第19話 兵士と戦士



「「「お願いします!!」」」

 先程からうずうずしていた冒険者の卵三人が、鼻息荒く挨拶をする。


「おお。訓練ならまかせとけ」

 ガキのおもりで銀貨がチャリン。あまりに旨いボーナスだ。


 俺は子供たちの後ろで腕を組むベンに尋ねた。

「それでどっから教えればいいんだ?」


「こいつらぁすでに基礎は修めとる。そろそろ森さ入ぇって実戦を考えてんだ」


 ……ふむ。

「具体的には?」


「ゴブリン狩りだぁ」



 ◇◇



 今から向かう森の安全は確保済み。というのも、朝のうちから村にいる冒険者たちの手によって大方は間引いてあるんだとか。

 残ってるのは少数のゴブリンくらい。


 それで破格の銀1枚の報酬!



 いつ発現するか皆目見当のつかない≪異能≫の事もあり、正直俺はこれ以上レベルを上げたくは無い。護衛するはずの俺がモンスターになっちまったら、それこそ目も当てられん。

 ラストヒットを他人に譲りたい俺と、魔物を仕留めたいベン達。

 この依頼は互いの利益に合致する。


「もうすぐそこだ」とベンが言う。


 村の裏手の林。そこを抜けた山に至る森へ向かう一行。 

 森の奥では魔力草採集が行われており、その手前でゴブリン狩りを行うことになったわけだ。


 引退した冒険者であるベンを先頭に、子供たちを引率して後ろをゾロゾロついていく。

 そして俺の横には、周囲を物珍しそうにキョロキョロ眺めながら歩く金髪の少年がいる。

 アーロン少年の背後には、ぴったり影のように張り付いた執事のじいさん。

 周囲の警戒をしながらではあるが、森から引き揚げてきた村人たちに、のんきに挨拶しながらすれ違う行道。


 おおむね静かなもんだった。


 それから5分ほど歩いた先で原っぱに行きついた。


「ここで狩りをする」とベン。


 そこは切り株が目立つ森の端の空地。

 村人が頻繁に薪取りに来るためだろうか、下草も刈られており、視界もある程度開けているので奇襲の心配もなさそうだ。



 さて。


 この冒険者の卵達が、どのくらいか動けるのかをまずは知りたい。


「それじゃぁ、それぞれの腕前を見せてくれ」

 俺の言葉に腕まくりした3人は、ベンを相手にして順番に技を示した。

 

「たぁああ!」気合一発、まっすぐ飛び込んでいくレイ。

「ふん」と、下がりながら打撃をいなすベン。


「……ん?」

 1人目のレイがチャンバラを始めてすぐ、俺はその違和感に気付いた。


 ……ガキどもの力が強ぇえ。

 ベンが僅かに押されてやがる。

 

 ベンの棍棒を構えた姿勢を見れば、一合も触れ合わずとも判る。老いてはいるが彼自身それなりの実力がある。


 ペチン、ペチンの打ち合いを想定していたのだが、細腕から思いもよらぬ打撃。

「確かにゴブリン程度なら戦えるな……」


 たまたまこの三人が特別なのか、この世はそうできているのやら?


 ……ふぅむ。


「おっけー。そこまでだ」

 

 どうだ! とばかりに俺を振り返った三人。


 俺はこちらを見つめるベンに、静かにうなずき返す。これだけ動けるんなら、棒振りは合格だ。



 試しに一番ガタイの良い盾持ち役のジョンに、一抱えある石を持ちあげるよう言ってみたら、軽々頭の上まで持ち上げた。


 近づいてきたベンに、

「これは教えがいがありそうだ。次はどうする?」と聞くと。


「集団戦を見てやってくれぃ」と、ベン。



 2対3の実践形式。組むのは俺とベン。


「……よし。始めようか」





 先頭のレイを中心にトライアングルの陣形を組んだ3人。


「いくぞーーーー!」

「おおーーー!!」


 そのまま、ドタドタと駆けこんできて、ベンの構えた木の丸楯に、ボカン! ボカン! と打ち込まれる打撃。


「押せ! 押せーーー!」

 レイの合図でひたすら真っ直ぐ攻めかかって来る子供達。


 ベンが無言で前を張り、棒きれと構えた盾を巧みに使い、子供たちの攻撃を器用に捌いている。

 俺の役割は横からちょっかいを出す事。


 3人が広がってベンを囲おうと試みるたび、俺がすかさず前に出て阻止する。


 集団戦らしき体裁は、一応整ってはいるものの付け焼刃。簡単なペテンにかかってメッキが剥げていく。


 出鼻をけん制する度、「わーー!」と言ってフォーメーションは歪む。

  

 俺が組み合ったつばぜり合いを、片手で払いのけると、後ろにコロコロ転がって、それでもすぐさま前線に食らいついてくる。


 ……うん。気合だけは十分だな。


「レイ! 味方が横にいる時に、武器を振り回すな! 目の前の相手を封じ込めてジョンのサポートを待て!」 


 打撃を左右に払いながら後退するベンに合わせて、今度は俺が前線に出る。

 俺と老兵の阿吽あうんの連携。


 チャンバラをしながら、前進と後退を繰り返し、3人の連携をゆさぶる。


 俺は二番手に控える盾持ちのジョンに指示を出す。

「ジョン! サポートは常に前線の横を守れ! 意識するのはそれだけだ!」

 

 俺が真横に一歩移動すると、前線の圧が下がった好機を捉えて、先頭のレイが一心不乱に前に出る。


「おりゃぁあああああああああああ!!」


 俺は釣り出されたレイを見送り、集団に対して横合いから棒きれでけん制すると、たちまち二番手のジョンがひっくり返り、それを慌てて助け起こすマイク。

「わーー!」「早く起きてよ!」


 レイは後ろの様子に気付くことなくひたすらこん棒を振るっている。

「でりゃぁあーーー!」


「レイ! フロントマンは突出しすぎるな! カバーを常に近くに置け」


 今度は変化をつけて、俺はベンの背中の陰から右回りに展開する。 

「マイク! 簡単に後ろに回り込まれるな! 敵の展開を食い止めるのが遊撃の役割だ!! 集団戦なんてこれだけだ!」


 しまいに3人の息はあがり、間延びした陣形が出来上がった。


「ジョン! マイク! もっと前に押してよ!!!」

 声を枯らしたリーダーのレイが、後ろを振りかえって味方を鼓舞する。

「勇敢に戦えぇえええ!!」


 レイの檄を受け、肩で息をするジョンとマイク。


「おーーー!」と、応じる二人だったが、最早もはやヘロヘロだった。


 ふむ。

「そろそろだな」


 ガキ共三人がベンの前進する圧力に耐えかねて、じりじり下がり始めたところで、俺が走って一気に後背に回り込み、マイクの持つ棒切れを取り上げた。


「わぁあああ参ったぁあ!」と半泣きのマイク。


 急な陣形の変化について行けずに、ジョンは一瞬不安気な表情で、盛んにキョロキョロ視線をさ迷わせ、何かきっかけを探していた。


 もはやマイクは無力化され、先頭のレイはベンとの攻防にかかり切り。

 ようやく俺との一対一を悟ったジョンは、それでもエリマキトカゲのような姿勢で果敢に突撃してきた。


「うあああああああ!!」と雄たけびを上げ根性を示したが、足元がお留守。

 俺のシンプルな足払いを受けて、ジョンはまたしても地に転がり、同じく寝転がっていたマイクともつれ、「うあー! うあー」とバタバタしている。

 

 俺はジョンが落とした棍棒を脇へ放り投げた。

「2人目脱落、と」


 最後に残ったレイを、ベンが盾で押し込むと、俺に挟まれパーティーはあっけなく瓦解した。

 俺が足払いを仕掛けると、レイは「わぁああん」と言って宙を舞った。



 ◇◇



 地面にひっくり返っていたリーダーのレイが、のそのそ起き上がり、不満顔で俺に食って掛かる。

「回り込まれて囲まれたら不利なんて分かってる! でもどうすればいいのさ?」


「簡単だ。戦う相手の数と強さを事前に知っておけ。相手を見て無理なら逃げる。それだけだ」


「なっ!? じゃあさっきは戦わずに逃げるのが正解だったの?」


「実戦なら当然そうだ」と、俺。


 大きな口を開け、レイが再びほえる。

「はぁ!? さっきみたいに逃げれなかったら?」 


「逃げるために戦士は毎日訓練するんだ! とにかく毎日武具を装備したまま走れ」


「逃げるためぇ……?」


 俺たちは誇り高きダニオスの冒険者なのにと食い下がるレイに、

「優れたリーダーは、パーティーを安全に逃がす手をいくつも持っておくもんだぁ」と、老兵のベンが諭す。



 それを聞いた、離れた場所の金髪のおぼっちゃん、アーロンだけが何故か、うんうんとゆっくり頷いていた。


 それでも納得のいかない冒険者の卵の3人は「ベンとアクセルが組むのはズルだ」と口々に不満を垂れていた。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る