3 姉妹、学校を紹介される

「つーワケで、オメーらに学校を紹介する」

「ちょっとなに言ってるか判らないわ」


カースド・ウッズ】の森林火災事件から三ヶ月が経ち、ナディは謹慎という名目の短時間就労職員パートタイムを強制依頼としてこなしていた。シュルヴェステルが言うところの依頼でもあるそうだが、効果は無さそうである。


 そしてその日、ギルマスルームでレオノールと一緒に昼食を摂っているとき、シュルヴェステルが唐突にそう言った。


「学校に行って常識を学べって言ってるんだよ。姉がぶっ壊れてるが妹ちゃんはまともかと思ったら、ほぼ同じくらいぶっ壊れんじゃねーか。なんで妹ちゃんまでアホほど素材を集めて【スチール】に一気に上げてんだよ。スゲー悪い予感すると思ってたら案の定【デーモン・ホール】のリアル・タイム・アタックかましやがって。オレの心臓と胃をちったぁ労われや」

「剛毛が生えていそうな心臓と鉄も消化しそうな胃袋持ってそうな見てくれなのになに言っちゃってんの。本っ当になに言ってるか判らないわ」

「姉の功績を辿るのは国際的秘密結社【『さすおね』を世界共通常識にしよう協会】のマスターなら当然のこと。でもお姉ちゃんの記録は越えられなかった。さすおね」


 労り皆無どころか打っ千切りでマイナスな言葉を言い放つナディ。そしてレオノールは平常対応である。シュルヴェステルはお約束のクソデカ溜息を吐いた。


「まだ続いてたのかその設定。別に姉の記録に挑まなくて良いんだぞ。なんで追っ掛けんだよ。しかも歴代二位の記録叩き出してんじゃねーか充分だろ。話聞いたこっちの身にもなってくれ」

「【アイアンウォール】で囲んだまでは良かったけどうっかり【フレイム・ヴォルケーノ】使っちゃった。トロールズを殲滅出来たけど暴れるし鉄が溶けるしで大惨事。【フローズン・ナイトラジン】で凍らせたけどドロップも凍って拾えなくなった。お姉ちゃんが【ライトニング・シャワー】を使った理由を痛感。レオもまだまだ甘い。要修行」

「こっちも【逸失魔法ロスト・ソーサリー】使えんのかよ。聞いたことも無ぇわその魔法」

「『トロールズ』にツッコミが入ると思ったら予想外。やはりマスターの突っ込みセンスは秀逸。さすマス」

「うわ~……こんな嬉しくねー賛辞は初めてだ。なんつーか、こー……言葉にならねー」


 レオノールの斜め上な賞賛に、シュルヴェステルの表情が無くなる。いわゆる「すん……」となったというやつだ。


「私の妹だから、その程度は当然よ。これ以上ないくらい常識じゃない」


 そんなシュルヴェステルに畳み掛けるナディ。それは追撃というヤツなのだが、それもイマイチ判っていない、悪い意味で天然なナディである。


 そしてそんな遣り取りを、奥さんのスカーレットが微妙な表情で見ているのだが、ミシェルと同じくだからといってなにかを言うわけでもなく、心中で「ガンバレ」と応援するだけだった。

 ちなみに旦那にそれは、実は通じている。視線で会話が出来る、鬱陶しいくらいに想い合ってる夫婦であった。


「常識なわけあるか。なに言ってんだよバカじゃねーの。オメーらが平気で使ってる【逸失魔法ロスト・ソーサリー】がどうしてそう呼ばれてるか考えてみろや」

「は? そういう種類の魔法なんでしょ? なによ今更大袈裟な」


 やれやれとばかりに、ナディは肩を竦めて溜息を吐く。それを見たシュルヴェステルは、やっぱり判っていなかったと痛感し、遂には頭を抱えてしまった。


「既に失われて誰も使えねぇから【逸失魔法ロスト・ソーサリー】っていうんだよ。使えるのは魔族で、それも王族クラスだからな」

「え?」


 紅茶のおかわりを貰い、角砂糖を二個入れてティスプーンを前後にゆっくり動かしよーく撹拌しながら、ナディは首を傾げた。撹拌する手付きがベテラン薬師のそれで、レオノールが「さすおね」と言っていたが。


