2 繰り返しな日常と……
――【
「お? またいきなりどうした。突発的に語り出して」
あの時の混乱から立ち直った私たちは、無事に平穏な生活を送っている。
「……平穏、ねぇ。平穏なのか? その四ヶ月でオメー、迷宮を次々に踏破してたじゃねーか。じっとしてられなくて迷宮に潜っちまう病気なのか?」
……その混乱で一番酷かったのは、あのタペストリーよ。誰よあんなの描いたのは! おかげで行く先々でおかしな二つ名で呼ばれるわ指差されるわ子供らが寄って来るわで、全っ然気が休まらなかったわ!
「あー、アレかぁ。まぁ仕方ねぇんじゃねぇの。状況は知らんが助けたのは事実なんだろ。だったら甘んじて受けろ。【
くっ……そんな風に落ち着かなかったから鬱憤が溜まりまくって、思わず迷宮を色々踏破して周回までしちゃったわ。メッチャ楽しかったわね。
「ああ……マジでなにやってんだろうなぁ、バカじゃねぇのかなー、迷宮で遭難したってのに学ばねぇなぁとは思ってたぞ」
そう、私は過去を振り返らない。見据えているのは未来だけなのだから!
「格好良さげに言っているが、つまりは過去の事案から学ばないただのバカなんじゃねーのって感想しか出てこねぇわ。呆れて何も言えなかったぞ実際。つーか、前も同じこと言ったような気がするは気の所為か?」
ま、そうして迷宮を踏破して素材を売って経済を回している私は、辺境伯に感謝されても良いくらいよね。そのうち勲章を賜るかもね。
「いや感謝してねぇし勲章なんか授与しねぇぞ。実際そんなやらかしてるヤツがいるってだけで、頭痛と胃痛に苛まれているからな。マジで止めて欲しいわ」
迷宮産の素材は貴重だからね。しかも全部踏破して、
「えーと……まず【
ふ……ま、私とレオに掛かれば、おちゃのこさいさいな屁のカッパよね。焼きトラウト入りのお茶漬けは本当に美味しいのよ覚えておきなさい。お酒飲んだ〆にはサイコーよ。私は呑まないから知らないけどね。
「まーた意味不明なことを言ってるぞこのバカ娘。いいか、そんなオメーらを心配してるヤツもいるんだぞ。ちったぁそういう連中のことも考えてやれや」
そうやって色々やってたら、また悪目立ちしちゃったけど気にしないわ。私たちは私たちが信じた道を行くのよ。他所の目なんか気にしないわ。
「いや気にしてくれよマジで。オメーらが色々やらかすたびに後の処理が大変なんだよ。あと踏破する度にアホほど素材を持ち帰って経済バランスを崩すの、本気でやめてくれ。【
経済が回って職人の技量も上がる。そうして出来た付加価値がまた経済を回していくのよ。これ以上ないくらいの好循環ね。頑張った甲斐があるってものよ。
「いや本来なら高価な素材を値崩れさせた時点で好循環じゃねぇぞ。おもくそデフレーションしてるからな。なんで【
身を守る道具が良いと、怪我しなくて良いし死亡率だって低くなるわ。なんて素晴らしい。死亡率低下といえば、【
「……おい待て。今ちょーっと聞き捨てならねぇ情報がポロッと出たぞ。此処んところ出回ってる質が良過ぎるって噂の薬草、アレもオメーの仕業か!」
薬草の栽培は不可能だってほざいてた思考停止ヤローどもの吠え面が目に浮かぶようだわ。場所と条件と方法が合致すれば、誰だって出来るのよ。もちろん【豊穣の土】は必須だけどね。
「その方法とかが難しいんじゃねぇかなんで知ってんだよ。栽培なんて御伽話でしかないだろう。誰も実践しねぇわどうしてやろうと思った」
御伽話には真実もあるのよ。失伝を恐れた技術者が願いを込めてそうする場合もあるじゃない。ギルドの書室にあるでしょ【星になった薬草師】て童話。
「いや知らねぇよそんなの。それが置いてあるのって幼児向け書棚じゃねぇかよ誰も観ねぇよ」
あれは四百年前にあった事実なのよ。それにちゃんと書いてあるでしょ、【豊穣の土】の情報が。
「初耳だわそんな情報。つくづくなんで知ってんだよ。あと【豊穣の土】の出所な【ワンダリング・トレント】って【
枝葉を全部伐採して上から2メートル間隔くらいで刻んで行って、最後に根を残してから燃やせば確実にドロップするわ。そういう意味ではレアドロじゃないわね。
