6 純白の神子と溶岩竜
レオノールは魔王ヴァレリアと魔王妃アデライドの第一子であり、生来虚弱であったため僅か十六歳で早逝した愛娘である。
虚弱であったがためにそればかりが目立ち、よって彼女を知る者はそれだけしか語れない。
だがレオノールをよく知る者は、虚弱である事実は変わらないものの、それ以外の面を多く語る。
曰く。虚弱なのに活発であり、長時間外を走り回っていた。そしてその後数日は床に臥していたが。
曰く。生来の魔力がなんと魔王と比肩するほど多く、物心が付く頃には魔法に関して魔王妃を軽く超えていた。もっとも、魔王妃は魔法が使える武人であったが。
曰く。魔力内包量が桁違いであるにも関わらず、何故か武術や剣術を好んでいた。好むだけで魔王や魔王妃のようにはいかなかったが。
――等々。仮に虚弱でなかったなら、きっと両親を超える資質があったと、ことあるごとに言われていた。
両親であるヴァレリアとアデライドに。
だがそれは決して身贔屓ではなく事実であると、レオノールを知るきょうだいも認めていた。
あと、剣術を諦めない娘に、魔王と魔王妃は何故か魔王妃が謎に持っていたとある剣を授けたそうである。ちなみにその剣は、魔王が僅かでも触れることさえ出来ない逸品であった。
ちなみにレオノールが存命中にきょうだいが十八人生まれており、三人目から十一人目まで三つ子三連発だったそうな。
魔王様はとても頑張ったようで、だがそれ以上に魔王妃様は超頑張った。そりゃあもう、色々な換算で三十倍くらい。最終的には桁が二つ三つ余裕で増えるほど頑張らざるを得なくなったが。
そんなレオノールは、十歳の頃に一つの事件を起こしていた。
発端は単なるきょうだいケンカだったのだが、其処から派手に飛び火し拡大し、最後はあまり得意ではない筈の氷結魔法で魔王城を丸ごと氷漬けにしてしまった。
その時のレオノールは体調を崩して床に臥しており、でもそんなの関係ねぇとばかりにきょうだいたちが其処彼処を物理や魔法で破壊しまくり暴れまくった。その結果ブチ切れたレオノールが、様々な防御機構や対魔法機構が施されている筈の魔王城を、ただ「五月蝿い」という理由でそのようにしてしまったのである。その後、過去最高に体調不良になったそうだが。
ちなみにケンカの原因は、体調が悪くて外に行けないレオノールに、こっそり出掛けて花冠を作ってプレゼントしようと三、四、五番目の三つ子トリオが言い出したのが発端だった。そしてそれを二番目と六番目が止めて押し問答となり、最終的に剣と魔法の大立ち回りになったそうである。
その後アデライドの一喝で止まったきょうだいたち五人は、理由を話して
だがそれはそれ、これはこれ。結局五人は漏れなくゲンコツを貰ったそうな。
あとそのときヴァレリアは、ブチ切れたアデライドを見て「子を諭す姿も激怒してゲンコツを落とす姿も素敵で無敵!」と萌えて燃えまくったらしい。
関係あるかは不明だが、その後アデライドは十二人目と十三人目の双子を身籠ったそうだ。
結局、何が言いたいのかというと――
「【マキシマイズ・ソーサリー・イクステンシヴ】【マキシマイズ・マギエクステント】【フロスト・リージョン】【ソーサリー・リバーブ】【ミラー】『【マルチプル】【トラント・ソール】【ディメンション・サークル】――』」
魔法効果と範囲が強化魔法で極大化され、火口の領域が氷の領域に塗り替えられる。次いで詠唱の残響により効果が複数化され、更にレオノールが二人になった。その鏡合わせの状態で魔法を多数化し、多重詠唱を発動する。その結果、六十もの立体魔法陣とその残響であるより小さなそれが無数に発動した。
「『――【アブソリュート・ゼロ】【フロスト・デストラクション】』」
そして発動する絶対零度と、更に展開される氷結の滅却魔法。瞬間的に、火口はすべて凍り付いた。
――そう。魔法効果を絶対的に無効にしてしまう筈の防御特化世界一な魔王城をも氷漬けにしたレオノールにとって、たかがダンジョンの火口フィールドを氷結させることなど、造作もない。
そして現在のレオノールは、健康である。そりゃあもう、元気でいっぱいで
そんな予想の斜め上な行動に面食らったのか、階層主である竜――【
『な、なんというヤツ。子供のくせにとんでもないことをしやがる』
