12 氾濫鎮圧その前に

 ――筈だったのだが、その前にやるべきことがあった。


 よって、に張り切りまくって馬車に乗り込み突撃しようとする、意外と脳筋なフロランスをアーチボルトで鎮静させたナディは、空腹を満たした上に疲労困憊でぶっ倒れている避難民をなんとかしようと考えた。


 それに在庫一掃処分のついでに――もとい、事情を聞くついでに在庫一掃処分をした責任もあるし、そもそも元気で体力に満ちている者たちばかりではなく、子供や年寄りだっているのだ。これを放置するのは明らかに寝覚が悪い。


「アーチー。ちょっといいかしら」


 よってナディはとある決意をして、フロランスと共に馬車に軟禁していたアーチボルトを呼ぶ。


「はい。わたくしはいつでも問題なく動けます。御用向きは何でしょうか」


 そんな聞いてもいない弁明らしきものをしつつ、いつもどおりにピシッとロングテールスーツに身を包んだアーチボルトが、何事もなかったかのように下車して素早くドアを閉める。

 一瞬だが中にいるフロランスが謎になまめかしく脱力しているのが見えたし、ちょっとヘンな匂いがしたが見なかったし気付かなかったことにして、更に、フロランスが自ら下車するまで絶対に車中を覗くなとガエルに念を押す。意味が判らず首を傾げていたが、女子にはそういうこともままあるだろうと考えた彼は、それを遵守することにした。実に立派な護衛騎士である。流石は妻子持ち。しっかり空気も読めている。


 そしてレオノールをも伴い、人々が疲労と満腹でぶっ倒れている場所より先の平原に向かう。


 そうして程良い場所に着いた三人は、色々相談して取り決めをした後、【ストレージ】から直径2メートル大で真円の純魔結晶を取り出した。

 それは、未だに姉妹を拐かそうとする輩から少しずつホイホイした副産物と、週二で迷宮に潜った結果と成果である。

 二人が潜った後の迷宮は極端に魔物のリポップ率が低下するのは、そういう理由があるからだ。

ディープ・マスター】討伐後に一週間くらいリポップ率が90%低下した上に自動で深層が閉鎖される迷宮もあるし。


ディープ・マスター】が強力なレイドボスである【ビースト・シティ】とか【亜竜ドラグ山脈ベルグ】とか。


 ちなみに、ボス攻略による迷宮の魔力低下プラス純魔結晶生成のために魔力収集した結果、ただでも低下するリポップが更に低下するという平和的で傍迷惑な副次効果があった。


 そうして魔物のポップが低下するため採取目的の潜行はとても捗るが、ドロップ目的ではマジで良い迷惑である。


 ともかく。


 その取り出した純真結晶に手を添えて魔力を引き出したナディは、


「【ブーステッド・オブ・ゴッデス】【ゴッデス・ブレッシング】【ゴッデス・フォーム】」


 自身の固有魔法を発動させる。その効果により、その全身が輝きあたかも黄金の翼のように広がり、そしてその光が空高く昇って行く。


 それは、全能力を均等に強化する【フォース】の光。


「【マキシマイズ・ソーサリー・ブースト】【マキシマイズ・ソーサリー・アクセラレーション】【マキシマイズ・ソーサリー・イクステンシヴ】【マキシマイズ・マギエクステント】」


 その状態で、自身とレオノール、そしてアーチボルトの魔法能力と展開速度、そして範囲と効果を極大化させた。


「【ミラー】『【ソーサリー・リバーブ】【マルチプル】【クリエイト・メタルウォール】【クリエイト・クラッド】【クラッド・ハードニング】【クリエイト・ブリック】』」


 続いてレオノールが【鏡躰きょうたい】の魔法で自身を分裂させ、無数の鉄板とつちくれを生成し、その土塊で高硬度の煉瓦を生成する。


「【グランド・オペレート】【マナ・アルケミィ】【オペレート・オブ・マナ】【メタスタシス・オンプレイス】【クリエイト・シタデル】【クリエイト・ロジュマン】」


 そしてアーチボルトがまず整地と水回りを形成してからベタ基礎を造り、魔法錬金を発動させる。その効果により、生成してある煉瓦が純魔結晶を核として瞬時に組み上がって行く。


「【マナ・リインフォース】【クリエイト・マナサーキット】【アクティベート・マナサーキット】【ブーステッド・マナサーキット】【マナサーキット・フィクスィティ】【エスタブリッシュト・マナサーキット】【マナ・ラウンド】【マナ・ステイブル】【マナ・フィクスィティ】」


