第15話 賞金首と落とし前 上
太陽が中天を越え、いまだサンサンと降り注ぐ言い訳のしようもない時間帯。
その酒場にこれだけの数の男が管を巻くのは、ここが領主のおひざ元だからでも、気の利いた酒を出すからでもないようだ。
冒険者風の男たちは、それぞれテーブル席に固まって、口々に文句を垂れていた。
「どこみても不景気な顔した冒険者であふれてやがる」
「干乾びる前に移動したい。商隊でも通ればいいんだが」
「こんな時期に南部街道を封鎖なんてしやがって。いつまでこうして酒飲んでりゃいんだか」
「騎士団があれだけ駆けまわってるんだ。あの逃走犯もじきに捕まるだろ」
「今からボルドーに乗り込むか? どうせ駄目なら祭りだけ見て去ろう」
どうやら目的の町へ行けずに滞留した冒険者たちが、たまったうっぷんを酒で晴らしているらしかった。
だったらなぜギルドの酒場を利用しないのか、と思ったが、プルチネッラなる冒険者グループがいるため、『居心地が悪くて逃げてきた』と先程、隣の男が話していた。
話題のほとんどは、隣町のボルドー領主と騎士団の横暴について。
話を聞くに、どうやら隣町では、これから行われるという祭りの演目の一つに、トーマスの処刑を選んだようだ。
だが、新設される予定の絞首台も今もってその足場さえ満足に形になってないそうだ。
そして肝心の領主を襲った下手人は、騎士団総出で追いかけていったっきり、連日その顛末が新聞の見出しを騒がせるだけで、行方は要として知れず、完璧に雲隠れしたまま逃げおおせているらしい。
いずれの空の下ともわからなかったが、俺は密かにトーマスの身を案じた。
頑張れよ、俺の体。
「……どうか達者で逃げてくれ」
店主に注文を済ませた俺は、開け放たれた窓からぼーっと目抜き通りの人の動きを見ていた。
――うわああああ
思考の沼から唐突に引き上げられた。
突然、視線の先で人波が割れ、次々に悲鳴が上がっていく。
騒動の中心。多くの人で賑わう通りの真ん中を、騎士を乗せた早馬が、警笛も無く駆けてくる。
「危なっ!」
たまたま建材の丸太を担いだ職人風の男が、人波を避けふらついた。そして、男のすぐ後ろには、フードを目深にかぶった女がいた。
女は前に倒れかけ、その頭に建材が迫る。女は自身に近づく危機に気付いた様子が無かった!
「――ッ!!!!」
フードの女の姿が一瞬ブレた。
「え!?」
そして瞬時に身を起こし、鋭い身のこなしで死角から伸びた丸太を片手で受け止めた。
「……嘘だろ」
周りの人間には、女が偶然前につまづき、たまたま木材に持たれかかって受け止めたようにも見えただろう。
真っ白な長手袋からのぞく細い腕。
……あれで受け止めたのかよ。
「すげえな」
そして、フードの女に、大げさに頭を下げる大きなお腹の女性の姿。
そのわきで、丸太を下し青ざめた顔で呆然と立つ職人の男。
「……なるほど。更に後ろにいた妊婦を庇ったのか」
顔の右から来た材木に対して、体を逆にひねって左手のひらで受ける。独特の足の運びと、神速の受けの姿勢。
一部の短剣使いか、あるいは――
「何にしても、めずらしい流派だな……」
◇◇
約束していたレジーナは、シンプルなライムグリーンのワンピース姿で現れた。
あら。ステキですね。
俺は軽く手をあげ、居場所を知らせる。
「ここだよ」
「待たせたわね」
ここで食事をした後に、レジーナに町を案内しもらう予定だ。
席に着くなりレジーナは、
「あたしの真後ろの方。一番奥の壁際の席に座ってる四人組の男が見える?」
俺は視線は動かさず、周辺視野で言われた方向を確認した。
「振り返って君の事見てるよ。それが何か?」
