4 姉妹、王都へ勧誘される

 シュルヴェステルに諭されて、一般的な基準と自分の気持ちに気付かされちゃったナディは突っ伏したまま暫く動かなかったが、やがて唐突に起き上がって何事もなかったかにようなで薬草茶を啜って短く息を吐いた。


「私とヴァルのことは、この際どーーーーでも良いわ」

「いやどうでも良くないだろう」


 そうやってそれを無かったことにしようしているナディの思惑を知ってか知らずか――いや、確実に理解出来ているが取り敢えずそれは無視したであろうシュルヴェステルが、それを小気味よくぶった切る。


「三男とはいえ、仮にも侯爵家の令息が懸想している相手がいるってのは重要だぞ。それが冒険者で、しかもまだ【シルバー】だってのが更に問題だ。せめて【ゴールド】か、当たり前に考えて【真銀級ミスリル】が望ましい」


 冒険者の階級ランクには、その実力に相応しい能力と権限が与えられる。それが指名依頼だったり強制依頼だったりするのだが、それとは別に、個人の能力と人格、知識に見合った権力すら与えられる場合がある。ぶっちゃけると、爵位が与えられるのだ。もっとも、世襲のない一代爵位になるが。


「つーわけでナディ。オメーを今日から【真銀級ミスリル】に昇格させる。ついでに階位も女男爵な」

「待って色々おかしい」


 これでもかとばかりに逃げ道を塞いでいくシュルヴェステルに、流石に待ったを掛ける。


「なんでいきなりそうなるのよ。そもそも平民ですらない貧民な私が冒険者階級を上げたって、騎士爵や準男爵をすっ飛ばしていきなり男爵になんてなれるわけないでしょ。その程度は私だって知ってるわよ」


 シュルヴェステルの無茶振りに、正論で返すナディ。それにちょっと驚き、だが何故か嬉しそうに満足そうに頷きながら笑みを浮かべた。それがちょっと様になっているというか、見ようによってはお貴族様にも見え、ナディはちょっと「イラぁ!」とする。


「その辺は問題ない。そもそも爵位っつっても一代限りの名誉爵だからな。ちょっとした祝金と叙勲章は出るが、年金が出るわけでもないし、ぶっちゃけ名誉欲を満たす手段でしかない。国への申請も紙切れ一枚で済む。そもそもたかが名誉爵の叙爵で謁見してたらキリがないだろう」

「……シュルヴェステル殿、言い方……。でも事実なんだけどね」


 ぶっちゃけ過ぎなシュルヴェステルを嗜め、だが結局全然フォローになっていないフロランスだった。良くも悪くも貴族らしからぬ性格なため、その気もないのだろうが。


「ま、それでも叙爵と叙勲のときは一応領主と謁見するから、最低限の礼儀作法が必要だがな」


 そうして注意事項を追加するシュルヴェステル。それを聞いたナディが、ちょっとひとには見せられない悪い笑みを浮かべる。


「ふ、そんな礼儀作法なんて、私に出来るわけないじゃない。礼儀作法がなってないんじゃあ謁見なんて夢のまた夢。語るに落ちるとは正にこのこと。残念だったわねシルヴィ。私は永遠に【シルバー】で良いわ」


 魔王の首でも獲ったかのように勝ち誇り、すごーく良いドヤ顔でそう言い切るナディ。だがそれを予想していたであろうシュルヴェステルが、背もたれに深く身を沈めて足を組み、ついでに腕も組んで静かに言った。


「いやお前、礼儀作法出来てるだろう。行動の端々に滲み出てるぞ。あと迷宮から帰還した時の有志でやった宴会――『【剣花の天使ソーズフラワー・エンジェル】帰還祭』? ブフゥ――で見事なカーツィしてたろう。アレは付け焼き刃で出来るもんじゃねぇぞ。つーか何処で習った」


 ノリで貴族の礼カーツィをワリと本気で披露し大盛況を頂いた宴会を思い出し、言葉に詰まるナディであった。まさか前世で貴族どころか王妃でしたとは言えないし。

 それと、誰も知らないと思っていたのに、まさか理解出来ている者がいるとは。流石はギルマスである。ガチムチなのに。


「いやでもほら私貧民だし。生まれ持った身分というか、血筋というか、そういうのが根本的に違うわよねー。それに冒険者としての実績だってほぼ無いし。ほら私ってば、色々あってシルヴィの手伝いばかりしてるじゃない? ギルド職員としてはある程度実績はあるかもだけど、冒険者としては微妙よねー。だから私は永遠に【シルバー】で良いわ」


