7 条件付き凖冒険者

 冒険者登録は十歳から可能であるの知ってのとおりだが、実は保護者がを満たすと五歳以上の被保護者は「凖冒険者」として登録が可能であった。


 その条件とは、それを希望する保護者が冒険者本登録可能な年齢であるのは当然として、等級が【ブロンズ】以上でなければならない、というものだ。


 本登録に必要な年齢は前述のとおり十歳以上。そして階級が五段階、その中に上位と下位の等級がある。


 登録したての見習いである【草級グラス】【木級ウッド】。

 初級の【アイアン】【スチール】。

 中級の【ブロンズ】【シルバー】。

 上級の【ゴールド】【真銀級ミスリル】。

 王級の【積鋼級ダマスカス】【ヒヒイロカネ

 そして神級の【アダマンタイト】【オリハルコン】。


 つまり、条件を満たすためにはその中級下位である【ブロンズ】まで等級を上げなければならない。


 だが中級まで階級を上げるのは意外に遠い道のりで、更に多くの冒険者はその【ブロンズ】からの壁を越えられないまま冒険者生活を終える。


 それほどまでに中級からの道は険しく、だが特例として階級を飛び越す方法も、無いわけではない。


 最も簡単なのは金銭的な貢献で、これは貴族の子息、令嬢が自らののために利用する方法だ。

 だがそれにも限界があり、それで等級は初級上位の【スチール】までで、それ以上は実践的な実力と冒険者としての実力、そしてその為人ひととなりで評価される。

 それに冒険者ギルドは国を跨ぐ巨大組織であり、様々な権威の恩恵を受けている。そのため例え一国の貴族や王族であっても特別扱いはしない。そして各支部のギルドマスターは伯爵と同等の権限を有しており、更に有益なダンジョンを統括していたり、辺境で魔獣の巣窟がある支部は辺境伯と同等の権限が有る。当たり前だが完全実力主義で世襲は出来ない。


 ちなみにそれの精査は単純に面接で、だがしっかり【虚偽封印】の魔術具を起動させて行うため、偽りは一切通用しない。あと面接官もそれ専門の試験官であり、審判員の資格持ちが行うほどだ。


 そして最も困難なものは、その面接は勿論のこと純粋に冒険者として実力が試される。戦闘能力や探索能力、そしてなにより生存能力が備わって、初めて評価されるのだ。


 その試験は例えば、一週間の森林探索や極地への雄途ゆうと、もしくは決められた道程を決められた期間日数での踏破(早くても遅くてもダメ)など、多岐に渡る。


 その中で一番お手軽で、だが最も険しい方法。それが「ダンジョン踏破」だ――


「つまり、私がサクッとそのダンジョンを踏破して来れば【ブロンズ】に成れて、レオもその『凖冒険者』とやらに成れるのね」

「流石お姉ちゃん。一分の隙も無い見事で完璧な理論武装。これなら誰も文句の付けようがない。そこにシビれる憧れる」

「いや待て凄く待て沢山待て目一杯待て。冒険者登録すら終わっていない十歳児が初心者講習中になに言っちゃってんだよビックリするわ。妹ちゃんも穴だらけで武装出来ていない理論にシビれて憧れるんじゃない。そっちもビックリだよ」


 今すぐにでも飛び出さんばかりの勢いで宣言するナディに正しく突っ込みを入れ、そしてやっぱり妙なことを言い始めるレオノールにも平等に突っ込むガチムチなギルドマスターのシュルヴェステル。ギルドマスターだからなのか、その突っ込みスキルはやけに高い。


「くぅ!『ちょっと待て』とか言われたらちょっとだけ待ってからと思ってたのに、『凄く』『沢山』『目一杯』待たせるとはなかなかやるわね! 流石はギルドマスター! ガチムチは伊達じゃない!」


 ちなみにナディの「飛んで行こう」は比喩表現じゃなく物理的に「飛ぶ」のであるが、残念ながらまだナディをよく知らないシュルヴェステルはちゃんと理解出来ていなかった。

 もっともいくらガチムチだけど察しの良い有能なギルドマスターでも、初対面でそこまで察するのは無理だしそれを望むのも酷だろう。


「それ褒めてんのか貶してんのか? まぁ脳筋的にはこれ以上なく褒めちぎっているようにしか聞こえないが。あと俺は冒険者クラスが【戦闘魔導士バトル・ソーサリー】だから脳筋じゃないぞ」

「いや【戦闘魔導士バトル・ソーサリー】って立派な脳筋じゃない。魔力石を持てるだけ持ってそれが尽きるまで魔力弾ばら撒いたり炸裂魔弾ぶっ放して殲滅したり、ゲリラ戦で一個師団を壊滅させたりするのよね」

