第4話 僕のだいじなオチビちゃん 上


 堂々と屋敷の前の階段に、座り込むみっちゃんの姿を見つけて驚いた。


「……すげえ度胸だな」


 走り寄るこちらに気付くとみっちゃんは「おういー」と、手を振りさえした。 


「おまたせ」 

「うむ。いこ」

 お尻についた土を払うと、そのままためらうこと無く正面の入り口から正々堂々と建物の中へ入って行くみっちゃんに俺も続く。


 先ほどの顛末について何も聞かれないことだけが、ひたすらにありがたい。




「うお! なんじゃこれ!?」

 屋敷の中は討ち入りがあった様子だ。家具や調度品の類に乱れは無いが、何より目を引くのは部屋の中央付近の血だまりに倒れる3名の兵の亡骸。

 傍らには各々の獲物とおぼしき長ナイフや片手剣が落ちており、いずれ3人ともに首のあたりに負った刀傷により絶命していた。

 服装から衛兵というよりごろつきっぽい印象を受ける。 


「はぁ? ここでも戦闘があったんだな」   

 華奢なエルフを見下ろしあらためて考える。

 

 まさかこれをみっちゃんがやったわけもなく。

 こいつらは野盗の集団なのか? ここら一帯が何かの襲撃をうけてる最中ってところか。

 


「なんにせよ好都合だ。さっと鍵盗んで逃げようか」

「そうねー」と、うなずくみっちゃん。


 死体を前にしてショックを受けるかと心配したが、それも杞憂であったようだ。

 どこまでもマイペースなその返事に肩の力が抜ける。

 

 この野盗どもを片付けた相手が、俺たちを味方してくれるとは限らないが、まぁなるようにしかならんだろう。

 明らかな魔力欠乏の症状と言える足元のふらつきと、断続的なめまいで、正直戦闘になった時、どの程度動けるのかあやしいものだが、どのみち行くしかねえ。



 建物のつくりは、ぶち抜きの大きな広間が特徴の天井が高い一階建て。

 右手には小部屋が一つだけあり、その扉は開け放たれていた。おそらく床に転がるごろつき達が詰所として利用していたのだろう。

 そして奥で目をひく両開きの豪華な木製扉。

 

 他に行く場所もないし、あの先に進むべきだな。


 屋内にやはり動くものは無く、その気配さえ無い。

 どうやらみんな出払ってるみたいだ。  

 相変わらず屋敷の外では、散発的な爆発音が遠くで続いていた。 



「あれ?」

 両開きの扉は取っ手が壊れていた。

 スカスカ空転するノブを無理やり引っ張ると、意外なほど軽く扉が開いた。


「地下があるのか」

 薄暗い階段が闇の中にどこまでも伸びている。 

 この先で会敵すれば逃げ場は無くなるな。

 先ほど見つけた血まみれの剣を取りに戻ろうかと一瞬悩んだが、その間にみっちゃんは無言でテクテク階段を進んで行った。指の先には青白い魔法の光。

 実に有意義で便利で、涙が出る程うらやましい魔法を追いかけ、俺も先を急ぐことにした。


「ちょっとみっちゃん転ばないでよ?」

「あいあい」と、みっちゃん。 


 だいたい建物の2階分ほど階段を下りた先で、行きついたのは再び豪華な木製扉だった。そこに耳を当てたが物音はない。


「開いてるな」

 ここもカギは掛かっておらず、俺たちはそっと侵入をはたした。



 そこは意外なほど広く明るい空間だった。四隅の壁それぞれに備えられた立派な燭台と、そこに灯るいかにも高価そうな太いロウソク。そして天井の中心で煌々と輝くシャンデリア。


 みっちゃんは、部屋の入口に立ってぐるりと見渡した後、

「かぎはここと思う」と言った。


 絨毯敷きの室内には、本がびっしり詰まった書棚がいくつも配置され、壁際にある大きな樫の机の上には書類が積まれていた。

 フラスコや様々な実験器具と思しき道具の数々。金持ちの書庫、というより研究室といった趣だ。入り口から入って左手の壁にはかなり重そうな鉄扉があったが、こちらは施錠されているのか全く動かなかった。


 彼女の言葉には不思議な説得力がある。間違いなくこの場所に鍵はあるのだろう。

 