「しかもヒト種で使えたのって『ヒト種の裏切り者』って呼ばれた魔王妃アデライドだけなんだぞ。マジでなんで使えるんだよ」


 頭を抱えたまま呟くように言うシュルヴェステルである。そしてナディは、


『うわ~。まだそんな風に言われてんだな私って。停戦の条件が私の嫁入りって言われて、各国の王やら元首やらが鬱陶しいくらいに懇願したり脅迫したりしてきたから腹いせみたいな報復で、誰にも言わずに一人で行って嫁入りしただけなのに、なんて言い草なのあのクソジジども滅ぼしてやろうかしら根切りよ根切り。あでも、そもそもアデライドな私が死んでからどれくらい経ってるのかしら? まぁそんなことより――』


 自分の前世に着せられた汚名な悪名を久方ぶりに聞いて苦笑する。だがそれは今更だと思い直し、気を取り直して――


「ウッソだぁ。あの程度の魔法だったら創意工夫すれば誰でもイケるでしょ。ヒト種も随分怠惰になったものね」


 思わずアデライド目線で反論してしまった。それを聞いたレオノールが僅かに訝しげな表情を浮かべたが、そっちに集中しているナディは気付かない。


「何様目線でなに言ってんだよ。あのな、そもそも【魔法】って今じゃあ高度過ぎてほぼ使い手が居ねぇんだよ」

「いやいやそっちこそなに言ってんのよ。そもそもシルヴィだって【魔法使い】でしょ?」

「いやだから、【戦闘魔導士バトル・ソーサリー】ってクラスは【魔導士】だからな。あとミミとロッティも【魔導士】だし、他は大抵【魔術師】なんだよ」

「何が違うのよ全部一緒でしょ? そのカテゴライズの方が意味不明よ」

「だからそれも学びに学校に行けっつったんだよ。何処が違うかなんてオレが知るか。専門家じゃねーんだぞ」

「えー面倒臭い。シルヴィが黙っててくれればそれで良いでしょ。色々依頼とか素材の納品して、あと三人くらい子供が増えても平気なくらいに給与増えるように頑張るから」

「あのな……オレが庇うのにも限度ってのがあるんだぞ。オメーらだけ贔屓してるって言われるのも時間の問題だし。あとオレん家は贅沢しないし奥さんたちがやりくり上手だから、今の収入でもあと四人は子供が増えても平気だ」


 唐突にそんなことを言い、照れた奥さんに背中を平手で骨が粉砕するんじゃないかとばかりに思いっ切りぶっ叩かれる。やたらと鈍い音がしたのだが、その程度では小揺るぎもしない、見事にガチムチなシュルヴェステルであった。


「うわー……。唐突に惚気てイチャつくとか、ナイワー」

「イチャついてねーわ。夫婦のコミュニケーションだろ放っとけ」


 それを世間一般的に「イチャつく」と言うのだが、この夫婦はそれが通常であるため自覚が一切なかった。


「そもそもナディ。オメー迷宮踏破RTAかます度に、前で盛大に宣言してから自己強化魔法をアホほど掛けて突貫してるだろ。あれ見た魔術師どもから『見たことも聞いたこともない術式だから是非教えてくれ』って問い合わせの文書がスンゲェ来てんだよ。其処に積んである木箱にこれもかってくらいミッチリ入ってる。オメーが一部ずつ読んで返答してくれや【逸失魔法ロスト・ソーサリー】の権威ナディさんよ」

