貧民姉妹は稼ぎたい

1 姉妹に足りないもの

 ――私がノリと勢いと思い付きで迷宮踏破をやらかしてから、五年の月日が流れた。


「いきなりどうした。反省してんのか? どーせ反省はしても後悔はしていないとか、格好良さげだけど実は迷惑でしかないことでも考えてんだろ」


 ……冒険者登録したての頃はなんだか嬉しくなってアガってしまい、それこそ特別な意味も理由もなく色々やらかしていたが、今ではすっかり落ち着いた。


「異論しかねぇぞナニ言ってんだこのブッ壊れ。未だに色々やらかしてるだろ」


 う……そう。今年になって私は一五歳の成人を迎え、その艶やかな濡烏ぬれがらすの髪と紫暗しあんの瞳も相俟あいまって美しく成長を遂げた。


「ああ、うん。それに関しては異論は無ぇ。しかし自分で言うか? 確かに自賛しても良いくらいではあるとは思うが」


 そしてレオノールも白金髪プラチナ・ブロンド翠瞳エメラルド・アイズは健在であり、それを差し引いたとしても筆舌に尽くし難いほどの超絶美少女へと成長していた。


「あー。本当にな。絶世ってのは妹ちゃんのためにあるんじゃねぇかとかマジで思う。一部の冒険者の野郎どもは【★LOVE♡レオさま★】って書いてるハチマキ締めて『親衛隊』とか言いながら周辺警備を勝手にしてたぞ。バカみてーだ」


 そしてほうぼうで大変な人気者であり、うっかり教会や神殿の近くを通ったりすると聖女と間違えられて信徒が膝を折って祈りを捧げる有様になってしまっている。


「そういやンなこともあったな。神殿の修道士ブラザーとか修道女シスターばかりじゃなく助祭ディーコン司祭プリーストも何とも言えない微妙なしてたな。本物の聖女がいなくて良かったって本気で思ったよ」


 そして現在。私の冒険者等級は【シルバー】になっている。つまりは遂に中級にまで上がったのだ。


「『遂に』じゃねーよバカ娘。オメーがソロで迷宮踏破しちまったお陰で昇進せざるを得なくなっちまって、こちとら良い迷惑だ。何処の世界に登録三日目で迷宮踏破して【スチール】から【シルバー】まで二階級特進する十歳児がいるんだよ。しかもその前日に引くほど採ったり狩ったりして三階級特進したばっかじゃねーか。世界記録をブッ千切りで更新してんじゃねぇよビックリするわ」


 まぁ、私の魔法があれば当然だけどね。誰にも負けない自負があるし。


「『当然だけどね』じゃっねぇわ色々全然当然じゃねぇわ。なにシレッと【ロストソーサリー】使ってんだよ。誤魔化すのにすんげぇ労力使ったろうが。それバレたら魔術師ギルドとか王宮魔法師団とかに拉致されるからな。比喩表現じゃなくでそうなるからな」


 もし私の魔法目当てで拉致しようとする輩がいたら、その拠点ごと物理的にぶっ潰してやるけどね。


「いや止めろマジで止めろ。国を潰すつもりか冗談にも洒落にもならねぇぞ。お前は人並みの魔法を使ってコソコソ隠れて活動していろ」


 ……さっきっからいわねぇ。なんでモノローグにツッコミ入れて来るのよ。そりゃあシルヴィの突っ込みテクは秀逸だって知ってるけど、気持ち良く感傷に浸ってるんだから其処はスルーが礼儀でしょ。まったくこれだからガチムチは。


「ガチムチ関係ねぇわなに言ってんだコイツ。そもそもなんで盛大に口に出してモノローグ語ってんだよ意味が判らん。せめて脳内に収めろや面倒臭ぇ」


 脳内独り語りじゃ突っ込んで貰えないでしょ。そっちこそなに言ってるのよ。ギルマスなんだからそれくらい判りなさいよ!


