第12話 昼下がりの決闘
くさくさした気分で人気のない裏通りを歩いていたら、後ろから声をかけられた。
「ここにいたのか!」
「……ああん?」
振り返るとそこには、年の頃15歳程だろうか。腰に剣を帯び、白地にとび色のアクセントが目を引くマントを羽織った裕福そうな金髪の子供がいた。
「からむんなら他で見繕え。俺は今人生について考えてて忙しいんだ」
しっし、と追い払う仕草がよほど気に喰わなかったのか、子供は大声を上げた。
「ボクは
なんのこっちゃ? と悩んで、近づいてきたその顔を見て思い出す。
顔中をぐちゃぐちゃに染めた液体と麺を拭えばこんな顔だったんだろう。
「てめえは、さっきギルドで鼻から飯を噴き出してた冒険者だな?」
師匠に謝罪? 言いがかりも甚だしいやろうだ。
「失せろ」
「逃げようたって、そうはいかないぞ! せっかく師匠が声をかけたのに、挨拶もせず突き飛ばして去るとは、冒険者の風上にも置けない男だ!! ボクが名乗ったのだから君も早く名乗れ! 無礼者!」
目の前の説教臭いクソガキに、俺がいくつに見える? と、言いかけて、今の自分の容姿を思い出した。
「はあ……なんだ? 謝罪が欲しくて追いかけてきたのか? それなら代わりに謝っといてくれ。このとおり反省してたって」
「全然気持ちがこもってないじゃないか!」
面倒なやろうだな。
「いや俺の故郷では、鼻をほじってその指を相手の衣服で拭うことが最上級の謝罪方法なんだ。ほれこっちにこい。拭いてやるから」
「やめろぉおおおおお!!」
「なんだ? 謝罪はいらんのか。じゃあな」
そのまま歩み去ろうとしたら、前に回り込んできやがった。
この場でやろうってのか?
「格下にからんで憂さ晴らしか? お偉い冒険者様も程度が知れるな」
チラリと視線を腰に向けると返事が来た。
「ボクは帯剣していない相手に切りかかるような男じゃない! 今日日、魔力を持たない子供だってG判定だ! なぜボクがそんな君で憂さなんか晴らすんだ!」
言われて、ゴブリンに殺されたアイツを思い出す。
断末魔もあげずに死んだ、人一倍臆病な石〇さん。彼もあんな魔力じゃ相当苦労したんだろう。
もし出会う場所が違っていたら旨い酒でも飲めたのかな……。
「やっぱりあいつ、奇跡的なレベルで弱かったんだな」
「勝負の方法は君が決めろ! ボクはどんな勝負にも応じるぞ! その代わり君には絶対に謝ってもらう!!」
人が故人を悼んでるのに、うるせえやろうだな。
はぁ……。こっちは目覚めてから口にしたのは水だけ。
浴びたのは受付嬢の軽蔑のまなざしとアフロ獣人の嘲笑、それから大量のクマの臭い反吐。
たらふく鼻から飯をすすったお坊ちゃんには、この苦しみが分かるまい。
喧嘩なんかしたところで腹はふくれねぇんだ。
「あ」閃いた。
「なんでもいいんだな? じゃあそこで決着付けるってのはどうだ?」
たまたま目についた飯屋を俺は指さした。
「は?」
「勝負の方法は≪大食い≫だ」
ノラ人間と呼ばれた男が、タダ飯の機会を逃すと思うてか!
俺は返事も待たずに飯屋に向かって歩き出す――。
◇◇
裏通りにあるその店は、昼時を過ぎた時間とあってか、客の姿が無かった。
開け放たれた入り口から見渡す、カウンターだけの狭い店内。
厨房の奥では高齢の店主らしき小柄な男が、暇そうに丸椅子に腰かけ煙草をふかしていた。
あんまり期待できそうじゃないが。……まあいい、飯は飯だ。
「よし。ルールは簡単だ。飯を頼んでそれを喰う。先に喰えなくなった方が相手の言うことを聞く。ただそれだけだ」
タルカスと名乗る金髪は俺の隣に腰かけると、
「いいだろう! 君のような軟弱物に、冒険者の先輩として道を示してやる!」
今更後には引けなくなったんだろう。だが、子供相手とはいえ容赦は無しだ。
「店主。注文だ」
「へえい」
とりあえず、メニュー表の一番目立つところに書かれた料理を頼んだ。
「サンサン鳥の煮込みで」
注文を終え、俺は腕を組み目をつむる。
サンサン鳥。どんな味だか知らないが、非常に楽しみだ。
「……すいませんご主人。僕もサンサン鳥の煮込みを」
お坊ちゃんが後に続く。
「はいよー。煮込みが3ねー」
「へ?」と、タルカス。
「へ?」と、返す刀でオヤジが応じた。
「いや? ご主人。サンサン鳥の煮込みです」
「煮込みが……3? ……また?」
カウンター越しの珍妙な会話に、俺は思わず片目を開けた。
「また? ……違いますよ。サンサン鳥の煮込みを僕に一つです」と、少年。
「はいよー。 煮込みが追加ねー」と、オヤジ。
俺は一体、何を見せられてるんだ? オヤジの野郎、またしれっと追加しやがったぞ。
「……あれ? 何か変な風に言ったかなぁ?」
と、金髪少年の独り言。
そして、≪何か≫が始まった。
「あれぇ? かーちゃん! 鍋どこやった?」
あちこち、戸棚をパカパカ開き、どう考えてもそこにはねーだろ、と思われる調味料の蓋の裏までめくって、店主が一言。
「……ない!! 盗まれた!!」
ついに体中を探りだした店屋のオヤジ。
