第28話 暴力に全振りの人生。 下



「――そもそも何だと思ってたんだ?」

 ひとしきり騒いだ後で、今度はボスコが俺に問う。



「異界保安局の保安官。それが俺達なんだろ? そんでトップが聖山。それは聞いたけど」 


 もはや、これはいい機会なんだ。と開き直ってはいた。

 この際、まとめて聞いちまおう。


「犯罪捜査とか治安維持は、領主が騎士使ってやってるみたいだし?」

 確か俺達は『シェリフじゃ無い』とだけ聞き及んではいた。


「まぁ西部はともかく、ここらあたりなら俺たちの出番はほとんどないな」

 と認めたボスコ。


「やることが手配書に載ってるモンスター狩りだの、マンハントだの、結局冒険者と何が違うんだろう? ってずっと疑問だったんだよ」


 当然、とばかりにボスコが応じる。

「意義だ。俺たちはあくまでもこの世の安寧のために活動してる」

 

 

 まーた抽象的な話だな。

「はぁ? ……具体的には?」


 どっから話したもんかな、と言い頭を掻くボスコ。

「まぁ、大陸の北の果てにある聖山が――」


 出たよ聖山。そらぁ聖山っていうからには山なんだろうが、俺は何も場所を尋ねてるわけじゃねえ。



 不満顔に気づいたボスコが言い直す。

「……あぁ、聖山ってのは、人の世の始まりからある世界の守護をつかさどる機関だ。聖なる山にそれがあるから聖山って呼ばれてる。建前上は、あらゆる国家や宗教の上にある最高権威って訳だ」


 山が機関? で建前の最高? 


 神祀ってるのに教会とも別なのか?


「……? 教会のトップって訳でもないの?」


「簡単にいったら権威と権力が分かれてるのよ」


 レジーナの簡潔な説明を受けて……、ますます分からん。



「……俺達保安官は? 何すんの?」


「『聖山は権力を持たない』その例外の一つが異界保安局だ。聖山の守護者が巫女をほっぽり出して結界からノコノコ出てきて直接動く、なんてことは無いからな」


 ふむ。


「『世界にある危機や脅威の排除を行うこと』それは本来ヒト全ての責務だ。当然統治者がその責にある。だが、その役割を忘れて勝手するのがヒトの歴史ってもんだ。

 聖山はすべての利害から離れて、世界そのものを守ってるんだ。まぁ簡単に言えば、俺たちはその孫請けみたいなもんだ」

 

 世界平和の孫請け?


「たまに訳の分からん寝言みたいな指示も来るがそれは立派な宣託だ。無視はできん。だが今回については特別ややこしい。オメガ? 何なんだか見当もつかんが、何もしない訳にもいかんしなぁ」



 神なんてのはどいつもこいつも一方的に訳の分からん事を、ほざくものなのかも知れない。

「……普段とまた違う指示ってこと?」



「……そうだな。普通は中部統括から指令が来るんだが、そこをすっ飛ばして、注釈無しの原文がいきなりってのはまぁ……」

 前例が無いな、とボスコ。



 酔っぱらった神の、胡乱うろんなる指示。


「じゃぁこれからどうすんの?」


「まぁ本部の翻訳待ちだな。具体的な指示があるまで動きようがねぇ――」

 お手上げ、とボスコ。


「もたもたしてミトラの委員会ムトゥワの介入でもあったらどうするのよ?」

 腕組みしたままレジーナが言う。


「それは考えてもしょうがねえだろ」


「貰った初日にカムコードもぶっ壊して、お次は聖山の指示を無視なんて! 査定が下がったら今度こそマズイのよ!?」


「それはおめえが――」

 



 またしても始まった二人の小競り合い。


 それを横目に考えるフリをする俺、の図。


「…………」


 ちんぷんかんぷんでいたら隣のタヌキがこちらを見上げ、

「まあなんや分からん事があったら俺が教えたる」

 ここへきて胸を張るタヌキ。



「あぁ。……ありがとな」


 タヌキの手も借りたい程の知識力。



 ◇◇



 さて、報告会。


 レジーナが村での証言を簡潔にまとめて披露した。


 医師の証言と、薬師の証言。


「黒い箱馬車に、日記ねぇ……」

 なんとも曖昧な話だなと、ボスコがこぼす。



 そして次に語られたのは、タヌキの冒険譚。

 

