9 とあるギルド職員の憂鬱

 酷い目に遭った。


 ギルド職員のヒネクは独白し、書類仕事の片付けに戻ったギルマスの代わりに受付に着く。


 先程までギルマスの奥さんたち――産休中の二人が激怒してギルドに怒鳴り込み、そしてシュルヴェステルに私生児がいると言い出したスタッフや冒険者たちを正座させた上で説教をしていた。そしてヒネクもそれに含まれており、少なくとも三時間はそれが続いていたのである。


 その所為かフロアの冒険者はまばらで、本日の依頼受注率は低くなりそうだ。これでは薬草採取のノルマ達成は難しいだろう。他の常設な討伐依頼はともかく、薬師ギルドに卸す関係上それは避けたいのだが、受注が少ないのだから仕方ない。


『またネチネチ言われるじゃないか。もっと働け冒険者ども。そもそも原因はギルマスで、最初から違うって言っていればこんなことにならなかったんだよ』


 受付に着き歯噛みしながら独白するヒネク。だがそれは完全に言い掛かりで、シュルヴェステルは最初から否定していた。ちゃんと聞いていない説教された側が一方的に悪い。

 もっともそれを言ったとしても、どうして釈明しなかったと言われるであろうことは容易に想像出来る。

 だがシュルヴェステルとしては悪いことなど一切していないのだから、そんなことをする意味など毛程もない。それに当人は全然、全く、一切、完全に気にしちゃいなかったし。


 まぁ、言いたいヤツには何を言っても無駄に終わるため黙っているのが吉である。


 ブツブツと文句を言い、疎らに居る冒険者を見回しながらなんとなく、そう、本当になんとなく隣の空席であろう受付を見た。


 其処には、幼女がいた。


 しかも白金髪プラチナ・ブロンド翠瞳エメラルド・アイズの、超絶美幼女が。


 眼を瞬かせて目頭を揉み、もう一度見るが、幻視などではなく間違いなく幼女がいた。


 幼児用の高い椅子に座り、ちんまい手で羽根ペンを持ち、書類にさらさら記入している。そして冒険者たちが他所の邪魔にならないように壁伝いに列を成し、掲示板の依頼票片手に依頼受注の順番待ちをしていた。フロアが疎らなのも道理である。


 こんなに行儀の良い冒険者は初めて見た。いつもの礼儀とか順番とかを守らない冒険者がこうなっていると、なんだか気持ち悪いと思うヒネク。まぁ、同意する方が多数派であろう。


「此方の依頼ですね。タグプレートの提示をお願いします。適正ランクですので問題ありません。期限は三日以内となっていますのでご注意下さい。ではご安全に」


 そして物凄くスラスラとスムーズに仕事をこなしている。客観的に見て、ちょっと気持ち悪い。


「此方の依頼ですか。失礼ですがランクが足りないようです。原則として一つ上のランクは受注出来ます。ですが此方の依頼は適性以上であると予想されますので確認致します。少々お時間を頂きますので此方六番の番号札をお持ちになってお待ち下さい――受付三番より依頼受注課へ。依頼票の適正ランクに問題が生じている可能性があります。至急精査をお願いします」


 依頼の書類整理だけではなく、適正ランクの問題にすら気付いている。そして館内連絡用の魔術具まで使い熟していた。やっぱりちょっと気持ち悪い。


 それにしても――自分のところ(受付二番)に誰も来ない。受付一番のヤロスラーヴァ女史と、受付三番の謎の幼女のところばかりが盛況だ。正職員の受付業務は歩合制ではないとはいえ、コレはちょっと良いことではない。


「受付二番空いていますよー。ご利用下さい」


 声を掛けてみた。すると並んでいる冒険者たちはヒネクを一瞥し、だがだーれも離れようとしない。やはり野郎より女子や幼女が良いようだ。しかも一方はとんでもない美幼女で、もう一方は人当たりの良い美女である。ヒネクだってそうするだろう。


 だがそれ以前に。あの美幼女って昨日ギルマスの子供だって騒がれてた子供なんじゃ? 記憶を巡らし、きっとそうだと結論付けて、もう一度そちらを見た。流れるように仕事を熟している。明らかに幼女の手際ではない。本当に何者なのだろうか――


「おいにいちゃん。なに俺らのレオちゃんガン見してんだよ。見てねーで仕事しろや」

「俺らのレオちゃんは見せ物じゃねーぞ。仕事の邪魔すんな。あと見てねーで仕事しろや」

「遅れて来たんだからその分働きなさいよ。あと見てないで仕事しろ」

「俺らのレオちゃんがギルマスの娘なワケねーだろ誰だよたこと言いやがったのは。あと見てねーで仕事しろや」

「仕事の出来不出来に歳は関係ないわ。わたしたちのレオちゃんは存在が奇跡なのよ。あと見てないで仕事しろ」


 どうやらこの美幼女は、完全に冒険者の心を掴んだらしい。皆の一体感もちょっと気持ち悪い。あと一応ちゃんと仕事をしているのだが、何故か怠けている前提で罵倒されるのが釈然としないヒネクであった。


