第14話

「はぁ」


 朝からため息なんて、天音じゃあるまいし。

 そう思いながらも俺はため息を呑み込むことはできなかった。


「あきと、モテモテ」


 隣を歩く天音が能天気に茶化してくる。


「……うるさい」


 俺はだらしなく肩を落とした。


 これ、どうするんだよ?


 見つめる先は、俺の手のひらにあるラブレター。

 一枚ではなく十枚もの。


 これらは全て俺の靴箱の中に入っていたもの。靴箱開けたら雪崩のように出てきたからびっくりした。

 寮から靴箱までは天音をおんぶしていたんだけど、両手が塞がったので今は歩いもらってる。まあ、それが普通なんだけどね。


 とりあえず、今の俺は元気がなかった。


「おはよー」


 無気力な声で挨拶しながら教室に入る。

 入り口近くに席がある俺はすぐに席に着き、天音は奥に進んで行く。その際にラブレターは鞄に入れる。後で読ませていただきます。


「「「彰人様!!!」」」


「ええ!?」


 ラブレターを鞄の中に入れた瞬間に、教室にいたクラスメートが俺の元に集まってきた。

 異様な光景に驚きを隠せない。


 彰人“様”って何!?


 十人ぐらいの女子が頬を赤らめて一斉に話しかけてくる。

 何言っているのか分からない。というか、怖い。


「あ、あの、1人ずつ話してくれないかな?」


 俺が声をあげると、奇妙なことに一つの列ができた。


「嶋田春菜です。握手いいですか?」


「え、知ってるけど、ごめん」


 何故か、右手を差し出してきた嶋田さん。

 意味が分からなすぎて反射的に断ってしまった。


「し、塩対応……っ!」


 嶋田さんがガクリとうなだれる。


「な、なんかごめ――」


「でも、それもいい……っ!!」


 あ、この人ダメだ。


 頬を赤らめて息を荒くする嶋田さんを見てそう、思った。


 そして、嶋田さんは後ろに下がっていった。

 すると、次の子がやってくる。


「藤森彩花です。“彩花、愛してる”って言ってくれませんか!?」


「え、急にどうしたの?」


 嶋田さんに続いての藤森さんの要求に俺は引いていた。


「そ、そんな蔑むような目でみ、見られたら……っ」


 肩を震わせながら藤森さんが身を縮ませる。


 あ、目に出てたか。


「あ、あまりに突然だったから、ごめ――」


「興奮する……っっ」


 この人もダメだ。


 頬を赤らめて息を荒くさせて、さらに口の端から涎を垂らす藤森さんを見て、そう思ってしまった。


「あ、あの、ハグをっ――」


「ごめんなさい」


「さ、サインっ――」


「そんなのないです」


「頭撫――」


「嫌です」


「おっ――」


「無理」


 どっかのアイドルになった気分だ。

 かれこれ十人は捌いた。かなりの精神を削られたけど、おかげで残り二人。


 俺はため息を吐きながらも顔を上げた。


「西園寺彼方です。握手にハグに“愛してる”をお願いします」


「あきと、抱っこ」


「鶴原さん、今は私の時間なのですが?」


「要求多い。がめつい」


「んなっ!?」


「はあ、何してんの?」


 残り二人は、まさかの彼方と天音だった。

 二人はお互いの手を握りながら睨み合っていた。


「彰人さんっ、早く握手にハグに“愛してる”をっ!」


「今の状態では握手とハグは無理だよね」


 天音が邪魔だし。仮に天音がいなくてもやらないけど。

 ま、彼方も悪ふざけでやっているんだろう。彼方が俺にハグを求めるなんておかしいし。

 ちょっと面白みに欠ける返しだったな。反省しよう。


「鶴原さん、邪魔です……っ」


「邪魔はあなた……っ!あきと、抱っこっ」


「あははー、面白いなー」


「え、?」


 よし、今度の返しは正解だろ。

 意外だったな。面倒くさがりの天音まで、わざわざ彼方と悪ふざけをしに来るなんて。


「ふふっ、相手にすらされていませんね?」


「……っ、そんなことないしっ」


 まだ睨み合ってるし。案外仲良いんだな。もしかして、付き合ったりする?


 俺はそんな妄想しながら席を立った。トイレ行こ。


 それにしても、何か大事なことを忘れているような……

 まあ、いっか。

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