学舎と姉妹と
1 学ばなければ生き残れない
【
そもそも家門が爵位持ちで、しかも侯爵ならばその判断は当然である。貴族の子息が、いくら見初めたからといっても平民と添い遂げられる筈もない。それは当然ファルギエール家も、基本的には同じだ。
あくまで、基本的には、だが。
実はファルギエール家は、他家とちょっと様相が違うというか、貴族としての常識が違うというか相当ズレているというか、とにかく貴族的に「おかしい」と有名であった。
青い血の一族という矜持はそれなりにあるが、だがそれを過度に誇りはしない。その生活も貴族としては質素倹約であり、そしてその信条も質実剛健という、正しく貴族にあるまじき一族だと言われている。
だがそんなファルギエール家だが、意外にも他家はおろか王家からの人気が高い。
なんといっても人材育成が殊の外巧く、そしてそれを継続的に輩出しているし、あとなんといってもその血族全てが美形揃いという意味が判らない事実まであるのだ。
しかもそれを誇ることなど一切なく、逆に顔面偏差値など何の意味もないとばかりに容姿に無頓着な一族なのである。
現在の当主であるファルギエール侯オーギュスタンもその例に漏れず、若かりし頃は大変な美形であり、そして様々な浮名を残していた。
その浮名とは、彼は未だ独身であるにも関わらず四人の子持ちである、というものだ。
実際は婚約者はちゃんと存在しており、その美貌に当てられた令嬢が逃げられないようにと誘惑して男女の関係になっちゃったは良いが、子を成した後の実際の生活がそんな感じであったため耐えられなくなり、子を置いて出て行ったのである。
あとどういうわけか当主様は百発百中であり、そういうことが四回繰り返されて現在に至っている。
それと、そんな生活に納得してくれて、婚姻に同意してくれた女性もいたのだが、今までに逃げて行った令嬢どもの逆恨みを買って消息不明になってしまった。
そして逆恨みでそんなことをした令嬢どもは、長男と次男、そして長女がきっちりお仕置きをして、現在は元気に白髪な廃人になっているそうだ。
ちなみに末っ子の三男は、当時【
そんな風評被害な浮名を流され、更に過激な報復をしちゃった子供たちがいる家門に嫁いで来る貴族令嬢などいる筈もなく、ついでにそれが原因で子供たちにも婚約の話しが一切来なくなってしまっていた。
だがその程度で嘆くほど、ファルギエール家の一族は弱くない。というかそんな逆境に屈しない気概を持っているとかそういうわけでもなく、単にそんなのはどーでも良いとしか思っていなかった。逆にバカな令嬢や軟弱な令息が近付かなくなって清々すると公言して憚らない。
周囲の目を気にしないというか豪胆というか、ぶっちゃけバカなんじゃないかと疑われるレベルである。
その気概というか信条というか、とにかくそういうのはオーギュスタントの子供たちにも漏れなく遺伝していた。
長男のフレデリクは、別に相手が貴族はなくても良いだろと言わんばかりに、学園で出会った
それとそのお相手の女性は凄く逞しく、最終的には長男を補佐する領地の司政官にまで上り詰めた逸材であった。
次男のマティアスも同様で、こちらのお相手は平民から腕っぷしひとつで王国騎士団の一員となり、言い寄るバカな令息どもを片っ端から物理的に叩きのめしていた。
最終的にそれが気に入らない令息どもが、貴族らしく
最終的に国王が立ち会う決闘にまで話が大きくなってしまい、それに難なく勝利したのである。
そしてマティアスは、国王を始めとする大臣や高位貴族が集まっている場でプロポーズをするという過激で歌劇のようなことを仕出かして、めでたく婚姻したのである。
そしてそんなことを仕出かしたために王都にいられなくなり、現在二人は自由騎士として諸国を巡っているそうだ。
そして長女のフロランスはというと。婚姻に一切興味がなく、だが上の二人がそうして出て行っちゃったために仕方なく当主の補佐をしている。
そして最近では補佐どころか共同で新しい事業を始めたり、より効率の良い領地経営方法を検討し、その領地に引き篭もっている長男のフレデリクをも巻き込んで色々やり始めたり改革を推し進めていた。
そしてそんなことをしているから、次期当主はフロランスで良くね? とか兄二人に言われる始末であり、ついでに後継者一位と二位が揃って出奔してしまって頭をちょっとだけ抱えていたオーギュスタンが、その手があったかとばかりに後継者として申請しようとして、メルケンサック付きの物理で黙らされるという珍事が起きた。
そんなファルギエール家のきょうだいは、それぞれ異なる得意分野がある。
長男のフレデリクは魔術に長けており、学んでもいないのに超級魔術すら行使出来る。疲れるからやらないと本人は言っているが。それとそればかりではなく、政治や経営にも長けていた。
