第一章 祈りながら生きてる

第1話 自称運命神とステテコ。



「――さっきから無理無理って。アクセル君の方から提案してもらって、ワシも考える! それが『いってこい』の関係や! ええモノできませんよ? いかにいってこいできるかでしょう!? 神と人と!!!」


 運命神と名乗った目の前のおっさんの言説も、いよいよ訳の分からない所まできていた。おっさんの声は更に勢いを増し、身振りはどんどん過激になっていく――。



 曰く『特別な異能をあげるから、転生して異世界に現れる脅威を防いで欲しい』とのことで始まった議論ではあった。


 当初は俺も、『これは例のヤツだ』と、来世で約束されたチート能力と最高の暮らしの代償に、何かの義務を押し付けられることもやぶさかでは無いなと、内心ニヤニヤしていた。


 しかしながら、『地を焼き尽くし、海も山も割る』という魔王相手に、あやうく『よく切れて、切ったモノが刃に引っ付きにくい剣』一本を押し付けられて「ほな、魔王を散らかしにいってらっしゃい」と送り出される直前で夢から覚めた。


 神が震えるバケモノ相手に人間の身で、『アイデア商品の穴あき包丁』やら、『何かと便利な魔法』だので一体何ができるんだ。


 まずもって「魔王を散らかしに行く」というところで既に、なんのこっちゃわからん。


 その後も、神の口から次々提案された転生ボーナスたる『異能』候補のクズさ加減に必死に抗い今に至る――。




 俺は議論を立て直すべく、本日100度目にも感じる反論をした。


「だから何度も言ってるじゃないですか! 魔王相手にふさわしい異能を出してって! だいたい資料に書いてないの!? 俺がどう死んだか。ボコボコよ? 敵さんすごい数まだまだいたし」


「はぁ? ……そもそもアクセル君はどうして死んでん? 戦争でー、いう話やけども、結局何がアカンかったんや?」


 剣も魔法も人並み以上に修めてはいた。だが抗いようのない敵の数と質。まさに最終戦争の名にふさわしい負け戦だった。


「顔をズタズタにされて腕がもげて……、腹に穴空いたのが致命傷? もちろん魔王なんて大それた相手じゃないですよ。ただの魔軍と戦っててそれですから」


「腹に穴? どのくらいの?」


 俺はこのくらいかな、と親指と人差し指で丸を作る。

「ほなそれよりもう少し大きい穴が、事前に腹に開いてたら死なずに済んだね。いるか? ポッカリと開けとこか?」


「…………」

「…………」


 沈黙は深かった。地獄の底から現れたその沈黙は、自称神のしぱしぱ打たれた瞬きの音が聞こえるほどに深かった。


「……まじめにやろうや。頼みますよ」

 またこれだ。一事が万事この調子なんだよ。


「これから俺が行く世界の話でしょ。あんたにとっても失いたくないから俺に話したんじゃないの?」

 世界の重さを拳に乗せて、そろそろ俺はこいつを殴らければいけないのかもしれない。


 俺の覚悟を見て取って、運命神は慌てたように手をパタパタ振って返事した。

「仮組やないのぉ。今までの会話ありきで実際になりたい自分が見えてくるんや!」


 袖丈の合わない開襟シャツの隙間から、ハミ出た胸毛を震わせておっさんが吠えた。

「例えばこの間おりましたですよ! 『私は大きなナニが欲しいんだ』いうお客さんが!」


 は? ――お客さん? ナニ?


「そういうオーダーもらってこっちも考えるわけですよ! どうしよか? ほな、鼻をふさわしいだけデカくしましょうって。そういう理屈があるんでしょ?」


 ……あるんでしょ、って。 


「そしたら、彼は喜んでましたですよー。ご満悦! ルンルンで『パオーン』言うて森へ帰って行きよりましたわ! 何さん言うたかな?」


 ――ゾウさんでしょ。


「きみもそれでええか?」

「いらん!!!!!」



 いよいよ頭が痛くなってきた。ここが地獄だと言われればそのまま信じてしまえるほどに疲弊していた。


 柔らかな光につつまれた、奥行きのあいまいな不思議な部屋の中心で、立ち尽くす俺。


 目の前には、広いデスクにたくさんの書類を広げ、くつろいだ様子で椅子に腰かけた男が一人。

 

 相変わらず運命神は不景気そうな顔で、手元の書類と俺の顔を見比べている。



 神はだしぬけに口を開いた。

「――お相手の魔王さん。これが『けったいな火炎魔法持ち』だ、と、いうことであればいっそね? アクセルくん。アンタの方で事前に胴体をヤキイモにして備えておくとか、そういう工夫がなければアカンのやないやろか? いう話ですよ」


 は? 