 俺は、入って来た扉に内から鍵を掛けた。

「それじゃあ手分けして探そうか」


「あい」と、みっちゃん。

 みっちゃんには書棚で仕切られた奥の方を担当してもらう。


 俺は先ほど目についた、大きな机の引き出しを漁ることにする。

 さて何か金目な物でもあれば、ついでにいただきたいところだ。


 鍵探しが始まって早々、ドカン、ガランと不穏な音がして、慌てて持ち場を離れみっちゃんの様子を見に行く。


 そこにはバンバン机の引き出しを開け、棚をひっくり返す勢いで、かまわず中身を床にぶちまけるみっちゃんの姿があった。

「ちょっ!? みっちゃん?」 

「んあ? なんだぁ? カギあったか?」

 

 ……まぁいいか。

「いや。まだ見つかってないよ。……その調子で頑張って」


 ゴキゲンなみっちゃんのお祭りがひと段落つくと、そこから先はお互い無言で荷物をかき分けるだけの作業が続いた。

 

 しかしながら、こらえた口の隙間からヌホホと笑みが這い出てくる。

 キラキラした石ががはめ込まれた懐中時計。まだ使用した跡の無い大きな羽ペン。 なんだかよくわからない銀の鎖が付いたロケットに、金細工で精緻な植物の模様が描かれた細身の一輪挿し。

 目についた金目なものを、片っ端から両方のポケットに詰めていく。


「あら? 今度は何でございましょうかね」 


 机の下。床の継ぎ目の傷に違和感がある。タイルのわずかな隙間に、たまたま見つけた二つ折りのナイフの刃先をねじ込むと、テコの原理を使って力任せに引き上げた。

 ボコッと音がして剥がれたタイルの下に、大人一人が隠れられる程の空間があった。


「モノ隠しか。さて鍵はここかね?」


 燭台からロウソクを引き抜いて、照らした闇の中に青白く光る何かを見つけた。

 

 体を突っ込むようにして手を伸ばし、引き出してみるとそれは不思議な気配を持つ壺だった。

「なんだろう?」


 奇妙な雰囲気をそこから感じる。壺の口には厚手の石がすっぽりはまり、さらにその上から細い鎖で厳重に封じてある謎の壺。

 内にあるものを守っているのか、はたまた外の世界を守るためにこの壺が何かを封じているのか。

「すさまじい値打ちものだったりするのか?」



 一抱えもある壺を手に取り、明るいところで確かめる。表面に刻まれた文様が、薄く光り――。



 背後で突然「がちゃり」と音がした。


 え? 鍵はさっきかけたはず?



 漆黒のマントをつけた、明らかな高位貴族と思しき若い男がそこに居た。 

 真っ白の肌に、浮き上がるような切れ長の赤目。長身痩躯。そして背に杖を背負っている。


 なんとも間の悪いことに、研究室の主が帰って来ちゃったよ。


 俺は振り返るのとまったく同時に、神速の足技を使い、机の陰に先ほど見つけた壺を隠した。


「……ここでいったい何をしている?」

 重い棺桶を引きずるような、静かだがザラザラした響きのある声だった。

 

「いやいや、あのはい、僕は掃除してますですね」

 黒衣の男からは凄まじい魔力を感じる。 

 この感覚がどこまで正しいのかは、先ほどの経験からして大変あやしくはあるが、それでも危険な相手に違いない。

 

 ヒュー。あぶねえところだった。


「貴様が表の狼藉を働いたのか?」

 

 俺は顔の前でブンブン手を振り、必死に言い訳を探す。とりあえずできるだけ哀れっぽく振る舞って、まずは時間を稼いでみるか。


「狼藉ですって!? あたくし掃除をばしてますよ? 外のおじさんに言われて。 あれ? はじめてお会いしますね」


「掃除? ……道具も何も持たずにか?」 


 そして目つきの悪いおっさんの視線が壁にかかった箒に移る。


「掃除道具ですか? いや手で、素手でやってます!」

 あ。 ……まずいかも。


「逃亡奴隷が色気を出して火事場泥棒に転職したのか? ふん。いい度胸だ」

 俺の腰のあたりを見て、男の纏う圧力が増した。


 俺はようやく、膨らみ切ったポケットの中身を思い出した。

「ポケットの中? 素敵な花瓶ですんで丁寧にやらせていただいてるとこですね。いやぁ、このポケットも掃除に使うんですよ」 


 なるべく呑気な声音を使い、

「汚れ吸う最新のポケットなんですね。取り寄せで! 取り寄せのポケットでやらせてもらってます! ですから何かを盗むとかそういうことは一切ないですね」


 ボロボロのチュニックを身にまとい、首輪を付けた自称掃除夫。……まずいか? 