 そうして組み上がったに、ナディが魔力回路を組み込み――


「【ターム・オブ・ソーサリーアクティベート】【マキシマイズ・ホウルレジスト】【マキシマイズ・ホウルリフレクション】【アブソリュート・ホウルリジェクション】【ディレイ・オブ・ソーサリーアクティベート】【ソーサリー・リバーブ】【マルチプル】【グラベル・ガイザー】」


 レオノールが条件発動魔法と遅延発動魔法を付与していく。


「【コントロール・アトモスフィア】【プロセッシング・ウェザー】【センス・イービル】【センス・ホスリティ】【センス・エネミー】【クリンネス】【リペア】」


 最後に、アーチボルトが気象制御魔法や悪意ある外敵の感知、清浄化と修復を付与した。


 本当は【破壊不能】も付与したかったが、そうするとこの場所が延々と残ってしまう。それはちょっと良くない。此処はあくまでも非常時のための仮設住居なのだから。


 もっともそう予定はしていても、三人が創ったソレは世間一般的に言うところの「普通」では全然ない。


 なにしろ完成したそれの景観からして、神殿にも見える城塞を中心として造られた、立派な市街に成っちゃっているから。


 そうして出来上がったを、額の汗を拭って良い笑顔で満足げに眺めている三人を他所に、常識を確実にぶっ壊された人々が言葉もなく呆然と見ていた。まだ良く判っていない子供たちは無邪気にはしゃいでいたが。


「奇跡だ……」


 おおよそ有り得ないであろうその現象を目の当たりにした人々は、誰ともなく呟き始める。


「黄金の翼、その身を分ち無から有を生み出す力、それを組み上げ街を創造する――これは、これこそが、神の御業みわざ……!」


 そんな中、神父ファーザーであろうキャソックを身に纏ったまだ若い男が、そう呟いた。そしてそれを聞いた傍に控えている修道士ブラザー修道女シスターが、膝を折り一斉に祈りを捧げ始める。


 それは目の前で起きた、奇跡としか思えないそれを目撃した人々へ容易に伝播し、遂にはその場にいる全員がナディたちへと祈りを捧げ始めた。


 そんな有様になっているのにまだ気付かない三人は、


「いやぁ、久しぶりに無茶したわー。でもやっぱりまだ固有魔法の練度が足りないわねぇ。今は成人したてだし、もっと成長すれば負荷が掛からず使えるようになるかな」

「お姉ちゃんはまだまだ成長途中。これからどんどん色々育ってえっちっちぃになるから今は無茶したらダメ」

「いやえっちになっても需要がないから、それ要らないわ」

「でも本当はお父様――ヴァレリーとえっちなことをしたいとちょっと思っている筈」

「思ってないからね! ちょっとレオ、なんで私とヴァルをくっつけたがるの?」

「元とはいえお父様とお母様が仲良くしているのを見るのは良いものだから。大丈夫。お姉ちゃんが【テネーブル・ソル】で拾った色々で避妊薬を作っていたのも知っている。どんどんえちちすれば良い」

「しないからね!」

「ぐぅ、ナディ様があの変態とピーーー×ー!するとか! 聞いただけでも業腹ですが! それでもナディ様が幸せになるのなら、わたくしも血涙を堪えて祝福しましょう!」

「だからしないってば! 一般的に避妊薬は需要があるだろうから作っただけで自分じゃ使わないからね!」

「お姉ちゃん……それだとすぐに妊娠しちゃうよ。なにしろヴァレリーは思春期で変態魔王な性欲底無しえっちっちぃだから」

「するようなことはしないって言ってるでしょ!」


 この場ではどーでも良い会話をしていた。


 そうしている間に固有魔法の効果が切れ、ナディから立ち昇っていた黄金の光がそのまま空へと消えて行く。それを見て、


「おお……神が、主が天へと帰還されて行く……」


 そんなことを呟く神父ファーザー


 その呟きを耳にし、なんだろうと振り返って初めて、数百名からなる人々が三人へと祈りを捧げているのに気付いた。


「黄金の天使を御身おんみに降ろしたてまつりし【聖女】様。そして奇跡により街を創造し、迷える子羊たる我らを救い住処を与えし主の【みつ使かい】よ――」


 そんな有様にギョッとして言葉を失っている三人を他所に、先頭にいる神父ファーザーがそんななんだか良く判らない口上を述べ始めている。


「えーと、みんなで何をしてるの、かな?」


 その口上が耳に入り、なんとなく察しながらも無かったことにしたいナディは、取り敢えず訊いてみた。


「ああ……【聖女】様。せっそうに御声を掛けて下さり、光栄の極み!」

「は? せいじょ? 誰が【】よ!」


 言いながら祈りを捧げ続ける神父ファーザーに、謎に激昂するナディである。だがそんな反応であっても、


「あ、そうですね。世に【聖女】であると知られれば、間違いなくどもが利用しようとする筈。それは看過出来ません! このことは拙僧の胸の内に留めておきます」

「当たり前でしょ何言ってんの!【】なんて世間に広まったらたら愚か者変態どもが寄って来て始末に追えなくなるに決まってるわ! だから記憶の片隅にも止めるんじゃないわよ判った!?」

