第5話 僕のだいじなオチビちゃん 下



 こちらを睨みつける黒衣の男は「ふん」と鼻を鳴らし、これ以上の会話を切り上げにかかった。 

「やはりここにいたのはエルフか。……まぁいい。計画を邪魔したからには二人まとめてあの世に送ってやる」

 大きな魔力が膨れ上がり、男の持つ杖の先が紫に光る。



「いやその杖! 嘘でしょ!?」


 すさまじい力の本流に、思わず仰け反りみっちゃんに縋りつく。


「ひいいいいいいい」


 黒衣の男は問答無用で詠唱を始め、何をする間も与えず、無慈悲に術を行使した。


「デス」


 おいいいいいいい


 まさかこいつが魔王なのか? あの貧乏神は有無も言わさず魔王城に送りやがったのか? 俺はヤキイモになるのか?

 思考は加速しその突き当りには常にヤキイモが居やがる!!


 こんな走馬灯いやだ。


「ちょ、ヤキイモは勘弁だって――」


 終わったな。


 紫のまがまがしい光がせまり――


 わぁああああああああああああああああああああ!!!!!




「ああああああああああああああああああああああああああ痛っ」


 首の後ろが『ちくっ』とした。 


「へ?」


 ……なんだぁ? 失敗か? 瞑っていた目を開くと光りは消えていた。


 今まで無表情を貫いてきた黒衣の男は、激しく瞬きし、分かりやすく焦った顔で叫んだ。 

「なにぃっ!? レジストしたのか!?」


 あん? 何言ってんだ?


 俺はかがんで後ろを向くと、みっちゃんに首の辺りを見てもらう。

「どうかな?」

「うーんと少しみ赤いかも」

 細い指でさすってもらったら痛みも忘れた。



「<$♪×△¥●&?#――」

 黒衣の男は、再び全く聞きなじみのない言語での更に長い詠唱を始めた。



 今度の魔力は圧巻だった。


「……冗談ですやん。大将参りましたって」

 俺の言葉を聞いちゃいねぇ。


 たちまち男が背に負う影が伸び、背後の壁まで闇で包むと、わずかの間を置き、手に持つ杖に影が吸い込まれていく。 

 

 そして先ほどの倍の大きさの剣呑な紫の光が部屋を染め上げた。 

「エターナルデス」

 迫り来る紫の光の塊。


「チイッ」 

 俺はみっちゃんを抱いて2歩下がると、右にフェイントを入れた後、一気に左に飛び退る。


 そうして躱したはずの紫の光が、俺の影を追い、更に加速しながら背後で鋭敏に方向を変え、俺の背中に吸い込まれた。


 くそおおおおおおおおおお



「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁ痛っ」

 そして再び首の後ろが「ちくっ」とした。



 あれ? お? ……なんだよ。びっくりさせやがって。 

「よっわぁ……」

「どっかイタイか?」と、腕の中のみっちゃんが尋ねる。


「ぜんぜん」と、俺。


 今や魔術師の顔は青白く染まり、完全におもらしが見つかった少年のそれ。

「おおお?」

 目を見開き、打ち上げられた魚のように、自身の杖と俺の顔を交互にみながら口ぱくぱくしてる。


 その様を見て唐突に笑いがこみあげてくる。

「くふふふ。何が魔王だ、ずぶの素人じゃねか」

 

 そういえば目覚めてからこっち、俺の感覚がまともじゃないんだった。


 見つけたな。間違いない。出会った。

 

 きた! よし。奇跡の繰り下がりによって爆誕した『世界最下位の魔法使い様』が目の前にいる!!!


「『エターナルです』……なんだそりゃ? かわいい魔法だなぁおい?」


 終生のライバルを捕まえた! こいつがいる限り俺は、どんなに低く見積もっても世界魔法ランキングで下から2番目ではある!


「あっはっはっはっはっはっはっは!!!!」


「貴様なぜ生きいてるうううううううう!!!!?」


 突然、不条理を押し付けられ、理解できないないままヤキイモになった男がこの世にいるとするならば、きっとこんな顔をするんだろう。


 お前があまりに弱いから。と内心で思いながら、 

「いくらしたんだその杖? おい! 何だ今のは? 調子が悪いのか? どうした、おチビちゃん。もっとやってみないか?」 


 歯噛みして黙りこくるの男に更に追撃する。

「今の魔法をぜひ教えてくれ! どこのミツバチから習ったんだ?」


 脱ぎ捨てた靴下もひっくり返らないほどの圧力で首に「チクリ」って。 

 掛け値なしの無能魔法だ!

 実に素晴らしい!!


