第20話 紳士
しばらくの休憩の後、最後にゴブリンを狩る実戦と相成った。
ベンが目の前の森から引き連れてきたのは三体のゴブリンだった。手本を示すにはちょうどいい数だ。
「はじめるぞ」
俺は原っぱの真ん中で待ち受ける。
走って来たベンは、俺を追い越して、そのまま後方の子供たちが待機している場所に合流した。
遅れて森から這い出てきたゴブリン達。「ギッギイッ」と鳴きながら、手にこん棒を握りしめ、俺にターゲットを絞った三体。
「かかってこーい」
片手剣を鞘から抜き放ち、下段に構えた。
そのまましばらく待つと俺を囲うようにジリジリと広がるゴブリン。
そろそろいいか。
「よく見ておけー」
その真ん中にいた一体に狙いを絞る。
「ギッギッ」と奇声をあげて、さらにじわりと近づいて来た小柄なゴブリン。
「フンっ!」
大きく一歩を踏み込んで、一瞬でそのゴブリンの片足を切り飛ばす。
「気の起こりに剣を合わせて先の先」
手ごたえ軽く飛んで行った右足。ゴブリンはそのまま大地にひっくり返り、のたうち回る。
「ギャァアォオオオオオオ!!!」
遅れて動き出した右のゴブリン。
「ギィエイイ!!」」
「よっと!」
鋭く再び踏み込んで、すれ違いざま腰を落としながらゴブリンの片腕を根元から斬り飛ばす。
ザンッ!
「動きの起こりに合わせて対の先」
血を振りまきながら、同胞の体に重なるように倒れ込んだゴブリン。
「そして――ってお前! 後の先見せたいんだから打ってこいや!」
後ずさりして一向に前に出てこないゴブリン。
「あ」
そして最後の一体は、仲間のゴブリンを置いて脱兎のごとく逃げ出した。
背を追い仕留めようか、と一瞬考えていたら、シューンと風を切りながら飛んでいった矢が、遠ざかって行く背中の中心に吸い込まれた。
振り返ると弓を構えたベンがいた。
「お見事」
矢を受けながら数歩進んだ先で、グシャッと音をたてて転び、そのまま動かなくなった最後のゴブリン。
俺は子供達の方へ振り返りながら、
「なんとなく敵の呼吸が見えたろ? お前たちもこんなふう――」
「オリャアアアアアア!!」
わぁお。この子たち止め刺すのに必死でもう聞いてないじゃん。
「エイッ!! エイッ!!」「たぁあああ!!」
そこには、無力化した2体のゴブリンの頭を、各々が手に持つこん棒で、ガッツン、ガッツン叩き潰す3人の姿。
「つぅぎはあっちだあわあああ!!」
目を血走らせた三人は、奇声をあげながら次なるゴブリンの始末に向かい風のように去って行く。
……おい。
ベンが仕留めた方の、最後の一体の止めを刺した三人は、その後勢い込んで駆け戻って来た。
「ありがとうっ! アクセル!!」
「できた! できた! おかげで僕魂の位階が上がったよ!!」
「もう一回みせてよ!! アクセルの動きが速すぎてわからなかった!!」
……嘘つけぃ。倒れたゴブリンが気になって見てなかっただけだろうが。
バーゲンセールが如くの経験値の奪い合いを見せ、もうおかわりを要求する子供達。この世の将来の治安は安泰かもしれない。
「たくましいにも程があるな……」
パチパチと拍手が聞こえて振り向くと、地面にひいたハンカチの上に、膝を抱えて三角座りをするアーロン。クリクリした瞳で、若き三人の冒険者の卵の活躍をたたえていた。
そして傍らにはもちろん、直立で立つ執事のじいさん。こちらもどこか満足げな表情をしていた。
「はぁ」
その後必死の子供達三人に請われ、再びベンが森の中から誘導してきたゴブリンを追加で6体無力化し、子供一人当たり2体ずつ止めを刺した所で、打ち止めになった。
本来森の中でゴブリンと戦う事を想定していたはずだが、アーロンがいるのでまぁいいだろう。
