8 冒険の始まり

 そんなこんなな騒動があった翌朝。ナディは冒険者ギルドに併設されている社宅を兼ねた宿からレオノールと一緒にギルドに来ていた。


 何故貧民街のではなく宿なのかというと、食い過ぎが落ち着くまでギルマスの部屋に居たのだが、遅い昼食であったため夕刻どころかすっかり日が暮れてしまい、二人が貧民街の住人だと知ったギルマスのシュルヴェステルが「冒険者登録が出来る年齢とはいえ日暮に幼女を伴って其処に帰らせるわけにいかない」と言って宿に突っ込んだのである。ちなみに料金はギルマスが払って――


「あ。この子たちは『マスター・シルヴィ(笑)』のお子様ですね。厨房スタッフが言っていました。さあ部屋に案内しますどうぞどうぞ。料金? そりゃあ経費ですよ」


 ――経費で落としていた。本当にそうして良いのかはなはだ疑問だが。


 いつものナディならば多少なりとも警戒してお断りするのだが、せっかくの好意だろうし――


「夕食は宿泊のオプションサービスで無料なの? やったー!」

「食べたいものを食べたいだけ食べられる。此処は天国」


 ――無銭飲食チャンスと判断して泊まらせ――


「朝食はビュッフェ? よしレオ、こんなチャンスは滅多いないわ全品制覇するわよ! さあこうがいのように食べまくるわ! 此処で怯んだら負けよ! 諦めたら其処で勝負終了なの!」

「常に頂点を目指し良い意味でタイム、プレイス、オケージョンを気にしない。さすおね」


 ――て貰い、ホールスタッフや厨房スタッフが引くほど食いまくる姉妹であった。食える時に食わねば死ぬが信条の貧民街出身者としては、実に正しい行動である。

 もっとも本当に蝗害のように食い尽くせる筈もなく、何故か試合に負けた挑戦者のように肩を落とす二人だった。


 全く関係ないが、ナディとレオノールがシュルヴェステルの子供だという情報――無論デマだが――がギルドに属するスタッフや冒険者たちの間で面白いくらい拡散した。

 そしてそれは必然的にシュルヴェステルの奥さんたちの耳にも入り、案の定というべきかブチ切れたその二人は身重なのに朝イチでギルドを訪れ、食堂のホールで正座させた上で説教し始めたそうな。


 ギルドと厨房のスタッフや冒険者たちを。


 奥さんたちはシュルヴェステルに絶対の信用と信頼を寄せていて、当然私生児など有り得ないと断言した。そんな甲斐性なんて無いとも言っていたが。


 もちろん奥さんたちの言い分は色々正しく、シュルヴェステルは最初から否定していたのに聞かない方が悪い。


 あと奥さん二人もシュルヴェステルと同じく元冒険者で、それぞれ【魔導重砲士マギ・オードナンス】と【魔導付与師マギ・グランダー】であった。

戦闘魔導士バトル・ソーサリー】な旦那と【魔導重砲士マギ・オードナンス】の奥さんとで魔力弾をばら撒きまくり、魔力残量が少なくなったら【魔導付与師マギ・グランダー】の奥さんが補充するという、とても殲滅重視なパーティであったそうである。そしてやっぱり脳筋だった。


 で。


 晴れて冒険者となったナディは、預けるところがないレオノールを伴いギルドに来て、そんな説教の現場に出会でくわし入るのをちょっと躊躇した。


 当たり前だがその原因が自分たちにあるとは知りもしない二人は、関わらないようにしようと隠れながら昨日と同じ受付カウンターへと向かう。そう、ガチムチなギルマスことナディに「シルヴィ」と愛称を付けられちゃって、うっかりそれが物凄い速度で拡散しちゃったシュルヴェステルの担当カウンターである。もっともシュルヴェステルは、そんな愛称を付けられても一切気にしちゃいなかったが。


「おはようシルヴィ。昨夜はありがとね。思う存分食べまくれたわ」

「この世にはまだ見ぬ食材と料理がある。食の世界は奥深い」


 なんか色々とけんけんごうごうしている方を見ないようにして、物凄く良い笑顔でそう言うナディとレオノール。それを見て、シュルヴェステルは本日初のクソデカ溜息を吐いた。


「おう気にすんな。オレが勝手にそうしただけだからな。だがまぁ、泊まった感想が食いモンかよ。宿の朝食ビュッフェ担当が『蝗害みたいだ』って必死に追加してたそうだぞ。お前らイナゴかよ」

「え? なに言ってるの食事は一番重要でしょ。どれほどサービスが行き届いてて部屋の質が良くても提供されるゴハンがアレだったら台無しじゃない。そう、食事が充実していたら寝室がうまやでも満足なのよ! それと蝗害の原因はイナゴじゃなくてワタリバッタよ」

