3 姉妹、学園を紹介される
「つーワケで、オメーらに学園を紹介する」
「ちょっとなに言ってるか判らないわ」
ギルマスルームで姉妹揃って昼食を摂り、食後の薬草茶を啜っているナディは、カニ味噌パスタをカトラリーで上手に上品に食べているシュルヴェステルに唐突にそう言われ、素直に感じたままの感想を言った。いつか何処かで見た光景ではある。
あと関係ないが、ナディとレオノールの昼食はボンゴレビアンコであり、少し違うのは剥き身を使っているために殻がなく非常に食べ易いことだ。
これはナディが大量に作ったのだが、シュルヴェステルが誰かさん用にと結構な量を持っていってしまったために、追加で作る羽目になってしまった。
そんなナディも、美味しく食べてくれるなら文句はないと思っているから何も言わない。発想が完全にオカンである。
そしてこの食材は、想像通り【
そしてその奥の人も、喜んで貰えるならとばかりに二人が潜ったのに合わせて、その階層を軽ぅく氾濫させていたりする。二人なら氾濫させてもまとめて処理してくれるだろうし。
それにそうやって魔物の回転率を上げることで、淀んだ魔力を処理出来て健全な迷宮営業が出来るのである。これぞ正しくWIN-WIN。
迷宮が営業になるのかは疑問だが。
で。
提案を小気味よくぶった斬られらシュルヴェステルは、クソデカ溜息を吐いてから二人に
差出人は、ファルギエール侯爵家。
「ごめんなさいシルヴィ。私、ものっ凄く重要な用事を思い出したわ。だからこれは見なかったということで――」
「出来るかそんなこと。これは辺境伯宛に届いた正式な書状で、実質召喚命令だ。断れば辺境伯の立場も悪くなるしお前らだけの問題でもなくなる」
「知らないわよそんなこと。それにその侯爵様が、私みたいな貧民出身の冒険者にどうして興味を持つのよおかしいじゃない」
そうは言ってみたものの、心当たりが有り過ぎるナディである。どうせアレがポロッと言わなくても良いことを言ったのだろう。すこぶる迷惑だ。
「あのなぁ。実際問題これは国民なら拒否出来ないんだぞ。大人しく話だけでも聞いとけや。あと辺境伯の立場も考えろ」
「何を言っているのかしら。本当に意味が判らないわ。貧民が其処彼処に居るのに対策も何もしないクセに、お貴族さまの命令だから従えって?
「権力に屈しない気高く高潔な姿勢。さすおね」
貴族を目の前にして絶対に言えないことを、平然と言っちゃうナディである。実際は居なくても言ってはいけないし、言うべきではないことだが。そしてレオノールはいつもの反応だ。
「あー……まぁ、オメーならそう言うだろうなぁ。予想は出来てたわ」
そう言いながら頭をバリバリ掻き、ギルマスルームの隣にある応接室をノックし、返事を待たずにドアを開けた。
「ふぁ? ひょっひょふぁっふぇ」
其処には、四人掛けソファの真ん中に座って口いっぱいにパスタを頬張りモリモリ食べている、パリッと正装している金髪碧眼の美女がいた。ちなみにドレスではなくスラックスだ。
そして口いっぱいに頬張っていたところでいきなりドアを開けられたもんだから慌ててしまい、思い切り喉に詰まって悶絶している。まぁ、お約束というやつだ。
そんな有様を見ていられなくなったナディは、手早く薬草茶を淹れてその美女に差し出した。
かくして、それを一気飲みして落ち着いた美女は一息吐いてから、
「ちょっとシュルヴェステル殿! レディの食事中に返答も待たずにドアを開けるのは、ちょっと礼を欠くのではないかしら。びっくりして詰まっちゃったじゃないの! あ、お茶ありがとうね。これ美味しかったわ。何処の茶葉かしら」
文句を言いつつ、懲りずにパスタを豪快に頬張り始める。人の目は気にしない
そして良く見ると、食べているのはボンゴレビアンコであった。