「そしたら火くらっても効かないですからね? なんやその顔。焦げるのいやか?」


「聞いたことあるんか!? 『ヤキイモが魔王倒して世界救いました!』って。ならここにイモ座らせてあんたが頼むべきだろ? お願いしますって」


「手元の資料で死因1位はガンやて。ほな最悪、焦げててもええね?」


 頼む話を聞いてくれ!!


「魔王の魔法くらうやろ? そしたらアンタが焦げたヤキイモになる。ほいで魔王の口ン中飛び込んでもろてやなぁ。そんな暮らししてればアホの魔王は将来ガンや」

 

 わからん。何を言ってるのか一つもわからねぇ。 

「だったら人間の体のまま焦げて飛び込んでもかわらねえだろ!」 


「人間やったら死ぬやん? 言うたやん。魔王はけったいな炎をお持ちなんやて!!」

 

 聞き分けの無い子供を言い含めるような、その口調に俺は怒りを爆発させた。


「ヤキイモはもう死んでるけどね!! 生芋が焼けて死んだ姿がヤキイモだからね? 火に強いわけじゃないんだって。それにどのみち俺は死ぬんじゃねーか!! そんなもん同意できるかぁ!!!!」


「……なんやのぉ。おー怖」

 ポツリと言って、神は腕をかき抱き口を尖らせた。





「逆に今決めなきゃダメなの? さっきから一個もないよ。まともな案が」

 このまま放り投げられたらたまらん。なんとか議論を修正したい。

「今回の話って桃太郎的なことだろ? それの鬼がはちゃめちゃに強いっていう」

 

「ほな、キビ団子いこか?」


「キビ団子いらん!! あれって桃太郎が強いっていう個性ありきの話じゃん。俺も仲間も魔王より弱いならそもそも無理でしょ!?」


「? 言うてることわからん」


「俺を魔王より強くしてくれ!!! それで解決だろ!?」


 フムム、と気持ちの悪い相槌をうつおっさん。

 急にテーブルを一つ叩くと、

「よっしゃ! ほなとっておきや」


 お?


「スーパーストロング磁電神滅波動砲。これはすごいで」


 ダサすぎる。

「……なんですかそれ?」


「炎の魔法や! これでいけるんちゃうかな」


 ちゃうかなって。それに結局魔法かよ。

「魔王相手ならさぞかし強くないと話にならんでしょ?」

 

「せや! そうとう強火や。ステーキで言うたら客が金払わんと怒って帰るレベルで焦げるやろね」


 え?


「だから指を押し返すやろね。弾力が」


「指で触って弾力うんぬんって、ステーキの焼き加減の確認をするシェフのやつでしょ!? 耳たぶと同じ硬さでミディアムとか!?」


「……せやで?」

「ちがうよ!! ステーキは死んだ牛の肉を焼いたやつじゃん!!! だれが魔王殺すのよ!? その魔法で殺せるの? 誰かが殺した魔王を焼く話なら喜んで請け負うよ!?」


「いやシェフの都合もわかるけどもやな――」

「シェフがどうこうは関係ないだろ!!! どうやってそれで魔王倒すんだ!?」

 ああああああああああああああああああああああ


 そしたら倍の大声が返って来た。

「頑張るんや君が!!!! 君に頑張って魔王倒してもらうしかないやん!? 世界のためや。たのむでほんま!」





 ぷつん


「……じゃあその魔法ならイケるんだな? 行って唱えさせすればいいんだろ?」

「魔法唱えて終わりちゃうやん。魔王いってもらわな」


「俺も向こうに着いてから一回は魔法やるよ。試してみるよ。それ見て駄目だったらほんと俺知らないよ?」


「やってくれる!? 長かったなぁ。ほな魔王殺しの契約成立やな」

 よかったよかった。とご機嫌なおっさん。


 いやいやいやいや。

「契約とか無いから!! やるって言っても魔法試すだけだからな! 魔王討伐じゃない」

「なんでやねん?」

 