「……ああ、概ね合ってる。つーかよく知ってるなこんな不人気でピーキーなマイナークラスの詳細」

「それは脳筋オブ脳筋。やっぱりガチムチは筋肉が脳みそ」

「それガチな脳筋が狂喜するヤツだからな。全然悪口になってねーし。あーもー。小気味良い話で有耶無耶にしようとすんな。ちゃんと最後まで聞け」


 なんだか十歳児と五歳児に手玉に取られているようで、思わず嘆息するシュルヴェステルであった。

 その十歳児と五歳児も別にそうしようとしているわけではなく、年齢で差別されないから自分たちにとっての「当たり前」で接しているだけだ。


 まぁ、実際ちょっと楽しくなっちゃった、という理由もあるが。


「急いで階級を上げたいって気持ちは判る。中級になればギルドがスポンサーになってる宿の宿泊費が割引になったり、借家の斡旋が優遇されたり、素材買取の税金が割引かれたりするからな」

「え。借家の斡旋してるの? もしかして戸建ての購入料金も優遇されるのかな」

「あ? そりゃそうだ。優秀な冒険者が戸建てを手に入れるってのは拠点を構えるってことだからな。ギルドにとってもメリットが大きい」


 なんとなくされた質問に丁寧に答えるギルドマスターのシュルヴェステル。ナディがいちいち脱線しているのに腹を立てる様子もない。実に出来た人物である。ガチムチだけど。


「よし。レオ、お姉ちゃん頑張って庭と風呂トイレ付きの立派な二階建ての戸建てを買うからね! もちろん裏庭には二羽庭には二羽鶏を飼うわ!」

「普段ばかりじゃなく何れきたる食糧難にも備えるとは流石はお姉ちゃん。さすおね」

「ちょっとナニ言ってるか判らないぞこの姉妹。だから楽しく雑談てしねーでさっさと初心者講習終わらせたいから話聞けや」

「大丈夫よ概ね理解したから」

「……ほぅ……。じゃあ復唱してみな」


 そう訊くガチムチなギルドマスターのシュルヴェステルに謎のドヤ顔を向け、


「迷宮踏破して【ブロンズ】に成って来るわ!」

「全てを把握して結論に至る。さすおね」


 背後に「どーーーーん!」と擬音が付きそうなくらいキッパリと、メッチャ良い表情で言い切るナディ。それをやっぱり褒め称えるレオノール。ギルドマスターのシュルヴェステルは顔を押さえてクソデカ溜息を吐いた。


「判ってねーじゃねーか」


 そして正しく正確に当たり前な突っ込みをする。やはり突っ込み能力は高いようだ。ガチムチなのに。


「丁寧にやったつもりだったが全然ダメダメじゃねぇかお前ら。追加講習するからあと三時間は帰れると思うな」


 更に憮然としてそう宣言する。


 ナディとレオノールは絶望した!


「そんな! あと三時間っていったらランチタイム過ぎちゃう! 今日はせっかく市街に来たから美味しいものでも食べようってレオと言ってたのに!」

「ランチタイムが過ぎる時間まで講習するのは鬼畜の所業。ガチムチのクセに」

「自業自得って知ってるかお前ら。小気味良く脱線しまくった挙句に曲解してたら当然だろうが。安心しろオレも付き合ってやるから。あとガチムチのクセに鬼畜とか意味が判らん」

「ガチムチおじさんと成長期の子供とじゃあ基礎代謝が違うのお腹空くの成長期なの! だからもう終わらせてランチタイムするわ!」

「それを決めるのはオレだ。こんな遣り取りしてたら余計に時間が押すが良いのか? あと成長期なのは見れば判るからいちいち繰り返し強調すんな」


 途端に黙って教本を開き、背筋を伸ばす姉妹である。


「すげー現金だな。まぁいい続けるぞ――」


 基本的に初心者講習は概ね一時間程度で終わるのだが、結局二人の講習はそれからたっぷり三時間ほど掛けて行われることとなる。そしてそれが終わったとき、二人は空腹と疲労(精神的な)でグッタリしてしまった。

 ちなみに興が乗っちゃって、より危険の伴う依頼の説明や重要な護衛依頼の対応などなど、カテゴリーとしては中級に属する講習までやっちゃっていたのだが、それに関しては反省もしていないし後悔もしていない。よって気付かなかったことにしようと思うシュルヴェステルであった。それにそれを初心者講習でやってはいけないわけでもないし。


 もっとも普段であれば此処まで丁寧にはやらないし、そもそもギルドマスターが自ら担当することはない。


 では何故そうなったのか。まだ十歳だし微妙に突撃するへきがありそうなナディがちょっとどころではなく危なかしかったから……という後付け理由だけではない。リアルに人手不足だったのと、ギルドマスターがウンチクしまくる悪癖があるからだ。あと小気味良く脱線しまくった姉妹が悪い。


