8 姉妹の危機を救う者

 三七階層でやっぱり湧きまくる魔物を目の当たりにして二人はやっと、これが正常ではないと気付き始めた。

 まぁ本来なら浅層での魔物出現率の多さで気付くものだが、そもそも【クリスタ・マイン】に対する――というか迷宮全般に対する基礎知識の欠落と常識の埒外な実力も相俟あいまって、そんなことには一切気付かなかった、いや気付なかった二人である。


 だって海鮮階層が入れ食い過ぎて大漁旗を掲げて帰港――じゃなくて帰還したくなったし!


「これ、明らかにおかしいよね」

「おかしい。魔物の湧きと迷宮のサイズが合っていない」


 高さと幅がそれぞれ5メートルほどの広さがある坑道の先に、さきほどのリクガメなのにタートルと名付けられてレオノールに正しくツッコまれた【ミスリルタートル】が、坑道を塞ぐように折り重なっている。


「……お姉ちゃん。でもやっぱりバカだよね」

「うんそう。それはそう」


 そう。折り重なったそれらが、塞ぐようにではなくギチギチのミチミチに坑道を塞いでいた。というか詰まっていた。


「下水詰まりかよってシルヴィならツッコむわね。でもまぁ、取り敢えず通行の邪魔だから排除するわね。【エレクトリー・リージョン】【ヴァン・ソール】【ディメンション・サークル】【マルチプル】【ライトニング・シャワー】」


 そんな詰まって動けなくなっているそれに、ナディは魔法を放つ。帯電する領域が【ミスリルタートル】を包み、更に立体魔法陣が二十ほど出現する。そして其処から雷撃が発生し、絶え間なくそれらを撃ち抜き始めた。


 時間にして十数分。坑道を文字通り塞いでいたそれら【ミスリルタートル】は根刮ぎ消滅し、跡にはミスリル鉱石やレアドロップの純ミスリル鉱石が山ほど落ちていた。


 例によってそれらを全て回収し、


「こんなお間抜けじゃあぶっちゃけなんの障害にもならないわね。ある意味ボーナスステージでしかないし」

「動けない魔物はただの的。これはきっと魔法の練習用」

「おおなっるほどー。レオ賢い」


 フツーはそれで済まないし、明らかに迷宮の様子がおかしいため撤退推奨なのだが、やっぱり良く判っていない二人はそのまま先に進み始めた。


 二人に撤退という概念はない。


 何故なら、迷宮は踏破するものだから!


 そんな調子で先に進み、三八階層で出現するコモドドラゴンだけど外皮がミスリルな【ミスリルリザード】を、


「【エネルギー・ハマー】【アイアンウォール】【エレクトリー・リージョン】【ヴァン・ソール】【ディメンション・サークル】【マルチプル】【ライトニング・シャワー】」


 一箇所にまとめて鉄壁で囲み、さきほどのセットで一掃して「さすおね」と言われていた。

 そして落ちるのは例によってミスリル鉱石。よって二人のテンションはイマイチ上がらなかった。


 鉱石は食べられないし。


「でも需要はあるよねきっと。材料があれば練習もいっぱい出来るし」

「ミスリル製の装備は希少だし加工出来る鍛治師も少ない。材料が安価で手に入ればそれだけ技術の発展に繋がるのは必然。技術財産も念頭に置く。さすおね」


 と、それぽいことを互いに言い合っているが、考えているのは土地と注文住宅を購入する資金繰りであった。あと庭と裏庭で飼うニワトリのこととか。


 ぶっちゃけ純ミスリル鉱石が10キログラムあれば、とんでもない豪邸が余裕で建つ。購入可能ではなく建つ。

 だがその価値が判っていない二人がそれに気付く筈もなく、ちょっと高級そうだから思い切り集めといた方が需要があって便利だよね? 程度にしか考えていなかった。市場と価格を破壊しそうで良い迷惑である。


 続く三九階層は、全体が赤い岩で出来ている。そして湧いている魔物は、3メートルはある緋色の殻皮を持つカタツムリであった。


「お姉ちゃん。この迷宮おかしい。なんでミスリルで出来てる魔物の次がカタツムリなの。パワーバランスが明らかにおかしい」


 炸裂魔弾で軟体部を爆散させながらレオノールが愚痴る。そう、見るからに硬そうな殻皮に対して、其処はあまりに脆弱なのだ。そして炸裂魔弾で爆散させると、残るのは緋色の殻皮そのまんまであった。


