生食を回収し次へと進む。ちなみに湧いていた魔物は金と銀の鮭【ゴールドトラウト】と【シルバートラウト】であった。


 そして三五階層。此処も相変わらず鹹水湖であるが、そのサイズが今までの倍以上あった。そんな倍以上もあるサイズの鹹水湖から、例によって魔物が溢れ出している。


「お姉ちゃん。此処の魔物ってバカなのかな」

「うん、そうだね。それはそう」


 溢れているのは、凶悪なツノが鼻頭から生えている黒い流線型で尾鰭が大きく細い魚【ブラックメイリン】と、胴体が純白で太い特大な魚【ピュアブルーフィン】だった。どちらも2メートルを優に超えている(ツノは含まない)。


 そんな特大の魚――まぁ、カジキマグロとクロマグロだが――が湖から溢れ出しており、例によって打ち上げられてビチビチしていた。


 関係ないが、たとえ胴体が純白で黒要素が一切なくても、名称は「クロマグロ」である。


『【トラント・ソール】【マルチプル】【ピアッシング・シェル】』


 そうしてビチビチしているそれらへ無数の貫通魔弾を放ち、食材に変える姉妹であった。


 ちなみに三五階層に限り、ドロップ品は魚体そのまんまである。よって特大のそれらがドロップすれば大儲けで、【ピュアブルーフィン】の過去最高卸値――じゃなくて買取額は金貨一枚。つまり一億ニアだ。そして査定は魚体の大きさは勿論、鮮度が重要であるため容量が特大のマジックバッグが必須である。


 そんな特大魚体の【ブラックメイリン】と【ピュアブルーフィン】を、ちょっと市場価格が壊れるんじゃねーの勘弁してくれと文句が出そうなくらいに二人して【ストレージ】に詰め込み、


「よーし。次行こう次。確か【クリスタ・マイン】は四二階層が最新部だからあとちょっとだね。あと七階層!」

「おー。あと七階層。でもなんで中途半端な四二階層なの」

「さぁ? 其処でネタ切れ起こしたんじゃない?」


 などとある意味で危険な会話をして、まだまだ溢れるカジキマグロとクロマグロを尻目に、最新部を目指して突貫する二人であった。


 それと三六階層は何故かボス部屋で、【フロート・ブルーホウェール】という特大なシロナガスクジラである。そして「フロート」と銘打たれているだけあって宙に浮いているのだが……。


「お姉ちゃん。やっぱりこの迷宮の魔物ってバカなの。部屋のサイズ全無視で大きくなり過ぎ」


 魚体が大き過ぎて動けなくなっていて、更に浮いちゃうから天井に磔っぽくなっていた。ぶっちゃけ良い的である。


 それに貫通魔弾を集中砲火して数トン分の鯨肉を回収し、ホクホクで次に進む姉妹であった。


 三六階層からは再び迷宮になっていて、湧く魔物も食材は関係なくなっている。よってここから先は潜る者が極端に少なくなる不人気階層になり、更にその格が一気に跳ね上がる。


クリスタ・マイン】の適正ランクは、浅層の二五階層までなら【シルバー】三名以上で、中層の三五階層までは【シルバー】六人以上になり、深層になると一気に【ゴールド】四名以上の実力が必要となるのだ。


 それはどういうことなのか。具体的に述べると――


「お姉ちゃん。あのカメさんの背甲が異常に硬い。貫通魔弾を垂直に当ててるのに弾かれる。それに銀色で薄っすら光ってる」

「あー、アレは【ミスリルタートル】ね。なんでか岩を食べちゃってそうんな風に進化しちゃったみたい」

「カメなのに岩を食べちゃったの。バカなの」

「どうなんだろうね。嘘か本当かは判らないなぁ。学者連中が勝手に言ってるだけだし」

「あとどうしてなの陸にいるのに。じゃないの」

「最初に名付けたヤツがの区別がつかなかったんじゃないの? 簡単に見分けられるのに」

「背甲がミスリルなら魔法の減衰率80%。より強い魔法が必要」


 そう、並みの魔術が通用し難くなり、強力な物理攻撃との併用が必須になるのだ。


「うんうん。あとは鈍器が有効だねー。なんか持ってたかなー……」


 そんな会話をしつつ、【ストレージ】を漁るナディ。その間にも、レオノールは取り敢えず色々ぶつけてみようとばかりに、


「【インセンティリィ・ボム】【フレイム・ヴォルケーノ】【バーン・デストラクション】【フロスト・ノヴァ】【グラベル・ノヴァ】【アトミック・ゲイザー】【ライトニング・シャワー】【コンバージェン・レイ】【フィクスト・ノヴァ】」


次々と魔法をぶつけ始める。


 いくら魔術耐性に富んでいるミスリル製の背甲を持っていようと、其処まで立て続けにぶつけられればその耐性にも流石に限界があり、やがて【ミスリルタートル】は力尽きて消滅した。そしてその跡には、結構大き目のミスリル鉱石が落ちている。


「【アセンブル】【ストレージ】。やっと倒したけどどれが効果的なのか判らなかった。レオもまだまだ未熟」


 そんなミスリル鉱石をすかさず拾って【ストレージ】に仕舞い込み、無念そうに両手を握るレオノール。そして自身の【ストレージ】を漁っていたナディはというと――


「…………あっれ? なんでコレが入ってるの? コレって確か筈なのに。ちょっと意味が判らないなぁ――」


 有る筈のないモノを見付けてしまい、首を傾げていた。







 一方その頃。

 二人の救助に名乗りを上げた【真銀級ミスリル】冒険者のヴァレリー・ド・ファルギエールはというと、既に三十階層に達していた。


 そしてこの階層では、例によってロブスターとカニがとんでもなく湧きまくっている。


 そんな湧きまくっているそれらを――


「【シャドウ・ラン】」


 影に潜んでその姿を消し、全て無視して奥へと進んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る