3 孤児は赤子を拾う 

 壁の内と外、つまりは市街と貧民街とでは明確に貧富の差がある。だがその差はその二つに限ったものではなく、貧民街の中であってもそれは存在していた。


 簡単に言ってしまえば、門の付近と其処から離れている場所である。


 理由は思いの外単純で、都市に到着して空腹な旅人がそれに耐え切れずに付近の屋台で手軽なものを買ってそれを満たすのだ。よって門の付近には自然と料理の屋台が並ぶ。


 空腹が満たされ、そして時間に余裕のある旅人は次になにをするのか。取り敢えず目ぼしい物がないか、露店を散策し始める。


 そんな露天の隅っこに、ナディは茣蓙ござを敷いて座っていた。物乞いをしているわけではなく、ちゃんと売り物を並べて、である。


 魔法で身綺麗にしてちょっとオシャレなネックレスをしているナディは、実はしょっちゅう拐かされそうになっている。

 その度に魔結晶で五芒星ペンタグラムを描いてネックレスヘッドに加工したそれに付与してある例の強奪魔法セットが発動し、呪いを喰らった犯人は魔結晶を残してぶっ倒れて漏れなく財布の中身を回収されていた。


 ちなみにネックレスヘッドの魔結晶一つ当たりの大きさは2ミリメートル程度であるため、解るヤツだけがその価値に気付く。もっとも魔法で痕跡を隠蔽しているから、全然気付かれないけど。


 あとぶっ倒れたそいつらは、ナディに現金を抜かれた後で例外なくその辺のヤツらが身包みを剥いで持ち去るという、実に無駄のないちょっとした経済循環を作っている。


 それと、そういうことを企てるヤツらは男女問わずいるため、色々と後処理でトラブルやTo愛るがあったりするのだが、知ったこっちゃない。


 そんな感じでホイホイして魔結晶が文字通り売るほどあるナディは、取り敢えず露天に手を出したのだ。


 露店を出している子供は、実はナディだけではない。流石に五歳児なのに露店を出しているのは特異だが、ともかく。

 その辺にある廃材や鉄屑を加工してアクセサリーを作って売ったりもしているし、近くの森の浅いところまで行って薬草を摘んで売ったりもしている。中にはウサギなどを狩って丁寧に捌き、それを売るという職人級の子供もいた。


 そしてそれを見て回る旅人や商人は、そういう逸材を捜していたりもする。流石に五歳児が露店を出しているのにはギョッとしているが。


 あと並んでいる商品がどう見ても石コロであるため、露天の真似事をしているんだなーとしか思われていない。解るヤツなら大枚叩いても買い漁る商品なのに。


 余談だが、一般に出回っている鉱物としての魔結晶の純度は概ね10%前後であり、それを超えているのは非常に希少だ。

 そしてナディが茣蓙の上に無造作に転がしているそれの純度は、驚異の100%。不純物などは一切混じっていない。


 まぁ、純粋に魔力を吸収しぶん取って生成しているから当たり前だが。


 そんな常識外れの物が正しく認識される筈もなく売れる筈もなく、当たり前に売上は皆無であった。


 それで困るわけでもなく、あと最初から売れないと判っているため大して落胆もせず、だが夕方になり露店をたたんで如何にも落ち込んでいるかのように俯いて帰路に着くナディ。


 それを追うゴロツキども。


 ナディが路地裏に入ったのを確認して、一斉に襲い掛かり、まとめてホイホイされた。


「貯金がまた増えた。この歳じゃあ使い所がないけど」


 精々露店でちょっとした食べ物を買う程度だ。


 散乱している魔結晶と懐の財布の中身を慣れた風に回収し、茣蓙を抱えて寝ぐらにした廃屋に帰って行く。

 そしてその様を、実はゴロツキを尾行していた複数人が見守っており、ナディが路地を曲がった瞬間に飛び出してぶっ倒れたゴロツキどもの身包みを剥がし始める。


 ナディはこの辺の住人たちにとってちょっとした有名人になっていて、可愛いのに襲い掛かるゴロツキどもの意識ををまとめて刈り取る【グリム・リー使パー】もしくは【キッド・ナッパー】と呼ばれ始めているのだが、本人は知る由もない。知りたくもないだろうが。


 比喩表現ではなく実際に死に掛けたが記憶を取り戻してチートに目覚め、自力で生き抜いてから既に三ヶ月が過ぎ、ホイホイしまくりそんな不名誉で厨二病な称号を付けられちゃったナディは、懐が温まってホクホクしながら寝ぐらに着き、まず呆然とした。


 寝ぐらの前に、明らかに生後数日の新生児であろう赤子が捨てられていたからだ。


 この世界の命は軽い。貧民街ではそれが顕著で、赤子はそれ以上であった。


 まだ五歳であり、そして頼るものが何もなく誰もいない子供がそれを見付けても何も出来ない。よってその最適解は、見て見ぬフリをすること。


 だが、ナディが取った選択は違った。


「【アナライズ】」


 即座に抱き上げ、状態を見た。極度の飢餓状態であり、体温が下がっている。まだ呼吸はしているが弱々しく、このままでは夜のうちに死んでしまうだろう。


「【コントロール・エア】【エア・ウォーム】【イレイズ・レジスト】【イレイズ・オブ・オシレーション】【エビエイション】【フラッシュ・ムーヴ】」


 そう判断したナディは、即座に魔法を展開して自身と赤子の周囲に空気の膜を流線型に形成し、中に暖気を満たす。更に空気抵抗と振動を消し去り宙を舞い、そのまま疾走する。


 見る者が見たら実在しないとされている転移魔法だと思うであろうそれで移動し、数秒で町の正門付近にあるちょっと年季の入った雑貨屋にまで到達した。だが既にその出入口には営業終了の札がぶら下がっている。それでも、ナディは構わず戸を激しく叩いた。