「お前が嘘つかなければその魔法で殺せるんだろ!?」  

「いけるて。スーパーストロングやで?」


「知らん! まあとにかくやるよ、分かった」 


 能力もらってそれを試す。それだけだ。このまま会話していても埒があかん。

 実際に魔法を見て、魔王退治が無理そうなら逃げよう。 

 どこか静かな田舎でウェルダン専門のステーキ屋でも始めるんだ。そんな暮らしも意外と悪くないかもしれない。魔王は他のまともな勇者にでも任せて。


 運命神も俺の言葉に納得しているようで何よりだ。

「よっしゃ! 景気づけに一発やってみい!」


「……今? やるの? それって今出るの?」

「出てたまるかぁ!! こんな狭いとこで出されたらワシ死ぬやないか!!! 練習や練習!」


「あぁ練習? 忘れたらまずいから?」

 確かに忘れたら悲惨だわ。


 そこであらためて無駄に長い呪文を教わった。


「じゃあ覚えておきますよ。むこう行ったら試すよ。ちゃんとすごいんだろ?」   

 後の事はこちらの判断でやらせてもらう。


「いや。今言えるか試しいや自分」


「え? いやぁ。……なんか恥ずかしい? かな」


「何を恥ずかしいことがあんねんな? 相手魔王やで? ボクシングでいうたらヘビー級の世界タイトルマッチや! 見たことあるんか!? パンツ一枚で戦うの恥ずかしいってチャンピオンが胸隠しながら戦う姿を?」


「……それはないですけど」


「だったらやったらんかい!!!」 

 はい腰落として、と神。


「ワシがニンニク入れますか? って言うからその後瞬時に詠唱を頼むわ」



 ……? まあいいか。


「ニンニク入れますか?」


「スーパーストロン――」 


「ちゃうちゃう!! もっと腰落として力いれながらや!!」


 こんな茶番にいちいちうるさいおっさんに気が遠くなる。

「……でもロングすぎでしょ? それに詠唱ったって魔法名叫ぶだけじゃないですか。そんないります? 短くならないんですかね?」


「3か月前から予約した店のディナーで、ウェイターが『何かの魚に黒いソースかけました』って、料理運んで来るかね!? 納得でけへんやろ!! 高い金払ぉて。ちゃんと言うてあげんとぉ料理名は!!」


 ん?

「……この場合ボクは料理なんですかね?」


「ちゃうわ!! 料理は魔法や! 詠唱が料理名! お客が魔王だ! ウエイターの君が熱々の料理を魔王のお口に運ぶんや!!」


「はぁ?」


「詠唱を聞いた魔王が『参った。こんな立派な魔法くらったらもう復活できない。 あの世でも当分の間はオムツ生活だぁ』って信じるくらい、盛大な魔法を唱えてあげなあかんよ! なにを恥ずかしいだの長いだの。 ちゃんと理由があるんですから!」


「……あの。 呪文に『神滅』って入ってますけど、それはどうなんですかね」


「いやそれは例えや!!」


 たとえ? 呪文に例え?


「ほな神滅する気なんか君は!!? そんな気がいっこも無かったらその発言は出てこないね!? 君ちょっと神滅のがあるな。いかんよ?

