2 気付いたら死にそうだった
覚えている最初の記憶は戦場で、その中で「彼」は生き抜くために必死に戦っていた。
もっとも戦場にいたといっても将軍やそれに類する役職などではなく、単なる末端の一兵卒であったけれど。
そのため扱いは決して良くはなく、はっきり言ってしまえばい使い捨ての数字でしかない。
それでも「彼」は、生き抜いた。戦った、ではなく生き抜いた。生きて、未だ思いを告げられてはいない愛する人の元に帰るため。
ちなみに「彼」が愛している人物は、男性であったのだが、その想いが叶うことはなかった。
「彼」は男しか愛せなかったのである。
次いで二度目の記憶では、何故か魔物を狩る者として「彼女」は頭角を現しており、だが同時に実力はあれども女である事実で侮られて苦しんでいた。
しかしそれも最初だけで、その実力により徐々にそれは無くなっていった。そういうヤツらを物理で黙らせていた、という理由もあったりするが。
生涯独身で生涯現役を貫いた「彼女」は、晩年に差し掛かったある日を境に突然その消息を断ち、それと同時に災害として諦められていた火竜の襲撃が突然無くなり、その存在すらも消えた。
そして三度目の記憶は、魔法使いであった。称号や役職が付くほどに「彼女」は実力のあるそれではなく、小さな町でちょっとした魔法薬を製造販売する小さな個人経営の店主であった。
ちなみに店員を雇えるほどの収入があったわけではなく、あと魔法は使えたが何故か物理攻撃特化型であったために素材の収集は自前で出来ちゃっていたからか、周囲には冒険者が趣味でやっている魔法薬店と認識されていたりする。本人はあくまで自分は魔法薬店の店主であって、冒険者が副業だと言い張っていたそうだが。
そして「彼女」はそのまま晩年を迎え、その小さな店舗兼自宅のベッドで息を引き取っているのが発見された。最初から最後まで「彼女」は独りであった。
更に四度目の記憶では辺境の村人であったが、どういうわけか武術も魔法も使えた「彼女」は其処から成り上がり、遂には一騎当千とまで云われる最上位の冒険者になっていた。
そんな「彼女」は国々が発令した魔王討伐の強制依頼により討伐軍に加わる羽目になり、次々と仲間が倒れ行く中にあって、なんとソロで不滅の魔王を撃ち倒してしまった。
だが不滅と云われるだけにその程度では滅びる筈もないそんな魔王と十数回戦い、その全てで勝利したのである。
最終的に「彼女」にそうされるのがスキになるというおかしな性癖に目覚めて魔王様になっちゃったソレに熱烈な求婚をされてしまい、結局根負けして受け入れ、ビックリするくらい幸せになったそうな。
魔王とまぐわった「彼女」は人の限界寿命を遥かに超えて、齢三百歳で天寿を全うした。
ちなみに人としての能力限界は、魔王を魔王様へとジョブチェンジさせた時点で、とうに超えていたりする。
そして他界するまでの間に、双子三つ子などの多胎児込みで二百人くらい子を産んだらしい。
おかしな性癖に目覚めた魔王様は夜も魔王様であったが、そんな「彼女」も立派な女王様に覚醒してしまっていたのであった。
そして五度目の記憶――現在。
気付けば「彼女」は、浮浪児であった。
どのような切っ掛けでそうなったのかは不明だが、その日は路地裏の片隅の寝ぐらで、薄汚れたボロ切れを集めた寝床で高熱と頭痛、そして倦怠感に喘いでいた。
朦朧として混濁した意識の中、謎の記憶が頭の中を掻き回し、その苦痛から自衛するためか、そのまま意識を失った。
『頭痛には【――の葉】6グラムと【――の根】4グラムを300ミリリットルの清浄水でゆっくり撹拌しながら煮詰めて、濁りが無くなって澄んだら完成。それに【――の実】を1グラム加えて常温でゆっくり冷まし、色が変わったら解熱作用も追加される。一度冷蔵して果汁を加えると飲み易くなる――え? なんなのこれ?』
意識が途切れる間際に、そう呟きながら調合している手元が視えた気がした。
再び目覚めたとき、夜の
『拙い。これ、死ぬ』
そう考えたが、既に身体が思うように動かなくなっているばかりか呼吸も満足に出来ない状態だった。
『ああ、これは末期の肺患いか。それで体力が無くなって動けないんだな』
朦朧とする意識の中、だが何故か冷たいほど冷静に自分を分析する。
『まず肺患いを治さないと【グラン・キュアディジーズ】。あと体力も賦活させて【バイタリティ・アクティベーション】』
その瞬間、自身を蝕んでいたものが消え去り、更に身体から力が湧いて来た。
『うわ、喉がカラカラ。水分も足りないし塩分も足りない【クリエイト・アクア】【クリエイト・ブライン】。あと温まらないと凍えて死ぬ【フレイム・メインテイン】』
