5 姉妹、前世を知る

 アデライドは辺境の農村出身で、当然だがかばねはなく、これからも名乗らないと決めていた。

 それはその身ひとつで成り上がった彼女の誇りであり、権威や権力には屈しないという、いわば意地の表れでもあった。

 よって貴族位と同等の身分となる最上級冒険者になったときでさえ、叙爵じょしゃく賜姓しせいを固辞していた。


 ちなみにこの時代での冒険者等級は四段階で、初級から始まり中級となり、上級、最上級となっていた。


 だが魔王の鬱陶しいくらいな熱量の求婚に根負けして魔王妃になっちゃった以上、立場として名乗らないわけにはいかず、仕方なくファミリーネームを名乗ったのである。


 実はこれは結構有名な逸話(?)で、あれだけ固辞していたのに魔王妃になった途端に名乗ったことでヒト種のお偉いさんが激怒したらしい。完全な言い掛かりだが。


 そして王族となった以上、否が応でもミドルネームも名乗らなければならないという意味が判らない伝統が、今なお魔族、ヒト種ともにある。

 だが冒険者であったアデライドは、そんな伝統だか街灯だかよく判らないモノに意味を見出せるわけもなく、よって魔王のファミリーネームである「シルヴェストル」とだけ名乗っていた。


 参考までに魔王のフルネームは「ヴァレリア・イアサント・ド・シルヴェストル」で、「イアサント」は彼の始祖の名だ。


 あとファーストネーム候補が複数あって選び切れないとき、全部付けてしまえとばかりにミドルネームに突っ込んでやたらと長くなり、寿限無みたいにしちゃう輩もいたりする(本当)。

 よってミドルネームがいっぱい付いてて格好良さげだけど長い名前だなーと思ったら、十中八九どころか確実に優柔不断の産物と思って良い。


 まぁ本来は王族や貴族が敬愛する人物や偉大な祖先の名をそれとして名乗るのが通例であり、既に世界的な常識となっている。


 よってそれに倣って名乗るべきだと、何故かヒト種のお偉いさんがクソやかましく言って来て、挙句自分たちの名を名乗らせようと候補名を一覧にして公的な書状として送付して来た。見た瞬間5ミリメートル角に切り刻んで封筒に詰め、「ぇわ死ね(原文まま)」と血文字で書かれた書状と共に送り返したが。


 だがそれを名乗るのは箔付に重要であり地味に大切であるため、仕方なくアデライドは近しい近親間でのみ使用し非公開にするのを条件に、「ゾエ」と名乗った。


 それは、魔物狩りに生涯を捧げた、二度目の人生での名であった。


 非公開にしていたためその名を知る者は魔族ですら存在せず、というか名付けたは良いが片手で足りるくらいしか使っていないため、二百人くらいいる子供たちであっても知る者は最初の数人のみでほぼいない。


 よって、「アデライド・・ド・シルヴェストル」を知っているということは、彼女の子である動かぬ証拠となっていた。これも非公開だが。


「え……え、と……。レオノール?」

「はい。『レオノール・アデライド・ド・シルヴェストル』です。逢いたかったです、お母様」


 そう、魔王妃アデライドの第一子。十五歳の成人になったときに乞われて自らの名を与えた、十六歳で逝去した最初の我が子。


「……まったく……」


 いつもと違い、キラキラした目で見るレオノールの言葉に俯き、深い溜息を吐く。


「なんでまた死に掛けてたのよ。生まれ変わるならもうちょっとまともに育つ環境になさいよ」


 言いながらその頭に手を乗せ、軽く叩いてから撫でる。それはかつて、アデライドが我が子にしていた親愛の行動。


「でも助けてくれました。そして今もまた生きています。それに――。なんといっても迷宮のリアル・タイム・アタックも出来ますから」

「う、うん。それはメッチャ丈夫になったね。別に真似しなくても良いのに」

「せっかく元気な身体に生まれ変わったのです。何処まで行けるか試したいじゃないですか」


 そう言い、袖を捲って肘を曲げる。ガチムチギルマスだったら此処で見事に盛り上がる上腕二頭筋を披露出来るところだが、残念ながらまだ十歳児なレオノールにはそんなモノは無かった。


「あ、うん。そうだね。それにしても、どうして私が『アデライド』だって判ったの? あと敬語は止めて。生まれ変わったし今は母親じゃないから」

「あはい。判りました」


 そう言うと、途端にいつもの表情に乏しいジト目がよく似合いそうなレオノールになる。差分さぶんする必要があるのだろうかとちょっと考えるナディであるが、そういうこともあるだろうと納得して気にしないことにした。


