第45話 時を超えて (完)

《ユンside》




 翌日、月曜日。






「はい!ちょっと休憩!」



 キャプテンが全員に一声かけると、

真っ直ぐにニヤニヤと近付いてきた。



「ユン!どうした?(笑)朝からキレッキレだなぁ。別人みたいだけど!?」


「そうですか?(笑)」


「なんその顔!気持ち悪りぃ!なんか取り憑いてんじゃね?」


「な訳ないでしょ。」


「それか頭でも打ったか?見せてみろ。」


 そう言うと頭を掴んできた。


「やー!めて下さいよ!(苦笑)」



7時から9時までの朝練。

10時までにあの喫茶店に行くとなると、何時に出よう。

アミが10時よりも早くに喫茶店を出たら?

9時までには行きたいな…。



「あの、キャプテン。お願いがあるんですけど。」


「へあ?」


あくびをしながら答えた。


「早退させて下さい。」


「理由は?」


「アミ…と、話が出来るかもしれません…」


「早く行け!!!」



「はぁ!はぁ!はぁ!」


シャワーをパスして出て来た。

電車も乗るのに、時間が勿体無い。


 実は、去年の夏の飲み会で酔っ払ってしまって、キャプテンにアミの事を色々話してしまった。

キャプテンと男泣きして以来、兄弟みたいに接してくれている。


「はぁ!はぁ!はぁ!」


 頼む!居てくれ!


・ 

――――――――――――――――

《アミside》


(ふう。お腹いっぱい。)


 ノートPCを立ち上げて、編集をしようか

オンライン講義のアーカイブを見ようかと迷っていると、


「片付けますね。」

と、マスターの奥さんがニコリと笑って、食器を下げてくれた。


「いつもすみません。」


「いいえぇ。いつもありがとねぇ。」


 いつ来ても、優しくて温かい。



(あ、新作DVDのPOP画作ろ。)





―― カランコロンカラン♪



「いらっしゃいませー。お好きな席どうぞ。」


「はぁ、はぁ、はぁ、はあ、はあ」


 お店の入り口に背中を向けていたため

どんな人が入って来たのか分からないが、

勢いよく入ってくるなり、激しく息を切らしているという場違いな様子から

振り向かない方が無難だと思った。



(何か忘れ物でも取りに来たのかな?)


「はあ、はぁ、はあ」


(近付いてる?)


「はぁ、はぁ」


(この席?なんも無かったよ?)


 ここはお店の奥の2人掛けのテーブルで、私の右側は壁にくっついている。

壁側のメニュー表の後ろや、向かいのイスにもコートを置く時に何も無かった。



「はぁ、はぁ、はぁ」



(うえ???)