 ならばとばかりに出自や冒険者としての実績、それ以上にやらかしていることを暗に言い含めて言い逃れようとする。だがそれも予測出来ていたのか、


「いやナニ言ってんだよバカじゃねーのコイツ。何処に迷宮を次々に踏破する【シルバー】が居るんだよ。そんなの【ゴールド】や【真銀級ミスリル】だってやらねぇわ常識で考えろや。あと同一とはいえ週二で踏破とか意味が判らねぇわナニ考えてんだ」


 即座に反論するシュルヴェステルであった。しかしその反論に、ナディは怪訝な表情をする。


「は? 趣味のお出掛けを週二でやって何が悪いのよ。そので拾い物をギルドに卸してるだけじゃない。それが経済を回す一助になっているし、ギルドだって黒字になってるから問題ないでしょ」


 ナディにとって、迷宮踏破は既に趣味のお出掛けになっているらしい。他者にしてみれば明らかに異常であり、当たり前に迷惑だ。


「一助になってねぇわ回ってねぇわデフレーション起こしてんだよ。なんだよ迷宮ドロップ品のデフレって、意味が判らねぇよ。あと通常品みたいなノリでレアドロを査定に掛けるとか聞いたことねーわナニやってんだよバカじゃねーのか。ドロップ率が千尾に一尾有るか無いかの金銀トラウトを各五十尾とか、深層でしか落ちねぇ【日緋色金ヒヒイロカネ】を屑鉄みてぇに山ほど持ち込みやがって。滅多に動じねぇグラフィーラが、女言葉で動揺しまくるレアな現場なんて初めて見たわ」

「やーねー女子が動揺してるのを見て楽しむとか。シルヴィって案外鬼畜?」

「楽しんでねぇし。それにそうやって論点をズラそうとしても無駄だぞ。この際はっきり言うが、オメーら姉妹の実績は【ゴールド】や【真銀級ミスリル】でも足りないくらいだ。それに現状を嗅ぎ付けた高位貴族の暗部が調査に乗り出しているんだぞ。気付いてねーだろうが――」

「あー。アイツらって暗部の連中なのね。前の連中と違って【隠身】とか【隠密】とか【隠蔽】がイマイチだったから、なんだこの中途半端なヤツらはって思ってたわ」

「……待て、オメーらナニやった?」

「おかしな連中がレオ達を嗅ぎ回ってたから掃除しただけ。今頃貧民街で身包み剥がされ経済効果の向上に貢献している」


 そしてポイントを突いて答え合わせをするレオノールである。シュルヴェステルは、本日四度目のクソデカ溜息を吐いた。過去最高最速記録を更新である。


「そりゃあまぁ、アイツらもそうされるのは覚悟してはいるだろうが……まさか殺してねぇだろうな」

「そんなことするわけないでしょ。今頃貧民街の互助団体に保護されているわよ」

「は? 互助団体?」


 貧民街には貧民街の規律があり、それで平穏が保たれている。識字率が低いために文字化されていないが。


 それは設立されており、その目的は貧民街で助けを必要としている者たちを保護し、身元引受人の元に返す、というものだ。

 団体の長はオットという人物であり、団体が結成される前からを積極的に助けていたそうである。それに、彼は何故か

 そういった彼の行動や考えに共感したのか、徐々に人々が集まり始め、そして遂に互助団体が設立されたのである。

 それが設立されたことで貧民街での不幸な事故や事件が劇的に減り、そしてから、感謝とともに謝礼が支払われているという。貴族からの謝礼を断るのは失礼に当たるため、それの収入は互助会員に平等に分配される。

 それに、ため、それに対しての謝礼も多かった。


 回りくどく述べたが、ぶっちゃけるとホイホイ目当てな連中の集団で、ホイホイで得たそれらを売り捌くより取り返したと言って戻す方が金になると言い含められているからそうしているだけだ。

