第23話 医師と証言 



 通された客間は、こじんまりした印象だった。



「やぁレジーナさん。昼間はアンナに付き合ってもらってたそうで助かりましたよ」

「いいえ。お役に立てたようで何よりだわ。こっちはアクセル。彼も保安官なの」


 俺は、どうも。と頭を下げた。


 初めて会ったベンハー医師は、一言でいえば優しそうなおじさん。

 少しよれたシャツ姿の、小柄な体躯。丸めた白衣が作業机の上に投げ出されており、今の今まで書き物をしていた様子だった。


「まぁ、立ち話もなんですので」

 低いテーブルと、くたびれたソファに促されレジーナと並んで腰かける。


 初老の医師は、大変疲れた様子でペタリと向かいのソファーに座った。

 

 首をさすりながらベンハーが言う。

「今年は森の様子が、予想より活性化していましてね。私は魔力が少なくて……。あれだけの怪我人となると、回復士の応援も考えなきゃって話しておったんですよ」

 

「回復薬を仕上げたのはアンナの手柄よ。私はただサポートしてただけ」


 レジーナの返事を受けて、ベンハーは無言でぺこりと頭を下げた。


 この村は薬草も特産らしく、日中レジーナは、薬師の下で回復薬をせっせと作っていたんだとか。

 

 そりゃあもうお二方共に、大変にご苦労さんなことで……。

 

「まぁ、おかげでいつになく魔力草の品質が高くてねぇ。イリオスからはるばる薬を作りに来た甲斐がありますよ」と、ベンハーが言う。


 商人の評価では、今年の魔力草は最高品質とのお墨付き。

 ベンハー氏は、処理したばかりの魔力草から、魔力回復薬の製造を引き受けている。加えて重症者への治療。当然それには治癒魔法の行使も含まれていたそうだ。

 おかげで、魔力が枯渇気味なのは明らかだった。 


「それで……私に何か聞きたいことがおありだとか?」

 

 ベンハーに促され、レジーナが口を開く。

「最近友人のモーガンさんを亡くされたそうで……。お悔やみを申し上げます」


 ここに来た目的である、モーガン医師についての聞き取り。モーガン医師は、現在逃走中の、トーマスおれのからだを最初に保護していた人――。


 

「あぁ……。ありがとう」 

 ベンハーは言葉を切ると、こめかみを揉むような仕草をしていた。


「夫婦そろって落石に遭うとはなぁ……。まったく。人生何が起こるかわかったもんじゃないですね」

 声には深い悲しみがあった。


 俺は事前に決めていたとおり、聴取は全てレジーナに任せ、口をつぐんで聞くに徹した。


「彼はどんな人でした?」と、レジーナ。


ベンハーは、天井で踊る思い出を眺めるかのように、穏やかな顔つきで上を見上げて、

「彼とは20年らいの付き合いでした……。明るく、気さくで。……そして変わり者。貧しい患者の診療も積極的に引き受けて……。葬儀にはボルドーの街中から、ずいぶん色んな人が集まりましたよ。小さな教会の表に列が出来たほど。おかげで苦労もあったようです。……同じ街の他の医師からすれば気にくわん存在だったんでしょうなぁ」


「それで? モーガンの何が聞きたいんです?」


「単刀直入に言うわ。逃走犯のトーマスについて教えてください。何か生前のモーガン医師から聞いてないかしら?」


 駆け引きは無し。


 ベンハーは、短い沈黙の後口を開いた。

「トーマス。……トーマスなぁ。あれから何度も聞かれましたよ。わざわざ、ボルドーから騎士まで来た」


「それじゃ――」


レジーナのセリフにかぶせるように。

「その度、何も聞いていません。と答えてきました」



 ――空振り。


「……そう」小刻みにうなずくレジーナ。


 まぁ、残念だが仕方ない。



「最後にモーガンと会ったのは、彼が亡くなる二日前でした――」

 ベンハーが急にしゃべりだす。


 え?


「ひと月前に、森で記憶喪失状態で倒れている人を保護した。親類を探してやりたくて、彼が身につけてた服の紋章を、ボルドー領主お抱えの紋章学者に尋ねたが分からなかった。それで結局、王都に照会をすることになった。照会の結果は領主に手紙で送られて、いきなり患者の身柄は領主が預かることになり、はいサヨナラ」


「…………」


「患者を預けて5日経ったが、俺には一切の音沙汰無し。彼の親族が分かったのか聞いたが、それさえ回答も無い――。

 モーガンは、彼が元気でやってるのかと、ずいぶん心配してましたよ。……それに、彼はそんなこと一言だって言わなかったけど、王都への照会だって彼が身銭を切ったんでしょうから」


 ボルドー領主への憤りが、言葉の端々に隠しようもなくにじむ。


「モーガン夫婦が事故で亡くなり、その後すぐにトーマスが脱走だ。その時ボルドー領主が怪我を負ったんだとか。……私には、何がどうなって、そんな結果になったのか見当もつきませんよ」

 私が知るのはこれだけです。小さな声でベンハーがそう結んだ。


「……どんな紋章だったかは分かる?」とレジーナ。

 

「さあ……カルテがあれば、あるいは何か書き残しているかもしれませんが。……まず間違いなく回収されてるでしょうな」 


 ふむ。


「じゃぁ、モーガンさんの診療所は今どうなってるのかしら?」 


「別の医師が切り盛りを始めたそうです」 


「……? どんな人なの?」

 

「彼とは真逆の金の亡者に任せたんです。……まったくあの領主は。領主が怪我を負ったのは天罰なんじゃないかと、私は勝手に思っとりますよ……」

 

 途方に暮れたようにため息をつく、ベンハー医師。

 

 友人を失い、友人が目指した医療は踏みにじられた。やるせなさと、悲しみ。

 

「…………」


 沈黙する二人。


 俺は、我慢できずに口を開いた。

「あの……。体は? トーマスの体で何か変わったことが無かったですか?」 

 初めからこれだけは聞いておきたかった。


 眉を上げるベンハー医師。

「……さぁ? 特に聞いてないですね」

 

 ……そうっすか。


「どうかしたの?」とレジーナ。


「いや、もしかしたら俺みたいに奴隷にされてて逃げたのかなって」

 とっさについたにしては上出来の返事。 


「お仲間かも知れないって事?」


「トーマスも記憶が無いんでしょ? ……だったらまぁ。……分からないけど聞いてみただけ」

 俺の言葉は、ソファーの下に尻すぼみに消えていった。



 俺とレジーナのやり取りを、静かに聞いていたベンハー医師が尋ねた。

「今言ったのが、私の知る全てですねぇ。さて……他に何かありますか?」

 


「あと一つお願いがあるの。スキルの鑑定を頼みたいんだけど――」

 そう言って、俺の方を身振りで示すレジーナ。


 え? 


「彼には何かのスキルがあるらしいのよ」


 レジーナさん?


「いやいや、ベンハーさんも疲れてるだろうし――」

「鑑定くらいなら任せてください」

 レジーナさんに、昼間散々働いてもらったお礼ですよ。と微笑むベンハー医師。


 背中が冷える。

 確かにレジーナに相談したけども……。


「良かったじゃないアクセル。専門家に聞ける機会がこんなに早く来るなんて」


 

「…………」


 こ、……心の準備が、ねーです。


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