「最初にその可能性に辿り着いたのはコレ」


 ネックレスヘッドを取り出しながら言う。そして続けて、


素材はコレと全然違うけど付与された魔法が全部一緒。あと現代では【魔法付与】は失われた技術で流通していない。あるのは魔結晶の魔力で魔法陣を介して【魔術】を作動させる【魔術具】」

「え、そうなの? イマイチ魔法と魔術の違いが判ってないからなー」

「簡単に言えば【魔法】は魔力を消費して事象発現する方法。【魔術】は理論付けて【語】と【陣】を消費して事象干渉する技術」

「なるほど判らん」

「……お母様は昔から天才でしたから感覚でなんでも出来ちゃいましたからね」

「わぁ、レオの『スン顔』初めて見たかも」

「わたしはある意味で相変わらずなお母様で安心しました。おっとお姉ちゃん」

「魔法と魔術の違いはいいかなー。私が知ってもあんまり意味ないだろうし。そもそもまだ身体が十全に成長していないから魔法寄りなだけであって、基本的に物理が得意だしね」


逸失魔法ロスト・ソーサリー】をポンポン使っちゃってるナディではあるが、実はどちらかというと物理の方が得意だったりする。なにしろ今までの人生の大半が物理特化であったから。


「でも困ったことに、私に合う武器ってないんだよねー」


 ナディはそういうわけで魔法職ではなく、いわゆる前衛でアタッカーだ。そしてあらゆる武器を遜色なく使い熟せる。更に手持ちの武器が無くても、その辺の棒や石ころにでもフォース気力オーラを込めて十全に戦えた。なんなら小枝を媒介にして気力オーラを込めてオーガを真っ二つにしたこともある。二度目での出来事だけど。


「武器を選ばず戦える。さすおね」


 生まれ変わり、そして同じく生まれ変わっていた母が姉だったと知ったとしてもブレないレオノールだった。だって「お母様」も「お姉ちゃん」も、大好きだから!


 まぁ、拾われて育てて貰ったのだから、ある意味では今世でも母親ではある。五歳違いだけど。


「レオがレオノールだっていうのは判った。まぁだからといって今までと何かが変わるってのもないんだけど。それで、レオはこれからどうしたい?」

「え。あれ。どうしてお姉ちゃんがお母様だって判ったのか訊かないの?」

「えー。そんなの訊いてどうするのよ。色々理由があって判っちゃったんだからそれで良いよ。ほら、ちっちゃいコトは気にしないの」

「うん。やっぱりアデライドお母様だ。さすママ」


 シュルヴェステルがアデライドの蔑称とか勝手に付けられた二つ名とかを語り出して、まるで見て来たかのように反論したり反応したりする姿が、まんまアデライドであったから判った。そう言おうとしていたレオノールなのだが、それすら必要ないとばかりに一蹴するナディである。なにしろ、レオノールを全面的に信用しているし全幅の信頼を寄せているから。


 関係ないが、信用と信頼は別物で意味も根拠も違う。混同されがちなので念のため。


「ねぇレオ。これからちょっと遠出しない? そういえばシルヴィに止められてて行ってない迷宮があるの。其処を二人で踏破しちゃおう」


 自身やレオノールの前世を呼ばわりで片付けて、そんなとんでも定案をするナディである。それには流石のレオノールも呆れ――


「過去にこだわらないで未来に突き進むナイスな心意気。さすおね」


 ――ていない、こっちも色々流石なレオノールであった。


「よーし。じゃあ目的地は【クリスタ・マイン】よ。其処でクリスタルをいっぱい拾って錬成して、丈夫で透明度の高い窓を作るの! そして日差しいっぱいの明るくて暖かい家を建てるのよ! そうすればやっと庭と裏庭に二羽ずつニワトリが飼えるわ!」

「初志貫徹でブレない目標を語る。さすおね」

「さあ! ドラムイッシュ山地へ行くわよ!」

「おー」


 そして二人は廊下の窓を開け、


『【マキシマイズ・オブ・エフィック】【エクステンション・オブ・エフィック】【イレイズ・レジスト】【イレイズ・オブ・オシレーション】【フラッシュ・エビエイション】』


 仲良く【逸失魔法ロスト・ソーサリー】を重ね掛けして、


「アイ!」

「キャン」

『フラーイ!』


 二人して飛び出して行った。途中でなにやら何かを突き破ったような衝撃があったが気にしない。魔法で全部防いでいるし。


「は!? 今なにか物凄ぇ嫌な宣言と子供の声で聞きたくない台詞の幻聴がしたんだが?」

「あら旦那様。やっと戻ったんだね。なんかあの姉妹が『アイキャンフライ』とか言いながら廊下の窓から飛び出してったよ。あ、そういえばナディが旦那様に飲ませてってこれ置いてったね」

