第27話 暴力に全振りの人生。 上



 

「おう。来たな」

 奥のオーク机にいたボスコが、広げた資料から視線を上げて俺を迎えた。 


 白髪混じりの刈り込んだ頭に、伸びた顎髭あごひげ。丸一日ぶりに会った、事務所のボスだが、今日は何だか草臥くたびれているように見えた。


 くすんだ窓越しに差し込む朝の日を背中に受ける大男の、後ろめたい程にシワのよったシャツ姿がそんな印象を生んだのかもしれない。



 おはよう。と挨拶した俺に、ソファーに座ったまま、ヒラヒラと手をあげ答えたレジーナ。そして、その斜め向かいで、くつろぐタヌキの姿。 


 どうやら俺が最後だったらしい。


 タヌキの隣が空いていたので、いそいそと腰掛ける俺。


 各々が持ち寄った情報を基に、今後の方針をここで話し合う、狭い事務所に3人と1匹での会合。


「さて、はじめるか」


 都合四つの頭で考える議題は、なんとも意外なものだった――。




「先に俺から話がある」

 難しい顔をしたボスコが口火を切った。


 たっぷり間を置いた後で、

「スペルグラフにメッセージが入ってた。今朝の話だ」


「え?」と、聞き直すレジーナ。

 

「……聖山から神託が来ちまった」

 机の一点を見つめるボスコは、半分掠れた声でそう言った。



「…………え?」

 あんぐりと口を開け、わずかに左の肩が落ちるレジーナ。


「……」

 神託? 実に大仰な響きだ。

 それにスペルグラフって何だろう? 遠隔通信技術でもあるんだろうか?


 ふむ。


 考える俺の隣で、タヌキは我関せずといった態度で、チョッキからはみ出た腹の、毛繕いをしていた。



 ようやく何かを理解したらしいレジーナが、いきなり身を乗り出してボスコに詰め寄った。

「それで!? 指示の内容は!?」 


 ゆっくりと言葉を区切って、ボスコが言う。

「『オメガを確保し、セレマを阻止せよ』だ」



「……」


 なんのこっちゃ? 完全に置いてきぼりの俺。


 続く言葉をしばらく待ったが、それっきり。

 


「……は? オメガに魔術儀式セレマ? それだけ? いつ、どこで、誰が、何するっていうのよ?」


「さっぱり分からん……。今問い合わせてる所だ」

 お手上げと天井を仰ぐボスコ。


「……」

 俺は、やりとりする二人を横目に、それら指示を出したという『神』について考えていた。


 神託ねぇ……。

 俺の良く知るがコミュニケーションの相手なら、どんなにか素晴らしいことだろう。神との対話……か。


 男の一丁目一番地にポッケをこさえた、その覚悟について、俺はあいつと話がしてみたい。当然、顎の先に神滅を突き付けて、長い話を。


「……ふむ」


 だが、語り口調から察するに十中八九、別神べつじんだろうな。

 あの糞神なら、こんな回りくどい指示など、しっこ無い――。


 

 俺は黙り込んだボスコに尋ねた。

「どっかでサバトでもあるの?」


 肩をすくめたボスコが、ぼやく。

「フン。まったく分からん。こうなるとメッセンジャーの届け物の中身が気になるな……」


「……」

 自然と3人の視線が、退屈そうにあくびをしていたタヌキに集まった。


「……ふえ?」


 あくびを飲み込み、きょろきょろと顔色を窺うタヌキ。

「いやいやいやいや、俺は被害者ですやん? それにメッセージは今朝来とったんやろ? だったらええのん違うん?」


 なーにを他人事みたいに振る舞っとるんじゃ。


 腕組みしたレジーナが、にじり寄る。

「あんたが運んでた荷物が同じ内容とは限らないでしょ」


 確かに。言われてみれば当然の話だ。


「知らんよ~。荒事やったら執行者なり審問官が行くやん。ワシ単なる使者やで? メッセンジャーのタヌキやで?」


「そもそも手紙だったと言い切れんだろ?」と、ボスコ。 


「めちゃめちゃ軽かってん。あれは手紙とかそんなんやって」

 やーねぇ、と、おばさん臭い仕草で切り抜けようとするタヌキ。

 