「食に対して貪欲な姿勢。まさしく野生として最優良。そして見事なトリビア。さすおね」

「バッタがどうこうはどうでも良いわ。オレは食と寝室の両方揃ってなきゃイヤだぞ。飯が良ければそれで良いってのは若いウチだけだからな。歳を取ると寝床ってのは案外重要になるんだ。つーか昨日から気になってたんだが、その『さすおね』って何だ?」

「姉を褒め称え賛辞する最上位の言葉『流石ですお姉様』略して『さすおね』。これは試験に出る最重要項目」

「何の試験だよ意味が判らん」

「国際的秘密結社【『さすおね』を世界共通常識にしよう協会】の入会試験。そして会長はレオで会員もレオ」

「なんだよそのブッ壊れ結社。つか会員が妹ちゃん一人かい。いやその説明はもう要らん。んで、どうした? 早速依頼の受注でもするか?」


 いつまでも続きそうな雑談をぶった斬り、ギルドの受付としての仕事を始めるシュルヴェステルである。そうしないと話が進まないから。


「うん、そのつもりで来たんだけど、レオをどうしようかと思って……」

「お姉ちゃんに付いて行く。邪魔にならないし採取なら薬草毒草全種類を理解している。妹ならば年齢度外視で即戦力は世界の共通常識」

「んな常識なんざぇ」


 そう言い、身を乗り出してレオノールの腰帯を掴んでヒョイと持ち上げる。そしてそのまま自分の隣の空き椅子に座らせた。


「妹ちゃんはオレが預かっとく。ほらこれが初心者用の薬草採取依頼票だ。特徴と何処をどうやって採取するかが図解で描かれているから良く見ながら採って来い」


 されるがまま隣に座らされたキョトン顔のレオノールをキョトン顔で見て、ナディは何かに気付いて顔色を変えた。


「まさかシルヴィ、幼女しゅ――」

「違うからな。オレはちゃんと成人女性が好きだからな。あと奥さんたちがメッチャ好みで一番大好きだからな」

「……うわぁ……いきなり惚気るとか。なんて言うか、うわぁ……」

「うっせぇわ。良いから行って来い。ああ、あと途中でボワ・ラパンが出るがよく見て対処すれば逃げられるだろ。まぁ仕留められるんならそれに越したことはないがな」

「ボワ……なに?」

「ボワ・ラパン。ツノが生えてるウサギだ。西の平原ならツノ無しのソレがいるからそれほど危険がないからお勧めだ」

「ツノ無しって……それただのウサギ……」


 誰しも最初に思うであろう感想を呟き、半眼になるナディ。そして言ったシュルヴェステルも、だよねーとでも言いたげな表情であった。


「一応カテゴリーとしては魔獣だからな。普通のウサギよりは獰猛だ。あ、そういやお前さん、武器持ってんのか?」


 新人冒険者は武器を持っていない場合もあり、そういう場合は自力で購入するまでギルドから貸与される。これは新人冒険者の死傷率を下げるために必要な措置だ。鍛治師見習が練習として作った物だから性能と質はたかが知れるが。


「大丈夫、持ってるわ。路地裏で拾った物だから大した品じゃないけど」


 訊かれたナディは、サコッシュに手を突っ込みドヤ顔で短刀を取り出して抜いて見せる。シュルヴェステルはギョッとした。


「おま……それ、何処で手に入れた……?」

「え? 今言ったでしょ。路地裏のゴミ溜めに有ったの。なんか光ってて灯り代わりにもなるから便利だよ」

「便利どころじゃなく魔力付与されているじゃねーか。ガチで掘出し物拾ったな……」


 そんな良く判っていなさそうなナディの満面得意な笑顔に、頭痛がするような気がして頭を抱えるシュルヴェステルであった。そしてそのナディは、そんな有様なギルマスを不思議そうに見る――


 まぁ、大嘘だが。


 短刀を拾ったのは事実だが、


「【リペア】【グラインド】【ウォッシュ】【シャープネス】【リサイズ】【ブーステッド・ホウルアビリティ】【ブーステッド・マインド】【セーフ・コンディション】【インディストラクティヴ】【ラヴィッジ・オブ・プロテクト】【バニシング・オブ・マナ】【エクスルーシブ・ブラッド】」


 魔法で補修して研磨した後に、例によって極小な純魔結晶を十個ほど強化付与をして嵌め込んでいたりする。

 ちなみに効果は【自動洗浄】【鋭利化】【サイズ任意調整】【全能力強化】【精神力強化】【状態維持】【破壊不能】【防御破壊】【魔力消失】【専用化】。

 汚れないし鋭いままだしサイズを変えられるし持ってるだけで能力も精神力も強化されるし状態異常にも掛からないし壊れないし防御を壊せるし魔力を消せるし自分専用だしで、軽く国宝級すらやっぱり超えているブッ壊れ性能であった。

 もっともナディとしては、火とか水とか風とか石とか雷とか光とかその他諸々を纏わせる付与もしたかったのだが、本来の武器の性能上ちょっと無理っぽかったのでこの程度に留めたのである。早い話、自重したのだ。