 そうやって次々と爆散させ、残る殻皮がちょっとした山になる。そうして粗方掃討し終え、ドロップ品であろう殻皮を回収しようとしたとき、それは起きた。


 爆散させた筈の軟体部が再生し、殻皮から生えて来た。その光景は、ちょっと気持ち悪い。


「あー、殻皮が本体かー。こりゃ全部を粉砕するか再生不可能なくらい軟体部を潰し続けないと倒せないかー」

「なる。じゃあ焼却。【フレア・リージョン】【フレア・バインド】【ヴァン・ソール】【ディメンション・サークル】【マルチプル】【バーン・デストラクション】」


 レオノールの魔法により、カタツムリの周囲に燃焼する領域が発生する。そしてそれらをまとめて炎のネットで縛り、更に発生した立体魔法陣から夥しい炎が噴き出して焼き包む。使った属性は違うが、これとほぼ同じ工程で【ミスリルリザード】を屠ったため、今回もこれで問題ないと思われた。


 だが、それは唐突に起こった。


 カタツムリを焼き尽くすべく燃え上がる炎が、それらに全て吸収された。そればかりではなく、その全身に炎を纏って向かって来る。ただし、カタツムリだけあって地味に遅く、冷静に見れば若干緊張感に欠けるが。


「うわ。コイツら火が効かないのかー。カタツムリのクセに」

「不覚。まさか火属性を吸収するとは。カタツムリのクセに」

「火がダメだったら凍らせよう。【フロスト・リージョン】【フリーズ・バインド】【フロスト・デストラクション】【フローズン・ナイトラジン】【ヴァン・ソール】【ディメンション・サークル】【マルチプル】【フロスト・ノヴァ】」


 瞬く間に炎の領域が氷結の領域に上書きされ、氷のネットで拘束された上に瞬時に凍り付く。それでは終わらず、二十もの立体魔法陣から強烈な冷気が発生しその全てを包み込む。


 それは如何なる生物も生命を維持出来ない極低温の魔法。これをまともに受けてなお死滅しない魔物はほぼいない。


 だが、何事にも例外はあるもので――


「うわ。コレを溶かすのかぁ。ちょっとカタツムリ舐めてた」

「体内に熱を溜め込むカタツムリ。ちょっと意味が判らない」


 凍り付いたカタツムリであったが、それが溶かされ始めている。


「でもね、急に熱くなって良いのかしら? なんのためにわざわざ【フローズン・ナイトラジン】まで使ったと思ってんの。【マキシマイズ・ホウルリフレクション】」


 殻皮をはじめ、その全身を真紅に変色させて氷結の領域を徐々に溶解させる。そして次の瞬間、膨大な熱量がカタツムリから噴き出し――大爆発を起こした。


 その爆風によりカタツムリの軟体部は吹き飛び、更に殻皮の内側からも爆発が発生し、それは粉々に吹き飛んだ。


 そしてナディとレオノールは、全ての攻撃や事象変換による変化をも反射する結界内でその様を冷めた眼差しで見守っていた。


【フローズン・ナイトラジン】は、液体窒素を発生させて目標を凍らせる魔法だ。それは性状を固定されて液体のままその場に存在し続ける。だが其処に超高熱な物体を放り込めば、一気に気化するのは当然だ。

 ちなみに気化による体積の膨張は約六百五十倍。どれほど頑丈で防御力が高かろうと、瞬間的な気化により粉砕されるのは自明の理である。


 そうしてやっとのこと(?)で倒したカタツムリの跡には、真紅の鉱石が落ちていた。


「わ。これヒヒイロカネだ。凄いな【結晶鋼道】ってこんな鉱石も出るんだね」

「食材だけじゃなく有用な素材まで出るとは。此処は正しく楽園」


 そう。二人がカタツムリと呼んでいたアレは、正式名称【クリムゾンネスネイル】であり、その殻皮は何故かヒヒイロカネで出来ていた。

 その特性は属性魔術を吸収し、その分だけ体外に放出するという魔術師殺しで厄介な魔物である。それと時間は掛かるが討伐は案外苦ではない。軟体部を直接打撃やら無属性魔術やらで再生しなくなるまで叩けば良いから。