 誇張されてはいたが、概ね事実に即してはいた。

 

 斧持った野盗と、その後現れた二人組のゴロツキに荷物を全て奪われた。

 

 その後に俺に拾われ、今ココ。


 

 タヌキが語り終えるのを待って、俺は思い出した名を告げた。


「――リカード。あの斧持ちは、確かそんな名前だったな」

 燃えたアホの魔術師がそんな風に呼んでた、はず。


「あァん? アクセルも会ったのか?」と、ボスコ。


「例の施設で揉めた相手の一人だよ。そいつが逃げた先で、モイモイを襲ったんだろうな」


 はァ!? なんでそこで仕留めてくれんかったんや!? と、騒ぐタヌキをそれぞれ無視して、

「……もしかしてこいつか?」

 机の上の手配書の束から、一枚引っ張り出してボスコがそれを掲げて見せた。



 ≪破城のリカード≫と書かれた手配書。


 そこに描かれていたのは、斧を掲げた半裸のアホ姿。顔だちも言われてみれば似て見える。

 エンジェルアックスという名の大斧を持ってるそうだ。

 

 ネーミングも実にアホっぽい。

 

 俺の代わりにタヌキが吠えた。

「こいつや! 間違いない! 俺のドンキーちゃんを盗んだ悪党やぁ」



 こんなのが二人もいるとは思えんし、たぶんそうなんだろうな。


「大物が出てきたな」とボスコが独り言のようにこぼすのを興味深く聞いた。



 はて? の意味だろう――?



 ◇◇

 


 じゃぁ最後は俺だな。そう言ってボスコが語りだす。


 なんでも昨日から不在だったボスコは、ボルドーとイリオスのパイプ全てを使って、情報を集めていたんだとか。


「例のアクセルが捕まってた施設についてだが、あの場所はもともと岩塩の採掘所だったようだ。所有者はボルドー領主。もっとも、塩が鉱物で汚染されてて使い物にならなかったんで、試掘したきり長い間放置されてたそうだ」


 放置? そんな風には見えなかったが。

「……」

 俺は黙って続きを聞いた。 


「現在、管理を任されてるのは、アドゥナン・カソギが代表を務める≪カソギ商会≫。廃棄物の処理場として使ってたんだが、10年前に火災が起きてそのまま施設は封鎖された。以後も定期的に見回っていたらしい。ダンジョン化については、そんな事実は無いと言い張ってる」


 へぇ。すでに聞き取り調査をしてたのか。


「ある日突然ダンジョンが出現するなんてのは、それほど珍しくも無い話だ。だが、『人が建てた施設内で、隣の部屋がいきなりダンジョンになりました』なんて聞いたことが無い。それに、地下に1層しかないダンジョンで、ボスが金眼のゴブリン? ダンジョンコアが深層級? お前らが証人じゃなかったら、笑って無視しただろうな」


「他にもいくつか人が住んでそうな施設があったはずよ」

 とレジーナ。


「実際、現地にいくつかの焼け焦げた小屋の跡はあったが、お前たちが見たっていうダンジョンらしき建物は、影も形も無くなってた。カソギ商会の回答は『そもそもそんな建物は無い』だとよ」



 記録にも無い建物。


 カソギ商会は、出火については認めた上で、一連の出来事を『こちらは施設を野盗に一時的なねぐらにされ、付け火をされた被害者だ』と、のたまっているんだとか。


「現状じゃぁ、まともな証拠を示せないんで、あまり強くもでれん」


「でも人払いの魔道具があったはずじゃない?」

 あれはどうなのよ? とレジーナ。


「そっちについて現状分かったことは、一切の刻印も、届け出も無いって事と、魔道回路のクセから帝国からの出回りの品かもしれないって事だ」

 

 ふむ。


 高価な魔道具まで仕入れて森の中で、いったい何をやっていたのやら。

 そんな場にいたのが、奴隷の俺とみっちゃん。


 魔導士が二人に、斧兵と、ごろつき、あとそれから――。

「あれ? 結局あの場で戦ってた第三勢力はなんだったんだ? レジーナの他に暴れてた人がいたはずだけど……」

 