 世間一般的に全然自重出来ていないが、それはそれで気にしていないナディである。


「じゃあ、行って来るわ。レオ、シルヴィがちゃんと仕事するか見ててね」

「大丈夫問題ない。監視は得意だしサボタージュしてたら鞭打ち馬車馬のように働かせる」

「待てお前ら。面倒見るのはオレ――」


 言うが早いか、そのままダッシュで飛び出すナディ。


「――で相手は妹ちゃんだぞ間違えるな……ておい聞けや」


 例によってシュルヴェステルの言うことなど聞いちゃいなかった。


 ナディが向かった先は西門。そう、シュルヴェステルのアドバイスどおりに安全な西側の平原へ向かうためである。

 いくら五回目の人生で記憶も技術も魔力でさえも引き継いでいる、言ってしまえば卑怯以外のなにものでもない状態であっても、まだ十歳。一応せんだつの言は聞いておくのが吉であると判断したのだ。


 あと他所に行ってバレたら色々五月蝿そうだから。面倒見の良いヤツは得てして鬱陶しがられるもので、シュルヴェステルは見事に当て嵌まる。


 まぁ、ナディは鬱陶しいとかは思わない。微笑ましいなー頑張ってるなーと思ってホッコリするだけだ。流石に五回目ともなると、思考の年寄り感がハンパない。


 そういったおばあちゃんみたいなことを考えながら走ること十数分。息を弾ませてナディは西門に着いた。


 門兵に依頼票を見せて冒険者の証明をして、門外に出る。ちなみに冒険者登録直後の【草級グラス】は、それの証明タグプレートは持っていない。採取依頼を数回熟せば【木級ウッド】になり木製のタグプレートを貰えるからだ。そもそも草でタグは作れないし。


 西門の外にはやはり貧民街があるが、それは既に見慣れた光景で――


「おや嬢ちゃん。新人冒険者か? どーれオレらが手取り足取り――」

「【センス・イービル】【グラント・オブ・カース】【マナ・ディプライヴ】【アブゾーブ・マテリアル】【クリエイト・マナクリスタル】」


 いかにも新人冒険者で美少女なナディをしようとして近付く住人をホイホイして近隣住民をしながら、西の平原へと向かう。


「……そういえば、街の外に出るのって初めて」


 木立が点在する、一面に広がる平原を見回しながら、感慨深げにそう呟いた。


「生きるのに必死だったからなー」


 独白し、遠くに来たものだと思いを馳せ――


「それはそれ。さてお仕事」


 ――たのは数瞬で、さっさと仕事に取り掛かるナディだった。


 平原に生えている無数の草から薬草を探し――


「えーと、依頼は治療薬とか治癒のポーションになるクーア草十本十束……新人にやらせるのコレ? このだだぴろい平原から特定の草探せって、どんな罰ゲームよバッカじゃないの?」


 正論である。だが命の危険が少ないという意味では、確かに初心者向きではある。あと全くの安全ではない。シュルヴェステルが言ったとおりにボワ・ラパンという魔獣がいるのも、事実であるから。ツノ無しなツノウサギだけど。


「あとは……『採取方法は抜くのではなく一番下の葉を二枚残して刈り取ること。切り口が潰れていると日持ちしないし効果が落ちる。なお微量な魔力を含んでいるため、魔力感知の練習にも使えて便利である――』てコレって絶対に初心者だと失敗するヤツだよね! なんなのコレ、嫌がらせ? 新人に此処まで気を使えと!?」


 ナディの突っ込みはもっともであるが、実はそうすることでに掛けているのだ。この程度の根気強い作業が出来ないヤツは高確率で命の危険が伴う冒険者などやっていられないし、すぐに死んでしまうから。


 それはナディにも当て嵌まる――


「あー面倒くさ……。【ソーサリー・イクステンシヴ】【センス・オーガズム】【センス・マナ】【ディテクト】【アナライズ】【アプレイザル】【ホロウ・ブレイド】【メタスタシス・オンプレイス】【アセンブル】【ストレージ】」


 ――わけもなく、効果拡大した探知系魔法と綺麗に刈り取る魔法と収集魔法と収納魔法を駆使して薬草を積みまくった。

 結果、数時間で三百束のもクーア草を積み、解毒剤や解毒ポーションの原料となるヴェレーノ草も百束、その他諸々を採取するという常識外れをやらかしたのであった。


 更にそればかりではなく、それほど危険がないと説明されていた筈のツノ無しなボワ・ラパンではなくツノが二本あるそれが結構発生していたため、初心者向けにコレはマズイだろうとついでに狩りまくり、日が傾き始めているのに気付いたナディは、


「【プラント・オペレーション】」


 流石に収納魔法がバレるのは面倒だと判断し、その辺にある倒木でコンテナカートを作って色々放り込み、意気揚々と帰って行った。

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