「絶対イヤよ。なに考えてるのよそれでも『魔の道の者』なの信じられない。自己研鑽もしないで術式だけ教えろとか、プライドってものがないのまったく」


 半眼になって腕を組み、ついでに足も組んでそう言い放つ。妙な迫力があった。今日のナディは、どうやら前世モードらしい。それに当てられたシュルヴェステルが驚き、なにやら猛獣と不意打ちで遭ってしまったかのような表情を浮かべているが、プリプリ怒っているナディは気付かない。


 あとナディが言った「魔の道の者」とは、魔法や魔術を学び研鑽する者たちを指す古い言葉だ。よってシュルヴェステルもスカーレットも、いまいちピンと来なかったため聞き流した。レオノールだけはそれを聞いて首を傾げ、なにやら思案顔を浮かべていたが。


「あー、うん。まぁ自己研鑽は大切だからな。その中身は火種にするか」


 気を取り直して、そう言うシュルヴェステル。燃やす気満々であった。


「自己研鑽はともかく、いくらオメーでも知識が全くない状態で魔法が使えたわけじゃねーんだろ。ズバリ訊くが、その知識は何処で学んだ?」


 謎の逆光を浴びつつ、また碇◯ン◯ウのポーズで訊く。ナディは僅かに考え、そして諦めたかのように溜息を吐いて、


「あー、えーと、貧民街の路地裏のゴミ捨て場から拾ったコレに書いてあったんだよねー」


 そう言い、魔法の鞄からボロボロの分厚い本を取り出した。訝しげに見ていたシュルヴェステルはそれを受け取ってペラペラ捲り――卒倒しそうになった。


「おま、こ……【千剣姫せんけんきノ魔導書】じゃねーか! なんでお前が魔王妃アデライドの直筆魔導書持ってんだよ!?」


【千剣姫ノ魔導書】とは、「ヒト種の裏切り者」と蔑称された魔王妃アデライド・シルヴェストルが晩年執筆したとされる禁書である。それにはこの世界のありとあらゆる魔法が記されていると伝えられていた。


 それと【千剣姫】とはアデライドが冒険者だった頃の異名で、勝手に付けられただけで名乗ってはいない。


 あと関係ないが、ファミリーネームが何処ぞのガチムチなギルドマスターのファーストネームと似ているのは、ただの偶然だ。


「なんでって。ゴミ捨て場で拾ったから」

「拾ったぁ!? ウッソだろマジか!? この前の魔剣といい、万能だな貧民街のゴミ捨て場!」


 その【千件姫ノ魔導書】とやらを凝視して、なにやら斜め上な感想を言っちゃっているシュルヴェステルをなんとなーく直視出来ず、ナディは明後日の方を向いていた。


 大体予想出来ると思うが、ゴミ捨て場で拾ったというのは当然ウソである。実際はレオノールに教えるためにナディが書いた教科書のようなものだ。内容は魔法は元より物理的な戦闘方法や宮廷マナー、ダンスや夜の作法まで書かれている。


 そういう意味では、シュルヴェステルが言うところの【千剣姫ノ魔導書】の原本ではある。世間一般的には、既に失われて久しいと伝えられてるが。


 当然である。前世でそんなモノを書いた記憶も事実も一切無いから。失われたどころか最初から書いてすらいない。よって誰が言ったか知らないが、それが後世に伝えられるなど絶対に有り得ないのである。


 ちなみに【千剣姫ノ手記】というものは存在している。全編アデライドの愚痴日記で、各国の代表への目も当てられないほどの、筆舌に尽くしがたいほど酷い罵詈雑言がツラツラ殴り書きされていたりするだけだが。


