第25話

「ぁぁぁっ、あああああああああっ」


 獣が覆い被さろうと、激しく動き始めた。


「――ダメ」


 どこか覇気のない声と共に、彼方が何かに蹴られてひっくり返る。


「え?」


「大丈夫、あきと?」


 俺の視界に天音の顔が映る。


「ど、どうしてここに?」


「勘」


「勘?」


 よ、よく分からん。でも、助かった。


「ありがとう、天音」


「ん。で、これどうする?」


 天音が“これ”と言って指差す。そこには、頬を赤らめて荒い息を吐く獣がいた。


「できれば、なんとかしてほしいかな」


「ん」


 天音が俺の前に立つ。そして、獣と対峙する。


「西園寺彼方、これがあなたの企んでたこと?」


「ぁぁああああっ!」


 獣が天音に襲いかかる。


「……うるさい」


 天音が彼方の暴れる両手を掻い潜り、背後に回る。

 そして、首もとに手刀を入れた。


「ぁっ」


 獣が倒れた。


「おぉ」


 俺は天音の華麗な動きに思わず拍手をしてしまう。

 すげぇ、そんな動きできるのかよ。


 もしかして、天音って面倒くさがりなだけでエリートなのでは?


「疲れた」


 天音がため息をつく。


「ありがとう、天音」


 天音が俺の方に来て頭を差し出す。俺はその頭を撫でてやった。


「ん」


 ん?

 いや、待て。俺は今は男性器を露にしている。当然、天音の目にも写っているはずだ。


「天音、俺男だぞ?天音はあんなふうにならないのか?」


 この世界の女性は男性を見たら獣のようになるのが普通なんじゃないのか?


「ん。なんか、大丈夫。たぶん、いっぱい寝てるから?」


 なんじゃそれ。

 性欲を睡眠に回してるってこと?分かんね。


「それより、あきと。私前言った。そいつは女だって」


 ……確かに言われた記憶がある。


「ごめん。変な捉え方してた」


 でも、彼方のことはさっきまで本当に男だと思っていたから。


「もういい。で、どうするの、これ」


 “これ”って指差すの止めてあげて……。


「どうもしないよ?部屋に連れて行こっか」


「待って。一度襲われた。こいつ、前から計画してた。だから、危ない」


 俺を心配してくれてか、真剣な表情で訴えかけてくる天音。


「でも、彼方は友達だから大丈夫だと思う」


「…………あきとがそう言うなら。でも、次あったら離す」


「うん。頼りにしてるよ、天音」


「ん」


 天音が大きく頷いた、ような気がした。


 というか、寒っ。

 湯冷めしたぁ。


「天音、彼方に服着させてやって」


「えぇ」


 天音があからさまに嫌そうな顔をする。

 そんなに、嫌い?


「お願い」


「はぁ。分かった」


 渋々承諾した天音は彼方を引きずって脱衣所まで運んで行く。


 雑いな。もっと丁重に扱ってあげて!?



◇◆◇◆◇◆



「みさと、心配してた」


 彼方をおぶって廊下を歩く。


「そっか。怖いなぁ」


「庇う?」


「んー、いやいいかな。怒られるべきだな。心配かけたんだし」


 部屋に戻ったら案の定実里さんに怒っていた。

 でも、俺の背中で眠っている(気絶している)彼方を見ると、お開きとなった。

 実里さんにはのぼせたと伝えて、事なきを得た。

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