「不慣れで申し訳ありません。現在受付三番はお時間を頂いております。お急ぎの方は二番をご利用下さい」


 時間が経つにつれて長蛇がより長くなる受付三番でそう言うレオノール。手際が全然不慣れではないが、待たせているのもまた事実。よってそのように勧めてみるのだが、


「何言ってるのよレオちゃん。ウチらはレオちゃんの受付だから並んでいるの。時間なんて気にしないで良いのよ」

「そうだぜ。どーせ冒険者なんざぁ暇人自由業の集まりだ。時間が掛かったって文句を言うヤツなんてこの世に存在しねぇ」

「そのとーり。もしコレで文句を言うヤツがいたら冒険者じゃねぇ」

「そうそう。焦らずゆっくりで良いんだよ。あ、でもそろそろ疲れてきたんじゃないか? 誰か! アクティヴィオジュースをレオちゃんに持って来てくれ!」

「おバカ! レオちゃんにはまだ早いでしょ! 此処はフツーにハチミツ入り果汁で良いのよ!」


 いつもは「早くしろ」と怒鳴る冒険者どもが、一様に大人しいし気遣っている。重ね重ね、気持ち悪いと思うヒネクであった。


 あーこれなに言っても無理だ。そう悟ったヒネクは、地味に溜まっている書類仕事を始めた。受付の仕事は、なにも訪問者の対応だけではないのだ。


 それをしつつ、だが依頼受注申し込みや依頼達成報告にだーれも来ないのにやっぱり釈然としないでいると、


「すみませーん。依頼達成報告お願いしまーす」


 やっと受付二番に誰か来た。


 書類から顔を上げて見ると、少女がカウンターの向こうから依頼票を差し出していた。


 見ない顔だ。多分冒険者登録仕立てだろう。ヒネクはそう判断した。


「あーはいはい。えーと、薬草採取以来ね。じゃあ採って来たのを出してくれるかい」


 依頼票を受け取り、確認してから促した。すると少女は僅かに首を傾げ、若干視線を逸らし半笑いで頬を掻く。


「えーと……薬草以外もあるんだけど、全部載るかな……」


 は? なに言ってんだこの子は。やれやれとばかりにヒネクは溜息を吐く。


「キミ新人だろ。登録仕立ての新人が採取出来る量なんて多寡が知れてるから問題ないよ。ほら、早く出しな」


 そんなおざなりな態度に、そのは、半眼の半笑いを浮かべた。


「へぇ……じゃあ言う通りにするけど、後悔しないでね」

「なに言ってんだよまったく。良いかい、キミにとっては多いだろうけど――」

「クーア草三百束、ヴェレーノ草百束、パラリジィの葉百枚、ウィフの実八十個、サナーレ茸五十個、ボワ・ラパンのツノ無し三十八羽、ツノ有り四十三羽、ツノ二本二十六羽……ああー乗り切れないわ困ったなー」


 デカいコンテナカートから次々と色々出して積んで行く少女――ぶっちゃけナディなのだが――に絶句し、だがすぐに頭を振って気を取り直す。


「待て! 何処から盗んだその大量の……えーと色々!」

「はぁ? 盗んでないわよちゃんと自分で採取したり狩ったりしたわよ。そもそもこんなの何処から盗むのよバッカじゃないの」

「ウルサイ黙れ! 屁理屈を並べるな! お前みたいな貧民出の子供がこんなに取って来れるワケがないだろうが! きっと何処からか盗んだに違いない! 正直に言え!」

「屁理屈なんて一切言ってないでしょなに聞いてたのよ。アンタの顔の横についてるのはメガネを引っ掛けるフックかなにかなの?」

「この……! ああ言えばこう言う! どうしても罪を認めないんなら冒険者資格を剥奪するぞ!」

「はん。ただの受付なアンタにそんな真似が出来るワケないでしょ。その首の上に載ってる帽子を置くためにしか用を足さないであろう頭には藁でも入っているんじゃないの? そもそもどんな根拠で私がコレらを盗んだって言えるのよ。ことと次第によっては懲罰ものなのが判らないの?」

「ぐ……また屁理屈を……!」


 次第にエキサイトするヒネク。その様子が流石に異常であったため、他の受付に並ぶ冒険者が訝しげに見ていた。


「そもそも貧民なお前が冒険者なんて出来るわけがないんだよ! 身の程を知れ!」


 そして遂にそんなことを口走り、しかし流石に失言だったと気付き口をつぐむのだが、既に遅かった。

 それを聞いた受付一番と三番に並ぶ冒険者たちが一斉に二番へと殺到し、文句を言い始めた。もう大騒ぎである。


 それはそうだろう。冒険者の六割強は貧民街出身であり、そればかりか其処に居を構えているのだから。


「お姉ちゃんは盗みなんかしない。其処にあるのは全部お姉ちゃんが自力で採って狩ったもの。泥棒扱いは重罪」


 そんな大騒ぎの中、受付三番のレオノールが独白で燃料を投下する。僅かな時間で冒険者たちの心を鷲摑んだレオノールがそんなことを言えば、結果は火を見るより明らかだ。燃料投下されただけに。