「おお! 自身の偉業を、其を成すのは当然であると迷える子羊たる我らを救う! 正に正に、正しく【聖女】様!」

「だから【】言うな!」

「ええ、ええ、判っております【聖女】様!」

「ちっがーう!」


 そんな勘違い系コントのような会話をするナディと神父ファーザーを交互に見て、思わず顔を見合わせるレオノールとアーチボルトであった。


「お姉ちゃんはきっと【聖女】と【性女】を勘違いしてる。でも一般的に『せいじょ』と言われたら真っ先に『聖なる女』が浮かぶのに『性的女』が浮かぶとは。否定してるけど実はムッツリえちち。さすおね」

「ですね。本人は否定はしていますが、異常に子沢山な時点でそれは無理があります。非常に業腹ですが!」


 そんな会話をする、魔王妃アデライドの元長女と二百四番目の現末っ子である。


 結局、謎にプリプリ怒っているところにアーチボルトが耳打ちし、【聖女】と【性女】を勘違いしているのに気付かされたナディは、軽く周囲を見回した後で、


「とにかく、私を【】なんて呼ばないこと! 判ったわね!」

「はい! 判っております【聖女】様!」

「全っ然! 判ってなーい!」


 ムキー! と絶叫するナディであった。


 まぁ、その場にいる数百名全員が三人の常識ブレイカーぶりを目撃してしまっている時点で、それを否定するのはいささか無理があるというもの。よってナディは【聖女】であり、レオノールとアーチボルトは【御使】であると浸透してしまったのは、当然の流れであろう。


 そうして収拾がつかなくなった現場から逃げるように、やっと謎のナニかから復活して気怠けだるげに顔に掛かるおくれげを払いつつ、頬を染めながらも唇をキュッと引き締めて換気をしているフロランスがいる馬車に――


「え? あ、ちょっと待って下さいまし。まだちょっと臭いが――」


 ――顔を真っ赤にした上に泣きそうな表情で止めようとするのを無視して勢い良く乗車する。

 それに押されて、何故かまだ若干脱力しているために倒れそうになるフロランスの腰に優しく手を回したアーチボルトが、


「お隣に失礼致します。おや、おぐしが乱れております。整えましょう」

「あ、アーチボルト様……あ待ってまだ余韻が……ぁあん♡」


 至近距離から低音のイケボで囁くように言い、そして頰に掛かっている後毛を払い、髪を整えて始める。

 アーチボルトにしてみれば単にみだしなみを整えているだけだが、憎からず想っているフロランスにとっては一大事である。そして整えているその手付きが妙に艶かしいし。


「フロランス姉を秒で陥落させるアーチー。やはり変態魔王の息子。さすおと」

「人聞きの悪いことを言わないで下さいレオノール様。わたくし母上アデライドの息子ですがクソ親父ヴァレリアの子ではありません」

「その言い分は謎過ぎて道理が通らない。アーチーの存在は結局魔王ヴァレリア魔王妃アデライドが仲良くえちちした結果。それが否定しようもない紛れもない事実」

「くぅ! やはりあの変態はこの世から抹殺せねばならないようです……!」

「それは絶対に無理。出来る者がいるとしたらそれはお姉ちゃんだけ。でもお姉ちゃんは深層心理でヴァレリーとえちちしたがっているから諦めるべき」


 どうやらレオノールはナディとヴァレリーがくっつくのを推奨しているらしい。前世では病弱であり早逝したため、心配げな両親の想い出ばかりで仲睦まじい姿をあまり見なかったから、という理由もある。


 本人がどう否定しようが結局のところそういう想いがあるのだろうから、ならば応援しようというのが子供心であり妹心――なのだが、実は本当にそういう想いなんて大して無いナディにとって、でっかいお世話であった。まぁ、想いはなくとも情があるのは事実だが。