 ただし、殻皮を割らないとヒヒイロカネが落ちないのが厄介なところで、そういう意味では非常に苦労する魔物ではある。


 そして四十階層に降りた二人は、床一面どころか全壁面や天井に至るまでビッシリと湧いて蠢いている真紅のヒルを目の当たりにして、


「うわー……流石にこれは引くなぁ……」

「コレはちょっとじゃなく凄く嫌。通りたくない。お姉ちゃん焼き払えば良いの」


 初めてまともに拒否反応を示した。


「うーん……さっきのカタツムリの例もあるし、慎重に対応した方が良いのかな?」

「調べてみよう。【アナライズ】」


 そんな会話をしながら解析魔法を使う。本来であれば初見の魔物にはそうして調べるのがセオリーである。だが、大体予想出来ているとは思うが、残念ながら二人にはその発想が無かった。今回そうして調べたのは、目の前の状況があまりにアレだったからである。


「【ブラッディリーチ】。生物に吸い付いて血を吸う。弱点は全属性でドロップは魔結晶だけ」

「【マキシマイズ・オブ・マギエクステント】【マキシマイズ・ソーサリー・ブースト】【ディメンション・サークル】【フィクスト・ノヴァ】」


 そんな倒しても魔結晶しかドロップしない魔物へと、範囲と効果を極大化させた青白い超高温の火球を放つ。結果、その湧いているヒルは根刮ぎ焼き尽くされた。


「手強い敵だったわ」

「正しくそう」


 今までで最も苦戦せずに、だが心に酷いダメージを受けた2人は、この階層の出来事を無かったことにして四一階層に進んだ。


 四一階層。其処は約50メートル四方の一つのフロアになっており、その壁面全体が蒼白くなっている。そして其処で無数に蠢いているのは、体長が2メートル弱の青い外殻のアリだった。更に奥には数えるのが嫌になるくらいの卵と、全長が10メートルを超える巨大な女王アリがいる。


 そう。四一階層はボス部屋であった。そしてボスは【セレストアント】という、体表が澄み切った青と白の中間色のアリだ。あと無駄に硬い。


 それもその筈。この階層の壁面は青いヒヒイロカネであるアポイタカラで構成されている。


 ここのボスは非常に厄介で、女王アリを倒せば終わりではない。もしそれを倒したとしても、別の個体が即座に女王となってやっぱり即座に戦力を補充するからだ。

 更にその体表はアポイタカラで出来ていて、性質はヒヒイロカネと同じく属性魔術を吸収、排出する性質があるため、純粋な魔力によるものでしかダメージを与えられない。

 そしてそんな体表であるためその高度は相当なもので、当然並の刃物は通らないし、あまりに硬いため鈍器でも有効なダメージは与えられない。


 つまり、並の攻撃ではたった一体のアリですら満足に倒せないのだ。


 通常の【クリスタ・マイン】であったなら、アリの全長は1メートルに満たなく数も精々十体程度、そして女王アリも全長3メートルほどである。


 だが、今はそれの倍以上の体長と百倍以上の数がいた。


「お姉ちゃん。凄く面倒臭い。此処を踏破出来るのは正しく勇者」

「だねー。この数は明らかにおかしいよねー。もしかしてこの迷宮って、今まさに氾濫している?」

「此処までの湧きを鑑みるとそうかも」

「うわー、失敗したなぁ」

「うん。失敗した」


 今になってやっと、ちょっと後悔し始める姉妹であった――


「こんなことなら」

「うん、そうね」

「三四階層でサケを乱獲して帰れば良かった」

「三五階層でカジキマグロとクロマグロもね」


 ――のだが、後悔の方向がちょっと違っていた。


 だがそうはいっても、此処まで来たのだから踏破するという欲が出るのは二人も人並みに同じ――


「でも初志貫徹は重要よね。やっぱり目標どおり踏破しなきゃ」

「困難に負けずに初志貫徹を貫く。さすおね」


 ――でもなく、欲が出たというより予定だからやるという考えしかなかった。ある意味素晴らしいことではある。状況は最悪だが。


「アリさんたちの外皮はきっとカタツムリと同じ性質で属性の魔力を吸収するよね。だったらならどうなるかしら」


 正面で蠢く、だがまだ部屋に入っていないため敵として認識しないアリに目を向け、ナディは口の端を吊り上げて満面の笑みを浮かべた。


「レオ。入場したらまず最大級の障壁をお願い。あとは私が物理的に焼き尽くす」

「了解」

「じゃあ、行くよ!」


 そして二人はボス部屋へと入場する。その瞬間、その場に居る全てのアリが侵入者である二人へ敵性反応を示し、一斉に襲い掛かる。


「【アブソリュート・ホウルリジェクション】全てを拒絶する」


 殺到するアリはレオノールの展開した障壁に全て阻まれ、近付けない。そして続けてナディが――


「【マキシマイズ・オブ・マギエクステント】【サンカント・ソール】流石にちょっとキツイかな【ディメンション・サークル】【フローズン・オキシジェン】」


 魔法範囲を極大化し、五十もの立体魔法陣を展開する。そしてそれが完成すると、このフロアを埋め尽くす勢いで凍てつく液体が発生してアリどもを押し流す。だがそれも数瞬のみで、その液体はたちまち凍り付いた。