「マジでなに言ってんだコイツ。理解不能な我儘こいて勝手にブチ切れてんじゃねぇよ。本っっっ当に面倒臭ぇな!」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




「ねぇシルヴィ。私たちに足りないものってなんなんだろう」

「ひとの話を聞き入れる心構えと熟考と落ち着きと食欲への理性と、あと圧倒的に足りないのは一般常識と自重だな」


 ギルマスルームの応接テーブルに置かれている書類に目を通しながら、重厚感あるライティングデスクで書類仕事をしているシュルヴェステルに、先ほどのモノローグを無かったことにしたナディが物憂げに訊く。

 そんなある意味で哲学的な質問をするナディを一瞥して訝しんでから、なに言ってんだコイツとでも言いたげに嘆息し、だがノータイムでスラスラそう言った。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「なにそれ。まるで私たちが非常識だって聞こえるんだけど」

「『まるで』と言い出す意味が判らん。逆に訊くが、何処をどう見たらお前らが常識的だと言えるんだ?」

「何処って、。常識が服着て歩いてるってくらい常識的よ。そりゃあ確かにけど」

「ちょっとの暴走で冒険者登録した三日目で、初級のとはいえ迷宮を半日で踏破しちまうヤツは充分非常識だ。しかもなんなんだよ迷宮踏破リアル・タイム・アタックって。初めて聞いたわそんな物騒な競技。オメーに謎の実力あるってぇのは思い知ったがそれを自重しろっつってんだよ。自重くらい覚えろや」

「自重の意味くらい知ってるわよ。『①自分の品位を保ち、無闇に卑下したりしないこと。自尊。②自分の行動を慎むこと。気を付けて軽はずみをしないこと。③自分の身体を大切にすること。自愛』。これ以上無いくらい私じゃない。まさしく名が体を表しまくっていると言っても過言じゃないわ!」

「ウルセェわ。これ以上無いくらい過言だわドアホゥめ。それに意味だけ知ってても理解出来てねぇだろうが。オメーの言ってる自重は①と③で肝心の②が抜けてんだよ。そもそも自重を知ってるヤツは迷宮でRTAなんかしねぇ」

「そんなのシルヴィだってこの前奥さんたちと三人でやってたでしょ。あとなんなの【殲滅者アニヒレーター】って物騒なパーティ名。ガチでドン引きしたんだけど」


 実はシュルヴェステルは、未だ現役の冒険者であった。そしてその奥さん二人も同様で、そのパーティ名がそれである。


「あー。アレはオレが付けたんじゃねぇぞ。ミミとロッティが相談して勝手に付けたんだ。オレとしては【スペシャルアタック・ガイ】でも良かったんだが」

「……だっさ」

「ウルセェ。さっさと仕事しろ。あとオレたちのは迷宮の氾濫を防ぐ仕事だ。オメーみたいに趣味じゃねぇ」

「私だって趣味じゃないわよ。ただ迷宮でお宝を拾うのが好きなだけ」

「完全に趣味じゃねぇか」

「ウルサイわねぇ。さっさと仕事しなさいよ。あーあ、早くサブマス帰って来ないかなぁ」

「アーネが出張する羽目になった原因はお前だろうが。巡検使の騎士をその辺に落ちている棒切れでフルボッコにしやがって。なにをどうやったら板金鎧をそれで鉄屑に出来んだよ引くわー。あとなんで忘れてんだよ覚えてねーのかよ」

「そんなどーでも良い些事なんか忘却の彼方よ忘れたわ。そもそもあのクズ騎士が悪いんじゃない。新人冒険者の女の子に絡んでセクハラどころか夜の相手をさせようとしてたでしょ。あんなの去勢されて当然よ」

「これ以上なく鮮明に覚えてんじゃねぇか。そりゃまぁオレもそう思う……待て、お前あの騎士を去勢したのか?」

「え? 当たり前でしょなに言っちゃってんの世界の常識じゃない。あんなヤツにそんな機能残してたって百害しかないわよ。されれば良いのよ滅ぶが良いわ」

「うわぁ……なんつーか、うわぁ……」

「なんで私の真似で引いてるのよ!」


 そんな言い合いをしながら、二人は書類を捌いて行くのであった。


 ところで、どうしてナディがシュルヴェステルと一緒に書類仕事をしているのかというと、色々と暴走しまくって問題を起こすのを抑制するために、ギルドマスター自らが監視するという目的で仕事を押し付けているのである。ちなみに短時間就労職員パートタイム扱いで、ちゃんと給与も支払われる。