そう。ナディが作ってシュルヴェステルが大量に持って行った、例のアレである。
「これ誰が作ったのかしら。凄く美味しいわ。後でお礼を言っておいて下さらない」
モリモリ食べながらそう言う。そして言われたシュルヴェステルが、ナディを一瞥して、
「……だとさ」
「あー、はい。承ったわ」
そう言ってからまたしてもモリモリ食べている美女に、薬草茶のおかわりをそっと差し出すナディであった。
結局その美女が食べ終わるのを待つことになり、だが気にすることはないとばかりにシュルヴェステルがナディとレオノールを伴って応接室に入る。そしてまだモリモリ食べている美女の対面にシュルヴェステルが、横の三人掛けソファにナディとレオノールが並んで座る。ユリアーネは、茶とお茶請けを提供してから逃げるようにその場を離れた。面倒ごとは聞くのも嫌らしい。
そうして暫く無言が続き、カトラリーの音とナディとレオノールがお茶請けを頬張る音だけが響く。
ちなみにシュルヴェステルは茶にもお茶請けにも手を付けていない。というか、その前には茶しか出されていないかった。そもそもお茶請けは食べないから、無駄にならないようにそうしているだけだ。
「ご馳走様。本当に美味しかったわ。此処のところ忙しくてまともに食事も出来ていなかったから、特にそう感じたわ。シュルヴェステル殿、さきほども言ったけど、シェフにお礼を言っておいて下さいね」
言いながら口元を拭き、満足げに息を吐きながら笑顔でそう言った。そして言われたシュルヴェステルは、視線をナディに向ける。素知らぬ顔で山盛りお茶請けを食べていた。
「ところでシュルヴェステル殿。此方の二人が例の姉妹なのですね」
音もなく現れ、手早く食器やカトラリーを片付けるユリアーネに一瞥すら与えず、その美女が言う。きっとユリアーネのことは給仕程度にしか見ていないのだろう。いうて彼女も好都合だと思っている節があるが。
「ああ。コレが例のアレだ」
「アレって……」
「コレ?」
姉妹をアレ呼ばわりしているシュルヴェステルに美女が唖然とし、コレ呼ばわりされたナディが憮然とする。レオノールは、そんなのは知らんとばかりにお茶請けを頬張り、ユリアーネが淹れた紅茶を啜っていた。
「ん、んん。はじめまして。
居住まいを正し、金髪碧眼の美女――ファルギエール侯爵家の使者であり長女であるフロランスは、微笑みを浮かべてそう名乗った。それに対してナディは、
「……ナディよ」
恨みがましくシュルヴェステルを睨み、だが諦めたように溜息を吐いてからそう答えた。どうやら逃げるという選択肢は最初から潰されていたらしい。
「ふふ、堅苦しいのは止めましょうね。貴女のことはヴァレリーから聞いているわ」
少なくとも貴族に対しての口の利き方ではないのだが、笑顔を崩さずにそう言っているあたり、この美女はそういうのを気にしないらしい。
「そう……ヴァレリーから色々と聞いているわ」
だが一度目を伏せ、溜息と共に呟くようにそう言い、滑らかに立ち上がってナディの傍で片膝を突いてその手を取り、そして――
「ウチのバカ――弟がおかしなことをして、本当にごめんなさい。身体は大丈夫? 本当に子供が出来るようなことされてない? 全身
謝罪された。しかも結構
「え? あー、確かに色々されたけど、アイツも本気で嫌がることはしないから、その辺は大丈夫」
そのわりとガチめな謝罪に呆気に取られ、その真摯な態度にちょっと油断しちゃったナディが、ポロッと言わなくても良いことを言う。途端に目を丸くするフロランス。
「……貴女、ヴァレリーとそんなに気安い関係になっちゃったの? あのバカを庇ってない? 本当の本当に何もされてない? もしされていても幸い身籠ってはしていなさそうだけど。あの変態バカ、勢いだけで避妊しないわよねきっと。辛かったでしょう、不安だったでしょう。でも安心して。ファルギエール家が貴女を全力で保護するから」