溶岩の翼を羽ばたかせ、そして周囲に溶岩を撒き散らしながら竜が言う。
「喋った」
それに対してレオノールは、率直に当たり前な感想で答えた。
『だが、残念だったな! 表面を凍らせたところで意味は無い! 我がいる限り、この場の溶岩が消えることはない!』
凍った地面に降り立ち、その灼熱の巨躯でそれを溶かす。氷が瞬時に沸騰し蒸気となった。その現象に、竜は勝ち誇ったように続ける。
「そして意外と饒舌」
だがやっぱり、率直で当たり前な感想を呟くレオノールだった。焦燥感など、微塵もない。
『それに知っているか? 氷には限界温度があるが熱には上限が無い! つまーり! お前の得意な氷結は我に効かんのだ!』
全身から溶岩を噴き出し、氷の領域を溶かしながら勝ち誇る。
「でも鬱陶しい。暑苦しいし。比喩的にも物理的にも」
更に客観的な感想を言う。氷結は効果がないと威圧し、そして絶望を与える算段であったらしい竜の思惑は、キレーにハズレた。
『それにしても、我の相手は子供か。ふん、物足りぬ! この場を凍らせたのはなかなかだったが、だがそれだけだったな! 絶望ぉーに身をくねらせるがいいヒト種の子供よ!』
そう言い高笑いを上げつつ更に熱を放出し、遂にこの場の氷結を消してしまった。
「【アブソリュート・ホウルリジェクション】【コントロール・アトモスフィア】【フローズン・オキシジェン】」
そうして勝ち誇っている竜を尻目に、今度は絶対障壁を展開して自身を覆い、大気を操り障壁内を快適空間にしてから、竜に液体酸素をぶち撒けた。ちなみに先程のバフが継続中であるため、効果と範囲は極大化されている。
『ぐへあははははがははははははぁ! 氷結は効かん効かん無駄無駄だ無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄の駄目よ駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目なのだぁあああぁ! ……うお!? なんじゃこりゃあぁ!!』
「バカ」
勝ち誇る竜の全身にぶち撒けられた液体酸素が高温によって一気に気化して膨張する。そしてそれに引火し、龍を中心に大爆発を起こし燃え上がる。
溶岩とは高温で溶けた岩だ。その温度は通常で九百度から千百度であり、場合によっては千二百度を超える。それに可燃物を与えれば、当然燃える。そして極低温で液化していても、酸素は結局可燃ガスだ。そんな燃焼必死な火種に純粋に燃えるそれを与えたらどうなるか。結果は火を見るより明らかだ。火種だけに。
しかし、溶岩相手にそれが効果があるかと問われれば、答えは否である。当たり前がだ。
それからその魔法は氷結魔法ではなく、攻撃系統ですらない生成系統である。
『ぐえへあははははがははははははぁ! 熱や爆発など効かぬわぁ! 何故なら我は【
「ついでに【フローズン・ハイドラジン】」
「――なのだがぼほえおおおおおおおおあ!?』
勝ち誇り、何故か名乗る竜へと、追加の液体水素をぶち撒ける。そして水素も可燃ガスであるため、一気に気化して爆発し燃え上がった。
『無駄で無理だと言っただろうがこのクソガキ! ヒトの話はちゃんと聞け!』
「『無駄』とは鬱陶しいほど言われたけど『無理』とは言われてない。今初めて言われた。覚えてないの脳ミソ無いの物覚え悪いのただのバカなの」
『~~~~~~この、クソガキがぁ!』
「あとおまえは竜でヒトじゃない。装って言ってるみたいだけど何処からか見てる。それとも竜の視覚を介して見てるかのどちらか。何れにしても陳腐で稚拙。その程度で魔王の長子を名乗るのは恥の上塗り」
『!?』
巧妙に隠していたつもりのようだが、見透かされ動揺する。そしてレオノールも憶測で言ったわけではなく、魔力の指向性と残滓を辿って判断した。ちなみにそれは、息をするように自然に出来ている。
『……なるほろ、ただのガキじゃあないようだ』
「『なるほろ』になってる。動揺してるのが丸判り」
『~~~~クソガキがぁ! だがそれが判ったところで、得意の氷結魔術は我に効かなぁーい! よって我をどうにも出来ないクソガキはココで死ぬのだぁ!』
「動揺したのは否定しないんだ」
『やかましいわこのクソガキ!』
「ボキャブラリーが壊滅的。やっぱりでかいだけのトカゲ」