「あいつらを追いかけて今朝から森をうろついてたのよ。Cクラスの賞金首がまさかこんな街中で見つかるなんて。やっとツキが巡ってきたわね」
引っ掛けるから手伝って、とレジーナ。
来て早々なんだと思ったが、そういうことなら一肌脱ごうか。
「了解。やり方は任せるよ」
返事をしたはいいものの、Cクラス。ずいぶんな格上相手に、さて俺はどう動こうかと悩んでいたら、獲物の一人が釣り針を垂らす前に、いきなり向こうからやって来た。
かなりの長身のそのゴロツキは、ニヤニヤ笑いで俺達のテーブルのそばまで歩いてくる。
腰に長ナイフを刺した、いかにもな荒くれ。この街の治安はいったいどうなってるんだか。
そして、空いていた向かい側のカウンターの椅子にドカッと腰かけて、話しかけてきた。
「オイ、にーちゃん! 酒も頼まず、こんなとこまで女運んで来てくれるとは、俺のためにご苦労さんだなァ! ハハハ! ちょっとその女借りてもいいかァ!?」
下卑たダミ声で、安っぽいセリフを吐く男。
さて、俺の出番だな。
どうやって離れた相方共も逃がさずに抑え込もうか、と一瞬考えていたら、
「それにしても臭い店ね」
レジーナは誰に、はばかることも無くつぶやいた。
へ?
店中の耳目が我々のテーブルに集まる音を、俺は確かに聞いた。
気を取り直して、俺はゴロツキに呼びかける。
「いやー。おっさん、俺に何か「あー、臭い」用が……」
れじーなさん?
レジーナは、長いまつげをパタパタさせて突然立ち上がると、いきなり男に突っかかっていく。
「あんた私に喧嘩売ってるの!?」
あまりの剣幕にゴロツキは一瞬ひるんだように息を飲んだ。
「……っ!?」
店中の男たちが、あらゆる動きを止めてこちらを窺う。
「……はは」
早くもプランBだな。
酒場の店主は、俺の注文したランチのトレーを抱えて顔を見せたが、こちらのテーブルの様子に気付くなり、一瞬にして踵を返し、カウンターの裏の厨房へと戻って行った。
せっかくの料理が台無しになる前に、彼は賢明な判断をしたようだ。
我に返った長身のゴロツキが叫ぶ。
「なんだァ、ねーちゃん!? 俺とそんなにヤリてえんなら今この場――」
レジーナは形の良い眉を歪め、更に一歩踏み込んで、
「今すぐ外に出なさい!!!」
「アンタ、店中の人間をワキガの
――それは今生、数多聞くであろう中で最低の
「ブハッ!!」
それぞれのテーブルで、それぞれの酒を吹き出す音がした。
そして、一瞬遅れて店中のテーブルが爆発した。
「ダッハッハッハッハハハ!!!!」
「いいぞぉ! ねーちゃん!!」
そこここで、机を叩いて腹を抱える男達。指笛が鳴り響き、店中のブーツの足が踏み鳴らした板張りの床が、地震のように上下に揺れる。
怒りで赤黒くなった男の顔は、店中で何度も打ち合わされるジョッキの音をその身に受けて、小刻みに震えていた。
「…………テメぇら表ん出やがれ!!!!」
しっかり俺も勘定に入っていた。
◇◇
連れていかれた酒場の脇の路地の裏。レジーナは、お目当ての賞金首である背の高い男を背に従えて、意気揚々と石壁の角を曲がって行った。
そしてその場に残った俺と、彼のおともだち。
賑わう大通りからは死角になった影の中で、俺を囲んだ3人のゴロツキの息だけがひたすらに酒臭い。
正面に立ったスキンヘッドの男が、口を開いた。
「どうした急に黙り込んで? 店での威勢はどこいったんだぁクソガキ?」
……それは俺じゃないだろ。
興奮に歪んだ笑みを浮かべたハゲが、ひたすらにペラペラしゃべる。
「馬鹿が。この街には、お前の頭じゃ思いも付かねえ危険が服着て歩いてんだ。売っちゃぁならねぇ大物に、喧嘩を売っちまった事をあの世で反省するんだなっ!!」