 だか結果的にそれは幸いだった。何故なら、色々無茶苦茶しそうなナディを抑えられたから。

 もっともそれをしたガチムチなギルドマスターのシュルヴェステルはそんなことは毛ほども思っていなかったし、気付く筈もなかった。


「ほいお疲れ。じゃあ食堂でコレ渡してテラスで飯食ってけ」


 脳天から湯気でも出ているのではとばかりにグッタリしている二人に木札を渡す。それには「無料食券(使用一回限り)」と書いてあった。


「メニューから好きなのを選べるからな。あとスープとパンのおかわりは自由だ――」

「ありがとうシルヴィ! 行くわよレオ! メニューを端から端まで全制覇するわ!」


 そう宣言するや否や、仲良く講義室から飛び出して行く。


「――が、当然限度ってもんがあるからな……って最後まで聞けや。マジでなんでこんなにせっかちなんだ? てか単純に腹減ったのか」


 やれやれとばかりに天パで長髪な頭をバリバリ掻き、自らも空腹を満たすために食堂に行く。


 ――で。


「こっちの端からあっちの端まで全部頂戴!」

「有言実行で頂点を目指す。さすおね」


 ガチでメニューの端から端まで注文しようとして厨房スタッフをわりと本気で困らせている姉妹を目撃して、二度目のクソデカ溜息を吐いた。


「いやでもそんなに食えないだろ。あとその札で注文出来るのは一品だけだよ」


 そんな一般常識であろう当たり前を言う厨房スタッフ。ナディは絶望した!


「そんな!『』ってシルヴィが言っていたのに!」

「言質を取ったのに場所を変えたら通用しない。これは詐欺の手口」

「其処まで言ってねーわ曲解すんな。オメーは都合の良いことだけ聞こえる政治屋か雑誌記者かよ。あと妹ちゃんは人聞きの悪いこと言うな」


 注文口でギャイギャイ騒いでいる姉妹の頭にチョップをかますシュルヴェステル。そんなに強くやったつもりはないのだが、注文という体のイチャモンに夢中で完全に虚を突かれた二人は、その衝撃に軽く悶絶した。


「あー、コイツらが迷惑かけたな。ったく。ちゃんと言ったんだがろくすっぽ説明聞かねーで突っ走りやがる」


 涙目で悶絶する少女と幼女の頭をワシワシと撫でながら、厨房スタッフにそう言う。

 言われた方は「やり過ぎだろうナイわー」とでも言いたげに、若干どころか結構どん引きしていた。


「なにするのよシルヴィ。頭が真っ二つになってバカになったらどう責任を取るつもりよ!」

「幼児相手に暴力行為。これは虐待で立派な犯罪」

「うっせぇわ。ちゃんと人の言うこと聞かねぇで突っ走るヤツが何言おうが説得力なんざぇ。言っても判らねぇヤツはゲンコツが一番。あと犯罪じゃなくて教育だからな」


 更にギャンギャン言い始める姉妹の訴えを全却下し、さっさと注文し始める。色々あって三時間以上も時間を浪費した所為で仕事が山積しているだろうから。そっちこそ自業自得だろうが。


「ギルマスはいつものですか。それと、この子らは一体……」


 いつも注文しているギルマスセット――堅パンとスープだけ――をトレイに乗せて提供しながら訊く厨房スタッフ。シュルヴェステルは二人を一瞥してから再び頭をワシワシする。


「ああ、コイツらはオレの――」

「ちょっと止めてよシルヴィ! いたいけな娘にする力加減じゃないでしょ!」

「ガチムチなんだから力加減をもっと学ぶべき。じゃないと子供に嫌われて通報待ったなし」

「ああ! でしたか! なんだ早くそう言ってくれれば良いのに」

「――担当受付に冒険者登録しに来た子だ……ってオメーも話聞けや」


 基本的にガチムチなギルドマスターのシュルヴェステルは、最後まで話を聞いて貰えないらしい。長いしクドイのだから、さもありなん。


「此処は冒険者御用達だから並盛りでも量がハンパないから、量を減らして種類を多くしてあげよう。いっぱい食べて大きくなるんだよ。そういえば『シルヴィ』って誰のことだい?」

「其処のガチムチなギルドマスターの愛称よ。ほら『シュルヴェステルSylvester』だから『シルヴィSylve』」

「ああ、なるほど。へぇ、シルヴィ……ガチムチでシルヴィ? ぶふぁ!」


 ナディの説明を聞いて、一様に感嘆する厨房スタッフ一同。だが愛称と見た目の差が相当アレなために、時間差で一斉に吹き出した。あと厨房スタッフだけではなく、その辺で休憩している冒険者たちも同様である。


 その後、此処のギルドマスターの呼称は「ギルマス」ではなく「マスター・シルヴィ」で統一されたそうな。


 そしてナディとレオノールは、二人してシュルヴェステルの娘と理解されしまった。そのためか気を良くした厨房スタッフは、一品のみ無料の木札(パンとスープのおかわり自由)で色々と提供し始めた。


 結局二人は量を少なくした全メニューを制覇し、腹パンになって動けなくなってしまい――


「……なんで此処でなんだよ……」

「この子達はマスターのお子様なのでしょう。被保護者が保護者の側にいるは当然では?」

「いやちげぇよ何言っちゃってんだよアーネ。サブマスのオメーなら判ってんだろ」


 ――夕刻過ぎまで何故かギルマスの部屋のソファで引っ繰り返る羽目になったそうな。

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