 自発的に変えることできるやろ大人なんやから!! スーパーマシマシで神滅は抜き! わかるやん!? それを何をいい訳ばっかり。ちゃんとやってもらわな困るよ!?」


「わかった。わかったって。やりますよ、やればいいんでしょ?」


 そして俺は改めて全力で実演した。今度は腹から声を張り上げて。

 長尺の詠唱を終え、両手を突き出しポーズを決めて俺は気付いた。


 おっさんはこちらを見てもいなかった。 

「はいおっけー」と、おざなりに言い、抜いた鼻毛を数えていた。



 ちきしょう。


 とことん馬鹿にしやがって。

 こうなったら、しぼれるだけしぼってやる。


「じゃあ報酬決めましょうよ」


「え?」と神。 


「報酬の話だよ! とりあえず魔法は一度やる。それが俺の任務。なら先に何かもらわないと」

 これは当然の権利だ。


「いや、魔法あげたやないの」

「魔法はむしろ魔王にあげるようなもんだろ!!」

 引き下がれるかあんなもんで。ダサすぎて人前で披露できたもんじゃねぇ。


「えー? いや魔王に勝ったらみんな喜ぶやろねぇ。人に喜ばれる。それが一番の報酬や」

「それなら俺は喜ぶ側にいたいよ! 報酬が弱すぎる、何か無いの?」

「名をあげてチヤホヤされるやん」


「俺そういうタイプじゃないんだよね。モチベーションにならないよ」

「普通やなぁ自分」


 普通で結構。普通の幸せ。長い戦暮らしの後で、何よりそれこそありがたい。 


「ほないくつか追加で付けとくからそれでええね?」 

 

 キタキタとの俺の期待は、次の言葉で搔き消えた。

「……鼻のもとどこやったかな?」


「え!? さっき言ってたやつ!? いらんいらん! 引きずるほどデカいナニとか体に穴だの、あんなもん冗談にもならねえって!!」


 神はまるでウンザリしたように、

「いくつ欲しいんや君は!?」


「数じゃ無い!!! さっき出たのは一つもいらないんだよ!!!」


「君の異能はヤキイモだ!!! 差し上げます、言うとるやろ君にはヤキイモ! 銀紙もつけとこか!? なんでアカンの? ここでこんなに粘ったの君がはじめてやで?」

 はよ同意して、と神。


「一個でもいらねえって言ってるじゃん! 報酬にならねえ」


「ほなモテたらええねやな!?」


 沈黙。


「……ん? どっちや? モテたいんか、モテたくないんか」


 …………モテたいです。


「ほなモテるように体光らそか? それに何かと便利やろ。光るんは尻でええ?」


「人間のメスの話じゃないだろ!? ふざけんな!!」 


「人間かて闇で焚火しとったら寄ってくるやろがい!」


 ダメだ会話するだけ損をする。

 このアホは、お母さんが選んだ柄物トレーナーどころのセンスじゃない。このままでは完全にまずい。モテるのはこっちで頑張るから、取り返しがつかないことになる前に、

「いいです。やっぱり全然モテたくありません」


「ほな何がええんや?」


「本当は旅しながらキャンプでもして、ゆるく過ごしたいって思ってたんですけど」

「ゆるめのキャンタマあげるさかいそれでええやろ。『キャンゆる』や」


 ……神滅撃ったろかな。


「冗談やないの~。アカンよ? そないな目で見たら。……ワシ神やで?」




「そういえば過去の魔王を倒した勇者はどんな異能もらったんだ?」


「ん? 記録やと岩に刺さった剣が抜ける、いうんがあったみたいやね。……ええやん! それにするか?」


「剣抜けるとかいいよ。剣抜ける力いらねえ。そもそも剣もいらないんだから」

 結論が出そうだ。 

 どうやら過去の勇者はそもそも強強つよつよだったんだろう。おそらく本人は高貴な血筋で頼れる仲間を大勢つれて、英雄物語そのものをやってのけたんだろう。

 目の前のアホは目利きの段階でつまずいてやがる。なんで俺を選ぶかね?


