4 そして【結晶鋼道】へ
――なんなんだよあの三つは! あんな状況に叩き落とされたら絶望して諦めるだろ? なんで全然そうならない!
そもそも、なんなんだよ!【セレストアント】の巣で燃える氷? とか使って一掃しようとするし!
なんとか抑えたけど、今度は黒いのが来て一瞬で全滅させちゃうし!
まったく!【
だが、もうこれで終わりだ。【蓋】を開けられたのには
精々悩んで苦しんで絶望するが良いさ!
壁とか地面を消滅させられれば話は別だがな!
――*――*――*――*――*――*――
ブチ切れたナディの激に即座に反応したヴァレリーが放った固有魔法は、急速に膨れ上がり周囲の壁を包み、だがそれだけでは止まらず地面をも侵食する。
そうして穴の底と周囲の壁面を削り取り、更にそのまま地下へ進み――唐突に抜けた。
着いた場所は、四二階層への転移門前。つまり、例のテーブルマウンテンに飛ばされる直前にいた場所だった。
そしてそれを確認し、三人は互いに目配せをして暫し無言となり、
「っしゃー! 戻ったわよざまーみさらせー! あと誰か知らないけどぶった斬る!」
「迷宮の壁を掘らないと戻れないとか意味不明。根本的に設計ミスかもしくは嫌がらせ。でもレオたちには通用しない」
「いやぁ、これをデザインしたヤツがいたらクッソ性格悪いんだろうねぇ。よしぶち殺そう」
とても良い笑顔で殺意の高い宣言をした。
『……え? ウッソだろ? どうやって此処に戻ったんだ!?』
そんな清々しくも殺意満々な三人の耳に、そんな言葉が飛び込んで来る。
「【ヴァン・ソール】【マルチプル】【ヘリックス・バーストシェル】」
「【ヴァン・ソール】【マルチプル】【ピアッシング・レイ】」
「【
そして声がした方向目掛けて貫通破砕弾が、突き抜ける光線が、貫通した直後に破裂し爆砕させる影の帯が突き刺さる。
そうして呆気なく崩れた壁の向こうには巨大な柱が立ち並ぶ建造物があり、その中心の台座には強力な魔力を放っている球体が浮いている。そしてその前には、なにやら三人を見て動揺している中肉中背の男がいた。
男は一見するとヒト種に見えるが、切れ長の目と僅かに尖った耳、そして色白な肌色で魔族だと三人は理解した。もっともたったそれだけでそう判断出来るのは、同じく魔族でなければ困難であろう。
そう。魔族とヒト種は、容姿がほぼ同じなのだから。一説では、置かれた環境によって進化の過程が異なっただけとも言われたが、ヒト種側はそれを否定している。
魔族側はというと、某不滅の魔王が「そんな議論はどーでもいい」と一蹴して否定も肯定もしなかったし、基本的に脳筋が全体の九割以上な魔族がそんなことなど気にする筈もないため、最終的にそんな議論があったことさえ忘れ去られるという不可解な現象が起きた。まぁ、ちっちゃいことは気にしない魔族(脳筋)にとっては当然であるが。
「な、ば! なんだお前ら!」
そしてそんな魔族であろう男は動揺しまくり語彙力が崩壊したのか、そんなことを言いつつ意味不明に両手をワタワタ動かしている。
そんななにがしたいのか不明な男を、三人はすごーく良い笑顔で見詰め、
「見ぃ付けたぁ~♪」
「動揺してすぐ声を出す。それは正に小物」
「迷宮の壁に隔てられた部屋か、なるほど。でも隠れてたとしても、すぐに壁を消し飛ばして見付けるけどね」
両手に持つ二振りの小太刀を軽く振り、怨念でも吐き出しているのかと思われる口調で言うナディ。
レオノールは相変わらず平坦に、だが的確に相手の心を折ったり抉ったりする呟きをする。
そしてヴァレリーは、確実に追い詰め逃がさないとばかりに、誰もが見惚れる魅惑の笑顔で言葉としても物理的にも逃げ道を塞いだ。
「アンタか。私たちに要らんことをして下さりやがったのは」
右に持つ【
「要らん……こと、だと!?」
そんな殺る気満々なナディの言葉に、その魔族の男は怒り心頭に発する。
「それはこちらのセリフだ無礼者め! 周到に何年も何年も何年も掛けて準備した計画をことごとく邪魔しおって! 貴様ら下賤のものが我に謁見するだけでも畏れ多いのに、我が崇高なる計画を邪魔するとは、無礼にもほどがある!」
ビシッと指差し、一気にそう言う魔族の男。そう宣言すれば相手は萎縮するとでも思ったのだろう。だが相手が悪かった。というか意味が判らないのにそうなる筈がない。
「ああ、そう。そんなに掛けて準備したんだ。どんなのかは知らないけどお疲れさん」
「何を準備したのか不明だけどなんだかとても迷惑そう」
「無礼者とか言われても、ボクらはそっちが何者か知らないからな。謁見と言うくらいだから、一応そっちのヤツなのかな?」
そして率直に、身も蓋もないことを言う。もっともそんな苦労なんか知ったこっちゃないから、そういう感想しか出てこない。
「つくづく無礼者だな貴様ら! 貴様らが接見している我は、何を隠そう魔王の長子なのだぞ!」
だがそれが気に入らなかったのか、その魔族はそんなことを言い、誇らしげに胸を張った。
ナディの絶対零度な視線がヴァレリーに突き刺さる!
「……アンタ、浮気してたの? 他所様とこさえてたの?」
「はぁ!? そんなことなんてしてないよ! そもそもボクはあんなの知らないし! それにいつもアデリーが浮気予防ってボクのこと枯らしていたでしょそんなの絶対しないのに! 超嬉しかったけど!! それにそんなことする余裕なんて物理的にも無かったし不可能だよ冤罪だよ! さすがのボクだって正式に抗議するよ!」
「うん、まぁ判ってるけどね。判ってはいるけど、くっそ誇らしげにああいう法螺話をされると腹立つのよ誇らしげに言われると!」
「え? ああ、そうなんだ。嫉妬するナディも素敵だけど、ボクは誓ってキミ以外と『そういう関係』にはなっていないからね」
「二人ともステイ。そもそも他所様と『そういう関係』になってたら二百人も子供は出来ないしそんな暇ない。あと『自分が魔王の長子だ』って調子こいてるあのバカは即刻屠るべき」
そんな過去の浮気疑惑が浮上し、だが即座に却下されて冤罪であると判断され、ヴァレリーは胸を撫で下ろし――
「ちょっと! なんでアンタはいきなり私の胸を撫で下ろすのよ! しかも絶妙に先っちょ触ったでしょこの変態!」
「いや、だって。『お尻しか触らない』って言ったから」
「それでおっぱい触って良いって思うとかなんなのアンタ! この変態!」
「そんなに褒めないでよ、照れるじゃないか」
この期に及んでもヴァレリーの強心臓は健在であった。本気でただの変態なのだろうが。
ちなみにそんな二人の痴話喧嘩は小声で繰り広げられていたため、自称な魔王の長子様の耳には入っていない。よって、何やらコソコソ話しているのは動揺していると判断したようだ。
「
声高々に、そしてそう宣言した。物凄く誇らしげである。
そんなソレを眺め、とりあえず三人は一斉に「うわぁ」と声を漏らす。
「ねぇレオ」
「なぁにお姉ちゃん」
「レオノールが生まれたのって大体五百年くらい前だよね」
「そう。ちなみにレオは女の子。それは過去も現在も変わらない。誓ってあんなバカ丸出しで虚栄心しかない阿呆ではない」
「だよねー。わたしが死んだのは二百年前っぽいけど、あんなの産んだ記憶がないわ。それに流石に二百五十歳越えた時点で子作りはムリだったし。誰かさんは変わらなかったけど」