巨躯を震わせて周囲に溶岩を撒き散らしながら、翼を広げて宙に舞い上がる。そしてそのまま喉を膨らませ、膨大な溶岩のブレスを吐き出した。
「……客観的に見ると吐物みたいで汚い」
そんな正解であるような独白をし、先ほど展開した絶対障壁で受け止める。それは空気も熱も、そして魔力も通さない拒絶の障壁。
しかし、さきほどレオノールが言ったとおり、吐き出されたのは吐物――もとい、溶岩である。魔力によって発生したモノでない限り、それはその場に
『ぐえぁははははははがははははははぁ! 勝負あったな! 我がブレスは溶岩そのもの! よって拡散せずその場に残り続けるのだぁ! どうだ、得意の氷結魔術ではどうすることも出来まぁい!』
続けて放たれる溶岩のブレスがレオノールに障壁を包み、その逃げ道を塞いで行く。
いくら魔術に長けていようとも、驚くほどの氷結魔術使いでも、所詮はヒト種。生物の頂点である竜に勝てるわけはない。
それに相手は子供で、更に溶岩がある限る不死である【
「さっきから五月蝿い。あと汚いしなに言ってるか判らない【リプラシヴ・フォース】【エビエイション】」
幾重にも折り重なり、重く厚く積み重なった溶岩がレオノールの魔法によって弾き飛ばされる。そしてその障壁を展開したまま、宙に浮遊した。
「さっきから『得意の氷結魔術』って五月蝿い。それとどうしてそう思うのか不明。そもそもレオは氷結魔法が苦手じゃないけど得意じゃない」
そう。レオノールは、前世から水や氷結系統は得意ではない。その得意ではない氷結魔法で魔王城を氷漬けにしたのだ。
では、得意な魔法はなにか――
「【グリーム・フォーム】【シャイニング・ブースト】【シャイニー・リージョン】【ソーサリー・リバーブ】【ミラー】『【マルチプル】【カラント・ソール】【ディメンション・サークル】――』」
レオノールの全身が純白に輝き、その光が物質化して防護服となる。そして輝く
――レオノールの得意で特化している魔法。それは魔王を滅ぼす、光の魔法。
魔王とは、基本的に全てにおいて強力な能力を有している。その中でも特に強力で凶悪で、そして他の追随を許さない能力。それが【不死】【不滅】。
例によって
そんな魔王を唯一滅ぼせる魔法。それが光の魔法である。正確には【光子魔法】というが、誰もそう認知していない。そもそも魔法自体がほぼ認知されていないのだから、その中でもレア中のレアなそれがそうなのは、さもありなんといったところだ。
そして例によってそんな知識などない竜は、見たことのないレオノールの魔法をただの虚仮威しとだと考えていた。つまり、侮っているのである。
「『【フォトン・ブレード】』」
二人のレオノールがそう呟き、魔法を展開させる。すると周囲を浮遊する無数の白金の球体から、これもまた無数の純白の剣が生成され放たれる。それは溶岩で出来ている竜を刺し貫き、その質量を削ぎ落とす。
その予想外の魔法に面食らい、絶叫する。
「『【フォトン・レイ】』」
更に同じように、無数の光線が射ち出されて次々と溶岩の巨躯を削ぎ落として行く。そしてそうなってやっと、これが通常の魔術ではないと理解した竜は、咆哮を上げて溶岩のブレスを放った。
「『【カタストロフ・レイ】』」
それに対してレオノールは、一切慌てることなどなく浮遊する球体を一箇所に集結させ、極大の光線を放つ。それはそのブレスに直撃し、拮抗などせず減速すらせず溶岩そのものを崩壊させ、更に竜の半身を消し飛ばした。
再び絶叫し、だがそのまま火口に身を沈めて再生させる。
「『面倒』」
二人のレオノールが、同時に同じく呟く。そしてその間に龍が再生を終えて火口から這い出る。そして溶岩を撒き散らしながら羽ばたきレオノールと同じ高度で静止した。
『なんなんだ! なんなんだ貴様は一体! なんなんだ!!』
何処かで聞いた台詞を吐き、羽ばたきとともに溶岩の散弾を飛ばす。それを片っ端から光線で蒸発させ、レオノールは退屈そうに溜息を吐いた。
『それに、どうして二人になっている! しかも僅かな時間差もなく魔術を放つとか! 有り得ないだろうが!』
そう叫びながらも溶岩の散弾を放つ。だがやはりそれはことごとく光線で叩き落とされ蒸発させられる。
「『これは魔法で多重次元の自分に
