第24話

 明らかに普通とは異なる音。

 それは、近くに落ちたことを安易に想像させた。


 突然、視界を奪われる。


「っ!」


 停電か。


「彼方、大丈夫か!?」


 俺は彼方がいる方向へ声をかけた。


「は、はい、大丈夫です!」


 彼方の声が返ってくる。


「一旦合流しよう。俺がそっちに向かう」


「は、はい」


 俺は来た道をゆっくりと戻る。

 一気に光がなくなったせいで前も下も全く見えない。


「うおッ」


 足元が何かに引っ掛かり転んでしまう。

 頭から行ってしまい鈍い音を立てる。


 さっきまでは何もなかったはずなのに……ッ。さっきの地響きか。


「だ、大丈夫ですか!?」


 彼方の方から慌てたような声と一緒に水が滴る音が聞こえる。

 そして、駆け足が聞こえてきた。


「だ、大丈夫だから、落ち着いて……」


 視界のない中、走るのは流石に危ないって。


「きゃっ」


 ずいぶんと近くから彼方の悲鳴が響く。


「大丈夫!?」


「は、はい……、ちょっと転けただけです。ですが、お互い近くに――」


 あ、電気が付いた。


 暗闇が一気に晴れ、視界に大量の光が入る。眩しくて目をすぼめる。


 次第に慣れて目を開く。そして痛みも引いたので上半身を起こす。

 幸いぶつけただけで怪我はないみたいだ。足元には石鹸が転がっていた。


 そして、その先には彼方がうつ伏せで転んでいた。


「大丈夫か?」


 俺は立ち上がって彼方の方に近づく。


「は、はい」


 彼方が返事をするものの、痛そうだ。


「体勢変えるぞ」


 うつ伏せはまずいと思い、彼方の脇に手を入れ抱っこの要領で起こす。


「ま、待ってください!!も、もう自分で動けますから!!」


 彼方が大声を出す。


「無理すんなよ」


 まだ痛いだろ。


 俺は彼方を持ち上げて……


「え?」


 見えてしまった。


 彼方のタオルは転けた拍子に取れたのだろう。彼方は生まれたままの姿で、男にあるはずのものがなかった。


 ……彼方が女?


「はぁっはぁっはぁっ、はっ」


「ッ!?」


 彼方に押し倒される。

 受け身を取ったから良かったものの、危なかった。


「おい、彼方……っ、て自我がない?」


「はあはあはあはあはあ、男……っ」


 俺の太ももに座り両手を固定される。あまりにも力が強く身動きが取れない。

 彼方の視線は俺の下半身に固定されていた。残念ながら、彼方が女だと意識して生理的に反応してしまっていた。

 彼方はそれを息を荒くして涎を垂らしながら見つめていた。

 これが、この世界の女なのか?


「彼方、どうして……」


 この学校で唯一の同志で頼りにしていた。

 それは、彼方が俺と同じ男だったから。


 でも、彼方は女だった。


 騙してたんだ。あのトイレの日からずっと。今までのやり取りも全部嘘だったのか。


 ああ、やっぱり女って信じちゃダメなんだ……



 ――ポタ、ポタ



 頬に仄かに温かい水滴が滴る。


「かな、た……?」


 彼方の瞳から大粒の涙が溢れていた。


「い、嫌ですっ、こんなのっ、嫌なのにっ、身体がっ、私がっ、女がっ、襲えって!!!」


 泣きながら叫ぶ彼方。それでも彼方の身体は独りでに動いていく。


「ごめんなさい。ごめんなさい。騙してごめんなさい。裏切ってごめんなさい。ごめんなさい……っ」


「すぅ……、いいよ、彼方」


「えぇ?」


 彼方の動きが止まる。


「いいよ。最初は騙してたのかもしれない。でも、今は違うんだろ?それに、動いてるの彼方の意思じゃないんだろ?苦しそうな顔見れば分かる。だから、いいよ。これで、彼方を見限ったりしないから」


 彼方に微笑みかける。


「ぁぁぁっ、あああああああああっ」


 は、はは、こりゃあ女性恐怖症になるわ。


 俺に襲いかかろうとする彼方だったものは、まるで獣のようだった。

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