俺がゴブリンの手足を切り飛ばし、子供達三人で止めを刺す。キエエ! キエエエ! と叫びながらこん棒を振り下ろす様は、もはや堂に入ったものと言って差し支えなかった。
「すごいよ!! アクセル!! 俺も今ので位階が上がったかも!!」
「アクセル僕にもゴブリンもう少し剥いてよ! お願いもっと剥いてよ!!!」
「アクセル!! この村に住みなよ? それで毎日俺達にゴブリン剥いて!!」
「あと少し剥いて――」
ゴブリンを『
「なんちゅうスパイシーな表現……」
俺はこの世界の事を嫌いになりそうだ――。
返り血を古布で拭い、整列した三人の戦士たちに対して、
「みんなすごいね。僕もいつか君たちみたいに戦ってみたいな!」
アーロン少年は大満足の表情でそう締めくくった。
その後は、ベンの指導の下、ゴブリンの素材はぎを行った。
とはいえ右耳を切り取り、魔石抜きをするだけの簡単な作業。
穴を掘り、薪を集めてゴブリンの遺骸を燃やす作業の方が、大半の時間を占めたのだった。
「俺は南方のダンジョン群に行くんだ」と、ジョン。
手には切り取ったゴブリンの右耳をつないだ紐がある。
「僕はいつか≪合一≫の謎を解きたい。それで船で旅をしてみたい」と、マイク。
「俺は大障壁を越えていつか大勇者になるんだ」と、レイ。
次々挙がる夢や目標が、俺には何一つ分からない。目をキラキラさせたアーロンだけが、一々頷いていた。
詳しく聞いてみたくはあったがしかし――。
「よし。作業終わり。みんなは一旦休んでてくれ」
休憩にすると、ずいぶん前から気になっていたクスノキに向かって歩き出す。
視線の動きから、まず間違いなくベンもそれに気付いているようだ――。
◇◇
「……やぁ。ちょっと話そうよ」
茂みの陰にうずくまり、息を殺して下を向く女の子の背中に声をかけた。
「ひっ!」
「……怖がらなくてもへーきだよ。俺はアクセル。これでも保安官なんだ」
体のどこを探しても、怖がる女の子を相手にかけるべき、もっとまともな表現が見つからなかった。
「こんな所に座って、どうしたのさ?」
茂みがガサガサ動揺し、そこにいたのは――
「ごべんなさい……」
涙でずるずるになった顔を必死に隠す、10歳くらいの女の子。
ゴブリン退治を始めてすぐに、背後の木陰の気配には気付いていた。
「何かあったの?」
俺もその場に座り込み、この子がここに来た理由を考えていた。
「……」
「みんなと一緒にこっちに来たかったの?」
ぐうう。と歯を食いしばり首を振る女の子。
「……じゃぁ、何か探してるとか?」
おずおずと上がった顔。初めて目が合った。下がり切った眉毛とまん丸な目が印象的なかわいい女の子だった。
「話を聞かせてよ。君はなんていうお名前なの?」
若返った体にこういう利点があることに初めて気づいた。こんな小さな子の警戒を解くために必要十分な所作。
傷だらけの薄汚れた兵士の面じゃこうはいかなかったのだろう。
――ずっと、女の子が走って逃げられたらどうしようとドキドキしていたから。
「さら」
それは、小さな小さな声だった。
「じゃぁサラさん? 何をお探しですか? たぶん俺探し物上手だし、きっと見つかる思うよ?」
「……おかあさんがぁ」
言い終わる前に涙に飲まれて声が飛び、ううううと消えた続きのセリフをしばらく待った。こんな時、レジーナが居てくれれば、と切実に思う。
俺はつくづく紳士にはなれんのだろう。例え右手と引き換えにさえ、今この時この場で、この世に差し出すべき代償に足るとは到底思えなかった。
号泣するサラを前に、涙を拭いてやるハンカチの一枚さえ持ちあわせていなかった――。
とは言え、ここで途方に暮れているわけにもいかない。
「さぁ。もうダイジョブだよ。俺はよそ者だから説明してよ。そしたら一緒に探してあげるから」