「ぅおい! なんだその攻略法。そもそも【ワンダリング・トレント】って全高10メートル超えるしオモクソ硬ぇだろうが。なんで出来るんだよ誰も出来ねぇよその方法。そもそもどうしてやろうと思った!?」
木材採取は手間を省かないとね。最初から等間隔で刻めば後の処理が楽なのよ。根は面倒だから灰にしたらトン単位で落ちたわ。大したことじゃないでしょ。
「これ以上ないくらい大したことだわ頭痛ぇな。後でその
……ま、質が良いから大した腕じゃない薬師は扱えないけどね。扱えるようになるまで励めば良いのよ。努力を怠って暴利を貪るヤツらなんて淘汰されるがいいわ良い気味ね。
「その考えには基本的に賛成だがな。でもそれ、最近出来た共済団体が主催してる薬学院の奨学金制度が無きゃとんでもないことになってたぞ。えーと、団体のトップはレンテ・レイセクだっけ? 何者なんだ? あとオメー、書面提出の件を聞かなかったことにしようとか考えたろ? 提出するまで給与差し押さえな」
……ふ、ふふん。何を隠そう、ウチの畑で採れた薬草は其処へ優先的に流しているわ。そう、私の深淵な考えは、其処まで及んでいるのよ。
「良いことなんだろうけど、おかしいな。お前が言うとすげーペラい。日頃の行いか? あとなんかオメー、戸建てを手に入れてからテンション上がり過ぎてバカがよりバカみてーになってるぞ」
……さっきっから
「ガチムチ関係ねぇわなに同じこと言ってんだコイツ。そもそもなんでまたしても盛大に口に出してモノローグ語ってんだよ意味が判らねーわ。脳内に収めろって何度言えば理解出来るんだよ面倒臭ぇ」
脳内独り語りじゃ突っ込んで貰えないでしょ。そっちこそ何度同じこと言わせるのよ。ギルマスなんだからそれくらい言われなくても判りなさいよ!
「なんで判を押したように同じこと言ってんだコイツ。相変わらず理解不能な我儘こいて勝手にブチ切れてんじゃねぇよ。本っっっ当に面倒臭ぇな!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「ねぇシルヴィ。私ン家って一般的よね。何の変哲もない世間一般的にいうところの普通の家よね」
「は? なにバカ言ってんだよその発想に驚愕するわ。『世間一般的普通』な家は概ね木材で出来てるだろうが。高級な戸建でも総トレント材
ギルマスルームの応接テーブルに置かれている書類に目を通しながら、重厚感あるライティングデスクで書類仕事をしているシュルヴェステルに、先ほどのモノローグをやっぱり無かったことにしたナディが、ちょっと自慢げに、口元をニヨニヨ綻ばせながら訊く。
そんな明らかに自慢であろう質問をするナディを一瞥して訝しんでから、なに言ってんだコイツとでも言いたげに嘆息し、だがノータイムでスラスラそう言った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「なにそれ。まるで私ン家が非常識だって聞こえるんだけど」
「『まるで』と言い出す意味が判らん。逆に訊くが、何処をどう見たらお前ン家が常識的だと言えるんだ?」
「何処って、見たら判るでしょ。世に漂うみんなが利用し恩恵を受けている魔力をちょっと物質化させて建材にするという常識的発想で実践出来るんだから、常識的よ。そりゃあ確かにちょっとばかりアーティファクトとか成功率が低い魔法とかも使っているけど」
「常識を崩壊させてんじゃねぇよビックリするわ。世の人々の八割は魔力を感知は出来てもそれを集めるなんか出来ねぇし、まして物質化なんか当たり前に不可能だ。それにアーティファクトなんか千人に一人持ってるかどうかってレベルだし、そんなことが出来るのは王宮にだってねぇわ。そもそもなんで持ってるんだよ驚きを通り越してどうしたら良いかすら判らねぇよ。あと自重しろって再三言ってたのに、遂にしなくなったなコンチクショーめ。さては『メンドクセー』とか思ってねぇだろうな?」
正解。当初は様々な横槍を避けるためにちょっとは自重していたナディだが、【
まぁ結果的に、「【
「ああ、
