第14話 異界保安官補アクセル 下
「――ダンジョンが崩壊した件で心当たりはあるか?」
ボスコが顎の古傷をなでながら、俺に問う。
やはり聞き間違いで無く、あの場はダンジョンであったようだ。
「いや。なーんにもしてないですよ。急になんかゴゴゴって部屋が揺れて」
今思い返してみても、あの紫の魔石は惜しいことをした。あれさえあれば、孫の代まで遊んで暮らせたのではなかろうか。
「そうか。まぁだいたい分かった。それで君は何しに来たんだ?」
「いや実はですね。記憶もないし金も無いしで困ってて」
「あら? 冒険者になるんじゃなかったの?」と、横からレジーナ。
「登録だけはしたんだけど、あんまりその……。気が変わったと言いますか」
ギルドとは縁が無かった。それ以上に言葉が無い。
「何っ!? お前冒険者として金取りに来たんじゃないのか!?」
「へ? ……金? 金もらえるんですか?」
「いやいやいやいや。そうじゃない。金が欲しいのかなって、なんとなく思っただけだ。そうか、君は冒険者じゃなかったのか。ははははは」
「いや、何? 明らかに今なんか隠しただろ」
急にゴキゲンになったボスコはダハハハと笑い、まくしたてた。
「冒険者なんて禄なもんじゃねえ! 危険に見合うだけの報酬はない。ギルドの小間使いして、貴族に頭を下げて。果ては、墓の下だか、体の一部を失っての引退だ。そうか、冒険者じゃなかったのか……。君も若いのにずいぶん見どころがあるなぁ!? どうやら俺は、君のことを誤解してたようだ」
にっこり笑う髭面。
「暇ならここを手伝ってみるってのはどうだ?」
装備も貸し出すし、なにより稼ぎ放題だぞ、とギラギラした顔でささやくボスコ。
「ちなみにあなたが倒した赤熊はCクラス。ゴブリンはAクラスね」と、レジーナ。
「え!? ゴブリンってそんなに高いの!?」
「あ……あぁ。うちはその、……逆なんだ! Aはアマチュア。Bはビギナー。Cはコモンってな風にな!」ボスコが素早く訂正した。
「手配書の討伐ランクなんてただの数字だ! 指標にすぎねぇんだよ。パン屋の親父でも王を殺せば高くなるし、魔神だろうが静かに海の底で寝てるだけならたいした評価にならんだろ? 実際の難易度とは別だ」
饒舌なボスコ。
そりゃそうか……。ゴブリン程度で大金払ってたら、今頃町は、犬小屋の屋根まで黄金で出来てるはずだ。
「すまんレジーナ。ちょっとアクセルと二人にしてくれるか」
ん?
レジーナが扉を出ていくなり、ボスコは棚からウイスキーの瓶を取り出すと、コップにも注がずにグイっとあおった。
「やるか?」と聞かれたが、俺は黙って首を振る。
そしてボスコと二人きり。
なんとなく気まずくなって、俺は机の上にあった分厚い手配書の束を手に取った。どうやら近隣の犯罪者に限らず、特定のモンスターの類にも懸賞金がかけられているようだ。
ボスコが切り出した。
「今は二人だが、お前が来れば三人になる」
簡単な足し算だ。
もとより食い扶持を探して訪れたわけだが、俺には俺の目的がある。聞いてるかぎり、ここと冒険者ギルドで具体的に何が違うかイメージできないし、なにより動きを縛られたくはないんだが。
「どうだ? 正式に保安官補としてウチで働いてみないか?」
いっそ異能について打ち明けようか。不意にそんな考えが浮かんだ。
この厄介な異能の消し方について、ボスコの知恵を借りてみたくはある。
「…………」
いや、不用意にさらせば我が身の危険どころか、田舎芝居の演目にもされかねん。
タイトルは、さしずめ『ヤキイモはいらないと追放されたヤキイモが魔王に史上最弱魔法を打ち込みヤキイモになった件』だろうか。
「お前が仕留めたゴブリンでも、魔石さえ持ってくれば、俺は報酬を銀で払ったんだがな」
ほう。
それは確かに魅力的な仕事だ。パンチ一発で実際いくらになるかは知らねえが、効率だけは素晴らしい。
「オホンっ! ……これは独り言なんだがなぁ。どこかにレジーナの身を守ってやれる伊達男がいないもんかなァ!!?」
ん?
