第18話 ダニオス村と冒険者の卵
ようやくたどり着いたダニオス村は、魔力回復薬の素となる魔力草の収穫期を迎え、活気にあふれていた。午前10時の停車場には、買い付けに来た商人が所有する大型馬車がすでに何台も止まっており、馬ていを務める村人たちは玉の汗を浮かべていた。
「ご用はなんでしょう?」
村の入り口で案内を務める村人に声をかけられた。
停車場に向かって馬の口取り縄を引きながら、
「俺は保安官のアクセル。ベンハーって名のお医者さんはどこにいるの? 話を聞きにはるばる来たんだよ」
「はぁ。保安官? そいじゃぁこちらに」
サムと名乗った村人に案内され、通りかかった広場の中心。そこには、ゴザに広げた下処理済みの魔力草が山と積まれていた。
そしてそれらを囲んで、村人と商人達が、にぎやかに交渉を続けていた。
「ずいぶん人が多いな……」
昼寝から目覚めたレジーナが、しょぼしょぼした目で後ろをついてくる。
「……ホントね。この様子だとちょっと話を聞いて次へ行くってわけにもいかないかもね……」
……村のかき入れ時と、ベンハー医師の仕事になんの関係が?
そのセリフが気にはなったが、それ以上にレジーナが「う~ん」と、伸びをした拍子に張り出し強調された胸を横目に、俺は神妙な顔で「なるほど」と言うにとどまった。
忙しく働く丁稚や荷運び人夫に混じって、武装した冒険者の姿も見えた。大金の動く場所であり、その金を目当てに集まって来る盗賊に対する備えとして、彼らは雇われているようだ。
魔力草という森の恵みに集まるのは、当然人間だけではないらしい。
魔力草を食べに集まる30センチ級のバッタ。を、食べに集まるゴブリン。を、食べに集まる魔獣の図。
弱肉強食という自然の摂理が目の前の森で、盛んに繰り広げられている。
当然そのサイクルには人間も含まれており、魔力草を集める村人達も、この時期は多くの冒険者を護衛として雇うんだそう。
朝から日暮れまで、村の狩人と冒険者が共闘して山狩りを行っている。
案内を引き受けた村人曰く、これがダニオス村の毎年の光景だそうだ。
そこには当然、多数のケガ人が生まれ、この時期の医師は忙しくしている。
これまたいつもの光景だとか。
……なるほど。
◇◇
「ベンハーさんの手が空くのは夕方だそうです」
診療所への用聞きから帰って来た案内人のサムは、奥の建物を指さし「お話があるなら日暮れに来てほしいとのこと」と言って去って行った。
回復薬の製造に加え、重傷を負った冒険者の治療をも一手に引き受けてるベンハー。
というわけで、面会を予定していた医師は絶賛仕事中。
そして広場の中心に残された俺とレジーナ。俺は「ちょとあっちで水飲んでくる」と、言い置き井戸に向かった。
冷たい水でのどを潤し、ついでに顔まで洗って帰ってくると、レジーナは村の女性と立ち話をしていた。
レジーナは、頭に白色のバンダナを巻いたその女性との短い会話の後、
「あたしは時間が来るまであっちの救護所を手伝うわ。人手が足りずに困ってるんだって」
レジーナの隣でぺこりと頭を下げる女性。
「じゃあ俺はどこか邪魔にならないところで時間つぶすことにするよ」
「夕方に医師のところに集合ね」
そう言い残し、レジーナは村の女性と連れ立って、薬師が忙しそうに働いている、露天にベットを並べただけの仮設救護所の助っ人に向かった。
突然暇になった俺は、樫の木陰の地面に座り、忙しく働く人の流れをぼーっと眺めていた。
「…………」
役立たずには役立たずの仕事がある。その特権である昼寝。
「…………ふぁあ」
テンガロンを深くかぶりなおし、大きなあくびをしていたら、突然声をかけられた。
「あんたぁシェリフのアクセルか?」
のっそり見やると、突然現れた声の主は、がっしりとした体つきの初老の男だった。
カーキ色のベストに剣を帯びた――冒険者?
