第13話 異界保安官補アクセル 上
『困ったらいつでも尋ねて来てね』馬車でレジーナに言われた一言だ。
あの時笑顔で別れた俺が、まさか小一時間で訪れるとは、彼女は思いもしないだろう。
盗んだ壺を担保にレジーナから借りた金は、冒険者の登録料金で消えた。本来なら今ごろ依頼をこなし、その報酬で、せめて着替えと寝るとこくらい確保していたはずなのに。
その後アホにからまれたあげく、飯も食いそびれた。
「……ここだよな」
そして今俺は、『異界保安局』と看板に書かれた、真四角の白い建物の入り口にいた。
「すいませーん」
想像した立派な建物とはまったく違う、簡素な古い石造りの2階建て。
「入っていいのかな?」
カランカランとドアベルを鳴らし、中をのぞいて見たが誰もいない。
本来受付が座るべき長テーブルのカウンターに、張り紙が一枚。『御用の方は2階へ』と書かれていた。
細い手すりの、急な階段を上がり、人の気配を辿って奥のドアに行きついた。
突然部屋の中から、野太い声が聞こえた。
「――無くしたァ!? あれがいくらしたと思ってんだ!!」
……何やら揉めてるみたいだが。
「すいませーん」
俺は控えめにノックをして顔だけ部屋に突っ込んだ。
手前には、ソファーに腰かけたレジーナの後ろ姿が見えた。
そして、その奥。茶色いオーク机の席に腰かけた、ガタイのいい男が、馬泥棒にあったかのような顔で天を仰いでいた。
白髪混じりの短い頭髪に、長いもみあげ。顎髭の下の一文字の古傷。
今にも泣きそうな顔をした、そのおっさんと目が合った。
「……? レジーナ、お前の客か?」
白シャツに茶色いベスト。保安官と言うよりマフィアか、と言う程男の人相は悪い。
レジーナが立ち上がり振り返った。
「あら、どうしたのよ?」
「……やあ。……お取込み中なら出直すけど?」
何やら愁嘆場に押しかけちまったようだ。
「誰だ?」と、おっさん。
いったいお前は『誰だ』
その2文字は、俺自身、心の底から知りたい『問い』である。あまりに芯を喰った質問を浴びて、事前に考えていたあれこれが吹っ飛んだ。
「…………」
そんな逡巡を察してか、俺が口を開くより早く、レジーナが紹介してくれた。
「私が現場で会った男の子よ。彼はアクセル。ちょうど今からあなたの事を話すところだったの」
本人が来たなら話が早くて助かった、とレジーナ。
俺はかろうじて名を名乗ることでお茶を濁す。
「はい、アクセルです。よろしく」
そしてレジーナと並んでソファーに腰掛ける。
◇◇
レジーナの口から語られた顛末。
早朝に、たまたま別件の捜査で近くを通りかかったレジーナが、鳥が奇妙な動きで飛んでいたのを不思議に思い、森に分け入ってみると、人払いの結解を生成する魔道具を発見したんだそうだ。
進んで行くとそこは放棄された鉱山跡地。
そして首輪の鍵を探した例の建物にて、そこに居た男達に素性を質すと、レジーナは急に襲われたんだとか。そうして切った張ったをやった挙句、建物に深く侵入。
建物の地下でダンジョン化を確認し、撤退を決めたところでいきなりどこかから現れたゴブリンに襲われ、戦闘になった、とのこと。
「それでアクセルがそこにいたのか?」
男はボスコと名乗った。レジーナの上司で、色黒の肌に熊髭。大柄なガタイの保安官。
「あの鉱山で捕まってたらしいのよ。たまたま現場であたしの危機を救ってくれたってわけ」
ここから先は、あなたのほうが詳しいわね、とレジーナ。
俺はそこから引き継いで、
「確かに倒れていたレジーナを担いで逃げました。記憶が無くてですね。他はいまいち思い出せないんですよ」
「ん? ……それじゃぁ、お前はそこで働いてた一味かもしれないってことか?」
試すような笑みを浮かべたボスコ。彼自身自分の言葉を信じている様子は無さそうだが、こっちは気が気じゃない。
「いやいや! もちろん違いますよ。あなたのとこのお嬢さんをね、助けたといいますか。そこを信頼していただいて」
「これまで犯罪行為はしてこなかったのか?」
「はい。え? いやぁ……あれ犯罪になるのかなぁ?」
ひと暴れした記憶がチラついて言葉が濁る。
「む? この場で全て話してくれ」
さて、何と言っていいものか。
「急に目が覚めまして、なんか奴隷? にされてたんですよ」
「犯罪奴隷か?」
「いや、違うと思いますよ。少なくとも心当たりは無いです。あぁそういえば、奴隷の女の子もいました! すごくいい子で。彼女と一緒にレジーナを助けたんです」
みっちゃんがこの場にいてくれれば、身の証を立てられるが、あいにくあの娘はどこを探してもいなくなっていた。
「いや実はですね? そのみっちゃんっていう奴隷の女の子を連れて逃げるときに、武器持った賊に襲われまして。それで、かけちがえじゃないですけど……」
男に目顔で促され、言葉を選び事実のみを伝える。
「はっきり言うと『殺すぞ』って脅されて、あぁ殺しにくるのか。じゃあ、あっためようかって」
「あっためる?」
「魔法ですね。その脅してきた相手を、こう……あっためたわけですね」
それ以上の説明はしたくない。舌が腐る思いだ。
「お前魔法が使えるのか?」
「いや。今は出ないですよ。そんときは必死だったんで、天の助けって言うんでうしょうか? どんな魔法だったか覚えてすら無いですね。だからもう二度と出ないですよね」
俺は天下無二のZ様。魔法の類に関わる気はない。
「それでその後は、首輪の鍵探してたら急にゴブリンが来て――」
「金眼の深淵種だったわ。彼が始末したそうよ」レジーナが補足する。
「なにィ!? お前がそいつを……殺したのか!?」
いきなり人相が悪くなるボスコ。
「いや奴らの飼ってたゴブリン殺すのはだいじょぶでしょ!? さすがに!? 第一奴は人殺してましたから! 結果論それでおたくのお嬢さんを助けたんですし」
他人のペットの趣味に文句は言わんが、相手は犯罪者どもが飼ってたゴブリン。あれを罪だと言われたらたまらん。
「っ!? 金目を飼ってたァ!!?」
「首輪してたんですよあのゴブリン。……別にだいじょぶですよね?」
「はぁ!? くび……まぁそいつは罪にならんが……」
うんうん、よかった。
「それでお前、いったいどうやって仕留めたんだ?」
「暴れてどうしようもないんで、注意しようとしてゴブリンをひっぱたいたら、ふらふらふらーって。んで、ゴブリン死んでましたね。もっとも現れた時にはすでにボロボロで血まみれでしたし」
一言で言えばポーンといってグシャ。
「――なッ!!? ……ひっぱた……く?」
身を乗り出し汗をかくボスコ。
「……嘘じゃないみたい。じゃなきゃ今頃とっくに町が襲われてるわ」
肩をすくめてレジーナが言う。
「……頭が痛くなってきた」
ボスコは絞り出すように言って、椅子に深く身を預け、天を仰いだ。
「…………」
二人の反応を見るに、どうやら俺は重要な証拠を消しちまったらしい。
半分事故みたいなもんだろうがぁ……。
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