第19話

 一週間はあっという間に過ぎ、林間学校当日になった。

 クラスごとに荷物を荷台に置きバスに乗り込む。


 目的地は長野県の施設らしい。

 四時間半はかかるみたいだ。今が3時だから、着いた頃には暗くなってるかな。


 ようやくの出発にバスの中のボルテージは高まる。

 俺の隣の天音は寝れなくて鬱陶しそうにしてるけど。


「天音、お菓子いる?」


「いる」


 天音の小さく開いた口にポッキーを入れる。

 ポリポリと少しずつ短くなっていくポッキー。


 食べ終えると再びもう一本。


「彰人さん、私も一本ほしいです」


 二本目を食べさせ終えると前の座席から彼方が顔を見せる。

 俺たちの前は彼方と斎藤さんが座っている。


「いいよ」


 彼方が開けた小さな口にポッキーを入れた。


「ありがとうございます」


 彼方は満足そうに自分の席に戻っていった。


「凄い光景だね、あはは……」


 前から斎藤さんの乾いた笑い声が聞こえた。


「あきと、私もお菓子持ってきた」


 天音が取り出したのはグミだった。


「じゃあ、もうポッキーはいい?」


「ううん」


 天音が首を横に振る。

 あ、まだいるんだ。


 天音がグミの袋を開封して、一つ取り出す。


「あきと、あーん」


「え、俺?」


「ん」


 天音が俺の口の手前までグミを伸ばす。


「い、いや、俺は自分で食――んぐっ」


 話していたところに半ば無理やり入れられた。


「どう?」


 どうって……、恥ずかしいんだけど。


「お、美味しいよ。ありがとう」


 俺がお礼を口にすると嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ん、もう一個」


 すると、再びグミを差し出してきた。


「あ、あーん」


 口の中にほのかに酸っぱいグミが入る。


「お、俺はもういいから。はい、天音」


「もう大丈夫。寝る」


「え?」


 そう言って、天音が俺の左肩に頭を乗せて瞼を下げた。


 ……マイペースだなぁ。



◆◇◆◇◆◇



 バスが停車する。

 辺りは木々に囲まれて、5月下旬なのに肌寒い。


「天音、起きて」


 俺の左肩を枕に眠っている天音の体を揺さぶる。


「ん……着いた?」


 天音の瞼が開く。


「うん」


「ふぁあ」


 大きな欠伸をする天音。

 周りからも、欠伸が聞こえる。

 途中からはしゃぎ疲れたのか、寝てる人も多かった。


 皆がゆっくりな足取りでバスから降りる。


 久しぶりに吸う外の空気は自然ということもあり美味しく感じた。

 そして、空を見上げると大きな満月に小さな星まで視界の中で輝いていた。


「すごい……」


 始めて見る光景にそんな陳腐な言葉しか出なかった。


「皆、眠いと思うけど今からご飯だよー。部屋に荷物置いたら食堂に集合ね」


 林先生が先頭に立ち、今日から泊まる施設に誘導する。

 皆それに続き動き出す。


「天音、行こ」


「ん」


 空を見上げていた天音が首を下ろす。


「彰人さん」


 後ろから彼方の声がかかる。


「どうした?」


「楽しそうですね」


 小さく微笑んで呟くように告げる。


「そうだな」

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