第30話 ユンの忘れ方

 毎朝ウソクと私は、マンションのエントランスで待ち合わせをした。

時間割りの3分の2が一緒で、ランチも大学の中で一緒に食べた。


 明るくお話し上手なウソクと一緒に居ると、私も沢山話しをしてしまう。

小学校や中学校での、好きだった人の話しはしたけど、ユンの話しはしなかった。


 ウソクは高校時代に2人の女の子と付き合った事があるそうだ。

だけど、いわゆる〝そうゆう事〟は無かったらしい。

それでも、私には恋愛上級者に見えた。


 お父さんは学校の先生で、お母さんは保母さんと聞くと(なるほど納得)と思う所が沢山あった。

とにかく優しくて、しっかりしている。

1番驚いたのは入学式よりも前に、カフェのアルバイトを決めていた事。


「お小遣いくらい自分で稼がないとね。親にねだるのも嫌だしお金があれば、自分のやりたい事がすぐに出来るでしょ?」


「確かにそうだよね…。私も早く探さなきゃ。」


「早くしないと良いバイトから無くなっちゃうよ。」


 そう言われて早急に探した。

映画に囲まれたくて大手チェーンのレンタルDVDのお店に決めた。

面接をしてもらったら、映画学科で映画好きということもあり


「本当なら後日連絡するんだけど、いいよ。採用するよ。決定ね。」


 と、即採用してもらった。

好きな映画に囲まれて、オマケに自由に使えるお金が手に入ると考えると、嬉しくてたまらなかった。



 私が通う大学は映画業界や放送媒体や役者など、華やかな世界を夢見る人が集まるだけあって、個性的でカッコよくて美しい人達が沢山いた。

生徒を見るだけでも刺激的だった。


 ウソクは男女を問わず誰にもフレンドリーで、沢山の人に話しかけていた。

その中で、私も仲良くなれた人が2人いて

一緒に行動するようになった。


 「ふふふっ」と笑う姿が小動物みたいに可愛くて、天使の様な男の子の〝パク・ハミン〟

ハーフでお顔がとっても綺麗で、お姉様キャラの女の子の〝キム・ハナ〟

とんでも無く綺麗な顔に見惚れていたら、笑われてしまって仲良くなった。


「アミィ。メイク下手ね。教えてあげるわ。」


「お姉様ぁ。お願いしますぅ〜!」


 私は、彼女のお姉様キャラに乗るのが大好き。

本当にメイクも上手くて、お陰で上達した。



 5月のある日。



「サークルってどうするの?」


 と、ランチ中にハミンが聞いた。


「う〜ん。僕はアミちゃんと同じとこに入りたいな。」


「どうして?自分で決めなさい?」


「一緒だときっと楽しいもん。」


「アミは?」


「私は、イ・ヒョヌ先生の映像制作のサークルが気になってる。」


「え?厳しくて誰も続かないって有名な、あの?」


 ハミンが目をパチクリして驚いた。


「やっぱり元映画監督って所が気になるんだもん。せっかくなら今のうちに色々勉強したいんだよね。」


「アミちゃん!えらい!」


「イ・ヒョヌ先生、あれからアミにハマってるものねー。アミなら続くかもしれないわよね。」


「ハマってるって…」



――――――――――――――――

 4月、イ・ヒョヌ教授の最初の講義のあと

居ても立っても居られず、教授に声をかけた。

いつもの衝動ってやつ。


「先生!」


 声をかけると、黙ってゆっくりと振り向いた。

垢抜けた渋い大人の男性の雰囲気で、華やかな世界に居たという片鱗が見える。

60代後半であるにもかかわらず、情熱に満ちてイキイキしている。

映画監督に早くに見切りをつけて教授になった異色の先生だった。



「あ、あの、先生の映画、観た事があります。」


「ほぅ。作品数が少ないし遥か昔の事だというのに、珍しいな。ちなみに何を観た?」


「あ、はい。『震撼』を観ました。」


「君の見解はいかがなものかな?」


「はい。自然災害の脅威を描きながら本当の恐ろしさは人間にあると…人間の怖さを感じる作品でした。初めて人間を怖いと思いました。」


「う〜ん。そうか。君、名前はなんと言う?」


「キム・アミです!」


「キム・アミ。覚えておこう。」



 それ以来


「キム・アミ!これは読んだ事はあるか?」


 と、映画関連の本や写真集などを貸してくれたり、


「キム・アミ!おすすめの映画を思い出したよ。借りて観てみなさい。」


と、映画の情報を教えてくれたりする様になっていた。




「わたし、やっぱり、ヒョヌ先生のサークルにする。他のは遊んでばっかなんだもん。」




――――――――――――――――

 結局、4人ともヒョヌ教授のサークルに入った。

サークルの部屋は、教授の趣味の塊のような部屋で、色んな物が散乱していた。

散乱の具合で、サークル活動の無さが伺えた。

私には散乱している全ての物が、映画好きが集めそうな物ばかりで、宝の山を探し当てたような気分だった。



「先生、これ、触っても良かったら整理して良いですか?」


「あぁ、好きに触りなさい。動かしても構わんよ。」


 私は少しずつ見て触りながら、ゆっくり片付ける事にした。


 この大学でのヒョヌ教授の地位はとても高く、教授が申請すれば簡単に予算も下りるし道具も揃うという。

部屋の奥にはその言葉通りの、最先端のスタジオがあった。



 肝心のサークル活動の内容はと言うと…。

泣ける映画、考えさせる映画、恐怖を必要以上に感じさせる映画 etc…

色んな形の映画を見て、撮影方法やカット割りなどを分析して同じ様に撮って作ってみる。

正直、授業よりも為になる内容だった。

映画に対しての本気度が違う。

未来の映画監督、映画制作者を本気で世に送り出したくて、全身全霊でぶつかってくる。

きっと、これがキツくてみんな辞めてしまうのだ。

それはわからないでもないけど、勿体無い。

こんな素晴らしい知識を、無料で授けて貰えるのに。

辞めて行った生徒達が理解出来なかった。


 私にとっては、頭や体を使い没頭出来る事が有り難かった。

充実する事で、ユンを忘れられる気がする。

とにかく早く忘れたい。


 これが、1番の忘れ方だと信じていた。

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