 もっとも迷宮でアイテムを漁ったり魔物素材を持ち帰る方が遥かに高収入なのだが、既にそれなりに稼いじゃっているナディは気にしていない。そういうこだわりはないし、なによりレオノールとの時間が増えるから。


 そのレオノールはというと、あの日ナディが迷宮踏破RTAをやらかして一気に【銀級】に上がったのと同じく、すぐに準冒険者登録をした。

「準」が付いているとはいえ、それは正式な身分証である。身分がしっかりしている者は雇用主の許可があれば正式に就労出来ると王国法で決まっているため、そのまま冒険者ギルドに就職して窓口嬢(?)となった。


 それを聞いた貧民街のねぐらのご近所さんなオットとアガータが、我が子のことのように喜んでくれたのには、さすがのレオノールもちょっと感極まった。

 そしてこれからは市街に移住すると伝えたら、二人の子供のイーナとウーノとエルナにギャン泣きされてめっちゃ困ったが。


 それとレオノールのギルド就職を知った冒険者たちのテンションが何故か爆上がりして、この支部の収支が跳ね上がったり死傷率が激減したのだが、それは余談であるためどうでも良いだろう。


 書類に囲まれて益体のない会話というか不毛な言い合いというか、とにかくそれをしていたナディとシュルヴェステルだが、そんなことをしていると一向に片付かないとやっと気付き、黙々と処理を始めた。


 そして粗方片付いた頃、シュルヴェステルの奥さんの一人【魔導重砲士マギ・オードナンス】のミシェル(愛称ミミ)が紅茶を淹れてくれた。

 もう一方の奥さん【魔導付与師マギ・グランダー】のスカーレット(愛称ロッティ)は、本日保育所勤務で別棟にいる。


 此処の冒険者ギルドでは、自宅での扶養が難しいが働かなければならない職員や冒険者の子供を預かる施設を開設していた。


 ちなみに発案者はナディで、三年くらい前に「働きたいけど子供の面倒もあるからどうにかしたい」とミシェルとスカーレットがシュルヴェステルに愚痴を零していたのを聞いて、じゃあそれ用の施設を作れば良いじゃないと軽ぅく言ったのか始まりだった。


 これは結構な働き方改革となり、ギルド本部でも話題となってギルド管轄の保育所開設を推奨するようになったそうだ。


 あくまでも「推奨」ではあるが。


 そうして無事に働けるようになったミシェルが淹れてくれた紅茶を飲み、一仕事終えた充実感を噛み締めるナディ。


「ねぇシルヴィ」


 そしてもう一度物憂げに、呟くように、


「私、家が欲しい」

「買えば良いじゃねぇか」


 やっぱりノータイムであしらうようにそう言われた。


「簡単に言っちゃってるけど『まだダメだ』って言ったのシルヴィじゃない! 責任取りなさいよ家買ってよお金は出すから!」

「『ダメだ』って言ったのは【デーモン・ホール】RTAかましてた十歳の時だろうが。儲けたからって子供欲しがる新妻みてーなノリでンなこと言われたってダメに決まってるだろ。そもそも未成年は保証人が居なけりゃ買えねぇって説明したの忘れたのかよ」

「そんな! じゃあ私はいつになったら戸建てを買って、裏庭と庭にそれぞれ二羽ずつニワトリを飼えるの!?」

「それ戸建てが欲しいのかニワトリが欲しいのかどっちなんだ? そもそもなんでそんなにニワトリにこだわるんだよ」

「うらにわにはにわにわにはにわにわとりがいたら楽しいじゃないなんで判らないのよ!」

「ウルセェわ」


 二人の不毛で何の進展もないであろう討論を傍から見ているミシェルは、それを止めるべきか諭すべきなのかちょっと悩んだが、それをしても何の得にもならないという結論に至る。よって取り敢えず見守るに留め、仮に意見を求められたら答えようと決意したのだった。有体に言えば匙を投げたのだが。


「嗚呼、なんてことなの……私はいつになったら戸建てを買えてニワトリをか――」


 一通り討論が終わってなにかを満足したらしいナディが、今度は頭を抱えてテーブルに突っ伏……そうとして書類があるのに気付き、丁寧に退かしてから、


「嗚呼、なんてことなの……私はいつになったら戸建てを買えてニワトリを飼えるの……」


 全く同じことを言い直して本格的に突っ伏した。


「いや、だからな、そんなに欲しいなら買っちまえば良いんじゃねぇのか? オレが止めてたのはお前が未成年だったからであって、成人したならもう止めねぇよ。金なら物騒なRTA繰り返してて引くほどギルド口座にあるだろ。貯め込んでねぇで散財しろ。そして経済を回すのに協力しろ」