次男のマティアスは剣術特化であり、おまけに学んでもいないのに【
長女のフロランスは治癒や回復の魔術が得意であり、その所為か【
それから前述のとおり、政治や経営にも長けており、更に占星術や天文、気象などの統計学にも深く通じていた。
そんな天才揃いのファルギエール家の末子であるヴァレリーは、その中でも特異というか、はっきり言って異質であった。
まず五歳で【
そしてその後の戦闘能力が明らかにおかしく、その強大過ぎる謎の能力でことごとく武器を破砕してしまった。相手の、ではなく自分の方のを。もちろん打ち合えば相手の武器も諸共粉砕していたが。
そして付いた
そんなヴァレリーは美形揃いのファルギエール家にあっても特に美形で、【
そうして人気者になっちゃったヴァレリーを誘惑しようと、まだ成人前だというのに過激な令嬢が色仕掛けをし始めた。歴史は繰り返すというか、現当主がそうされたように。
もっともヴァレリーは三男であるため家督継承位が低いため、婿取りの選択肢としては間違いではない。それに現当主の素行から、ファルギエール家の男は誘惑に弱いと言われているし。
かくしてそうして誘惑されたヴァレリーだが、着飾った令嬢には見向きもせずに完全スルーして興味を示さず、社交の場では一言も発せず、挙句視線すら向けないという有様だった。まるで路傍の石でも相手にしているかのように。更に半ば強引に寝所に連れ込まれてすら、男性機能的に反応すらしなかった。
そんなことが繰り返され、女としての侮辱を受けたと一部の貴族が騒ぎ出したりしたが、それは令嬢としての醜聞であるためすぐに沈静化した。
だがその代わり、ファルギエール家の三男は不能であるとの噂が飛び交ってしまったが、例によって本人は気にしちゃいないし、その親族もそんな小鳥どもの囀りなんて気にも留めなかった。
そんなヴァレリーだが、武器の素材探しのために潜った迷宮で三ヶ月半消息不明となり、そして何事もなく帰還した後で父のオーギュスタンに爆弾発言をした。
「父上。運命の
「は?」
「運命の
「……えー……」
言っていることは間違っていない。状況説明がなっちゃいないだけで。あとそういうことは親に言わないのが当たり前だが、明け透けに言っちゃうヴァレリーであった。それだけ本気なのだろうが、言われた方は反応に困る。流石のオーギュスタンもドン引きしているし。
「……それは、何処かの令嬢なのか?」
だが其処は、社交界で様々な浮名を残したオーギュスタン。内心は、なに赤裸々に語ってんだこのバカ息子と思いながらも、至って冷静にそう返した。流石の胆力である。
「いえ。貧民出身の冒険者です。そしてボクをぶん殴っても壊れませんでした」
言っている意味が良く判らないだろうが、実はヴァレリーを悪意を持って殴ると、殴った方が多大な被害を受ける。魔術機関が調べたところ、どうやら攻撃と判断されたものは自動で倍返しされる特殊能力が身に付いているらしい。それ以前に、それを当てるのが無理ゲーなみに難しいのだが。
「マジかぁ……でもよりによって貧民かぁ……」
「それと、その
「なんだと?」
「思うに、レオノル母様の子なのではと考えます。年齢的にも一致しますし」
約十一年前。侯爵家にあるまじき質素な現状を目の当たりにしても一歩も引かず、それでも構わないと言った、没落した伯爵家の令嬢がいた。
没落していたためにそんな生活に慣れていたという理由もあるのだろうが、それを加味しなくとも、彼女は人間としても、妻としても、そして継母としても、文句の付けようのないほどの人格者であった。よってオーギュスタン以上に、子供たちに好意を持たれていた。
そして妻として迎え入れようとしていたある時、突然消息を絶ったのである。
原因を調べた結果は前述のとおりで、そしてその消息はおろか足取りすらも杳として判らなかった。可能性として追っ手から逃れるためであったのだろうが、侯爵家の諜報部ですら足取りを追えないほど見事に姿を眩ました手腕は、凄まじいとしか言いようがない。
ヴァレリーの言を信じるならば、そんな彼女の、いってしまえば
「そう……そう、か……」
本来であれば貴族の当主がそれを鵜呑みにはしないのだが、オーギュスタンは違った。彼は子供たちを絶対的に信用し信頼している。そしてその中であっても特に、ヴァレリーの言に重きを置いている。
彼は、間違ったことは言わないから。
領地経営や政治的なこと、そして社交的なことは致命的に出来ないけど。
数字的なステータス表記が可能なら、武力と戦闘力と洞察力がカンストを振り切っていて、その他が致命的に低いと出るだろう。この世界にステータス表記はないが。
「それから、その娘の名前はレオノールです」
目頭を押さえて俯くオーギュスタンへ、追加でそう告げるヴァレリー。感傷に浸らせてくれない見事な