「お前、これ絶対に世間に出すなよ。もしバレたら各国から『寄越せ』ってアホほど催促されるぞ。そればかりか所有権を主張し始めるヤツらも出始めるからな――」


 キャパオーバーになったのか、疲れ切ってぐったりしなから、それをナディに返す。いっときでも持っていたくないらしい。


「これってそんな厄介なの? じゃあ要らない。レオも良いでしょ?」


 受け取ったそれをブンブン振り回すナディ。シュルヴェステルの意味を成さない悲鳴が聞こえたが気にしない。


「内容は全部覚えたから問題ない。将来の夫を骨抜きにする四八手も完璧」

「――て、なんちゅうことまで教えてんだよ……」

「この辺に書いてあるわよ。シルヴィ要る?」


 ペラペラと捲ってそのページを見せて、そしておもむろにその項目から真っ二つに「メシッ」っと破いて差し出した。


「え? あ! おま! なんちゅうコトしてくれてんだー!」


 今度は頭を抱えて膝から崩れ落ちている。賑やかだなーと、他人事のように思うナディであった。


「えー? 厄介の種は根絶するに限るでしょ。【ブレイズ】」


 まるで悪びれた風もなく、今度は指先に青い炎を灯し、それを一瞬で焼き払った。シュルヴェステルの声にならない絶叫が響き、一階ホールにいるギルド職員や冒険者たちが、魔獣の襲撃にでも遭ったのかとばかりに騒然となる。


 ちょっと関係ないが、スカーレットはそんな旦那の見たことのない有様を間近で目撃してしまい、頬を赤らめ舌舐めずりをして、ちょっとゾクゾクしちゃっていた。


「……歴史的に重要な国宝級の魔導書が……」


 膝から崩れ落ちたまま、天を仰いで両手を挙げて固まっているシュルヴェステル。何処かで見たポーズである。


「えー……面倒臭いのは無いに越したことはないでしょ。一体なにをどうしたいのよ。てか固まって動かないし。ねぇロッティ、シルヴィどうしたの?」

「えー? いやー、アタイに訊かれても、ねぇ。多分だけど、今は隠しといて後で迷宮で拾ったとでも言って国に献上すれば良いとか考えてたんじゃないかなーとは予想出来るかなー?」

「あー、その手があったかー。でもなんで【千剣姫ノ魔導書】なの? アレは魔法使いじゃなくて、どちらかといえば戦士よね?」


 魔王妃を「アレ」呼ばわりするナディの発言になんともいえない微妙な表情を浮かべ、だが敬っているわけでもないためそんなモンだと納得するスカーレットであった。

 ナディとしては、どれほど御大層に呼ばれていても所詮は過去の自分であるため、どう呼ぼうと知ったこっちゃないというのが本音だ。


「そうなの? 物語じゃあ【ソードソーサリー】って書かれてるわよ。なにしろ魔王妃が崩御してから二百年以上経ってるから詳細は不明なのよ。良く知ってるわねー」


 本人だからね。そう口を突いて出そうになったが其処は堪え、


「ほら【千剣姫】でしょ。どう考えても魔導書と結び付かないじゃない」

「あー、うーん、そうなのかなー? どうなんだろーねー?」


 言われてみればそうかも知れない。ナディに言い包められ始めるスカーレットだった。


 その後まだプラ◯ーンの有名ポーズで固まっているシュルヴェステルの頬をベシベシ叩いて正気に戻し、スカーレットにさっき破いたなにかの四八手が書かれた部分を押し付け、さっさと書類仕事を終わらせたナディはレオノールと一緒にギルマスルームを後にした。逃げ出した、ともいう。流石にやらかしたという自覚があったのだろう。ちょっと早足になっている。


「……お姉ちゃん」


 こういうときは、気分転換に採取クエストでもしようかな? そんなことを考えてながら歩いていると、一階フロアへの階段の手前でふと、足を止めたレオノールがナディを呼んだ。


「ん? どうしたの。私これから気分転換の採取クエストにでも行こうかと――」


 振り返り、見上げているレオノールを見る。僅かに瞳が潤んでいた。


「え、あれ? どうしたのレオノール。なんか悲しいことでもあった?」


 しゃがんでレオノールと同じ目線になり、その両肩に手を置いてそう訊いた。するとレオノールは首を振り、真っ直ぐナディを見詰め、そして――


「お姉ちゃんは、なの?」

「――は?」


 レオノールの意外な言葉に、言葉を失うナディであった。


「わたし、

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