転生したら死にそうな孤児だった
佐々木 鴻
生きるために出来ることを
1 貧民街の幼姉妹
ナディの家は、街を囲む高い壁の外の貧民街にある。
つまりとてもボロい。もちろん、資本、労力に比して利益が多いとか楽だが儲けが多いとかいう意味ではない。純粋に今にもぶっ壊れそうなのだ。
あと貧民街と呼ばれているが、ほぼ廃墟が並ぶお世辞にも「街」とは呼べない場所である。最早スラムと呼称した方が適当であろう。
だがこの街の人々は、壁の向こうにあるのはあくまでも「貧民街」であり「スラム」などではないと言い張っている。人々は等しく平等であるという謳い文句が常套句な信心深い連中にとって、街にスラムなどあってはならないのだから。
一般的には「貧民街」と書いて「スラム」と読むのだが、其処は絶対に妥協出来ないらしく、ともかく、そういうことになっている。
そんなお題目を皆して並べてはいるが、ぶっちゃけ近隣の街に対しての世間体とか対抗意識とか優越感とかを味わいたいだけなのだが。
もっとも其処に住んでいる人々にとって、壁の中の住人のそういう思惑や思想は凄くどうでもいい。なにしろ今この瞬間を生きるのに必死だから。
そんな粗悪な環境で、しかも多分まだ十歳であるナディもまた、必死に生きていた。ちなみに何故多分なのかというと、正確には判らないからだ。
なにしろ両親なんて見たことないし。
そして気付いたら独りだったし。
オマケに肺患いで死にそうだったし。
ついでに酷い脱水症で動けなかったし。
それがどうして生き
だが血の繋がりはない。ナディがまだ五歳くらいの頃に、寝ぐらにした半分倒壊している小屋の前に捨てられていたのを保護したのだ。
五歳児が其処までするかとか、いややっぱり何も考えていないから拾ったんだなとかそういう突っ込みはわりと多いだろうが、とにかくナディにはその子を見捨てるという選択肢は微塵もなかった。
ナディはその子にレオノールと名付け、妹として共に暮らし始めたのである。
さて。そんなまだ首の座らない赤子を連れた五歳児が貧民街でまともに生きていけるのかと問われれば、間違いなく否であろう。是というヤツなど皆無である。
だがそんな不可能な無理ゲーを引っ繰り返す能力が、ナディにはあった。
ナディには前世の記憶があり、前々世の記憶もあって、前々々世の記憶すらあった。前々々々世の記憶まであり、だがその記憶だけは子育てにあんまり役に立たなかったりする。男で独身で、汚れを知らない魔法使いを超えた賢者だったし。
当然引き継いでいるのは記憶だけではなく、アホほど跳ね上がっていた前世の能力や魔力までもを、引き継いでいた。
ぶっちゃけ強くてニューゲームである。
まぁ無双する気はない。ナディは前々々々世――記憶にある一番古い世代で、有無を言わさず戦争に駆り出されて酷い目に遭ってから、その不毛さを痛感している。だからナディは絶対的な
だがそうであるが故に、それが避けられなかったり、理不尽にそれが壊されようとした場合は、容赦しない。
ナディは
つまり、自身やその好きなもの、近しく親しい人を不幸にさせる原因や要因を取り去り排除するために、物理も辞さない覚悟を常に持っている。
要は平和を守るために物理で解決するタイプなのだ。某戦隊やヒーローのように!