 当然、レジーナは逃がさない。

「ヘマして無二の品を失って、盗られたものがそもそも何だか分からない。聖山に何て報告すべきなのかしらね?」 


「ええぇ……」

 ここに味方がいないことにようやく気付いたタヌキ。旗色が悪くなった途端に今度は神の文句を言い出した。


「神さんも失くしたらアカンねやったら加護くれなアカンわ。それに、奪ったあの追いはぎ共に天罰くれたらな示しがつかんでぇ」

 そうは思わんかぁアクセル? と揉み手ですり寄ってくるタヌキ。


「……」

 なんだそりゃ。お前も少しは反省しろ。



 ふざけたタヌキを無視して、俺はボスコに聞いてみた。

「話の腰を折って悪いんだけど、いいか?」


「なんだ?」とボスコ。



 それは、ずーーっと気になっていた問い。


「そろそろって何か教えてよ」


 なるべく軽い調子で投げたつもりの質問だった。

 この際聞いておきたかった。

 のに。




「……え?」

 まるで串打ちされた川魚の様な呆れ顔で、俺を見るヒゲ男。


 一瞬遅れてゆっくりと首をかしげ、俺の言葉を反芻する。


 それは、とんでもない呆け面。

 その顔は、成人男性が1日の内に浴びて良い量の、豆鉄砲では到底なかった。



 急に、ホホが、熱ひ。 

 

「…………」

 

 針のむしろたぁこの事だ。

 


 そしてタヌキが一言。

「どないやねん」



 混乱から立ち直ったボスコは、信じられないといった表情で、

「……お前。記憶喪失ってのはホントだったんだな」と呟く。



「だから最初からそう言ってるだろ!」

 

 この世に生まれ出でて3日目。


 俺の無知はとどまる事を知らず。と、だけ知る人生。



「そういえばあなたに説明してなかったわねぇ」とレジーナ。

 謙虚で質実剛健な俺は、彼女の顔を振り向いて見ることができなかった。




 そして、にわかに揉めだす二人。


「聖山も教えずに、保安官補に任命したのか?」と見識を問うレジーナと、「簡単な常識については説明済みだと思ってた」と、返すボスコ。


「それじゃぁ、事務所で男二人で一体何を話してたのよ?」

「え? いやぁ……色々だ色々」


「移動時間があれだけあったんだから、お前の口から教えてやればよかったろ」

「しょうがないでしょ。あたしはいつも寝てたんだから――」



 俺の頭越しになじり合う二人をよそに、隣のタヌキが不思議な物でも見る顔でささやいた。

「なんやぁ、自分記憶無いんか?」


「……あぁ。記憶喪失なんだ」

 まぁ、そういうことになっとるんだ。複雑な事情が在りけりで。


 安心したとばかりに、はぁ、とうなずき、

「そういうことかぁ。俺はてっきり……」

 そして、言い淀むタヌキ。 


 む?

「……なんだよ?」



「なーんも知らんと、暴力全振りの人生を過ごしてきたんか? 思うて悲しいなったわ」

 そして口をすぼめて眉根を寄せるタヌキ。



「――ッ!?」



 タヌキに哀れまれた。



「んな訳あるか!」

 

 俺のどこを見てそんな失礼な妄想が生じたんだ!?


 俺は、若く、爽やかで、顔中の傷も火傷跡も無い、毎朝ばっちり鼻毛を整えるほど身なりに気を遣える文化人だ!


 淑女に優しく、暴を憎み、和を尊ぶ文化人だ!!


 ちょっとお腹にポッケを生やしただけの、どこにでもいる文化人だ!!!




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