「そりゃそうだよ。誰よりも愛してたし愛してるから」
言いつつ自然に後ろからナディの腰に手を回して抱き付くヴァレリー。遠慮が全然無くなっている。さきほどの浮気疑惑が相当効いたらしい。
「それに、はん、町一つ?」
「レオは都市一ついける」
「ボクは王城を含めた王都で、建物に一切傷付けずに総軍だけいけるよ」
「うわぁ……さすがヴァル。よくそんな面倒臭いこと出来るわね」
「その方が国としてのダメージが大きいからね。残るのが一般市民と非戦闘員だと抵抗のしようがないじゃないか」
「的確に敵性存在を屠って心を折る。さすまお」
凄いドヤ顔で宣言する魔族に、残念な子へ向ける視線を送り、やっぱりヒソヒソそんなことを言い合う三人である。
そしてその視線に気付いた魔族は、何を勘違いしたのか鼻で嗤う。
「ふはははは! 恐れ慄け泣き崩れ赦しを請え! 貴様らは触れてはいけない禁忌に触れた! さあ今からでも高貴な我に泣き付き赦しを請うのだ! さすれば下僕として使ってやろうじゃあないか!」
マントを払うように腕を振り、大仰に両手を広げて宣言する。ちなみにマントは着けていない。あと着ているローブはかなり汚れているし。
「くあ……アイツの言うことっていちいち退屈ね。あくびが出るわ。それと『こうき』って言った? もしかしてだけど、『奇を好む』と書いて『好奇』なのかな?」
「露骨なあくびは流石に失礼。一丁前に傷付いて喚かれたら面倒。それに『赦しを請え』って二回言ったけど重複してるの気付いてないのかな。あとアレが言ってる『こうき』は『工事の期間』の『工期』かも知れない」
「農作業の『耕起』か良い香りの『香気』かも知れないよ。あと公のもので『公器』かも」
「農作業の香りって堆肥かな? ちょっとイヤかなぁ。って! なんで自然に後ろから抱き付いてるのよ! あまりに自然だったから今やっと気付いたわなにするのよ!」
「浮気を疑われたから」
「あ、はい。ごめんなさい」
素直に謝るナディである。条件反射なのだろうか。
そういった三人の会話が此処でやっと耳に入り、思惑とは全然違い全く萎縮していないし怯えてもいないという事実に気付く魔族。一瞬呆然としたがすぐに顔面を紅潮させて地団駄を踏んだ。行動が明らかに小物である。
「貴様ら! 置かれている立場が判っていないようだな! 貴様らは我が迷宮にいるのだ! それはつまり、我の王国にいるということ――」
「なんかさ、よく見たら此処って神殿っぽくないかな? 壁ぶち抜いて物理的に横入りした形になるけど」
「そうみたい。なんか魔術的な細工が色々ありそうだよお姉ちゃん」
「へぇ。魔術的な細工、ねぇ。仮にも魔王の長子を名乗るなら魔法的な細工にして欲しかったな」
「ひとの話を聞かんかーーーー!」
解説っぽいことを言う魔族の話を見事にスルーして、とりあえず周辺状況の確認をし始める三人であった。
「もういい! 貴様らは只者ではないようだから下僕にしようとしたが! もういい! 我が最強の配下に屠られ滅びるがいい! ふははははは――」
そんな三人の、あくまで主観ではあるが失礼な態度にブチ切れたその魔族は、何故かそう宣言んして悦に入り、高笑いを上げ――
「『もういい』って二回言った。重ねて言うのがアレのトレンドなのお姉ちゃん」
「しー! それは突っ込んじゃダメなのよきっと。もしかしてだけど『これってオレ様イケてるんじゃないの?』とか歌い出すタイプよ触っちゃダメなのあらゆる意味で危ないから」
――たが、それが効果的かといえば特にそうでもなく、結局冷静に揚げ足を取られ、挙句なにか可哀想なものでも見ちゃったかのように目を逸らされただけであった。