 息を切らした人が私のすぐ側に立ち、私を見下ろしているのがわかった。

コートから出ている右手が真っ白だった。


 この手…知ってる。


 真っ白な、キレイな手…。

体は無駄な物が何も無く細いのに、手は関節がゴツゴツしていて男らしい。

それでいて、美しい長い指……。


 ドキドキしながらゆっくり顔を上げると、目が合った。



 ユンだった。



 向かいの席に置いてある、私のコートを拾いあげ座ってしまった。


「コ、コート。」


 手を伸ばし、ユンの膝の上からコートを受け取り、自分の椅子の背もたれにかけた。

次の展開を待っていると、


「それ!その水くれ!」


 と、言う。


 一度入れ直してくれた、氷も溶けてしまっている飲みかけのお冷のグラスを指差している。


「ど、どうぞ?」


 そう言うと、グラスを取り一気に飲み干した。

グラスを置くと、まだ足りなそうにカウンターの方に声をかけた。


「すみませんっ。アイスコーヒー下さい。」


「モーニングどうしましょうね?」


「あ、無くて良いです。ありがとうございます。」



「そんな息切らしてどうしたの?急いでるんでしょ?」


「急いで来た。」


「うん?」



「アミに会いに、急いで来たんだ。」



 そうだ、そうだった。

この人は、ほんの少し嬉しくなるような事を時々言ってくれる人だった。



「私がここに居るって誰かに聞いたの?」


「昨日、ウソクってやつ。アイツに聞いたんだ。別れたんだってな。」


「あぁ。あは、あはは…。」


なんそれ?」


「別れる時、ちょっと大変だったから。」


「ふーん。」



「お待たせしました。アイスコーヒーです。」


「ありがとうございます。」


 アイスコーヒーと一緒に、お冷とおしぼりが置かれた。

ユンはおしぼりで素早く手を拭くと


「あ、そうだ、元彼からこれ預かって来たぞ。返してやってくれって。」


 と、言った。

コートのポケットから出て来たのは、黒のUSBだった。


「わ、たしの?何?」


訳が分からなかった。

私が高いお金で買った1TBの USBと全く同じ物だった。


「ごめん。いまちょっと確認していい?」


「うん。」


 すぐさまノートPCに刺して確認した。


 フォルダが6個ある!

バスケ部を撮った全録画データと写真データが無くなっていたが、編集動画は残っていた。


(あぁ!?もしかしてすり替えた?こっちのUSBが私の買った物なんじゃない?わざわざ買ってすり替えたんだ??あいつバカじゃん!)



「あぁ。なんだよ…。良かったぁ…。ホントに良かったぁ!(泣)戻ってきたぁ(泣)」



(は!?どうしよう…)