あと一方的に仕掛けられたら反撃するのは当たり前である。黙って殴られてやる義理はないから。
そんな
「【グランド・オペレート】」
魔法で地面を波打たせ、今日も今日とて寝ぐらの廃屋前にぶっ倒れているゴロツキどもを、朝イチの習慣よろしく掃き掃除でもするかのように魔法で退け始めた。
それらを荒れ放題の道の端に移動させ、今度は本来の意味で軽く掃除をしてから、寝ぐらの前にある井戸から水を汲む。ちなみに多くの井戸は桶を下ろして汲むタイプで多人数で共用なのだが、此処のは手押しポンプ式だ。そして掘ったのがナディだから、専用である。
ところで、どうして寝ぐらの前にゴロツキがぶっ倒れていたのかというと、その手押しポンプの強奪とナディとレオノールの誘拐目的で来て、ナディの設置型魔法の餌食になって意識を刈り取られたからだ。
ちなみにその身包みは全部剥がされている。貧民街の路傍でそうなると、当たり前に起こることだ。
「おやナディちゃん。おはよう」
ちょっと立派な(魔法で作った)二口竈門に(魔法で作った)鍋を乗せ、拾っておいた廃材に(魔法で)火を点けているナディに、
「おはよう、オットさん」
だがそんな見た目など気にせず、軒下に干してある魚の骨を取って鍋に入れる。
「なんか昨夜はいつもより多かったねぇ。しかも見ねぇツラだ。他所から来たヤツらか?」
「そうみたい。昨日私が換金してるの見てたみたいで、跡つけてたし。レオノールも見られたみたいだから、奴隷商に売り飛ばそうとしたんじゃない?」
ナディは確かにまだ十歳だが、何処から手に入れるのか【魔結晶】を時々換金してるため、実はちょっと金銭的に余裕がある。
そして見た目もこの地方では珍しい青味を帯びた黒――
それにレオノールも
「かー。身の程知らずだねぇ。ま、そのおかげでオレも儲かったが。あ、これパンと腸詰。レオちゃんに食わせてやんな」
そう言い、ご近所さんなオットはちょっと大きめな袋を持って竈門の傍に来る。ちなみに其処は既にナディの設置型魔法の範囲内だ。
この魔法は「悪意」に反応するよう設定されていて、それが無いものには効果はない。よって、どう見てもそのゴロツキの仲間か元締めにしか見えないオットには、そのような意志や気持ちが無いのが判る。
「いつもありがとう、オットさん。うわぁ、なんか多くない?」
「いやいや、礼を言うのはこっちだから。いつも儲けさせて貰ってるからこれくらいはしないと申し訳ないよ。それにコイツら結構良い装備してたからねぇ。オレだけじゃあ処理し切れないから皆で分けたよ」
そう言い、貧民街に住んでいるのに妙に綺麗な歯をキラリとさせてサムズアップする。そして井戸端会議をしているご近所の皆様も、同じく良い顔でサムズアップしていた。
そう。ナディやレオノールを狙ってくるゴロツキは、そんな魔法の餌食に遭って漏れなくご近所さんたちの懐を潤す結果となっている。
ナディとしては自己防衛の副産物であるから、それに対して何も言うつもりもない。だが強いて言うなら、身ぐるみ剥がしたらウチの前からどかして欲しいとは思っている。見苦しいから。
もっとも見せしめのためにワザと道のど真ん中に放置しているという理由もあるのだろうが。
「なぁナディちゃん。なんで干した魚の骨なんか茹でてるんだ?」
そんな考えを巡らせているナディに、オットは鍋を覗き込んで不思議そうに訊く。その質問に、家の脇に植えているハーブを取って来て鍋に入れつつ振り返りもせずに言った。
「魚を干して煮ると良い味になるの。本当は骨だけじゃなくて身もついた状態で干したのが良いんだけど、手に入らないから」
「そうなのかい? そいつは初耳だ。てか旨いのかそれは?」
調味料などほぼ手に入らない貧民街では、料理の味など一切期待出来ない。
だが、ナディは違った。
あらゆる手段(前世技術)を使い、あらゆる知識(前世知識)を使い、あらゆる方法(物理)を駆使して食の改善に努めた。そう、妹のために!
ナディはシスコンだった。いや前世では一応母親もやってたから、ちょっと違うかも知れないが。
そんな貧民街で必死に(?)生きているナディが前世の記憶を思い出したのは、レオノールを引き取る前に、ちょっと孤独死しかけた時だった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます