第24話 鑑定
「粗茶ですが」
ベンハー医師が置いたのは、それぞれ大きさも違う不揃いのマグカップに入ったお茶。
ズズズと一口啜ったが、俺には味が分からなかった。
鑑定。
……鑑定か。
「若い頃はスキルについて研究していたんです。属性魔法の習得にはスキルが必須ですが、私には治療魔法しかありませんでした。それが悔しくてねぇ。ファイア・アロー! ……唱えてみたかったんですよ」
若かったんですなぁ、と笑うベンハー医師。
確かに異能についてレジーナに相談したのは俺だ。しかし、こんなに早く解決をみるのか……?
「そもそもスキルってどんな条件で生まれるんですか?」
「経験による派生とも、神から授かるんだとも様々言われてはいますが、正確な発現条件は正直知りません。貴族など一部の人間がその知識を秘匿していて一般には出回りませんからねぇ」そう言い後ろ頭をポリポリと掻くベンハー。
ほう。この世には正解を知る人間もいるのか?
「過去には、四十歳すぎてから固有スキルを授かって勇者になった、なんて例もありますし、最近だとペジテの司祭の娘が、聖女のスキルを発現したと聞きました。……教会に言わせれば『全ては神の御業』なんでしょうけどね」
聖女のスキル? 職種とごっちゃになってるのか?
俺には何だか分からんが、いずれにしても≪ヤキイモ≫よりは、起こり得る事象なんだろう。
「何故スキルが発現するのかはわかりません。……ただ私には鑑定ができる。だから、何のスキルがあるのかはお答えできます」
そう言って、にっこり笑うベンハー医師。
「……代金は
財布の中には大して金など入っておらず、払いはベンから貰う予定の銭をあてにする他ないんだが。
「お金はいいですよ。レジーナさんにはタダで働いてもらったわけですし」
……金が足らん、との言い訳も封じられた。
「あら。良かったじゃない」
見ると、隣でベンハーに向かって優雅なお辞儀をするレジーナ。
ふう。
「じゃぁ、お願いします」
腹を決める。
「それじゃぁ楽にしてください」
さっそく、無茶を言いやがる。
「…………はぃ」
冒険者ギルドの一件もあり、俺は鑑定と名の付く全てに緊張していた。
取り出した30センチほどの細い杖を構え、口の中で短く詠唱をするベンハー。
「鑑定」
杖の先が青白く輝き、俺の体を柔らかな魔力が通り抜けた――。
オウフ。
「……え?」と、ベンハー。
「……え?」と、俺。
このやり取りに嫌な予感がよぎる。
ベンハー医師は、不思議そうな顔で手の中の杖を眺めた後、再びそれを構えると
「鑑定」
今度もまさしく同じ現象が繰り返された。
「「…………」」
やがて難しい顔で黙り込んだベンハー医師。
「…………で? どうだったの?」横からレジーナが尋ねる。
「……はぁ。驚いたなぁ」
目を丸くしたベンハーが続ける、
「わかりません」
「「え?」」俺とレジーナが綺麗にハモった。
なんじゃそりゃ。
「君のような状態は初めてみました。……まったく分からんが、確かにスキルが『有る』んだと思う。君にスキルが無ければ『無い』ってでるんだが……」
引きつった笑みを浮かべるベンハー。
「過去に鑑定が弾かれたことは何度かあったが、鑑定が正しく機能しながら何も見えないっていうのは今回が初めてです」
そう言って静かに首を振る。
――正しく不明。
「彼には少なくとも毒に対する耐性スキルがあるはずよ?」と、身を乗り出したレジーナが言う。
「ふむ。調べてみましょうか」
言うなり、後ろにあった棚の中から、何かの薬品が入った何種類もの小瓶を、トレーごと取り出してきたベンハー医師。
「これらは種類の違う5つの鉱石由来の粉末で、いずれも人体には微弱な毒です」と説明を受ける。
「ちょっと失礼」
ベンハーは俺の腕を取ると、細い匙を使って5つの毒を順に置いて行く。
ちなみに痛くもかゆくも無かった。
「……」
しばらく待って、それらを布でふき取ったが、肌の色は元のまま。特に異常無し。
「すごいな……。これで分かった事は、少なくとも君には5つの異なる毒に対して耐性が備わっています」と、ベンハー。
「スキルによる≪毒耐性≫なら私の鑑定でそれと分かるはずですが……」
あるいは呪いに近いのかも――とベンハー医師が言う。
「はぁ……。そうですか」
その答えには妙に納得してしまった。
神はこれを異能と呼んだ。
「異能という言葉に聞き覚えはありませんか?」
「いのう……? 女神の恩寵ですか? ……あれこそ不思議なものばかり。勇者や聖女がそれですよ。私が知る範囲では、『覚醒』か『ギフト』で生まれるそうです。通常の鑑定などはできず、神託により知るのみ。……いずれにしても極めて稀だし、よくわかりませんねぇ」
お手上げです。私には判定できません、とベンハー。
「……ちなみに、スキルを消すことってできるんですか?」
それこそ俺の求めた知識。その手がかりが喉から手が出る程欲しい!
ハハハと笑い、
「スキルを神に奉じる儀式がエルフの里にはあるそうですよ。スキルを宝玉に移した上で行うんだとか。しかし、君の場合は女神の恩寵かもしれないからなぁ」
それを捨てるなんて聞いたことが無いからなんとも言えんね。とベンハー。
え!? あっさりとすげぇ情報が飛び出てきやがった!!
こいつは冗談でも酔狂でもねぇんだ。
ポッケ……角刈り、そしてヤキイモ。
エルフさぁんどこに居りますでしょうか? 全部差し上げたいんですけどぉ。
みっちゃぁん……。引き取ってぇ――。
◇◇
診療所の出口に立つ俺とレジーナ。
「もしトーマスを見かけたら助けてやってください。ずいぶんモーガンも心配していたから――」
悲しそうに微笑むベンハーに、俺たちはそろって頷いた。
あぁ。必ず。
「……それから、スキルについて何か分かったらこっそり私にも教えてください」
俺に向かってウインクするベンハー。
ふふ。
「色々ありがとうございました」
感謝を伝え、俺たちは建物を後にする。
辺りはすっかり暗くなっていた。
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