「ねえ?もしかして…中身見た?」


「見てない。そんな嬉しい物なんだ?」



「うん、これはね、私が生きるために必要な物なの。」



 ユンは笑ってしまいそうになるのを、我慢していた。




「アミ…。あのさ話があるんだ。聞いてくれる?」


「あぁ。ごめんね。」


 即座にノートPCを閉じた。


「ううん。」


 ユンは体制を整えると、真っ直ぐ私を見て口を開いた。



「俺、アミの事、ずっと好きだったよ。」


「うん…。」


「でさ。その…。今でも。 今でも好きだよ。アミはどうかな?」


「私は…。 私も…。好き、だよ?」


「俺と付き合って欲しいんだけど…付き合ってくれる?」



「ひどい…。ひどいなぁ(苦笑)こんなに、待たせるなんてさ。」



 そう口にして、我慢が出来ずに泣いてしまった。



「ごめん。ずっと言えなくてごめんな。」


「ありがとう。言ってくれて。」


「アミ、好きだよ。大好きだよ。」


 ユンも静かに泣いていた。



「ありがとう。嬉しい。」


「場所…変えよう。」


――――――――――――――――

 喫茶店を出て、ふと見回すと前の通りには駅に向かう人や大学に向かう生徒などが、まばらに行き交っていた。


 ユンはこちらに体を向けると、両手で私の顔を掴んだ。


 私の顔を少し上に向けると、体を傾けて優しくキスをした。




「こんな事、出来る人だったの?」


「我慢できなかった(笑)」


「学校は?戻るの?」


「戻らないよ。アミは?」


「私も行かない!(笑)」


 笑いながら手を繋ぎ、駅に向かった。



・ 

――――――――――――――――

 思い出を辿たどる様に、ソウル西校前の公園に来た。


「ここ、昼間でもあんまり人居ないね。」


「広場の逆側だからじゃない?」



 私たちは“いつものベンチ”に半分抱き合う形で座り、人が通らなくなる度にキスをした。




「あのさ、高3の時に付き合ってた子ってさ。あれからすぐに、好きになったの?」


「好きじゃ無いけど付き合ってた。」


「何で?(苦笑)」


「何でだろうね。言っておくけど。アミしか好きになった事ないよ。」


「そんな訳ないでしょ(笑)」


「本当だよ。高1の時に一目惚れしてずっとアミしか好きじゃない。初恋だったし。」


「高1!?一目惚れ?知り合ったのって高2だよね?」


「うん。そうだよ。」


「私の方が先に好きになったと思ってた。」


「シャーペンわざと借りたんだよ。ふで箱持って来てたし。」


「そうだったの?(笑)あ、それで中に手紙??」


「そう(笑)あの時貰った消しゴム、まだ持ってるよ。」


「ホント?」


「うん、ずっと試合のお守りにしてる。」


「可愛いとこあるじゃん。」


「やめろ(笑)あのさ、USBの中にさ名前の無いフォルダがあったじゃん?」


「ちょ、ちょっとー! 見てるんじゃん!!(恥)」


「ふっ(笑)あれって、わざと名前がないんじゃ無くて、思い付かなかったんだろう?(笑)」


 私は図星をつかれて声も出ないほど笑ってしまい、ユンは至近距離で微笑みながらその様子を見ていた。



「はぁ。はぁ。くくくっ(笑)はぁ苦しい。ねぇ!? 何でわかったの?(笑)」


「やっぱりな(笑)」


 そう言うと、私を強く抱きしめて言った。



「あぁ…、可愛いなぁ。何でこんな、可愛いんだよ…。」



「ねぇ?」


 力を緩めて私を見た。


「ずっと聞きたかったんだけど、あの渡り廊下に誰か違う人連れて行ったりした?」


「しないよ。あそこは俺たちの場所だから。」


「良かったぁ、私ね、あの時ユンくんを好きになったんだよ。」


「そうだ!行ってみるか。渡り廊下。」


――――――――――――――――

 学校は静まり返り、まるで機能していないかの様だった。

しかし、教員達の車や生徒たちの自転車は、沢山停まっている。


「静か過ぎない?大丈夫かな?」


「とりあえず職員室に行こう。」



―― トントントン


 ユンは職員室のドアをノックしたあとゆっくりと開けた。

中に顔を突っ込み声を掛けた。


「あのう。すみません。僕たちここの卒業生なんですけど…」


「お?あれ?もしかして、ソン・ユンか?」


(ん?知ってる先生?)


「ご無沙汰してます(笑)キム・アミも居ますよ。」


「え!キム・アミ?」


 パタパタと足音が聞こえる。


 扉から顔を出したのは

2年の時の担任、イム・ナムシン先生だった。


「なんだ、お前たちまだ仲良いんだな。」


「ま、まあ、そうですね。」


「どうしたんだ?」


「いやぁ、ちょっと懐かしくなっちゃって。あのぅ、B棟の渡り廊下に行かせて貰えませんか?」


「あぁ、あそこは教室もないし、今テストが始まった所だから少しなら良いよ。」


「テスト?」


「うん、忘れたか?今、期末テスト中。」


 あぁ!それで!

ユンと私は顔を見合わせた。



 テスト中の生徒に気を付けながら、小さな声で渡り廊下に向かった。




―― 私たちの原点の場所へ




「全然変わってないね。あ、学校なんだから当たり前か(笑)」


 私のくだらない話を、ただ笑って聞いてくれるユンが目の前に居る。




 私たちは渡り廊下の窓の前に立った。




 一瞬にして、あの日に戻る。

制服を着て、恋が始まったばかりの2人。




「いい?開けるよ?」


「うんっ」



―――― ビュ〜〜〜!!!



「さっっみ!」

「きゃー!さむい!さむい!」



 急いで窓を閉めて、声が出ない様に大笑いした。


「2月はダメだって!(笑)」

「行こうって言ったのそっちだから(笑)」

「びっくりしたぁ(笑)」






 どうして神様は、私たちにこんな試練を与えたのかな。



 あの頃の私は、ユンとただ笑い合える事が、嬉しくて幸せだった。

2人でいる事が、当たり前だった。

ユンが私の、全てだった…。



 過去形だった私の想いが、現在形に戻って行く。





 渡り廊下に置いて来た2人の想い。



 お待たせ。迎えに来たよ。





—— やり直すんじゃ無くて一から始めよう。




「はぁ。おもしれっ(笑)」


「春が、あの位の時が、一番良い時期だったんだね(笑)」


「なぁ、アミ。」


「ん?」






「愛してるよ。」







―― あなたと






「私も、愛してるっ(笑)」







―― 時を超えて






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時を超えて (完) とっく @tokku76

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