 俺はそーっと机の上に花瓶その他を返していく。


 黒衣の男は、静かだが、すでに何かの結論を得ているかのような調子で質問した。

「もう一度聞く。上の狼藉は貴様がやったのか?」


 いやいやいやいや! それはほんとに違う。 

「何かあったんですか部屋の外で? 知らないですよ~、ここまで掃除一筋で、ハイ。一本道でやらせてもらってますから!」


 俺はエヘヘと笑い、

「1階の掃除は順番がここの後なんで。まだ見てないですね。何かありましたか外?」

 

 俺はあくまでも掃除夫。 

 一体何階のドコからこの身が生じたのかは、神さえ知らぬことではあるが、忠実な仕事ぶりで、音も聞こえずしゃにむに頑張る仕事人間。 


 そして、背中の棚越しにガサガサ音が聞こえてきた。 


「おい。何の音だ?」


 黒衣の男が杖を構えただけで、それとわかる大きな魔力のに驚いた。

「……っ!」

 

 みっちゃんの動きはもはや完璧だ。この期に及んでまだモソモソと机をあさってやがる。 


 殺人的なマイペース。

 その活動は、いっそ大河の流れや星々の運動に近しい。


 人の身では干渉できない法則と、確率のみが支配する神の領域。



 だが人は、それでも堤防を作り、ダムを築いて大自然を生き抜いてきたのだ!


 ここはまかせろ、みっちゃん!


「あら! ずいぶんいい杖ですね。掃除人にそんなもったいないですよ。そんなん向けられたら『ぴんぴんころり』なりますよ?」


 話の途中で顔の近くに魔杖を突き付けられ、

「――オウフ。よわったなぁ。まだ掃除途中なんですけど……。それじゃあ一旦失礼しますんで。……はい」

 あっという間に限界が来た。うん。鍵は一旦あきらめよう。



「望み通り一撃で殺してやろうか?」

 目の前の杖に魔力が集まる。 


 演技が弱いか?

「勘弁してくださいって。僕掃除してぴんころはちょっと。じゃあこうしましょう。 僕は『かんかん舞い』してこの部屋出ましょう。何か盗んだなんて疑われるのも本位じゃないんで」

 

 名案が浮かんだ。 

「素っ裸に脱ぎますよ。かーんかんまい! ってねえ、それでいいじゃないですか?  何にも持って出れませんよ。一本道で掃除してただけですから」


「そこに居るのは誰だ。今すぐ出てこい」


 当然バレているわけで。

「みっちゃん行きましょう! みっちゃん? 怒られちゃうよ。すみません。彼女も掃除でね。熱心な娘だもんで。……はい」


 これ以上は、ほんとに無理だ。

 みっ様! お願いだからお返事をいただきたい!


「最後に聞く。奴隷小屋の前でニコラスをやったのは貴様か?」


 あー、あれを見ちゃったのね。……そらぁ怒るか。

「ニコラスさんと最後に会ったのは、……だいぶ前ですね。田舎のパチンコ屋の看板くらいでかーい斧持った人といましたね。はい、ほんとです、ほんとです」

 どうやら、話は聞いてくれるらしい。


「ほう。何してたんだ」


「何してたって? ……いやぁ温まってたんじゃないですかね。何か見た感じあったまってんなーって。挨拶はしたんですけど、忙しそうで言葉を交わすなんてとてもとても」


 黒衣の男の赤い瞳の光彩がわずかに光を放ち、同時に魔力の行使が感じられた。

「……なるほどニコラスを殺したのは貴様か」


「え? あらまぁ。僕が殺した? まさかぁ」

 嘘偽りない驚きに思わず声が裏返る。

『やった』って、あいつ死んだの? 何を勝手に納得されたのかは知らんが言いがかりにも程がある。




「あったよー。これ鍵とおもう」

 突然大人の会話に割って入った間の悪いみっちゃん。


「おほほほ。 冗談が好きな娘でしてね」 


 みっちゃんは男に一切かまわず、トトトと俺の元に走り寄り、「ちょっとみ、かがんでみて」と言うなり俺の首元に鍵を突き出した。


 鍵が首輪に触れた瞬間、ただそれだけで首輪はぽとりと床に落ちた。

「おわた」と、得意げに口の端を上げるみっちゃん。


 もはや言い訳のしようもない。

「うん。オワタね」





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