 そうだ。確かボカン、ボカンと派手な音が鳴ってたんだっけ。


 険しい表情のボスコが答える。 

「……わからん。だが、今思ったんだが聖山の指示と、ダンジョン騒動はもしかしたら無関係じゃないのかも知れんな」


「ふーん。確証でもあるの?」と、レジーナ。


「俺はお前らが見たのは、人造ダンジョンなんじゃないかと疑ってる」


「……どう証明するのよ?」


「まぁ、例の紫の巨大魔石が、どこから持ち込まれたのかが分かれば話は簡単なんだがな」


「ボルドー領主には協力を要請できないの?」


 ふん。と鼻を鳴らすボスコ。

「やつらは、失態の火消しで、今それどころじゃねぇからな。そこら中でなりふり構わず検問しやがって、この街の騎士とも散々揉めてる最中だ」


 トーマスの件で、面子をペッタンコにされた哀れな領主――。

「あれ? 領主は怪我したんだろ?」


「怪我の程度は公表されてねぇんだが、今は長男が代行として振舞ってる。十年祭も直近に控えてて尻に火がついてるからなぁ……。伝令と称して、この街でも馬ァ走らせやがったみたいで、危うく人死にが出る所だったって騎士がキレてたよ」



 ……それ、この前見たかも。


 ふむ。


 紫の巨大魔石はサラッサラになって消えた。

 ゴブリンの魔石は放置しちまったし、証人の類は軒並み燃えたか、地面の下。


 唯一の手柄は、レジーナが回収した人払いの魔道具。どうやらあれは国外から持ち込まれた代物らしい。

 他に証拠と呼べるものは特になし。


 生き証人は俺とレジーナ、



 あ。



 みっちゃん!



◇◇



「それじゃぁ頼んだぞ」




 結局、ボスコとレジーナは、神託の翻訳を待ってから動くと決まった。

 おおまかな方針ではあるが、二人はダンジョン跡の調査に加えて、直接ボルドーに乗り込んで、証拠集めを担当すると。


 そして俺とタヌキが二人。

 

 みっちゃん探しに、トーマス探し。タヌキの失せ物を取り返す事と、ついでにリカードをとっちめる。


 ここから先は、手がかりも何も無い、行き当たりばったりの捜査。

 それもバディはレジーナじゃなくタヌキ。


 半端じゃない不服。

 俺とタヌキの二人旅。


 くうう。




「あぁそれから――」 

 急に何かを思い出した様子のボスコ。


 あん?


「お前が持ち込んだ壺だけどな。知り合いに相談したら、あれを今度王都で開催されるオークションにかけてやるって」


 お!

「そんなに価値があるの!?」


「それは知らん。魔術品には違いないんだが、鑑定も向こうでまとめてやってくれるそうだ」

 換金まで時間がかかるが我慢してくれ。と、ボスコ。 



 おおお。素晴らしい。


「おっけー。よろしく」


 二足三文で売るよりよっぽどいい。



「こっちのことは万事任せとけ!」


 財布が膨らめば気分も膨らむ。のが文化人。



◇◇



 そして迎えた二人旅。


「ワシは森林探索のスペシャリストや! まかせとき」と、強弁をするタヌキ。


 こいつ一本で戦力になるとは到底思えない。

「ほんとかよ?」 

 迷子の糞もらしは、一人と呼ばず一本と呼ぶんだ。


 


 その後も、「先に装備の買い出しと腹ごしらえや!」「財布貸してくれ! 俺がもろもろ交渉したる」と、息巻き勝手に話を進めるタヌキに、俺はかねてから考えていた事を伝えた。


「――モイモイが言ってた二人組。実は心当たりがあるんだ」


 え? と振り向くタヌキ。


「ボルドー領主に任命されたパトロールだと名乗って、追いはぎまがいの検問してたやつらがそうかも知れん」


 まだ森をうろついて検問でもしてたらチャンスだな。


「えぇ……? 相手はおかみってことか? ぜんぜんアカンやん……。そしたら、どないして取り戻すのん?」と、急にイモ引くモイモイ。



 俺たちも正義の味方なんだろ? だったらまあ――

「さあ? 今なら剣もあるし?」


 見つけちまえば何とでもなるだろ。 



「…………」

 口をすぼめ眉根を寄せるタヌキが、再びそこに居た。



 ん?



「それはもう暴力に全振りの人生やん?」




 ……やかましい。




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いもてん!~異界保安官アクセルは、山盛りの糞を抱えて西へ飛ぶ!~ すちーぶんそん @stevenson2

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