 それを展開した反動は大きく、年齢的には成人しているが肉体的にはまだ未熟なナディに凄まじい負荷が掛かってしまった。


「【トラント・ソール】【インセンティリィ・ボム】」


 だがそれでもナディは、その凍った空間に効果がの魔弾を放つ。


 そして――


「【ディメンション・ウォール】【コントロール・アトモスフィア】」


 それは熱により氷から一気に気化して爆発し、膨大な炎を生み出しながら燃焼し始めた。


 その炎はフロア内の全てを包み、だが発生元は魔力でも燃焼は物理的な効果であるためそれを吸収出来ないアリどもを焼き始める。

 更に入口でレオノールが全てを拒絶する障壁で蓋をしているため、その熱量は一切抜けずにフロア内に留まり続け、温度を青天井に上昇させた。


「……例え魔力を吸収出来ても化学反応は吸収出来ないでしょう。通常の生物なら生存不可能な、この二千度を超える熱量に耐えられるかしら?」

「お姉ちゃん。まだ身体が出来上がっていないんだから無茶しちゃダメ」

「あー、ごめんねレオ。やっぱり私もまだまだだなぁ。結婚前のアデライドの足元にも及ばない」

「全盛期のお母様を比較対象にしちゃダメ。アレは正しくバケモノ」

「元とはいえ母親にそれは酷くない!? 否定出来ないけど」


 そんな姉妹のなんだか親子のなんだか不明瞭な会話をしつつ、焼き窯のようになっているフロアを眺めながら一休みする。こんな状態では火が消えても暫くは入れないだろうし。


 そんなノンビリと構えていると、フロアの奥から強烈な冷気が噴き出し始めた。それは魔物が出しているのではなく、迷宮そのものから噴き出している。


 ――迷宮とは生き物だ。誰かがそう言ったことがある。


 事実、迷宮を掘ろうとしたり爆破して階層を抜けようとすると、それを拒むかのように迷宮が蠢き即座に修復しようとする。


 そして今回。明らかな異常であると判断されたのか、発生した熱量を拒むかのように冷気が発生し、それを一気に鎮火し――


「ウッソでしょ。マジかー……」

「工夫を全て台無しにする。これは鬼畜の所業」


 そして今までの出来事がなかったかのように、いや、それ以上のアリが発生している。更に二人の退路を断つべく、入口が崩れて塞がった。


「……正攻法でやれっていうことね。レオ、これからちょっと無茶するけど、無属性の魔弾で援護お願い」

「……イヤだけど判った。お姉ちゃんにアリは近付けさせない」

「お願いね。じゃあ行くよ。【ブーステッド・オブ・ゴッデス】【ゴッデス・ブレッシング】【ゴッデス・フォーム】【エンブレース・オブ・ゴッデス】」

「え。それ……アデライドお母様の【神装魔法】。お姉ちゃんそれはダメ。負荷が大き過ぎる」

「このままじゃあどのみち助からないから仕方ないよ。大丈夫、【ストレージ】に何故かが入ってたから」


 振り返って「ニカッ」と笑い、ナディは【ストレージ】からそれぞれ真紅と蒼白の小太刀を二振り取り出した。


 それは魔王妃アデライドが婚前に愛用していた神話級の武器。極低温の小太刀【凍花とうか】と灼熱の小太刀【灼花しゃっか】。


「いやー。まさか此処まで追い込まれるとはねー。迷宮舐めてたわー」


 独白し、一斉に襲い掛かって来るアリに突っ込もうと一歩踏み出し、


「【剣の墓標グレイブ・オブ・ソーズ】」


 だがその声と共に、影から突き出た二次元平面の剣がことごとくアリを刺し貫き消滅させる様を目の当たりにして、その足を止めた。


「え……これって……」

「お父様?」


 声の方、崩れた入口の隙間から影が伸び、それがゆっくりと人型になる。それが黒衣の男であり、更に何処かで逢ったと二人は感じた。

 それは彼も同じたようで、優しい眼差しでレオノールを見て、そして――


「ああ……逢いたかった。


 突然ナディを抱き締め、そのままベロチューをした。

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