「おがあさんが倒れたから、あたしが代わりにい――」
ごめんなさいと繰り返すサラからゆっくり聞き出したところによると、どうやら森に咲く白い花が欲しいんだとか。
「そっか。……すごいじゃん。めちゃめちゃえらいね! でももう平気だよ俺が代わりに探すから、お母さんのそばにいてやりなよ」
「行こう」と、女の子の手を引いて、元居た広場に戻ると、こちらに向かって走って来たアーロンが、何も聞かずに女の子に真っ白なハンカチを差し出した。
「おぉお……」
俺の探し求めた紳士がここにいた。
「…………」
世界の、こんな所に。
しゃくりあげる女の子と、その肩をそっと抱くアーロン少年。
風の止んだ森の端。鳥の鳴き声と降り注ぐ陽光を浴びて。
こんなにも明るい世界で、透明の涙を流す女の子と、その傍らで彼女を労わるその小さな姿。
祈りの全てが溶けだして、もし何かを形に残せるのなら、俺はこの光景を選ぶんだろうとその場では半ば本気で確信してた。
「…………」
ゴブリンを仕留め、あれだけ威勢の良かった冒険者の卵の3人は、その光景を見て静かになっていた。
◇◇
「――なぁベン。この辺りで採れる病気に効く白い花って、何か思い当たるか?」
俺は額に汗のしずくを浮かべた、老いた元冒険者に尋ねた。
ベンはわずかに視線を下げて、
「……あぁ。あの子の母親のことなら、当然俺も知っとる。探してるんは間違ぇなくオーリュの花だ」
ふむ。……オーリュねぇ。
「そいつはこの辺りで売ってないのか?」
目を丸くしてベンが言う。
「オーリュがいくらすっか知らんのか?」
すまんベン。そもそもオーリュを知らんのだ――。
◇◇
サラの母親は、半年前から『仙変病』なる病気を患っているらしい。
この病の特徴は、めまいと時々訪れる急激な魔力低下。
そしてそれは治療師の≪回復≫では癒せないんだそうだ。今までは薬師に頼って症状を抑えていたのだとか。
特効薬がオーリュの花。
イリオスの街の薬屋なら置いてあるらしいが、それには金貨がいるそうだ。
『あの親子がどんだけ苦しんどるんかは、村中の皆が知っとる』
サラの親子は、今回採った魔力草を売った金で、オーリュを買おうと算段してた。
しかし、肝心の母親が倒れてしまい採集に参加できなかった。
村中で金を出し合う事もできるが、いずれにしても金貨一枚の借金。母一人子ひとりの暮らしには大そう重い枷になる。
その借金が再び魔力草の採れる、来年のこの時期まで続くというのは辛い話だ。
オーリュの花の在りかを聞いたら、なんと川向こうには普通に生えているんだとか。
それでも取りに行けない理由は二つ。
赤熊のねぐらが近い事。そして何より、オーリュの自生地は全てボルドー伯が所有していて、当然オーリュの花も全て伯爵の物だそう――。
「ベン。ガキどものおもりの代金は後でくれ」
武器の手入れを終えた俺は、森へ向かうことに決めた。
「ほんとに行くんか!?」と、困惑顔のベン。
「いや、まさか。ただちょっと空気がいいから散歩したいだけだよ」
俺はそう言い、ブーツの紐を締めた。
◇◇
「じゃぁ、みんなベンについて帰れよ」
「ありがとアクセル!」
何度も感謝を口にする子供達。
サラの手を引くアーロン少年と共に、一行は並んで引き上げて行った。
「すまん。シェリフ」と最後に頭を下げたベン。引き結んだ口と、額に刻まれた深いシワが老いたこの男が言いたかった残りのセリフを示していた。
さて。
他人のペットの損壊に壺の窃盗。領主の兵への威迫と暴行未遂に、食い逃げ。そして新たに、領主の財物をかっぱらい。
まだこの世界に来て二日目でこれだ。
「……来世はきっと地獄だな」
いくかぁ。
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