「……え、と、シルヴィ。もしかしてこの方、ヒトの話をあんまり聞かないのかな?」
ヴァレリーと違った意味でグイグイ来るフロランスに若干どころか相当引きながら、思わずシュルヴェステルに助けを求めるナディ。だがそれよりも、ポロッと出ちゃった事実を知って、クソデカ溜息を吐いていた。
「いやそれ以前に。オメーの方こそファルギエール侯爵家の三男と知り合いだってのが驚きだわ。いやフロランス嬢の話を聞いてると、その三男と恋仲になってたのか。聞いてねーぞ。あ、いや、言う必要もねぇんだろうがな」
「はぁ? なってないわよ何言ってんの。アレが勝手に一方的に執着しているだけよ良い迷惑だわ。まったく。アイツ隙あらば後ろから抱き付いてうなじの匂いがぐしベロチューしてくるのよ。それはまだ良いんだけど、その後で必ず腰回りだったりお尻だったり撫で回して! あわよくばおっぱい触ろうとしたりパンツに手を入れようとするのよ酷いと思わない!?」
そんな言わなくても良いことを羅列し否定するナディ。それは世間一般的に否定とは違うのだが、どうやら本心では嫌がっていないらしいためか、気付いていない。
「……オメーが抱き付かれてからの色々を許している時点で、充分そういう関係だろうが。あと赤裸々過ぎて逆に心配になってくるわ」
「やはり、あの変態バカな弟を一度締め上げる必要があるようね。それにしても……」
そんなナディの手を取ったまま、何故かウットリとするとフロランス。ナニかの
「社交界で不能と言われたヴァレリーが執着する
「は? 不能? そんなワケないわ。アイツ抱き付く度に元気に押し付けるのよ。それだけで身籠りそうだわ。なんなのあの思春期特有なワケの判らない性衝動みたいなのは! ……あ、そういえばアイツ思春期だった。仕方ない、のかな?」
社交界でのヴァレリーの様子を聞き、信じられないとばかりにまた要らんことを口走るナディ。既に立派に「そういう関係」だと言っているようなものだが、どうやらその辺は無自覚らしい。
「あらあら。あの子ったら、そんなにそうなの。肉食な令嬢どもが裸で迫っても無反応だったのに」
そしてナディが言っているアレコレが
だがそれを聞いたナディが――
「は? 令嬢に裸で迫られた?」
突然面白くなさそうに憮然とする。黙って様子を伺っていたが、思わずヤレヤレと首を振るレオノールであった。
「お姉ちゃん。迫られたけど無反応だったからそう言われてたみたい。だから問題ない」
「え? あ、ああ、そうね。そうよね。早とちりしちゃったわ」
「それから。どうして侯爵家の長女が来ているのかも聞いていない」
「あ」
謝罪から始まりヴァレリーの変態話しに発展したため、レオノールが指摘するまでその辺がすっぽり抜けてしまったようだ。そしてそれはフロランスも同じだったようで、いっけねと言わんばかりにテヘペロしている。色々お茶目な侯爵令嬢だ。
「ヴァレリーの変態行為に対しての謝罪もあったけど、それはなんだか大丈夫そうだから本題に移らせて貰うわ」
「全然大丈夫じゃないけど!?」
セクハラ行為をそう言われ、ナディは即否定するのだが、頬を染めて艶っぽい吐息を吐いてそれを見詰めるフロランスに、その抗議は届かない。
解せぬ。そう独白して憮然とするナディだが、客観的に判断するとそういう結論にしか辿り着かないのに気付いていない。
そしてその遣り取りを見ていてなんとなく悟ったシュルヴェステルがクソデカ溜息を吐いていたが、やはりそれにも気付いていないナディであった。
「
