第25話 使者



「こんばんわ」

「?」


 声のした方を見ると、診療所の陰に女性が立っていた。

「あら、アンナじゃない」と、気安い様子でレジーナが歩み寄る。

 

「あなた達を信頼して相談があるんだけどいいかしら……?」


 む? レジーナは分かるが俺も信頼?


 俺の顔色を読み、先回りして女性が言う。

「カミラ――、サラの母親は私の親友なのよ」


 サラ? 昼間の女の子か……。

「あぁ。……なるほど」

 そうだった、この人が薬師のアンナか。


「迷ってたんだけど、言うことにしたの」


 彼女は保安官に話がある様子。さて、なんだろう?

 

「ボルドーの街にモーガンとクロエという夫婦が居たの。職業は医者で――」


「「え!?」」 

 

 俺たちのリアクションに面食らったようなアンナ。

「……?」


「私たちはそれを調べに来たのよ」


「え? 夫妻を知ってるの?」と、アンナ。



 こんなところに証人がいた――。



 ◇◇



 薬師のアンナが語った内容。


 そもそもアンナは、ボルドーにあるモーガン夫妻の診療所には何度も薬を卸しており、親交もあったんだとか。


 モーガン夫妻が事故に遭ったその日、たまたまアンナは、ボルドーの街に居た。

 せっかくだから挨拶をしようと尋ねたが、夫妻の所有する馬車が無く、どこかに出かけていて留守のようだった。


 しかし、閉まっているはずの診療所の脇には、見たことのない黒い箱馬車が停まっていて、不審に思い近づいて行くと、急に建物の裏手の方から大きな音がした。

 

 それから、こちらにせまってくる複数の足音を聞き、アンナは慌ててその場を離れたそうだ。

 後ろをチラっと振り返ると、全身黒い服を着た小柄な人影を、複数の男たちが追いかけて行く姿が見えたんだとか。


 アンナは何だか見てはいけない物を見た気がして、そこから逃げ出した。


 そしてその日の晩に、『街の近くの山道を帰って来る際に、夫妻が落石に遭い、亡くなったんだ』と聞かされた。

 

 偶然かも知れないが、昼間のその出来事がずっと気になっていた。

 


 でも怖くて誰にも言えず、今まで黙ってた――。




 伏し目がちにアンナが言う。

「後で知ったんだけど、今指名手配されているトーマスっていう人を保護していたのがモーガン夫妻らしいのよ」


 それなら知ってる。

 だが、トーマスが事件を起こし指名手配されたのは、夫妻が亡くなった二日後だ。

 指名手配犯の情報を盗みに、あらくれ者が診療所に侵入。というのは時系列上あり得ない。

「…………」

 いったいそこで何が起きていたのやら?



「あたしたち、そいつを調べにはるばる来たのよ。何かそのトーマスについて夫妻から聞いたことはないかしら? なんでもいいのよ。全く手がかりがなくて困ってるの」とレジーナ。


「いいえ何にも……」

 かぶりを振るアンナ。


 でも、と言い、おずおずと顔を上げ、

「奥さんのクロエから聞いた事なんだけど、モーガンさんは日記を書くのが習慣だったって。それを部屋の壺の中とか、変な場所に仕舞うんだって」


 もしかしたらそこに詳しく書いてたかもね。そう言って震えるように息を吐いたアンナ。


 アンナを抱きしめ、レジーナが言う。

「よく話してくれたわ。ありがとう」






「誰かに知って欲しかったの……」

 自宅まで送り届けた別れ際、アンナはそう言って下を向いた。 


「後の事は私たちに全部まかせて。あなたは一旦このことは忘れて、穏やかに過ごして欲しいのよ」

 力強いレジーナのセリフにゆっくりとうなずくアンナ。



 また会いましょうと別れを告げて、馬車まで歩く道のり。

 レジーナがポツリと独り言のように口を開いた。

「……採掘場のダンジョンに、逃走犯。そしてモーガン夫妻の一件。……なんだか急に立て込んできたわね」


 帰ったら方針を決めましょ。そう言って考え込むレジーナ。


「……」

  