「あの娘がこの街に来て2週間。いまだ腕の立つバディも見繕えてやれてなくてなぁ……。ホントに情けない話だ」
あれ?
「あいつもさぞかし心細いだろう。そんな時、ハンサムな若者が傍でサポートしてやれば、レジーナは大そう感謝すると思うんだがなァ!!」
ゴクリ。
「あぁーあー!! どこかに、金眼を殴り殺せるくらい、強くて有望な若者はいないかねぇえーー!!?」
ムクムク。
「レジーナと組めば、夜通し二人っきりで捜査にあたることもあるだろう! これから夏に向けて薄着「やりまーす」」
口が、勝手に。
「ほう!? やってくれるか?」
「保安官補やりますぅ」
腹が、決まった。
「契約金だ」と、ボスコは引き出しからズッシリ重い財布を投げて寄こした。
「おお! 話が分かるボスでこっちも嬉しいです」
「まぁ仕事だけはいくらでもあるからな。気が向いた時に、働いてくれればそれでいい。知っての通り、うちはトップが聖山だからな、大概の事は融通利くぞ。」
その聖山ってなんだと言いかけ、たまたまテーブルの上で開いていた、手配書のページを見て時が止まった。
「……え」
「新人のアクセルには主にAクラスを担当してもらう。北の森のカース・スプルース・フォレストドラゴンっていうのはどうだ? なあに、おもちゃ屋のオヤジがつけたようなご立派な名前だが、ただのトカゲだ。サイズは多少デカいがいい金になるぞ?」
……何だ? ……この手配書は?
「それともこいつはどうだ? パフェ屋のおばはんがつけたみたいな名前だが、これもまぁAクラスの―― 君なら――」
話の一割も聞いてなかった。
「あの……」
表情を取り繕うのに大変な労力が必要だった。
「アクセル? ……どうしたんだ?」
「こいつは、何です?」
俺には、その手配書の賞金首が信じられない。
「なんだ、そいつに興味あるか? そいつもAクラスだが追うのはやめた方がいい。 隣町の領主の騎士団が直々に追いかけてるし、他の町からも賞金稼ぎが集まって来てる。ライバルは多いぞ?」
騎士団が追ってるだって?
「彼は、……何をやったんですか?」
「そいつは、今話題の逃走犯だな。なんでも二月前に、カチンの森で倒れてたところを保護されたらしい。それがどういう訳だか、王都で引き取るってことでボルドー領主の館の離れで移送を控えていたんだがなぁ。その前日に領主を襲って脱走したらしい。つい1週間前の出来事だ」
ボルドー? どこかで聞いたな。
「そのボルドーって街はどこにあるの?」
「お前がいたのがカチンの森だろ。そこを挟んだ隣の街だ」
手元の手配書には多額の懸賞金。
「金貨50枚ですか……」
書かれていたのは、手書きの似顔絵。
外見の特徴:顔中に巻かれた包帯。
「名前はトーマスで間違い無いんですよね?」
「いや、保護された時に自分の名前も憶えてなかったらしく、そこで医師が付けた仮の名前だそうだ」
突然、心臓の鼓動がやかましい。
「名前も……不明?」
外見の特徴:隻腕、左腕が肘の先から無い。
「こいつに、しようと思います」
「そうか? まぁ好きにしてくれ」
年齢二十から三十代。腹部に傷跡。
顔に巻かれた包帯の中は、傷とヤケドに覆われており、元の人相は不明――。
…………こいつ、ワシじゃね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます