第21話

 全身を洗い終えた俺は湯船に浸かった。

 彼方はまだシャワーの音を鳴らしている。


「ふう……天音大丈夫かな」


 俺は今同じように湯船に浸かっているであろう天音に想いを馳せていた。

 まあ、実里さんもいるし大丈夫だろう。


「お、お隣よろしいでしょうか?」


 体を洗い終えたらしい彼方が湯船に片足を入れる。


「いいよ」


 俺が許可すると彼方が俺の隣で腰下ろす。


「はぁぁ」


 彼方が深いため息を吐く。


「疲れたな」


「そうですね。お風呂のことを完全に忘れていました」


 彼方が笑いながら口にする。


「明日は大丈夫かな」


「なんとかなりますよ。というより、入浴は明日で最後なのですからどうにかしましょう」


「そうだな」


 林間学校は二泊三日。明日を乗り切ることさえできれば、あとは楽だ。

 まあ、今回でこの先の学校生活が不安になったけど。修学旅行とかどうしようか?


「明日の野外炊飯楽しみです」


「そうだな。ところで、彼方は料理できるのか?」


「いえ。生まれて一度もしたことがないです」


 おお、予想通り。


「流石、四大財閥の息子だな」、


 明日作るのは、カレー。だから、料理経験のない彼方でも十分楽しめるだろう。


「結構大変なんですよ?皆さんから敬遠されて、あまり友達できませんから」


 へえ。やっぱり、彼方にも彼方にしか分からない悩みとかあるんだな。


「でも、今はいるだろ?俺とか」


「そう……ですね」


 少し歯切れの悪い返事をする彼方。


「え、友達と思っていたの俺だけ?」


「い、いえ!お友達ですよ!ただ、直接言われるまで確信が持てなくて」


 まあ、どこからが友達で、どこからが友達じゃないのかとか人それぞれだからな。


「て、のぼせてきた。俺はもう上がるよ」


「私はあと少しだけ入りますので、お先にどうぞ」



◇◆◇◆◇◆



「もう、心配したんだからね、二人とも」


 部屋に戻ると実里さんが腰に手を当てて怒っていた。


「ごめん」


「すみませんでした」


 俺と彼方は実里さんの正面で正座をして頭を下げる。


「あきちゃんがお腹が痛かったらしいからあまり言わないけど心配したんだからね」


 俺と彼方はもう一度謝った。

 それと同時に安堵した。


 実里さんには申し訳ないけど、作戦通りだ。


 俺と彼方が立てた作戦はこうだった。

 まず、俺がお腹が痛くてずっとトイレに籠っていた。彼方は俺を待っていてくれた。

 そして、その後に浴場に向かった。

 二人と再開できなかったのは、どこかですれ違ったからだということに。


「ま、もういっか。じゃあ、恋ばな始めよっか」


 実里さんは一転して明るく布団の上に寝転んだ。

 俺と彼方もそれに倣う。


「天音、寝ないのか?」


 俺は、自分の布団に座ったままこちらを見つめる天音に声をかけた。

 天音はいつもの眠そうな瞳ではなく、少しだけ鋭いものになっていた。


「寝る」


 天音は当然のように俺の布団に入ってきた。

 彼方と実里さんが驚いたように目を丸くする。


「あ、気にしないで。恋ばなしよ?」

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