「…………! ナニやらかしてんだあのアホ姉妹はー! ちったぁオレの胃を労われー!」

「まぁまぁこれでも飲んで落ち着きな」

「ちょ! おま、それナディが調合した怪しい薬じゃね――」

「いーからいーから」

「いやま……うわなんだこれメッチャ旨ぇ……て、あれだけ酷かった胃痛が無くなったぞ? ナニ入ってんだコレ?」

「凄いよねー。アードルフとダーヴィドが生まれる前にお腹張っちゃったりむくんじゃった時とか、妊婦でも飲めるよーって薬くれたからねー」

「は? なんだそれ? オレ訊いてねーぞ」

「あ、いっけね。口止めされてたんだった」

「………………マジでナンなんだよあいつ」


 独白し、某連ドラのラストのように窓から空を見上げるシュルヴェステルであった。





 ――そして――






「さあ、着いたわよ【クリスタ・マイン】」

「着いたー」


 ギルドの窓から物理的に飛び出して。ナディとレオノールはドラムイッシュ山地の迷宮門前町、ファサードロックに来ていた。


 そして二人して両手を挙げてそんなことを大声で言っちゃってるモンだから、当たり前に注目を集めまくっている。


「王道なら此処で迷宮の情報を集めるんだけど、私たちにそれは必要なーい」

「そう。必要なーい」

「何故なら――」

「その方が――」

『面白いから!』


 背後に「バアアアアン!」というエフェクト文字を背負っているかのようにそんなことを言い、更に妙なポーズを取る姉妹であった。当然メッチャ目立っている。


「おいおい嬢ちゃんたち。張り切るのは良いが、此処は【クリスタ・マイン】だぞ判ってんのか? モンスターがやたら硬くて刃物なんか通用しない。鈍器だってなかなか通らないんだ。それに中が坑道になってるから、唯一効く火魔術だっておいそれと使えん。何せ熱が篭っちまう。悪いコトは言わん、出直した方が良い」


 テンション爆上がりな二人へ水を差すように、解説的に説得を試みるおっちゃんな冒険者もいるのだが、それで止まる二人ではない。というか聞いてすらいない。


『【マキシマイズ・オブ・エフィック】【エクステンション・オブ・エフィック】【ソーサリー・イクステンシヴ】【ブーステッド・ホウルアビリティ】【デュレーション・ホウルリカヴァリー】【セーフ・コンディション】【リジェネレーション】【デュレーション・キュアディジーズ】【バイタリティ・アクティベーション】【バイタリティ・メインテイン】【ハードアーム】【ソーサリー・ブースト】【アタック・ペネトレイト】【ソーサリー・ペネトレイト】【ソーサリー・リバーブ】【マキシマイズ・プロテクト】【マキシマイズ・ホウルレジスト】【ホウルリフレクション】【ミラー】【ブラー】【ヒドゥン】【サプレッション】【ファスト・ムーヴ】【イレイズ・レジスト】【イレイズ・オブ・オシレーション】【エビエイション】【センス・マナ】【センス・イービル】【センス・ホスリティ】【センス・エネミー】【センス・オーガニズム】【センス・インオーガニック】【センス・ライ】【サーチ】【ディテクト】【シーク】【アナライズ】【マップ・クリエイト】【マッピング】【ターム・オブ・ソーサリーアクティベート】【ディレイ・オブ・ソーサリーアクティベート】【ピアッシング・フレイム】【ピアッシング・ヘイル】【ピアッシング・ロック】【ライトニング・フォーム】』


 そしてまたしても人目を気にせず自己強化魔法をバカみたいに掛けまくり、


「レッツ、パーリィ!」

「いえーい」


 二人して突貫した。もしシュルヴェステルがこの事実を知ったら吐血すること請け合いである。


 二人にしてみれば、いささか過保護が過ぎると思っているのだが、これはギルマスとしての責任と彼自身の性分だから仕方ない。


 そんなわけで、ドラゴンでも通れるのではとばかりに広過ぎな坑道の壁面を高速で飛んで行く二人だった。


 あと探索と探知と解析と地図作成と地図巡行の魔法を重ね掛けしているし、探査で他の冒険者の位置とか敵性探知でモンスターの位置もバッチリ判っている。なんというか明らかにチート全開な二人だった。


 そんな無謀を絵に描いたように突貫した二人を呆然と見送る、先程丁寧に解説的説得をしていたおっちゃん冒険者は、だがやがて自称ニヒルな笑みを口元に浮かべ、


「これが若さか」


 ちょっと良い感じだけど実はほぼ意味を成さないことを言った。


 あとこのおっちゃんは実は、ファサードロックの冒険者ギルドのマスター、ルボル・ミハーレクなのだが、それを二人が知ることはなかった。

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