第6話

「ただいまー」


 この学校で初めて男子と出会ったことで、意気揚々と部屋に戻ると鶴原さんは既に眠っていた。


 て、服そのままじゃん。

 それに、お風呂にも入ってないだろ。


「鶴原さん、お風呂は?」


 俺は鶴原さんの肩をそっと叩く。


「ん……くぅちゃん?」


「いや、俺はくぅちゃんじゃ――うぐっ」


 鶴原さんの腕が俺の首に回り、鶴原さんの胸元に引き寄せられる。


 またか!


 苦しいし、トラウマが蘇ってきたし、変な汗が出てきた。


「鶴原さんっ!」


「……うぅ、なにぃ、あきと?」


 鶴原さんの包容から脱出すると、眠そうな鶴原さんと目が合う。


「お風呂入りなよ。それから、俺に抱きつくのはやめて」


「抱きつかないとよく眠れない。それと、お風呂面倒くさい。あきと、入れて?」


 もう、至急くぅちゃんを持ってくるべきだろう。

 いろいろと難しいけど。


 抱きつかないとよく眠れない、か。


「……左手なら良いよ」


「ほんとう?ありがとう」


「待った」


 早速抱きつこうとする鶴原さんを止める。


「なに?」


「お風呂に入らないと駄目」


「えぇ、面倒くさい」


「髪ぐらいなら俺が乾かしてあげるから」


「……それなら」


 鶴原さんは渋々と言ったように、立ち上がり洗面所へ向かった。



◆◇◆◇◆◇



「くぅちゃん……」


「…………」


 眠れない。


 隣から穏やかな寝息が聞こえる中、俺の眼はギンギンに開かれていた。

 当然だろ。左腕が鶴原さんの温もりに包まれているのだから。


 左腕に抱きついて寝るために、鶴原さんは俺のベッドにいる。

 スペースはまだあるけど、鶴原さんとの距離はどうやっても開けることはできない。

 色んな意味でドキドキして眠れない。


「くぅちゃん好き」


 鶴原さんの口から寝言が漏れる。


「俺はくぅちゃんじゃないっての」


 俺は苦笑混じりに突っ込む。


「あきと好き。一生お世話して」


「っ!?」


 鶴原さんの口から俺の名前が出てきて驚く。


 鶴原さんを見るけど起きている様子はなかった。寝言か?


 寝言で今日出会った人の名前が出るとは、かなり信頼されているようで。


 つか、どんだけ面倒くさがりだよ。


 一生世話は無理だけど、高校三年間だけならお世話しようかな。

 この学校で生活するためにも、女性に耐性つけなきゃだし。



◇◆◇◆◇◆



「あきと、おんぶ」


「嫌だ。食堂までそんなに距離ないし自分で歩こう?」


「うぇ」


 嫌そうな顔をしながらも足を動かす。


「ほら」


 俺は鶴原さんに手を差し出す。


「ん」


 その手を鶴原さんはコクりと頷いて取る。

 少し冷たい感触が手に広がる。


 よし。自分からなら触れれる。

 鶴原さんってのもあるけど。


 俺は鶴原さんを引っ張るように廊下を進む。


 食堂に着くと、見知った背中が目に映る。


「あ、彼方」


 昨日、友達になった彼方だ。

 彼方が笑顔で振り向く。


「彰人さん!……と、その方は?」


 きょとんと首を横に倒す彼方。


「この子はルームメートの鶴原天音」


「……西園寺彼方」


 鶴原さんが小さく呟いた。


「鶴原さん、彼方のこと知ってるの?」


 俺が鶴原さんに聞くと、鶴原さんが驚いたような表情をする。


「西園寺彼方は五大財閥の一つ、西園寺家の一人むす――」


「彰人さん!私も朝食をご一緒してもよろしいでしょうか?」


「え、ああ、いいよ」


 鶴原さんの説明、最後まで聞けなかったな。

 にしても、五大財閥なんてあるんだ。一つも知らないんだが。

 彼方は凄いところの息子なんだな。


「ん」


 隣から服の袖を引っ張られる。鶴原さんだ。


「あ、ごめん。鶴原さんに聞かなきゃだったね。彼方も一緒だけど、いいかな?」


「天音って呼んで」


「え?」


「天音」


「あ、うん、天音」


「これからは天音って呼ぶこと」


 つるは……天音は満足げな表情で頷いた。


 何事?

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