第5話

 あぁ、終わった。


 俺が男だとバラされて明日には学校中に広まる。そして、回されるんだ。


 いや、そもそも今から無事に部屋に戻れるかすら分からない。

 この子に捕まってお持ち帰りってのもありえる。


 どちらにせよ、終わった。


「あの、池田彰人さんですよね?」


「あ、はい」


 なんか普通に話しかけられた。しかも、名前も知られている。


 トイレをし終えた俺は振り返って女子と対面する。


 金髪ボブに大きな碧の瞳。まるで西洋人形のように整った顔。

 俺は、その人を知っていた。


 今日、教室で見かけた。


「えっと……」


 名前は出てこないけど。


西園寺さいおんじ彼方かなたです」


「ご、ごめん」


「いえ、池田さんは途中から来られたので」


 おや?意外と話が通じるな。これは、行けるのでは?


「あ、あの、俺が男についてなんだけど、このことは誰にも言わないでくれない?」


「……あの、実は私も男なのですが」


「え?」


 西園寺さんのいきなりのカミングアウトに困惑する。


 西園寺さんが男?


 失礼ながらも俺は西園寺さんの全身をまじまじと見つめた。


 顔は美形だけど、中性的。声は高いけど、そういう男性もいないとは言えない。身長も小さいけど、普通にいる。なにより、胸が出ていない。


 胸が出ていないのはポイントが高い。

 もしかして、本当に男なのでは?


 確信したいから、生えてるか見せてもらって……いや、そんなん聞けないわ。聞かれたら俺も嫌だし。


 なにより、男を前にして襲いかかって来ないのが証拠だろ。


 西園寺さんは男だ。


「信じてくれますか?」


 西園寺さんが不安げに聞く。


「もちろん。これからよろしくね、西園寺さん」


 俺は笑顔で右手を西園寺さんに向けた。

 嬉しかった。周りに女子しかいない中、唯一の同胞を見つけられて。


 孤独や不安が一気に晴れた。


「私の方こそ、よろしくお願いします、池田さん」


 西園寺さんも笑顔で、右手を重ねる。


「俺のことは彰人でいいよ」


「では、私のことも彼方と呼んでください」



◇◆◇◆◇◆



「ただいま戻りました」


「おかえり、彼方ちゃん。遅かったね」


 はしたなくも、私はすぐにベッドの上に転がる。


「どうしたの……ってその手、どうしたの!?」


 隣のベッドに寝転んでいる実里ちゃんが私の左手を見て驚嘆する。


 私は自分の左手を見る。


 ドクドクと血が溢れていた。


「途中転んでしまって。すみません、洗ってきますね」


「西園寺家のご令嬢でもドジなとこあるんだね」


「あはは」


 実里ちゃんの見当違いの言葉に私は笑って誤魔化す。


 私は洗面所に行って、手を流す。


「い……っ」


 だいぶ、深く行ってますね……

 でも、あの時はこうでもしないと、耐えられませんでした。


 まさか、男性がいるとは思ってもみませんでした。

 それも、同じクラスだとは。


 女性私たちは、男性を実際に見たことがありません。

 だから、男性を見分けることが困難なのです。

 本来、服装で判断するのですが、ここの学校の生徒は女性も男装をしています。そのため、服装で判断できなくなっています。


 そもそも、男性がいるなんて考えてもいませんでしたし。


 男子高校とは名前だけ。実際には男性と出会うために、男装した女性しかいない、普通と変わらない高校。


 そんなことは、ネットにすら書いてある常識です。


 こんな学校に男性がいるなんて誰も思わないでしょう。


 その結果、彰人さんは他の女性にバレなかったのでしょう。


 私が見つけれたのも本当に奇跡です。


 だからこそ、誰にも譲りません。


 彰人さんは私のものです。


 一般男性は、女性が近づくだけで気絶するとか聞きますので、彰人さんは女性への耐性がかなり強いと思います。

 それでも、やはり少しは苦手意識はあるみたいですね。


 正直、無理やりとも考えました。


 ですが、他の雌に取られるのも面白くないですよね。どうせなら、私だけのものにしたいです。


 だから、我慢したのです。左手の掌に爪を食い込ませて。

 本当に危なかったです。何度襲いかかろうとしたことか。


 それで、我慢した甲斐もあって彰人さんは、私が男だと信じてくれました。

 これからは、ゆっくりと信頼を積み重ねようと思います。


 そして、時が満ちたら、その時は……ふふっ。


 誰にも渡しませんよ?

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