「待て待て待て待て待て。とんでもねぇ提案と聞き捨てならなねぇ情報がまた出て来たぞ。なんだよダンジョン・マスターって!? もしかして各迷宮にそんなのいるのか!? 聞いたこともねぇぞ! あとそんなアーティファクトなんざ使い熟せる気がしねぇから要らんわ」
「他所は知らないけど、【
自身の前世やらなにやらを伝えたら、一遍に平身低頭した魔族の青年を思い起こし、サラッとそう言い紅茶を含む。本日はサブマスのユリアーネが淹れてくれた。あと何故かお茶請けがギルマスのシュルヴェステルより豪華なのが不明だが、気にしないことにするナディであった。
「それも書面にまとめて――」
「それは絶対にダメ。そうしたら【
「お、おお。そうか――」
「それに、其処の海鮮階層で採れる海鮮は質か良いのよ。シルヴィもホエールステーキ美味しそうに食べてたでしょ。採れなくなったら本当に困るわ」
「そういやそうだな。アレは本当に美味かった。つーか、一般人が困る云々以前にそれが本音だろう」
そうやって海鮮やそんなステーキに想いを馳せる二人。その傍でちゃっかり御相伴与ったユリアーネもそれを思い出したのか、盛大に流れ出る涎を飲み込んでいる。龍人は肉食だから当然の反応だ。
ところで、何故ナディがさも当然のようにギルマスルームにいるのかというと、以前と同じく冒険者業をさせていると色々やらかすために、書類仕事を手伝わせて行かせないようにしているからだ。
いわゆるストッパーとして働かせているのだが、実際はあまり役に立っていない。なにしろナディの書類捌きはシュルヴェステル並に早いし、なにより正確だ。最近では基本的に脳筋で書類仕事が苦手なユリアーネの代わりを勤めているほどである。
そうして出来た隙間時間にサラッと何処かに行って、大量に戦利品を持ち帰るのが習慣になってしまっていた。
最近ではある程度諦めたシュルヴェステルに、せめて消費出来て残らない物にしろと言われ、ならばと食材採取ポイントを開拓し、其処から食材を大量に採ってきたりしている。そしてそれを公開したことで、現在の辺境都市ストラスクライドの食事事情はかなり改善した。
そんな食材ハンターのようになっているためなのか、ユリアーネにプロポーズされるという珍事が起きた。しかもギルドの食堂で。
そんなユリアーネにレオノールが「さす百合」と言ったとか言わなかったとか。
そうして働かされているナディは、現在ギルドに正式採用させられていた。もちろんレオノールも同様で、人気の受付嬢として名を馳せちゃっている。
本人たちは、給与がある程度ならばどっちでも構わないと思っているが、そもそも正規職員の自覚がないため行動は相変わらずであるのは前述の通りだ。
日々、その誰かさんたちの所為で頭痛と胃痛と戦うシュルヴェステルの、心労と苦労が偲ばれる。
そんなシュルヴェステルのために、ナディが鎮痛剤と胃薬を調合して奥さんたちに渡しており、それがまた効果も効能も抜群で、より頭を悩ませる羽目になっていた。
そうして雑談をしつつ書類を捌き、そして一段落ついたとき――
「ところで、ねぇシルヴィ」
「なんだよ」
「私たちのこと、嗅ぎ回ってるヤツらがいるんだけど。アレって元から根切りして良いものか悩むのよね」
「いや止めろ。マジで止めろ。それはお前らの噂を聞いた貴族どもが動いている可能性がある。そいつらを敵に回したくないなら大人しくしてろ」
「大人しくしてるわよ。私をなんだと思ってるのよ失礼な。精々嗅ぎ回ってるヤツらを取っ捕まえて、残らず【フォーゲットフルネス】掛けて放出してるだけよ」
「全然大人しくねぇわ何やってんだよコンチクショー! それバレたら最悪領地戦仕掛けられるからなどうすんだよ!」
「その時は私が出張って敵領の城を消し飛ばしてあげるわよ。仕掛けたんだからやり返される覚悟くらいあるでしょ」
「うわぁ……なんつーかこー、うわぁ……」
「なんでまた私の真似して引いてるのよ!」
相変わらずの日常であった。
余談。
【
特殊
【
【
【
一辺10キロメートルに及ぶ
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