「【ストレングス】」


 強く叩いた。


「【クイックネス】」


 速く叩いた。


「【デクステリティ】」


 無視出来ないくらいリズミカルに叩いた。


「【インテリジェンス】」


 やたら気になるリズムで叩いた。


「【ハードアーム】」


 鈍器で殴っているように叩いた。


 結果、其処まで大騒ぎされれば誰でも苛立つワケで、それに貧民街にある店舗は総じてガラが悪く、


「五月蝿ぇ! 今日はもう店じまいだうご!?」


 そう怒鳴りつつ、外で大騒ぎしているヤツを吹っ飛ばすべく力強く勢い良く店主がドアを開け、だが力負けして顔面にドアの直撃を喰らって引っ繰り返った。


「五月蝿くしてごめんなさい! でも今すぐミルクと哺乳器を売って欲しいの!」


 そう言いながら、引っ繰り返っている無精髭で予想通りにガラの悪い店主の横を素通りして店内に入り、


「【アプレイザル】【サーチ】」


 それらを探し始めた。


「ってー……なにしやがる薄汚ぇガキが! とっとと出て行け文無しの分際で買うとか言ってんじゃねぇ! テメーらみてぇなのが湧いてるから物騒になんだよ!!」

「お金ならあるわよ! 好きなだけ取れば良いでしょ!」


 店主の罵詈雑言を聞き流し、何処からともなく重い大袋を取り出して放り投げる。思わず受け取った店主は、その重さに取り落としてしまった。

 そうなると必然的にそれが散らばるわけで、どうせ入っていても小銅貨だけだろうと高を括っていたがこぼれたのはほぼ銀貨であったため、言葉を失ってしまった。


「あった、ミルクと哺乳器。うわ粗悪品だけど仕方ないか。これ貰って行くわ」


 銀貨拾いに夢中になっている店主は、その一言で我に返る。そして出て行こうとするナディの肩を掴んだ。


「待ちなクソガキ。これじゃあ足りねぇなぁ!」


 もしかしたらまだ巻き上げられるか、それとも捕まえて売り飛ばせば儲かると思ったのだろう。厭らしく笑いながらそう言い始めた。

 通常であれば大人で、しかもイイ歳こいたオッサンを相手にして、赤子を抱えた五歳児が抵抗する術などないのだが、


「はぁ……呆れた……」


 ナディは全然通常ではなかった。


「【ミュート】【ヘビィ・カース】【リミテーション・オブ・イービル】【オブリビアン】【マナ・ディプライヴ】【アブゾーブ・マテリアル】【クリエイト・マナクリスタル】【アセンブル】【ストレージ】」


 立て続けに魔法を展開させ、まず悪意への禁令を呪いとして掛けて現在の記憶を曖昧にさせた。後は意識を刈り取り魔力を強奪して魔結晶を生成して回収するいつものセットをして終了。散らばった銀貨も当然回収済みである。


 閉店後なのに突撃したからちょっと割高でも買おうと思っていたし、その程度であったらなにもしなかった。

 だが子供相手にぼったくるばかりか更に別を狙って来たなら話は別だ。それにそういうクズは野垂れれば良いと、ワリと本気で考えているナディであった。


「おや、なんで開いてるかと思ったらナディちゃんじゃないか。どうしたんだい、こんな腹黒ぼったくり雑貨屋になんて来て」


 さっさと帰ってこの子にミルクをあげようと振り返ると、住み着いた廃屋の斜向はすむかいの住人オットがいた。


 店の中で店主がぶっ倒れて、そして現場にナディがいる。そしてそのナディはどう見ても生まれたての赤子を抱いていた。


 それにより導き出される答えは――


「なるほど。何処かで赤ん坊を拾っちゃったナディちゃんはミルクを買いに此処に来たんだな」

「え?」

「だけどもう店じまいした後で、でも諦めずになんとか店主に頼み込んで買おうとしたけどぼったくられた」

「ええ?」

「そればかりか、あわよくばナディちゃんを捕まえて売り飛ばそうとでもしたから、反撃したんだね」

「ええええ!?」


 正解である。まるで見ていたように言い当てるオットに若干戦慄するナディであった。これだけしかない情報で此処まで察する者は、なかなか稀有だ。


「ま、自業自得だな。コイツはアコギなシノギしかしてねぇから、そのうち痛い目に遭っていたさ。気にすんな。それより、その子ちょっと拙いんじゃねぇか?」


 いつもボーっとしているように見えるオットの意外な一面を見て呆けていたナディは、そんなオットの一言で我に返り、慌ててその場でミルクをあげようとする。


「待て待て。生まれたての赤ん坊にんなモン飲ませるな」


 だがそれを止められ、しかし考えてみれば確かにこんな粗悪品を飲ませたら生きながらえるのも難しいだろう。


 それでもこれしか方法がない以上、選択の余地はない。


「だから待てって。俺に当てがあるから着いて来いよ。丁度コレがさっき娘を生んだんだよ」


 小指を立ててそう言い、オットはちょっとだらしなく笑っていた。

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