 それから更に大騒ぎになり、もはや収拾がつかなくなっている受付二番からサクッと採取品を回収したナディは、


「おねえさん、依頼達成報告お願い」


 ちゃっかり空いた受付一番に移って採取品をカウンターに置いた。


「はーいお疲れ様ー。でも、うふふ。おねえさんって言って貰えて嬉しいわぁ」


 受付一番担当のヤロスラーヴァが、とても良い笑顔でそんなことを言う。見た目で明らかにおねえさん以外の何者でもないのだが、それほど嬉しいのだろうか? ちょっとだけ疑問に思ったが言及せず、採取品や狩猟品は素材受付に持って行くように言い番号札を渡すヤロスラーヴァの指示通り、奥の素材受付カウンターへ行く。


「おう、来たな。一部始終ぞ。うちのバカが済まなかったな。あいつは学院の成績は良かったんだがなー」


 そのカウンターには、バンダナを巻いた緋色の瞳の細マッチョなおにいさんがいた。ちょっとだけ受付一番のおねえさんに似ている。


「へぇ。アレ成績が良かったのにバカが治らなかったんだ」


 あまりな扱いに少なからず腹が立っていたらしいナディは、そんな辛辣なことを言う。細マッチョなおにいさんは吹き出した。


「ああ、ああ、そうなんだよ。ぶふぅ、アレはまさにその通り。だがバカはアレだけだからな。さっきもはマトモだったろ」


 はて。さっきのバカ以外でおにいさんはいたのだろうか? 考えるが、思い当たる人物がいない。強いて言えばガチムチなギルマスくらいだ。そしておにいさんではなくおっさんだし。


 それが判ったのか、素材受付のおにいさんは笑いを堪えつつ、


「受付一番のヤロスラーヴァ。アレ俺のお兄さんだよ。本名はヤロスラーフっていって、どうやら生まれてくる性別を間違えたらしいよ。あと俺はおにいさんじゃなくおねえさんな。グラフィーラってんだよろしく。念のため、俺はちゃんと旦那も子供もいるぜ」

「ウッソ!?」


 今日イチ驚くナディである。そしてグラフィーラは相変わらず笑いを堪えていて、それを見ているヤロスラーヴァ――もとい、ヤロスラーフも意味深な笑みを浮かべていた。


「じゃあチャチャっと素材の確認な。えーと……」


 あまりの事実にまだ衝撃から抜け出せていないナディを他所に、グラフィーラはチャキチャキ確認してから捌いて行く。


「これ初めての依頼かい? 採取方法は完璧だし獲物の狩り方も申し分ない。有望だねぇ。はい、これ持って受付一番に行って依頼料貰いな」

「え? あ、はい。ありがと」


 まだ事実を受け入れられずに消化し切れていないナディは、言われるがまま受付一番に向かい、渡された書類を差し出した。


「はーい。お疲れ様ー」


 とても良い笑顔でナディを迎える、どうしても女子にしか見えないヤロスラーフ氏をガン見する。その心境は充分過ぎるほど理解出来るヤロスラーフ氏は、だがやっぱり女子にしか見えない笑顔でトレイに乗った報酬を差し出した。


「これ報酬ね。色々含めて二十六万九千四百ニア。現金を受け取るのが難しいならギルド口座を開設するけどどうする?」

「ア、ハイ。オネガイシマス」


『この人は男この人は男この人は男この人は男この人は男この人は男この人は男この人は男この人は男この人は男このひ……全っ然そう見えない!』


 心中で錯乱するナディである。なにしろ都合五回目の人生なのに、このケースは初めてなのだ。最初の人生では自分もだったが、見た目は完全に冴えない野郎だったし。これはちょっと妬ましいと、仕方ないとは思いながらも考えてしまう。


「……で、これは一体なんの騒ぎだ?」


 受付二番で冒険者に詰め寄られて釈明しているヒネクと、何事もなかったかのように受付三番でレオノール、そして受付一番の前で微妙な表情で固まっているナディを慈愛に満ちた笑顔で見詰めながら口座開設手続きをしているヤロスラーフ氏を順に見て、本日二度目のクソデカ溜息を吐くシュルヴェステルだった。


「……なんでこのギルドにはおかしいヤツしかいないんだ?」


 まともなスタッフが欲しい。そう切実に思うシュルヴェステルである。


 なにやらメランコリーになっているが、願望が盛大なブーメランであることに気付いていなかった。

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