そう説明するレオノール。答える義理などないのに、律儀である。それとも冥土の土産のつもりなのだろうか。どちらにせよ、それにより竜の――いや、その向こうにいる者の度肝を抜いたのは確かである。
『バカな! バカな! バカなバカなバカなバカなバカバカな! 多重次元干渉魔術だと!? 我の、魔王の長子の我が知らぬ魔術など有ってたまるか! そんな、バカなバカななななぁ!!』
「『いっぱい「バカ」って言ってる。「バカっていう方がバカだ」って子供に言われるよ』」
そんなレオノールの客観的な突っ込みなど聞こえていない竜は、火口に突っ込み大量の溶岩を取り込み始めた。
「『本当に面倒。やっぱり一瞬で消し飛ばさないとダメみたい』」
独白し、僅かに考えてから岩場に降り立ち、そして蹲み込んで地面に両手を置く。それと同時に、肥大化した竜が勢い良く火口から飛び出した。
「『【オシレーション・バニッシュ】』」
詠唱の残響が残り、更に多数化されたそれは、火口に響く全ての振動を消し去り凍り付かせた。だが今度は氷結していなく、ただその場の全てが固まり凍りついたのだ。
『な! なななな、なななな、なんなんなんだ貴様は! 今度は一体なにをした!? やはり氷結魔術ではないか! 貴様は一体なんなんだ!』
「『これは氷結魔法じゃない。ただ振動を消しただけ。熱を出すために物質は常に動いているの。その動きを全部止めたら熱が生成されないから結果的に凍るだけ。とお姉ちゃんが言ってた。武術や魔法だけじゃなく科学や化学も知っている。さすおね』」
『なにを! ワケの判らんことを!』
レオノールの説明はイマイチ理解出来なかったようだ。それはともかく。
肥大化した竜は、その身に詰まった溶岩を吐き出し押し流し焼き尽くそうとする。
そしてレオノールも――
「うん。ここまでか。レオもまだ未熟」
魔法の効果時間が過ぎ、光子魔法による強化が切れた。竜は、それを狙っていた――わけではない。これはただの偶然だ。
だが、危機的状況なのは変わらない。唯一の救いは、アホほど重ね掛けしていたナディの強化魔法の効果が残っていること。
そして、竜の口から膨大な溶岩が吐き出された。
「うわこの量。ちょっと引く」
それを見て冷静にそんな感想を言い、そしてナディから貰った指輪に触れて解放する。
【
「【
指輪の力を発動させ、迷わず吐き出された溶岩に突っ込んだ。その行為は明らかに無謀であるが、しかしその質量も熱量も、レオノールには一切届かない。
【
そうして溶岩のブレスを透過したレオノールは、そのまま竜の口へと入り込み、そして――
「ありがとう。お姉ちゃん。そして……愛しています、お母様、お父様」
【ストレージ】から、一振りの剣を抜いた。
それは前世で
不死殺しの光剣【クラウ・ソラス】。
レオノールは集中し【
そして――レオノールの高速の斬撃が竜を真っ二つに斬り裂いた。
かつて、
かつて、
それがなにを意味するのか。
つまり、魔王と魔王妃は超えられないがそこそこならばイケるだろう。
基準が異次元過ぎる魔王と魔王妃の二人が言うところの「そこそこ」とは、世間一般的に剣聖レベルである。だが当時のレオノールは、
「うん。なんとかなった。あとはドロップアイテムの回収」
不死殺しで斬り裂かれ、再生不能になって崩れ落ちる竜を尻目に、レオノールはその剣を【ストレージ】仕舞い込んでからドロップしたであろ魔石を回収しようとする。
――と。竜が滅びたところに落ちていた橙色の魔結晶の下に魔術陣が浮かび上がる。それを見て小首を傾げ、拾うのを僅かに躊躇するレオノール。
その結果、魔結晶はその魔術陣に飲み込まれて消えてしまった。
「不覚。油断した。ドロップを拾って帰るまでが討伐なのに」
ガックリと肩を落とすレオノールだった。
だがすぐに気を取り直し、他のドロップアイテムを探すが、なんとその他は何ひとつ落ちていなかった。
そして再び肩を落とすレオノールの前に、影の塊が現れ、其処からヴァレリーが――
「うわ。魔王が生えて来た」
「いやボクは生えないよ?」
――ゆっくりと地面から迫り上がるように姿を現した。そう、生えて来たという表現がやけにしっくりくる現象であった。
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