いきなり突き飛ばされて開いた一歩半の距離に、左足を捻じ込み、体が交錯する刹那、右の拳を喉下に突き刺した。
「ほい」
「グエッ!!」
膝から崩れ落ちたハゲが、まるで旧友との再会を祝うかのように、ゴミだらけの石畳を抱いて、白目をむいた。
まず一人。
「なっ!? このガキ!!」
流れをそのままに、両膝を脱力させ、上体が沈み込む力を利用して得た推進力を働かせ、右でナイフを構える男との間合いを一瞬で詰める。
「シュッ!!」
男の視線をわずか、下方に誘導することで、相手の頭の位置を固定する――。
上体の捻りをインパクトの直前まで制限し、踏み込み、己の右手を相手のナイフを持つ手に上から被せ、左を突きこむ。その三つの動作を同時に行い、蹴りだした力を正中線に突き出した左拳に乗せ、下から顎を打ち抜いた。
「オラァ!!」
先の先。
何の目新しいところもないステップインからの正拳突きだが、残身を取る際、突き手を引き込む上体の捻りと、踏み込んだ右足を軸に左足を引き込むことで更に前進し、上体の反れた相手に衝突するため、よくふっ飛ぶので見栄えが良い。
二人目の髭だらけのナイフ男は一言「きゅん」と鳴き、暗がりの隅に転がっていく。
「……お前らほんとにCクラスなのか?」
気持ちよくぶん殴っておいて恐縮だが、人違いだったらたまらんのだが。
「テメェええええええええええ!!!!」
最後に残ったロン毛が、大声を上げながら突っ込んできた。
両足タックルを狙った男の攻撃。ロン毛は俺の腰元に食いつき、根性を見せた。
「ふぅうううううううう!!!」
ガシッ!!
俺は、押し込まれながらも相手の肩に右膝を乗せ、同時に左手で上から後頭部を押し下げ、一瞬でタックルを切った。
「よいしょー!」
瞬時に両膝で頭を絞めながら、右手で掴んだ相手の股ぐらを、反り投げの要領で力任せに引き上げ、相手の踏み込む力を利用して後方に飛ぶ。
「歯ぁくいしばれよー」
会心のゴッチ式パイルドライバーだった。
「ギエッ!!!」
同時にパカンと音がして、それきり最後の男は静かになった。
ふう
膝のクラッチと起しで突っ込みの深さと相手の頭の角度を制限し、派手な見た目ほど深刻なダメージを残さないように工夫したので生きてはいる、はず。
「よし! 一丁上がり」
◇◇
レジーナが、絡んできた長身のごろつきと二人で消えた路地の先。
彼女から与えられたノルマを片付けて、加勢に向かったその場所で、俺は立ち尽くす。
「――あんたのせいでコッチは死にかけて矢筒も失ったのよ!! ホントにどうしてくれるの!?」
そこには、意識を失いベロンと横たわる、大柄な男の背中に向かって罵倒するレジーナの姿があった。
「あ。……もうお済みだったんだね」
まず始めに、その場に居る一番でかい男を見繕う。普段は人の後ろに居て、相手を見てから前にしゃしゃりでるタイプなら可。もったいぶって大声を出し、武をちらつかせる男ならなおヨシ。
そいつをドヤしつけ静かにさせてから、ようやく今度は自分が大きな事を言う――。
時代劇に学ぶ喧嘩術を、レジーナは大切にしているらしかった。
「うわぁ。……喧嘩慣れしてんなぁ」
その後レジーナは、駆け付けた領主の騎士達に、四人の男の身柄を引き渡した。
手配書を示しながら2、3言葉を交わしただけで、賞金首は荷車に乗せられ、あっという間に運ばれて行った。
「さて、戻りましょ!」
「え? ……はい」
一仕事終えたレジーナ。先程までの火のつくような怒りはどこへやら。
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