 さて、重要な証言を得た。


 ……日記ねぇ。

 果たして何が書かれているのやら。



 森にぽっかり浮かぶ月を眺めて。



 トーマスおれよ。君は今どこで何をしているんですか? こちらアクセル。なんだかこっちは不穏です。お便りをお待ちしておりまーす。


 

 


 ◇◇



 停車場へ向かって歩む、明かりの落ちた広場の中心。

 そこに、月明りと虫の音の間で佇む人影があった。


「待っておったぁ、シェリフ」

 それは、俺の帽子を手に持った、元冒険者のベンと――。


「ちょう! いつまで待たせんねん! 自分忘れとったんちゃうやろな?」

 タヌキのモイモイだった。


「あ」

 色々ありすぎてすっかり忘れてた。


「誰?」と眉を寄せるレジーナ。

「うん。なりゆきで、その……知り合ったんだ」と、俺。


「頼むでぇ兄弟!」と、うるさいタヌキをまずは脇に置き、ベンが差し出す荷物を受け取った。


「わざわざすまんな、ベン」


「こりゃぁ約束の報酬だぁ。そいから例の件だが、明日の朝には決着できる」

 全てあんたのおかげだと、頭を下げたベン。


 それなら良かった……。

「お大事にとだけ伝えてくれ」


 穏やかな顔で頷くベン。

「アクセル。あんたに幸運を」

 そう言って、固く握手をした後で、ベンは引き上げていった。







 そして残ったタヌキが1匹。


「……コイツは昼間出会った渡りダヌキ? のモイモイ」

 俺はレジーナに対してざっくりとタヌキを紹介した。


 タヌキは呆れたような顔で、

「なんや自分らイリオスの街のピースキーパーやったんやな」


 ……ん? 


「ええそうだけど?」と、代わりにレジーナが答えた。


「はよ言わなアカンよ、そない大事な事わぁ。俺はメッセンジャーや! 自分らに聖山からの届け物があってはるばる来たんや!」


「あぁ。それはご苦労様。……それで? 中身はなんなの?」

 そう言って手を差し出すレジーナ。



「中身も外身もあるかいな……」と、急に下を向くタヌキ。


 あ。そういえば……。


「どういうこと?」と尋ねるレジーナ。


「すまん。盗られてもうてん」

 

 そんなこと言ってたな……。


「はぁ!? 盗られた!? ……どうするのよ!?」


「どうするんかはあんたの仕事や。どないなっとんねん、ここいら辺りは!! わしゃホンマにとんでもない目に遭ってんぞ?」

 タヌキは短い手を振り回し精一杯に抗議した。


 ……このタヌキ、開き直ってやがる。


「裸の変態と悪党どもが徒党を組んで襲って来たんや! 必死に戦ったんやけどぶちのめされて……」

 ほいで盗まれてもうてん。と、演技過剰なタヌキが泣きを見せる。


「…………」

 嘘つけい。お前、ロバおとりに逃げたって自分で言ってたじゃねーか。



「……いつの話なの?」

「昨日ですぅ。……丸一日前」と、しょぼんだタヌキ。


 はぁと深いため息を吐くレジーナ。

「今更焦っても遅いわね」


 チラチラと俺に助けを求める視線を寄越すタヌキ。


 ……コイツ。


「……まぁ、いつまでもここで騒いでいる訳にもいかないし、移動しよう」と、俺。


「はぁ……。そうね。一旦戻って話はボスコに直接してもらいましょ」


「……」

 タヌキは全ての演技力を駆使して、殊勝な態度で小さくなっていた。


「アンタも来るのよメッセンジャー」

 レジーナにそう言われ、途端に顔で花が咲くタヌキ。


「行きますぅ」




そういうことになった。


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