「は? 本当か?」
「本当です。偶然でしょうが」
「……そうか。なぁ、その娘を引き取るのは、可能か?」
「難しいでしょう。血の繋がりがないとはいえ、あの姉妹を引き離そうとしたら、王都が軽く更地になります」
「え? なに? ちょっと意味が判らんのだが?」
「そしてその姉が、ボクの運命の
「いや止めろ。お前のそれは洒落にならん。それにしても、お前の想い
「はい。【
「は? おい待て。情報量がおかしい」
「あとレオノールも竜を単独撃破してました。ボクもしましたが、それよりも二人が相手した個体の方が強かったですね。不死属性持ちみたいでしたし」
「待て待て待て。おかしい情報がネズミ算な雪ダルマ式に増えているぞ。えーと、つまり、お前もその姉妹も【
「そうなりますね。大したことではありませんが。あ、コレはその竜の鱗です。ナディへのプレゼントですからあげませんよ」
「なんで持ってるんだ!? いや倒したんだったら当然なのか? いやいやそれ以前に、何処に持ってて何処から出した!?」
「【ストレージ】です。大したことはありません。それから、ボクは今からナディの元へ行きます。もう戻らないと思いますので、どうか御壮健で――」
「待ってと言ってるだろう。なんでお前は賢いくせにいつもバカなんだ? 今お前が言った色々が、そりゃあもう色々大問題なんだぞ。俺が動くからお前は大人しく学園に行け」
「イヤです。発情したメスザルどもに囲まれるよりナディとえっちしたいです」
「赤裸々過ぎるわド阿呆め。まさかと思うが、もう男女の仲になったのか?」
「したかったのですが、させてくれませんでした。股間に顔を埋めてスーハーしただけです」
「ほう。貞操観念がしっかりしているな。ふむ、方法はあるか――」
もしかして、誘惑されてそんなことを言い始めたのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。もしそうならば自分の轍を踏まないように工作する必要があるとも考えたが、その言を聞く限り、どうやら一方的に熱を上げているだけのようだ。
ちょっとだけ、セクハラされるその相手に同情するオーギュスタンであった。まぁ、大好きなヒトにスーハーしたい気持も判るが。
「その件については此方で考えよう。だからお前は学園に行ってそのバカを治してこい」
「イヤです。絶対に行きません。父上は発情したメスオークの檻に息子を叩き込むつもりですか」
「いや、いくらなんでも其処までは――」
「其処までなのです。絶対に行きません。どうしてもというのなら、ナディと婚約してから共に行きます」
貧民出身でなんの実績もない冒険者が、三男とはいえ侯爵家の令息とそうなるのは不可能だ。それはヴァレリーにも判っている。だから地位を捨てて
それ以前に、これ以上の出奔はフロランスの負担が大きくなるし、なにより彼女も出奔しかねない。思わず頭を抱えるオーギュスタンであった。
なんだかもうどうでも良いかな? とか考えて爵位を返上しようとワリと本気で考えたこともあり、その噂が流れたこともあったが、王を始め大臣やら高位貴族たちに全力で止められるという珍事が起きたりもしたし。
ファルギエール家は大変人気があり、だがそれと同時に
「その娘と一緒になら、学園に行くというのか」
「はい、そのとおりです。むしろそうしないと行きませんし行きたいとも思いません」
「……仮にその願いが叶ったとして、その娘が辛い思いをするのではないか? お前は社交界を甘く見ている」
「はは、面白い冗談ですね。社交界に巣喰うなんの実力もない本能で生きている性獣どもが、ボクを倒せるナディに敵う筈がない。むしろその無能どもに同情します」
流石のオーギュスタンも、この時ばかりはヴァレリーの言に首を傾げたが、ともかく。
ファルギエール侯オーギュスタンの命により、家門の諜報部が即日行動を開始し、ヴァレリーの想い女である「ナディ」なる娘とレオノールを調査し始めた。
――だが。
その情報は一切手に入らなかった。そればかりではなく、諜報部の精鋭達がことごとく消息を断ち、だが数日後に使い物にならなくなって帰って来るという異常事態まで起きた。
そうなって初めて、ヴァレリーの想い女が只者ではないと痛感するオーギュスタンであった。
そうして策謀に夢中になり、だが巧く行かずに頭を抱えて仕事をしない当主に苛立った補佐官のフロランスが、まずそれを蹴り飛ばして椅子から叩き落として小一時間ばかり正座をさせて説教をした。
次いでヴァレリーから事情を聞いた上で、いくら惚れているからといってセクハラをしまくっていたそれを【
結果。驚くほどあっさりと、その姉妹は見付かったのであった――
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