 ナディは実は、最初に行った【デーモン・ホール】で拾った魔法の鞄で味を占めて、シュルヴェステルの目を盗んでは迷宮に潜ってRTAを繰り返していた。


 そんな素行不良なため、実力はあるが冒険者階級は【シルバー】から上がっていない。というか上げられない。問題児だから。


 あとうっかり昇格して上級になれば、より難度の高い【指名依頼】や【強制依頼】の受注が必須となってしまう。そうなれば時間や日時の拘束期間が生じ、未成年であるレオノールが一人になってしまうのだ。

 超絶美幼女であり、そして超絶美少女に成長したレオノールがそうなるのは非常に危険だと判断したシュルヴェステルが、敢えて昇格させなかった。


 昇格させたら立場上胃痛に苦しみそうだし、とんでもないことを際限なくやらかしそうだという悪い予感しかしなかったし。


「あれ? もう私って家を買っても良いの?」


 突っ伏したまま顔を上げ、ライティングデスクからソファに移動し「えどっこいしょ」とオッサン臭い掛け声で座るシュルヴェステルを見上げる。ミシェルが淹れた紅茶にレモンのスライスを入れて飲んでいた。


「成人したんだから当然だろ。それに【銀級】だからギルドの優待と割引受けられて、申請すれば補助金も出る。もっともオメーは稼いでいるから補助金なんか必要ないだろうが――」

「なに言ってるのよシルヴィ。収入があるのと補助を受ける受けないは別問題じゃない。当然、受けるわ!」

「お、おお。まぁ補助金制に収入や貯蓄の有無は関係ねぇからな。釈然としねぇが、良いのか?」


 バネのように跳ね起き、そして天に手を突き上げるナディであった。


 その後、早速シュルヴェステルをつついて土地情報とか建築設計士とか工務店とかの資料を貰い、魔法の鞄に詰め込んだ。今夜レオノールと相談して決めるらしい。


「あと家の木材は良いのにしなくちゃ。ねぇミミさん、どういうのが良いと思う?」

「え~、あたしに訊くのぉ。そぉねぇ、あたしだったらぁ、どうせ建てるんなら最高級のがいいなぁ。例えばぁ【カースド・ウッズ】で採れるトレントとかハイトレントとかの木材なんかぁ、サイコーねぇ。それからぁ、石材は【クリスタ・マイン】の結晶魔獣の素材から出来るクリスタルガラスなんかぁ、もぅサイコー」

「おいおいミミ。あんまコイツを煽るな。速攻で採りに行くとか言い出――」

「【カースド・ウッズ】と【クリスタ・マイン】ね。えーと……【呪森ウッズ】が北に馬車で二日で【鋼道マイン】が西のドラムイッシュ山地のスペイサイド女王国だから馬車で三日ってところね……」

「おいめろ本気マジめろ。【カースド・ウッズ】は植物特効の火魔術が封じられててオレやミミの【爆裂魔弾】がギリ通用する魔術師殺しだし【クリスタ・マイン】の魔獣には物理がほぼ効かねぇ。はっきり言って自殺行為だ――」

「【マキシマイズ・オブ・エフィック】【エクステンション・オブ・エフィック】【イレイズ・レジスト】【イレイズ・オブ・オシレーション】【フラッシュ・エビエイション】じゃあねえええええぇぇぇぇぇぇぇ…………」


 言うか早いか、ギルマスルームの窓を開けて色々魔法を展開させて、語尾の残響を残してそのまま飛び出して行った。物理的に。


「他人の話聞けやコンチクショー! それと言った傍から【ロストソーサリー】使って飛んでんじゃねー! 飛行魔法なんて魔術師団や魔法研究所が心血を注いで開発中だってのに嘲笑うかのようにサラァっと使ってんじゃねぇよ!」


 シュルヴェステルが叫ぶが、既にナディは空気を突き破って遥か彼方へと行ってしまい、目視すら不可能だった。よってその叫びは、当たり前に届かなかった。

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