「じじいのくしゃみの方がまだ効くなぁ? 小便をするにはパンツを下すだけの力が必要だってお前の師匠は教えてくれなかったのか? どうしてそれほど『きりっ』とした顔でそんな魔法をうてるんだ?」


 俺は今、救われた。名も知らぬこの無礼な殺し屋に、少しだけ同情さえしている。

 ビビって損した。なんという、すさまじい見掛け倒し。 

 


「くっ! 貴様いったい何者だぁあああ!?」


 なにもの? 通りすがりのヤキイモだよ! ノドまで出かかった言葉を意地で押しとどめる。 

「ぐぬぬ」

 てめぇ嫌な事思い出させやがって。



 ずうううううううん


 再び地下のこの部屋まで振動が伝わった。今度の爆発音はずいぶん近いところだ。



 まぁいい時間切れだ。 

 少なくとも俺の魔法は見せられない。特にこいつには絶対。 

 せっかくの魔法ランキングに疑義がでてしまう。

 貴重な魔法界ダントツ最下位の逸材は、大事に見守りたい。

 そして彼のような人間が可能なら増えてほしい。 


「絡んだ相手が悪かったな。次から気を付けるように。――教育的指導だ」

 

 俺は、棒立ち男の指輪だらけの手から無理やり杖を取り上げ、部屋の隅に投げ捨てると、雑に襟首をつかみ、右拳を握りこむ。 

 

 驚愕の表情で「ひい」と黒衣の魔法使い。 


 隙だらけの魔術青年の顔面にいっぱつ見舞おう。それでチャラ。

 彼には是非長生きしていただきた――。



 ガアアアアアアン!!!!!!



 横からすさまじい破壊音がした! 

 唐突に何かが吹き飛んできて、すさまじい風圧を感じ俺はとっさに目をつむる。 


「なんじゃあああああああああ!?」

 俺の手の中に残ったのは、青年のマントの切れ端。


「……嘘だろ」


 書棚が破壊され積もった塵がモクモクと舞う。 


 そしてその向こうに壁にめり込んだ鉄扉。確実にこれが飛んできたんだろう。 

 扉はねじれて曲がり、人一人分だけ不自然に『もっこり』し、床に敷かれた絨毯の上、にわかに血だまりが広がっていく。


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?


「ぼくのらいばるうううううううううううううううううううううう!!!!!!!」



「君!! 無事かね!?」

 慌てて駆け寄り呼びかけたが返事が無い!

 鉄扉は壁にめり込んでいて隙間はほぼ無かった。絶対に助からない。

「ぺぺぺぺぺったんこ」と、みっちゃんが横から静かに一言。


「……うそだろ」 


 足音がして振り返る。


 そこにいたのは全身黒のゴブリンだった。目がらんらんと金色に輝き、黒いもやを背負っている。

 ゴブリンは歩みに合わせて全身から青い血を噴き出しながら、荒い息を吐き近づいてきた。


「てめえか」

 どっから湧いて出たんだか知らねえが、やっちゃあいけない事をした。


「糞ゴブリン風情が、貴重な貴重な、世界が用意してくれた俺のおチビちゃんを!!」


 大事な大事な可愛いかませ犬を!!! 


 ほんとに何てことしやがる。

 アホしかいないのかこの世界は!? 


 自分の名前も忘れるポンコツエルフに、人殺しを宣言した挙句、勝手にあったまって消えたおじさんと、その友人のシンプルなフル〇ン親父。

 宇宙一見掛け倒しの魔法せんべいに、天地自然の賜物の価値をしらない糞ゴブリン。


 わずかの間に邂逅した現地人が5の5でバカ。


 無能なちょろちょろ魔法を操るヤキイモ人間と、明らかななりすましの貧乏神に、一世一代の晴れの日に床で居眠りをこくマヌケを合わせれば、8の8でどうしようもねえ馬鹿。 


 すさまじい怒りが沸いてくる。

 何に怒っているかって? ゴブリンにだ!


「ギュオオオオオオ!!!」

 漆黒のゴブリンが吠えながら飛び掛かってきたが、俺は怒りに任せてこぶしを握り、そのまま無造作に胸の辺りをぶんなぐる。


「オラアアアアアアア!!!!」

バコーン


 ゴブリンは冗談みたいに飛んで行き、近場の壁に跳ね返った後、勢いをそのままに俺の真横をかすめると、魔術師の収まった鉄扉に重なるようにぶち当って、それきりピクリとも動かず沈黙した。


「ふえ?」 

 ……なんだぁこの力?


 俺は仰向けになって扉にへばりつくゴブリンの体にゆっくり近づいた。


 胸の真ん中に陥没したこぶしの後を残し、息絶えている。

 よくみると首の骨が折れてる。


 なんだこの勁力は? 

 肘から先が抜けたように「ノビ」た。ふくらはぎと地面がつながったように拳に力が乗った。 

 敵の背中を抜けた力がどうやって首の骨を砕いたんだ? 壁にあたって折れたようには見えなかったが。


「あれ……なんだこれ?」

 今の今まで気付かなかったが、ゴブリンの首にも黒い首輪が嵌められていた。


「……?」この施設で飼われているペットだったのだろうか。


 ふむ。


 ぼんやりと視線を送った先。

 ふと目の前にあった大きな姿見に映る自分の顔を見て――。

「……へ? 誰これ」




 鏡の中に美しい青年がいた。






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