「ほな抜いた剣光らそか?」

 これだよ。はなっからいかれてやがる。


「いや剣が光るとかそれがなんなの!? 蛍『と』ヤリたいんじゃなくて、魔王『を』やりたいんだろ!?」 

「バナナケースもサービスで付けたるわ。同じ便利つながりで」


 いらんいらん。 いらねー





 よし。来世は短命でもいい。楽しく生きよう。魔王のところは行けたら行く。


 『行けたら行く』俺が一番好きな言葉だ。もう異能はあきらめよう。

 努力だけでどうにか生きてみるんだ。前世では戦争に巻き込まれたが、今度こそうまく立ち回る。幸い魔法もあるみたいだし緊急時もなんとかしのげるんじゃないだろうか。


 欲をかくことを諦めたら一気に心が軽くなった。そして気付く。


「おい、あんたさっきから何をポリポリ書いてるんだ?」

 ふと神の作業が気になって、書類の束の開いてるページをのぞき込む。 


「え!?」

 なんだこれ!? 字が汚すぎていったい何だかわからんが、余白まで埋め尽くさんばかりに黒で書かれている。


「ちょぉ! あんまこっちに来んとって!」

 慌てたおっさんは書類を遠ざけ、体ごと使って俺の視線から隠しやがった。


「てめー嘘はだめだろ!!! めちゃめちゃ落書きしやがって!」

「落書きちゃうて。神語や。君の異能はヤキイモです! って約束どおりちゃんと書いたあるがな」

「ヤキイモ!? 今すぐ消せ!!! 神滅するぞ!!」

「ちょっ! 落ち着いて座りぃや自分。冗談やがな。GODジョーク」


 身を乗り出した拍子に、おっさんの腰かけた椅子の陰から、サンダル履きの足が二本生えていることに気付く――


 あ


「誰かあんたの後ろで倒れてません?」


「おらんおらん」顔の前でプンプン手を振り否定するおっさん。


 明らかに女の足だ。女が倒れてる。


 え


「おらんよ? 女神なんていいひんで」


 めがみ!? これ女神様なの!?

 ってことは!!――


「誰なんだあんた!? おかしいと思ってたんだ!!」

 洒落にならん。


「え? ワシは運命神言うてるやん」


 最初の挨拶からして胡散臭いと思ってたんだ。『ワシはね。運命神いうのをやっとります。どうも、運命神です』こんな言葉でダマされた自分が恥ずかしい。


「だいたいそのシャツからしてあんたのじゃないだろ!! ぱっつぱつじゃねーか!!」


「神にも発注ミスはあるカミヨ? サーベルタイガー見てみい。発注ミスで滅びよったで? ほな君には特別に大きな牙もあげたるから黙ろか一旦」


 こいつふざけ倒しやがって!

「ちょっとー!!! 係の人ー!!! ここになりすましがいますよー!!!!」

 俺は部屋の外に向かって助けを呼ぶ。


「ちょ! 大声出さんといて! 疲れて寝てる人もおるんやから」


「足が見えてんだよ! あんた女神にいったい何したんだ!?」


 女神様ー!!! 起きてくださーい!!


「女神様!! 大変です!! ヤキイモを押し付ける化け物があなたの席に座ってます!!!」


 全身全霊で騒ぎ続けていたら女性の声で、「むううん」と聞こえた。


 ざまぁみろ。悪は滅びるんだ。

 俺は、女神の覚醒を前にして、急に静かになったおっさんの顔を確かめてやろうと視線を巡らせた。


 見ると、席に腰かけたままのおっさんは表情が消え、様々な紙のチェック項目に猛烈な勢いでめちゃくちゃに書き込みはじめやがった!


「おい! おっさん! 手を放せ! その書類にさわるな!!」

 掴みかかろうとした刹那、俺の体が透け出した。

「……おい。嘘だろ。おい!! やめろって!!!!」




 自称運命神のおっさんは、「ふう」と息をつき、何かをやり切った表情でこちらを見た。

「ほな、頑張ってや」

 

 おい! じじい! 

 ――声が出ない!


「魔王は大陸の西にそのうち現れるからやな、ワシの代わりに頼んだで」

 あんじょうよろしゅう。と満面の笑みをたたえたおっさん。


 俺の体は浮いていく。


 そして、高笑いしながら積まれた書類を部屋中にばら撒くおっさんの姿がどんどん遠くなる。

「ばっくれようなんて考えんことやでー! 契約守らんと大変なことなるからなー!」


 詐欺師ーーー! 



 ◇◇◇



 極彩色の本流に飲まれ自分の形がほどけて光の中に消えていく。


 そこには上も下も無く、ただ複雑に回転するイメージの中の世界。


 派手好きなギャルの洗濯物に紛れ込んだ一枚のステテコが、洗濯機の中で見るだろう光景。



 ――そして訪れる闇。





――――――


ここまでお読みいただきありがとうございました。


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