「……【
そんな扱いをされ、怒りが頂点に達して言葉すら出て来なくなったその魔族は、傍の台座に浮いている球体に触れる。
そして三人は、即座に互いに距離をとって臨戦体制をとり、それぞれの武器を手に構えた。レオノールだけは無手であったが。
そんな三人を、魔族が発動した【
ヴァレリーは、無数の立方体が浮遊しそれが敷き詰められた空間に。
レオノールは、灼熱の溶岩が噴き出す火口の中心にある岩場に。
ナディは、全てが結晶で覆われそれらが鋭く突き出している大地に。
『貴様らは我を怒らせた』
三人が飛ばされた空間に、等しくその声が響く。
『この魔王の長子であるヴァレンティーンの怒りを買ったのだ! 生きて帰れると思うな!』
全てを恐れさせ萎縮させるほどの、大地を震わすほどの魔力が込められた声が、それぞれの空間を震わせる。
それと同時に、ヴァレリーの前に、全身が分厚い鎧のような鱗に包まれ、そして両前足が盾のように分厚く平坦で、だがその先から鋭い刃のような棘が突き出ている竜が現れた。
レオノールの前には、灼熱の溶岩を全身から噴き出している、巨大な翼と先端に分銅のような塊が付いている尾を持つ竜が現れた。
そしてナディの前には、流線型の体躯にデルタ翼のような突起が突き出した、その突起から魔力を放出させて高速で飛ぶ結晶の竜が現れた。
それらはそれぞれ三人を威嚇するように咆哮をあげ、だが三人が涼しい
その変わらない表情に何を感じたのか――恐らく自身が期待したとおりの反応だと感じたのだろうが、ともかく。魔族は言葉を紡ぎ続けた。
『我は魔王の長子であり、その力は既に魔王を凌駕した! そして【
それを黙って聞いていた三人は、それぞれ別空間にいる筈なのに同時に溜息を吐いた。
「小物
ナディが侮蔑し――
「小物」
レオノールが無感情に淡々と言い――
「小物だな」
ヴァレリーが冷笑を浮かべて切り捨てる。
『だが、我が父たる魔王も愚かだな。わざわざヒト種のメスを娶るとは! 同じ魔族ならば、滅びることもなかったろうに』
続けて、そんなことまで言い始める。どうやら興が乗ったらしい。
だが――
「あ゛?」
まずナディがブチ切れ、
「お母様をメス呼ばわり」
レオノールの表情がさらに消失し、
「ボクの最愛の
ヴァレリーの殺意が魔力となってその場を侵食し始める。
だがそんな変化に、その魔族は気付かない。
『魔王も魔王だ! ヒト種のメスにうつつを抜かすから不死を失い滅びたのだ! もっともそうなるように我が仕向けたのだからな! 魔王の長子たる我が! この偉大なる我が! これからは全てを統べるのだ!」
そればかりか更に魔王と魔王妃を蔑み始めた。そしてあくまで、自分が魔王の長子であると言い続けている。
「……黙れよ」
「……黙って」
「……黙れ」
三人が同時に呟き、
「
「
「
そして同時に続けた。
「小物が」
全身から【
「小物め」
強烈な輝きを放つ純白の光を纏い、そしてそれを物質化させて宙に漂わせながらレオノールが平坦に言い、
「小物が」
強烈な魔力により漆黒の髪が変質して紫紺になり、そしてその魔力に呼応してその場にある影全てが蠢き、それをいつでも射出可能にしながらヴァレリーが言う。
「テメー如きが私の家族を名乗るな」
「おまえ如きがレオの家族を名乗るな」
「きさま如きがボクの家族を名乗るな」
別の空間にいるにもかかわらず、三人が共に同じことを言った。
――鏖殺が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます