6 姉妹、迷宮を突き進む

 ナディとレオノールの姉妹が【クリスタ・マイン】に突貫して五時間。筈に七層にまで到達していた。


 ちなみに【クリスタ・マイン】は元々鉱山である。そしてそれに、原因は不明だが迷宮核が発生して迷宮となったのだ。


 そのため内部は入り組んでおり、事実上迷宮というより迷路と呼んでしまっても良い状態になったのである。

 一つ救いがあるとしたら、本来は人が屈まなければ通れないほどに狭い坑道が迷宮になったことで拡張され、前述のとおり巨大なドラゴンでも余裕で通れるくらいなったことであろう。


 果たしてそれが本当に救いなのかは不明だが。


 ちなみにどう見ても山に対してそのサイズは合っていないという謎現象が起きていたが、ファンタジーな迷宮に良く有る現象なので、気にしたら負けである。


 迷宮は階層を重ねる毎に魔力の塊である迷宮核に近くなり、よって当然内包魔力――魔素の濃度が濃くなる。そのため魔物の生成により多くの魔素を消費出来るため、それが強大になるのは当然であった。


 それは【クリスタ・マイン】でも同様で――


「【ヴァン・ソール】【グラベルショット】お姉ちゃん。なんか凄く硬くなってて魔法が効いてない」


 多重詠唱を展開して、10メートルほど先に複数いる鉱物の表皮な2メート大のムカデにせきれき弾を容赦なく撃ち出し岩盤にめり込ませているレオノールが、小首を傾げながらそう言った。岩盤にめり込んでいる上に斉射されているため身動き一つ出来ていないが、それほど効果はないようだ。


 ――そう、ちょっとした攻撃では傷一つ付けられなくなる。


「あー、アレはスチールセンティピードね。外骨格は魔鋼だから、物理攻撃や純粋な魔力弾は弾かれるのよ」


 そう。レオノールが放っている石礫弾はその外骨格によってことごとく弾かれ、だが速度による運動エネルギーの衝撃で岩盤にめり込んでいるのだ。


「むう。貫通付与も通らないのが解せぬ。どうすれば良いのお姉ちゃん」

「そうねぇ。まずどうすれば貫通力が上がるか考えてみようか」


 そう言い、【ストレージ】から例の付与マシマシな短剣を取り出してその場にしゃがんで図解する。


「これは魔法に限ったことじゃないけど、貫通力を上げるのに必要なのってなんだと思う?」

「貫通させるには物体を鋭くして速く当てる」

「そう。だけどもう一つ重要なことがあるわ」


 そんな授業のようなことをしていても、相変わらず弾幕を張ってムカデを封殺している。石礫弾では効果がないが、衝撃でそろそろ絶命しそうだ。外骨格を絶え間なく石礫で打ち付けられて高温になっているし。


「貫通させる物体をネジの要領で高速回転させればいいの。こんな風に【ヘリックス・シェル】」


 ナディが放った魔力弾はそのムカデの外骨格に着弾し、それを割らずに貫通して岩盤に達した。


「おおなるほど。運動エネルギーに回転を加えて空気抵抗をも減らし速度を維持。そしてそれによりより貫通力が上がる。さすおね」

「まぁコレはあくまで基本なんだよ」


 明らかに世の魔術師にとって高位な術式に分類されるであろう魔法技術であるが、ナディにとってはあくまで基本であるらしい。


「じゃあこれを踏まえて、応用編。【ヘリックス・バーストシェル】」


 更に奥からワサワサ湧いて来る、苦手な者が見たら絶叫必死な光景に眉ひとつ動かさずに魔法を放つ。それは着弾と共に発火し破裂した。


「おお。魔力弾に発火と破裂を付与したんだ。外骨格を確殺する魔法をサラッと使う。さすおね」

「いやいや、コレは【戦闘魔導士バトル・ソーサリー】なら一般的に使ってる魔法だよ」


 顔の前で手をブンブン振って否定するナディ。使っているのは事実だが、それは秘奥魔術に分類されているのを理解出来ていない。

戦闘魔導士バトル・ソーサリー】は基本的に、魔力が続く限り魔力弾をばら撒くのが一般的で、それに破裂したり燃え上がるという特殊な魔力弾をたまーに織り込むくらいだ。間違ってもそれを中心にばら撒いたりしない。魔力が保たないし。


「すると【戦闘魔導士バトル・ソーサリー】なマスター・シルヴィは実は凄く強い。ただのセクシャルハラスメントで既成事実を作って嫁を増やすえっちなおじさんじゃなかった」


 書類仕事に勤しむガチムチおじさんを思い描き、一人で納得して頷くレオノールであった。良くも悪くも二つの意味での風評被害がヒドい。


「そうね。見た感じだと今まで会った冒険者の中でも強い方だと思うわ。それとさっきすれ違ったなんか言ってたおじさんも、結構強いわね」


 それはファサードロックの冒険者ギルドのマスター、ルボル・ミハーレクのことである。そしてせっかくの忠告も聞いていなければ意味がない。


 そんな雑談に興じていても、ワサワサと湧いて来るムカデに貫通する炸裂魔弾を撃ち出して大量虐殺しているナディであった。もっとも迷宮内の魔素が固まって発生しているモンスターであるため、その表現が適当なのかは不明だが。


「回転を加えて。それをより高速に。あ出来そう。まず【ヘリックス・シェル】」


 呟きながら、ナディの魔法を見様見真似で構築して放つレオノール。それは一瞬でムカデを貫き、だがそれで止まらず奥から湧いて来ているムカデすらも貫いた。そう、ナディが放ったモノより速度も威力も高かったのである。


「う、わー。やっぱりレオは私より魔法の才能があるわー。初見で其処まで出来るなんて。さすレオ」

「む。お姉ちゃんも『さす』を使い熟してる。さすおね」


 そんな他者には理解出来ないであろう会話をし、互いに見詰め合って不敵に笑う。第三者目線で相当おかしな光景である。


「お姉ちゃん。【結晶鋼道】ってこんなに魔物が多いのかな。倒しても次々湧いて足の踏み場もないほど魔結晶が落ちる」


 際限なくワサワサ湧いて来るムカデにいい加減飽きたのか、貫通炸裂魔弾を撃ち出しながらレオノールが愚痴る。


「【アセンブル】【ストレージ】そうね~。おかしいよね~。まるでモンスターハウスみたいだよね」


 そしてナディも、ザクザク落ちまくる魔結晶を魔法で残らず拾いながら、どうしたものかと思案顔になる。


「こんなところで躓いてちゃ、好記録が出せないわね。レオ、魔力は大丈夫?」

「周りの魔力使ってるから平気。迷宮は魔素が濃いから自分の使わなくても永遠に魔法が使える」

「うんヨシヨシ。教えた通りに出来ててお姉ちゃんは嬉しいよ」

「お姉ちゃんの教え方が上手なだけ。さすおね」


 などと簡単に言っちゃってるが、基本的に魔術は自身の魔力を消費するため永遠には使い続けられない。そして周囲の魔力を使う術など伝えられていないのが実情だ。そもそもそういう発想すら無いし。


 まぁ、二人が使っているのは魔法だが。


「よし。面倒だから一掃して駆け抜けるよ」

「おー」

「【ディメンション・サークル】【マキシマイズ・オブ・マギエクステント】【エレクトリー・リージョン】【フィクスト・ノヴァ】【レール・カノン】」


 前方に坑道の三分の二ほどの立体魔法陣を展開して魔法を極大化させ、それに高電圧を発生させる。そしてちょっと止めた方が良いんじゃないかと一般的に言われそうな熱量の青白い球体を出現させ、先に発生させた高電圧を通して射出した。


 それは目にも映らないほどの高速で坑道を突き進み、湧いているであろう魔物を根刮ぎ一掃してしながら更に奥へと進入する。


 それはやがて視界に映らなくなるほど先に進み、


「よーし、進むよー」

「おっけー」


 のんびりとそう言いながら再び自己強化魔法を重ね掛けし、ちゃっかりドロップアイテムを根刮ぎ拾いながら此方も高速で奥へと飛び出した。


 その途中でとんでもない爆音が響いて有り得ないほどの熱風が吹き付けたが、自己強化魔法にはそういうものに対しての対策もとられているため問題ない。あと捜索の魔法も使っていたため、他の冒険者が居ないのは判っていた。


 そう。現在この【クリスタ・マイン】には、ナディとレオノール以外の冒険者は、誰一人としていなかったのである。




 ――*――*――*――*――*――*――




 ナディとレオノールが【クリスタ・マイン】に突貫して十数分後のこと。その二人の身を案じて自らも行くべきだろうかと思案している、本当に面倒見が良いギルマスのルボル・ミハーレクの元に、その報せは不意に届いた。