塩分を含んだ水と清浄水の玉が現れ一つとなり、その真下に風に晒されているにも拘らず揺れないばかりか延焼すらしない火が燃え上がった。
現れたその水は火に炙られすぐに微温湯になる。そして彼女は、躊躇なくそれに頭を突っ込んで瞬く間に飲み干した。
「ああ、生き返った」
そしてやっとまともに声が出せるようになり、大きく息を吸ってから大きく吐く。その際に盛大に咽せ込み、未だ肺に残っていた血液と痰もまとめて吐き出して、本当の意味でスッキリと生き返った。
『ところで、私はどうして此処に居るんだ? そもそも此処は何処だ? 道端? 待て待て。まず私は誰だ? えーと、そう、アデライドだ。最後の記憶では夫の魔王ヴァレリアと子供や孫、玄孫やその他いっぱいに看取られて死んだ筈。ああ、大往生で良い人生だった。魔王の嫁になった時点でヒト種の裏切り者扱いされたけど。でも結局ヴァレリアが生きている限り不可侵を貫くことで納得させたんだよな。というかヴァレリアって不滅じゃない。実質魔王軍は二度と侵攻しないってことなんだよね。軍を解体して農作業させてたし。でもそもそも王国が魔族に侵攻したから戦争が始まっただけで、基本的に魔族って魔法に長けているだけの異種族なんだけどね。いつの世もどの時代でも権力者のくっだらない理想や政策で振り回される。苦労するのはいっつも平民なんだよな。いうてどうにもならないけど。いやいや違う違う現状だよ現状の確認だよ』
そんな盛大で壮大な解説的モノローグというべき独白をして、彼女は周りを見回しながら今の自分の記憶を探った。
まず思い出したのは、寄付金を横領している粗暴でアル中なシスターがいる孤児院から皆で逃げ出したこと。
だがその多くはすぐに捕まり、連れ戻された。自分はどういうわけか【潜伏】や【隠身】が得意であったから逃げ
『そして今の名は――あ、無い。いつも「おい」とか「それ」って呼ばれてた。……腹立つな。後であの孤児院潰す』
「【ミラー】」
思い出して憮然としながら相当物騒なことを考えつつ、魔法を使う。目の前に
『……黒い髪と
「【クリンネス】」
まず身綺麗にしようとなんとなく魔法を使う。その効果で、彼女は元より寝床に敷き詰めた薄汚れているボロ切れが一瞬で綺麗になる。そればかりではなく、路地裏の一角までもが輝かんばかりに綺麗になった。
『あとは寝床かな。雨は降りそうにないから取り敢えずマットとシーツをなんとかして――』
「【リペア】【コントロール・エア】【エア・ウォーム】」
ボロ切れが二枚の布になり、その内の一枚が袋状になる。それが膨らみ、そして温かい空気で満たされた。
『寝てる間に誰か来て獲られるのは嫌だから――』
「【クリエイト・マナツール】」
その辺に転がっている鉄屑や石ころにそれらの魔法を掛けて小さな
「【センス・イービル】【グラント・オブ・カース】【マナ・ディプライヴ】【アブゾーブ・マテリアル】【クリエイト・マナクリスタル】」
それへ次々と魔法を掛けて行く。やがてそれらが鈍い光を放って起動し
「
大気の振動を消し去り、そしてその効果を延長さてから、
「おやすみなさい」
取り敢えず眠ることにした。
そして翌朝。結構消耗していたのか思いの外ぐっすり眠ったナディは、目醒めてまだ目眩がするもののなんとか起き上がり――その周囲に散らばる魔結晶と一目で良からぬ輩と見て取れるゴロツキと思しき野郎どもが十数人ぶっ倒れているのに気付いて、ドン引きした。
昨夜眠る前に設置した魔法は、次の通り。
「悪意に反応して発動」し「呪いを掛け」た上で「魔力を
「ま。結果として魔結晶が手に入ったから、良っか【アセンブル】【ストレージ】」
散らばっている魔結晶と魔法付与した碑を収集魔法で集め、さっさと収納魔法で仕舞い込む。
これは四度目の時に覚えたもので、ナディは何でもないことだと言わんばかりになんとなく使っているのだが、世の魔法使いが見たら発狂必死なほどに高度なものだったりする。
「あ。コイツらの身包み剥いでも良いよね。私になにかしようとしたんだろうし。でも服とか装備は嵩張るからお金だけで良っかな【サーチ】【アセンブル】【ストレージ】」
そうやってぶっ倒れているゴロツキに一切触れずに、懐の財布から中身を抜き取っただけではなく、衣服に縫い付けて隠しているモノまで根刮ぎ回収した。
「臨時収入、臨時収入っと。屋台でなんか買おう」
再び塩水と清浄水を合わせて希釈し、一気に飲み干して空腹を紛らわせて、壁の近くにある屋台市へと向かった。
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