「よーし、みんな乗ったわね? 出発するわよ! 行け、エンペラー・ブラッドレイ号!」


 車中ではなく御者台に飛び乗ったナディが、急な展開に思考が追い付かずに呆然としているガエル氏から手綱を奪い、どう考えてもその場のノリと勢いだけで付けたであろう馬名で呼んで鞭打った。


「は? はぁ!? なんですかソレ! この馬はヴィリバルト号で――ちょ! お前なんでそんな嬉しそうでノリノリなんだ!?」

「フ……。結局馬だって良いものは良いと判っているのよ。さあ、風にように進め! エンペラー・ブラッドレイ号!」

「いや意味が判らないですよ! そもそもどうして【エンペラー・ブラッドレイ】なんですか!?」

「そんなの決まっているわ!」


 手綱を握り、風に揺れる黒髪をそのままに、それを見た誰もが見惚れるであろう女子なのに男前な表情で、


「その方が、格好良いから!」

「うっせぇわ」


 キッパリと、そしてどう考えても違うどーでも良い理由を言い切った。


 ガエル氏のナイスなツッコミが入るが、それをどうこう言うナディではない。というかそんなのは一切聞いちゃいない。


「【リトル・リジェネレーション】【バイタリティ・アクティベーション】【バイタリティ・メインテイン】【デュレーション・ホウルリカヴァリー】【セーフ・コンディション】」


 そして更に強化魔法を重ね掛ける。その結果、馬車はかつて無いほどの速度を叩き出した。


「行け! エンペラー・ブラッドレイ号! 何人たりとも、お前の前は走らせない!!」


 いななきと共に、劇的に絶好調でノリノリでテンアゲになったエンペラー・ブラッドレイ号――正式名ヴィリバルド号は、車軸をぶっ壊すんじゃないかとばかりな速度で疾走し始めた。


 それは、この世界で到達し得る馬車での最高速度を大きく塗り替えた瞬間でもあった。


 具体的には、80kphくらい。


 よって、サスもなく衝撃を吸収出来ない鉄板で補強されただけの車輪でしかない馬車はハンパなく揺れまくり、


「ううぅ……揺れと振動で気持ち悪いですわ……」

「それはいけません。僭越ながら、わたくしに抱えさせて下さい。多少なりとも揺れが落ち着くでしょう」

「……は……え、ええ!? いいいいいいけませんわアーチボルト様! そそそそそのようななななふしだららららな……!」

わたくしは家妖精ですので問題はありません。では此方に」

「は……はひぃ……好き♡」


 馬車酔いで気持ち悪くなってしまったフロランスを気遣い、アートボルトが抱え上げていた。


 そんなアーチボルトを、浮遊魔法で宙に浮きながら半眼で冷たい視線を向けるレオノール。


「無自覚に誑し込むアーチー。それはどう見てもどう考えてもただの女誑し。ゲスおと」


 そして過去最大級な蔑みのと称号を送っていた。


 そうして慌ただしく、正確には狂信的になってきちゃった人々から逃げるように――実際に逃げ出したのだが、ともかく、ナディたちは出立した。


 だがその場にいる人々にとってそうして高速で走り去る様は、逸早く迷宮氾濫を鎮圧しようとする決意と心意気であるとしか映らない。


「主は我らを見捨てなかった! 何故なら、天使様と御使を遣わし、住処を失い路頭に迷うしかなかった我らを救い賜うた!」


 声高らかに宣言する神父ファーザー。続いて、喝采が起きた。


「拙僧は、わたしは、これより! 天使様と御使を奉じ、永遠に讃えると誓おう!」


 そして起こる、歓声と喝采。


 この日、世界に新たな宗教が興った。


 黄金の天使と御使を奉じるそれは、弱き者や貧困に喘ぐ者などの社会的弱者へ手を差し伸べ、だがその見返りを一切要求しない宗教として多くの者たちが信仰することとなる。


 そして数年後――仮設住宅として使い捨てる筈だったがあまりに立派で快適であり、更にいつまでも劣化せず、しかも汚れないという異次元の環境であるのに使い捨てるなど以ての外だと考えた人々がちゃっかり定住したこの街が、やがて大きく発展して【けんてん都市プリンシパティ】と呼ばれるようになる。


 それとこれは完全に余談だが、後年中央にある神殿にも見える城塞に設けられた聖堂に、黄金の天使と御使が描かれた巨大タペストリーが設置された。


 それは使を観た神父ファーザーが感動し、その作者である【に作成を依頼し完成したものである。


創世の力天使ロード・ジェネシス・ヴァチャー


 そのタペストリーに描かれた天使はそう呼ばれ、数多の信徒の心の支えとなるのであった。


 ガチムチな誰かさんは爆笑していたが。

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