そんなナディを他所にフロランスはそう言ってソファに戻り、レオノールに視線を移した。そしてそのレオノールは、「ああやっぱり」とでも言いたげに小さく溜息を吐いている。
「ヴェレリーは変態だけど、間違ったことは言わないわ。まぁ、ナディにしている行為は間違いだらけだけど。ともかく、レオノールだったわよね。一目見て判ったわ。貴女はレオノルお母様の娘で間違いない」
それは、以前ヴァレリーにも言われたこと。そしてナディにとって、いずれは訪れるであろう
ところで――
「それはそうと。私たちが学園を紹介される意味が判らないんだけど」
一番最初に言われて気になっていたことを、ナディはシュルヴェステルに確認した。すると、面倒臭そうな
「あら。シュルヴェステル殿は肝心なことを言っていなかったようね」
そしてそれに応じ、フロランスが意味深な笑みを浮かべ、
「ヴァレリーに学園に入学するように言ったのだけど、嫌がったの――」
「あ。そうだ私ってばものっ凄く重要な用事があったの忘れてたわ。シルヴィ、今日は午後休貰うわから」
「いやそれさっき聞いた。どう考えても思い付きじゃねーか逃げようとするんじゃねーよ。そもそも何処へ何しに行くんだ?」
「えーと…… 【
「止めろ!」
【
「だから、ナディも入学して欲しいのよ。ヴェレリーと一緒に、許婚(害虫避け)として」
「絶対にイヤよ!」
「そんなこと言わずにお願い。一回だけ、一回だけで良いから。なんなら先っぽだけで良いから」
「それって一回許したらもう絶対逃げられないわよねぇ! あと先っぽってなんなのよ!? そもそもアンタ、先っぽ付いてないしそれ関係ないでしょ!! それに副音声で不穏なこと言ったわよね!?」
「えー、良いじゃない減るモンじゃないし。それに身贔屓抜きにしても、ヴァレリーは優良物件だと思うわよ。良いじゃない、侯爵家の三男の害虫避け(許嫁)になれる人材はそうそう居ないわ」
「既に主音声と副音声が逆転してるじゃない! イヤよそんなの。貴族令嬢のバカ以下どもの羨望や嫌がらせなんて屁でもないしどうでも良いけど、そうなっちゃったら絶対にヴァルは一線超えてくるからね! 抱き付かれたりベロチューされたりはまだ良いけど、私はまだ子を生むつもりはないわ!」
キッパリとその提案を却下するナディ。だが提案は却下出来ても、致命的におかしいことを言っているのに気付いていない。
「……なあ、ナディよ」
「なによ」
言いたいことを言い切り、ちょっとスッキリして満足げに息を吐くナディ。それを見て、過去最速での本日三回目のクソデカ溜息を吐いたシュルヴェステルが、
「普通はな、普通の女子はな、好きでもなんとも思っていない男に抱き付かせたりしない。ましてベロチューなんか以ての外だ」
「え」
「それを許している時点で、オメーとその三男は恋仲だってコトになるんだぞ」
「え」
「……お前、マジか? 好きでもなんでもないのにそれをさせるとか、ほぼ商売女だぞ」
「え……でも、ほら、子供が出来る行為をしているわけじゃないし……」
「それしなきゃ大丈夫っていうのはおかしいだろ。だが、まぁ……じゃあ訊くが、オメーはその三男以外が同じことをして来たらどうする」
「ぶっ飛ばすわよ気持ち悪い。なんでそんな当たり前なこと――」
其処まで言い、ちょっと考えてから、やっと気付いたナディは、耳まで真っ赤にして両手で顔を覆い、その場に突っ伏した。
「つまり、そういうことだよ」
やれやれとばかりに溜息を吐き、出来の悪い娘を諭すようにシュルヴェステルがそう言った。
そしてその遣り取りを見ていたフロランスは、頬を染めて艶っぽく息を吐き、何故か内股でモジモジしていたが、それはどうでも良いだろう。
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