「おじさん!? さっきからだいじょぶですか?」
我慢できなくなったタルカス少年が、オヤジの奇行に待ったをかけた。
耳の遠いオヤジは、その言葉にも気付かずにウロウロウロウロしている。
「どうしよう……。あぁ!! あったあった! そうだわ。干した、干した。干してたんだぁ」
オヤジは、エヘヘと笑い一旦、店舗の奥に引っ込むと、その手に大きな深型のフライパンを持って現れた。
おい。と肩をつつかれて隣を見ると、タルカスが焦った顔で呼びかけてきた。
「君も何か言いたいことあるんじゃないか?」
「あん? 何のことだ?」
「どうしておかしいと思わないんだ!?」
タルカスが、コソコソ声で必死に耳打ちしてくる。
「なんだ、やめるのか? それじゃぁ、勝負は俺の勝ちって事でいいか?」
「違う! この店何か変だろ!? ボクはそれを言ってるんだ!!」
「あらららららららららららららららら? 今度は逆にアレが多いぞぉ?」と、オヤジが不吉なことを口走る。
「ほらまた何かやってるじゃないか!」
タルカスは気が気じゃない様子で、つま先立ちで厨房の向こうをのぞき込む。
よいしょっと、一言気合を入れて、フライパンをコンロにかけたオヤジが、
「あれ? ……今おらぁ何してたんだっけ?」
「ちょっと店主! サンサン鳥の煮込みですよ!!」
「へーい! かーちゃん! 煮込みが3追加だよー」
「違うって、おじさん!! さっきからどうしてサンサン鳥が通じないんですか!? あなたのとこのメニューでしょ! 3ずつ増やすのやめてよ!!」
半泣きのタルカスが放ったその言葉には、一切の反応を見せず、オヤジは料理街道を突っ走る。
「あれ! かーちゃん話聞いてたんかい? これからやるのは煮込みだよ? どうすんだぁこんなにコネて!」
「……もしもし? ご主人?」
「だめだよ、だめだよ! 掘っちゃあ」
「……もしもーし」
「まぁいいか! 相手はボンボンのせがれだ。それも追加だぁ」
「……」
ついにタルカス少年は両手を合わせて神に祈りだし、静かになってしまった。
この世界の神にいったい何を期待してんだか……。
◇◇
「へいおまちどう!! 先にこれがサンサン鳥の煮込み! それからこれがサンサン鳥の煮込み! サンサン鳥の煮込みと、サンサン鳥の煮込みと、サンサン鳥の煮込みと、あとこれ、なんだこりゃぁっ!!? ……何かの煮込みね!」
どんぶり鉢のような見た目の深皿に、なみなみと注がれたサンサン鳥の煮込みなる液体。
店内で配膳をするのに、オカモチを使う店があるという事を、俺は生まれて初めて知った。
じゃんじゃん運ばれて来たその料理が、次々、少年の前のテーブルのスペースを埋めていく。
青ざめた顔のタルカス少年。
「あれ? ……あれぇ?」
なにより量がすごかった。
ぶつ切りになった鳥の身は、中央に山盛り積み上げられ、きわどいバランスでかろうじて崩壊を免れている。
浮かぶというより、ビカビカに光る油の膜に刺さっているのは、明らかに水かきの付いた鳥の足先だ。
肉の隙間からこちらを窺う、サンサン鳥の頭部と目が合った。
食えるもんなら食ってみやがれ、とばかりに、ナメた表情でだらしなく開いたその口。
さながら、薄黒い熱々のスープの中で、超満員のシンクロナイズドスイミング。
それが5杯。
そして最後のひと皿は圧巻の出来。それが何かは俺には分からない。オヤジ自身も知らないのかもしれない。
「…………?」
生前、非道の限りを尽くした鳥が最後に送られる地獄が、少年の目の前の皿の中にあった。
「お客さーん! ちょいと待ってってね、すぐ次ができるから」
はー忙しい。と去って行くオヤジの背中。
タルカスの顔にもはや表情は無く、握ったスプーンだけがカタカタと揺れていた。
「ちょっと換気するぞ」
熊の匂いが脳裏でぶり返し、俺は席を立つ。そして入り口の横開きの扉を二枚ともレールから外して、表の通りに投げ捨てた。
「お連れさんの分は少し待ってねー!」
はー忙しいや、大変、大変! カモが相手じゃ儲かってしょうがねぇや。と、ヒョヒョヒョと笑い、次の料理に取り掛かるじじい。
突然、店の奥で「ぞえー」と何かの獣の叫び声がして、その後、マグロが甲板を跳ね回るような「ビチビチ」という音が狭い厨房に反響した。
「かーちゃんだめだよぉ! こんなとこで引ん剝いちゃあ!」
カウンターの衝立の向こうで、ついに始まった宇宙戦争。
「あうあぁうえぁ」
横を向くと少年が白目になっていた。
◇◇
「俺が手を洗ってる間にズルするんじゃねえぞ」
「すぅ…………」
ぐるりと山盛りのどんぶりに囲まれ、タルカスはずいぶん控えめな返事を返すに留まった。
俺は、店を出て裏手の井戸に向かった。
そして、冷たい水を一口ゴクリ。
「さて、行くかぁ」
さらばタルカス。勝負はお前の勝ちだ。俺の分までゆっくりと楽しんでくれ。
「……しっかし、とんでもねぇボッタクリ店だな」
人生最初の一杯はなんかうまいものがいいな――。
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