「……そうだけど?」
レジーナからの使いだろうか?
「俺はベン。こん村で、レンジャーっつうて森の魔物ぉ管理しとる者んだ」
ふむ?
「……何か問題がおきたの?」
「これから森さ入ぇるんだが、アンタに応援を頼みてぇんだ。」
「いや、……まぁ暇だけど」
「アンタの相棒からは腕利きの保安官だって聞いとる。報酬はもちろん払う」
仕事か。
「おっけー、手伝うよ」
俺はボスコから借りた片手剣を抱えて立ち上がる。
格好をつけちまったが、内心、その報酬とやらが喉から手が出るほど欲しかった。
ポッケの治療費。それにいくら掛かるか分かったもんじゃない――。
◇◇
ベンの後ろをついて行った先に居たのが、ローティーンの3人の子共で驚いた。
てっきり山狩りをするんだと思ったんだが……。
背が大きい順にレイ・ジョン・マイクだとベンから説明された。
彼らは全員10歳だとか。皆それぞれに、太さの異なる手製のこん棒を担いでいる。
「「「よろしくシェリフ!!」」」
鼻息荒く、俺を見上げる3対の瞳。
「それで何をするんだ?」
まさかこいつら連れて森に入るのか?
「この3人は、将来冒険者の訓練校さ、行くことになっとる。それまでにモンスターを狩る経験を積ませてぇ」
……はぁ、なるほど。その助っ人が俺ってわけか。
「それで、奥のお坊ちゃんは?」
この場に最も似つかわしくない、綺麗なシャツにおろしたてのブーツを履いた、ひと際小さなお坊ちゃん。先ほど紹介を受けなかった四人目の子供。
ベンは言いにくそうにポリポリと頬を掻きながら、
「こっちはその――」
明るい髪の少年が一歩前に出て一言。
「ボクはアーロン!」
胸に片手をやり、大きな身振りで森を指さす。
「僕は冒険が見てみたいんだ! よろしく、シェリフ!」
とっても元気なアーロン君。年を聞いたら8歳だそうだ。
「あぁ……よろしく」
見学か。
アーロンの後にひかえるのは、白髪頭を綺麗になでつけた爺さん執事。
彼らははるばるボルドーの街からやってきたそうだ。
執事の彼に至っては、場違いにも程がある。光沢のある黒のロングテールコートに、ピカピカの革靴という全身黒の装いに、白手袋。これからダンスパーティーでもあるわけでなし、フォーマルすぎるその装いに、ここがどこだか忘れそうになる。
俺はベンに目くばせし、無言でこの状況全ての説明を求めた。
自然に歩み寄って来たベンが、
「彼らが今回の報酬を払ってくれることになっとる」と、耳打ちする。
「……なるほど。理解した」
冒険指導というより、俺の任務はアーロン少年の安全確保にあるといったところだな。
とにかく、まぁ、目の前で鼻の穴を膨らませる金髪少年がこの依頼のパトロンだった。
相応の金を積んでくれるのなら、詮索をせず、文句も言わないのが冒険者の流儀なのだろう。その姿勢を子供のうちから教えんとする、ベンの教育方針は気持ちがいいものだった。
そして、俺の元に歩み寄って来た執事のじいさんが静かに、
「アーロン坊ちゃまは、冒険の見学を所望されています」と言った。
爺さんは、俺の耳元で囁くように続ける。
「報酬は千リブラ」
執事のその言葉に俺は静かに頷いた。
「当然、坊ちゃまは安全な冒険を望んでいます」と、瞳に力を込めた執事。
銀1枚か。……十分だ。
「ああ。もちろん安全な森の冒険を約束するよ」
そんなもんがこの世にあるなら見てみたかった。
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