 あとそういう知恵を吹き込んだのは、変態な貴族とかに良く目を付けられ拉致されそうになるが、あっさり返り討ちにしているであった。まぁ、ナディとレオノールだが。


「……なんか聞くたびに問題が山積していくが、それはまず置いておいて。とにかく、オメーらは今日から揃って【真銀級ミスリル】に昇格だ。拒否権は無い」

「拒否するわ!」

「拒否すんなっつったろーが!」

「イヤなものはイヤなのよ! もしどうしても昇格させたいなら、今すぐこの場に辺境伯を連れて来なさいよ!」

「拒否権はねぇっつってんだろうが、判らねぇヤツだな。あと辺境伯ならさっきからオメーの目の前に居るんだよ」

「はえ?」


 シュルヴェステルの爆弾発言に呆然とし、この場にいる全員を見回す。


 もちろん自分やレオノールはそんな身分ではないし、シュルヴェステルはギルマスだ。残るは、ファルギエール侯爵家の長女であるフロランスだけ。


「え……侯爵家の長女なのに、辺境伯? あ、辺境伯夫人?」

「あらあら。違うわよ。わたくしはフェルギエール侯爵家の長女で使者だけど、辺境伯じゃないわ」

「えー……」


 思い返してみれば、確かに違和感はあった。辺境の冒険者ギルドマスターなのに常に山ほど書類に囲まれて、しかもその内容がギルドとは掛け離れている内容――例えば公共事業の予算採決書だったり都市の予算案の可決書だったりしていた。

 本来ならば、それを手伝わされていた時点で気付く筈だが、座右の銘が「ちっちゃいことは気にしない」であるため、そういうこともあるとしか思わないで流していたナディであった。

 それは全然ちっちゃいことではないのだが、明け透けでどう見ても近所の気の良いガチムチおじさんにしか見えないため、まさかシュルヴェステルがそうだとは思わなかった。


 あと前世で政治力が致命的に低い旦那の代わりにそれよりデカい案件を常に取り扱っていたため、全くそれに気付かなかった。言ってしまえば、知事が山間部にある数戸しかない集落の自治会長を手伝うようなものだ。


「えー、ウッソだぁ。シルヴィが? ガチムチなのに?」

「いやガチムチ関係ねぇわ」

「いつもギルマスルームで二人の奥さんと日替わりでイチャコラしてるシルヴィが?」

「イチャコラしてねぇし。公務でンな暇ねぇわ」

「言葉遣いまでガチムチなのに、辺境伯?」

「正確には代行な。辺境伯は王都で公務中だ。あとなんだよガチムチな言葉遣いって。意味が判らん」


 混乱するナディ。そしてレオノールでさえ、菓子を食べる手を止めて普段は眠そうな両目をちょっと見開いて呆然としている。


「ウソ、ウソ、ウソぉ!? なんでなんでなんでシルヴィが? まさか辺境伯を狙撃して暗殺したの!? それか、ヒトには絶対に言えないような変態的弱みでも握ったの!? 自首するなら早い方が良いわよシルヴィ! 安心して、私も証言台に立ってあげるから!」

「まさかのカミングアウト。どうりでギルマスにしては書類仕事に追われていると思った。それにあんな美人と可愛らしい奥さんを二人娶っている時点で貴族だと予想すべきだったのに。お姉ちゃんをも狙って傍に置いているただのエロいガチムチおじさんだと思っていた。不覚」

「暗殺してねぇし未だ健在で王都でバリバリ働いてるわ。仮に証言台に立ったとして、絶対ぇに無いこと無いこというだろうオメー」

「そんなの当たり前じゃない! さあ、貴方の罪を数えなさい!」

五月蝿うるせぇわ。その前にオメーの罪を数えろや。それと、オレはナディを狙ってねぇからな。人聞きの悪いことを言うなよ妹ちゃん」

「なに。ウチのお姉ちゃんの何処が不満なの。こんなに気立てが良くて料理も出来てちょっとえっちで胸騒ぎしそうな腰付きなのに」

「姉妹揃って面倒臭ぇな!」


 そうしていつもどおりの掛け合いをする三人である。それを見ていたフロランスが、声もなく窒息するほど笑っていたのはご愛嬌だ。


「あー、ったく。話を戻すが、そんなワケでオメーらは今日から【真銀級ミスリル】な。目の前に辺境伯がいるんだから、今度こそ拒否させねーからな」

「拒否するわ!」

「拒否する。イヤ。面倒」

「拒否すんなつったろーが! これ以上なく明るく元気に小気味良く言い切りやがって。オメーら実はバカなのか? いやバカなんだろうが。あとなんで妹ちゃんはカタコトになってんだよ。相変わらず意味が判らん」