 それは浅層で鉱石を採掘していた【ブロンズ】のパーティが、奥へと採掘を進めようとした矢先に大量の魔物が湧いているのを見た、というものだ。


クリスタ・マイン】は元鉱山な迷宮であり、その特性として採掘が中心となっている。よって魔物が全く出ないというわけではないが、その数は他の迷宮と比べて半数以下だ。ただし元鉱山で生成される魔物なだけあって滅茶苦茶硬いけど。


 なのに大量の魔物が湧いているということは明らかに異常であり、それが意味するところは一つしかない。


 迷宮氾濫――迷宮核の変異か、一定数の魔物が排除されずに生成し続けられ迷宮内の容量を超えることで発生する、実は予想される異常事態にして災害。


 その報せを受けて即座にルボルは行動を開始し、現在現地にいる冒険者全てに対して緊急依頼を発令し、そして【シルバー】以上の階級に対して魔物淘汰、それが困難なら間引きの強制依頼を発令した。


 更に近隣の集落、町や市街に救援要請を出し、迷宮の入口に防衛線を張って氾濫に備えた。


 ちなみに迷宮を抱えているギルドには、氾濫に備えたマニュアルが有ったりする。危機を予想しそれに備えるのは、何処の国でも何処の世界でもするべき当たり前な最低管理条件なのは変わらない。何処とは明言出来ないが、私服を肥やしているくせに予算どうこうと喚き散らして全然危機管理が出来ていないところもある。あくまでも何処とは明言出来ないが。


 そのマニュアルに従い、グランツ王国の辺境都市ストラスクライドへ魔術通信で情報を送り、援軍を求めた。


 そしてそれを受けた其処の冒険者ギルドのマスター、は、溜まりまくっている書類仕事を憔悴し切って帰って来たばかりのサブマスター、ユリアーネ・シュヴァルツに押し付け、【魔導付与師マギ・グランダー】である妻のスカーレットと集まった冒険者たちと共に即日発った。


 ちなみにシュルヴェステルが乗る馬車は、アーマーリザードという六本足で足が速い――具体的には60kph超で疾走する黒トカゲが引いている。それに馬車も頑丈で既に戦車だし、黒トカゲも武装しているという物騒な仕様であった。

 あと戦車とか大層な名付けをされているが、結局は丈夫な馬車なだけでサスペンションやダンパーが付いているわけでもないため、アホほど揺れる車酔い必至な仕様である。


 そうして迷宮の氾濫に備える最中、ふとギルマスのルボルは思い出した。そういえばこの報せが入る少し前、どう見ても冒険者登録したてな妹? を伴ってなんか宣言してからちょっと意味が判らない呪文ぽいのを羅列して突貫した少女がいたことを。


 ヤバくね?


 そう考えたルボルは、ギルド職員で斥候のマレクに追い掛けるように指示を出す。そして彼はすぐに迷宮に向かったのだが、既に一層は外皮が石なパミスラットで埋め尽くされて、とてもじゃないが二人の捜索どころではない。

 よってルボルは断腸の思いで捜索を打ち切り、迷宮氾濫の対応へと気持ちを切り替えた。


 それは、仕方ないし当たり前の判断で正しい。だがヒトは全てそう割り切れるものではない。特に冒険者という職業人は、貧民上がりが多い所為か概ね義理や人情というものに厚いのだ。もちろん例外も居るっちゃ居るが。


 更に、二人は滅茶苦茶目立っていた。すごーく騒いでいたから。よって沢山の人々――冒険者はもちろんその辺の露店や商店の店主やその他諸々な人々も、バッチリ目撃していたのである。


 もっといえば、二人は美人と美少女であった。

 そして美少女の方は、それでいて可愛かった。

 そりゃあもう、すこぶる可愛かった。


 可愛いは正義キュート・イズ・ジャスティス


 そう、その事実が、一般人だろうが冒険者だろうがパンピーだろうがヒッピーだろうが、野郎どもの心をわしづかんで放さない。


 その結果。ギルマスであり最高指揮官である筈のルボルの制止も聞かずに、勝手に救助隊が組まれたのである。

 当然、全力で止められて、だがそれでも止まらず軽く暴動が起き始めてしまい、そして――


「じゃあボクが行って来るよ」


 たまたま剣の素材を採掘に来ていた【真銀級ミスリル】の冒険者であり、ファルギエール侯爵家の三男、黒髪と琥珀の瞳で黒衣を纏うヴァレリー・ド・ファルギエールが、止める間もなくなにやら魔術っぽい呪文を呟いてから突貫した。


 それを見て、激しくデジャヴるルボルであった。

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