 本日五回目のクソデカ溜息を吐き、頭をバリバリ掻くシュルヴェステル。過去最高最速記録更新である。


 ともかく。そんな子供のように駄々をこねる姉妹を無視し、話を進めることにした。まぁレオノールはまだ子供だが。


「時間を置くとこいつら逃げ出しそうだからこの場で全部やっちまおう。アーネ」


 往生際が悪い二人を無視し、サブマスのユリアーネを呼ぶ。別室で控えていたのか、すぐにドアが開いて入室する。その手には、略綬りゃくじゅを持っていた。


「目一杯簡略化さて貰う。アーネ、やっちまえ」

「アイ、サー」


 瞬間。ユリアーネの姿が霞み、そして空気をも動かさずに高速でナディとレオノールの傍を通り抜ける。そしてその結果、ナディの胸元に燦然と輝く略綬が縫い付けられていた。


「な……! シルヴィ、謀ったわね!?」


 その早業に言葉を失い、だがすぐに反論する。


「叙爵させるのに略綬ってどういうことよ! は、まさか、私たちを外人部隊エトランゼに売り飛ばすつもりなの!?」

「有無を言わさず戦場に叩き込む。正しく鬼畜の所業。これだからガチムチは」

「人聞きが悪いにもほどがある。冒険者の陞爵って名前だけだから決まった褒章はねぇんだよ。ぶっちゃけ名前だけだからな。あとガチムチ関係ねぇわ。叙勲式は以上だ。お疲れ」

「え……どういうことよ!」


 面倒臭そうに手をヒラヒラさせ、そして縫い針と糸を何処ぞの仕事人のようにシュピンとさせて巻き取っているユリアーネにサムズアップしているシュルヴェステルに、流石に看過出来なくなったナディが噛み付いた。

 それと関係ないが、ナディの胸元に略綬を高速で縫い付けたユリアーネが頰を染め、余韻に浸るかのように夢心地で手をワキワキさせているが、それはどうでも良いだろう。百合なユリアーネだし。


「こういうのって叙勲の後でおめでとうってみんなで楽しくパーティするんじゃないの!? これで終わりって聞いてないわ! 責任者、出て来い!」


 そんなナディの、完全に言い掛かりでしかない訴えに唖然として数瞬固まり、頭の頭痛が痛くなって来たのかゆっくり頭を振るシュルヴェステル。


「責任者は目の前にいるだろうが。あーでもこーでもねーって我儘言いやがって。そもそも受けたいのかイヤなのかどっちなんだよ面倒臭ぇな」

「言われても一回断るってのが此処の貴族の礼儀でしょ。それに則っただけよなんで知らないのよ」

「それは世襲貴族の礼儀だド阿呆。冒険者だったら二つ返事で受けとけば良いんだよ」

「えー。そんな安請け合いしたら舐められるわよ。この業界は舐められたら終わりじゃない」

「冒険者はそんなキナ臭ぇ業界じゃねぇわ。だが、まぁそうだな……じゃあ食堂でちょっとした祝賀会でもするか?」

「え、ホント? ありがとうシルヴィ! お父さんみたい!」

「…………」


 そんななんとなく調子に乗って言ってみた言葉に、何故か黙るシュルヴェステルであった。


 これは彼と奥さん二人の秘密の会話だが、ナディがレオノールを伴って冒険者登録をしに来た後、二人を案じた奥さんズがワリと本気で養子に迎えようと提案していたのである。

 結果的にナディがとんでもない実力者だと判ったためその話は立ち消えたが、迷宮遭難事件で再燃していた。

 しかし今回の陞爵で、それは完全に不可能となった。それがちょっと残念であり、だが良く考えればトンデモ姉妹に振り回さずに済むため一安心でもあると、結構複雑な心持ちなシュルヴェステルであった。そう考えること自体、既にお父さんなのだが。


「よーし。奮発して【クリスタ・マイン】産の海鮮と、生でも焼きでも煮込みでも蒸しでも美味しく頂ける【フロート・ブルーホウェール】の肉を五百キログラムくらいに振る舞ってやるわ!」

「祝賀の料理に全力を出して全てを幸せにする。正に『』の模範。さすおね」


 ――そしてその夜。


「【剣花の天使ソーズフラワー・エンジェル】陞爵祝賀会」と銘打たれた見事なタペストリーが飾られて始まった宴会が、明け方まで続いたという。


 ちなみにそれを見たナディの目が一瞬にして死んでいたが、すごーく目をキラキラさせた信徒一号二号、あと必死に謝る女の子に何も言えず、微妙な笑顔を浮かべることしか出来なかった。






 そんな狂乱の夜が開け、また例によって死屍累々になっているギルドの食堂とホールを素通りしてギルマスルームに向かったナディとレオノールは――


「つーわけで、オメーらはフロランスと一緒に王都に引っ越しな」

「なんで!?」


 シュルヴェステルの一言に絶句した。

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