第32話 青天の霹靂

 11月の下旬にもなると木々の色が変わり、セットの様な構内も景色が変わった。

サークルでは今、6本目の動画撮影を行なっている。


 全学科共通のゼミががいくつかあり、そこで知り合った俳優科の生徒に来て貰っている。

ボランティアだが、演技の練習に役立つと俳優科の方から「出させて!」と言って、来てくれる。

出演者の予約表を作り、順番待ちをしてもらうまでに有名なサークルになった。

部員数の方は増えないままだが…。


 色付く秋の景色と悲しい恋愛が、いかに相性が良いのか。

検証する撮影を行なっているとき、

ふと視線が気になった。


 真っ直ぐ無表情な顔で、こちらを見ている女の子が居る。

少し、ギョッとしてしまった。

撮影中のギャラリーは付き物だが、明らかに異様だった。

真っ直ぐと、ただ真っ直ぐと見ている。

目が合っている様な気がした。



 翌日


「アミちゃん今日も可愛いなぁ。」


「毎日ありがとうございます(笑)」


 ウソクと講義室で話をしていると、また視線が気になる。

気になる方を見ると、ギャラリーの中に居たあの女の子がまた真っ直ぐと私を見ていた。

今日は距離が近いため分かりやすかった。


 目が合っている。


(え。何だろ?何で目が合うの?)



 お昼休みの食堂で、いつもの4人楽しくしていた。

ふと、背筋が冷える。


(え?まさかね。気のせいでしょ。)


 気になる方を見た。

またあの女の子だった。


(なんで?なんでジロジロと見るの?失礼でしょ!)


 女の子の行動が理解出来ずイライラした。


(私の何が気になるわけ??)


 大学から帰宅するときに出くわして、やっぱり目が合いムカついた。


 ジロジロと見られると腹が立つ。

理解が出来ない。


 翌日も、その翌日も出くわすと必ず目が合う。

合うのでは無い。

見られている。


 最初はムカついていたが、4日も続くと怖くなった。

5日目に

私が彼女に知らず知らずのうちに、何か悪いことをしてしまって、その事を怒っているのかもしれない。

という考えに辿り着いた。


(もしかしたら、ウソクくんが好きなのかな?)


 6日が経ってもやはり私を見ている。

そろそろ理由が知りたくなった。

明らかに見てくる、目が合っても逸らさないその理由が知りたい。



 7日目に、チャンスが訪れた。



「今日、急に休んだ人が居るみたいで早めに来て欲しいって言うから行ってくるよ。」


「わかった。気をつけてね。」


「アミちゃんも気をつけて帰ってね!」


 ウソクがバイトに行ってしまった。

あの女の子が1人で居る!

絶好のチャンスだった。



「あのぅ。ちょっと良いですか?」


 声を掛けると、あれほど強い眼差しを向けていた人とは思えない程に慌てふためき、右往左往とパタパタとしていて笑ってしまった。


「あのう、何年生ですか?」


「1年です…」


「あ、同じ学年だよ!」


「はい。知ってます…」


「え…。そう、なんだ…。」


 頭の中で色々考えたが何も出てこない。



「あのう。私、何かしちゃったのかなぁ?もし、知らない間に悪い事しちゃってたら謝らなきゃいけないから教えてくれる?」


「いや。あの!ごめんなさい!」


 深々と頭を下げた。


「違うの!アミさんは何もしてないよ!」


「名前も…知ってるの??」


「知ってる…。いま、私、ソンくんと付き合ってるの。」


「ソン…くん?」


 鼓動が早くなる。




「うん。ソン・ユンくんだよ。」




 目の前のこの子は、何を言っているのだろう。

何が目的で私にそれを伝えるのか。

いや、私から声を掛けたのだ。

私が引きずっていた事を怒ってる?

この子が知るはずなんてない…。

あ、何か誤解している?


 一瞬に色々と考えたが

私を見ていた理由に辿り着かない。



「私、ソンくんとは何も無いよ?連絡だって、取って無いんだけど…」


「うん。知ってる!アミさんは悪く無いの!」


「じゃあ、どうして…」


「あのね…。ユンくんに言われたの…お部屋に遊びに行った時に…『ずっと好きだった子が、今までで1番好きだった子が、ユナと同じ大学に居るんだよ。』って。」


「それで、誰なの!って怒って責めちゃって。『今ユナが好きなんだから良いだろ?』って。でも納得出来なくて何回も聞いて、やっと教えてくれたの『キム・アミって子。』って。で、知らないって言ったら『じゃ、忘れて。』って。忘れられるわけないから、ユンくんがトイレに行ってる間に、イケナイって分かっていたけど卒業アルバム見たんだ。」


「…………。」


「それで、顔を知ってね。撮影しているアミさんを見つけて…ユンくんが好きだった人がどんな人か知りたくて、それで、それでね、ずっと見てたの。ごめんなさい。」


 また、深々と頭を下げた。



 体の力が抜けて行く。

喜び、切なさ、悲しみ、怒り。

今の自分の感情に当てはまる物が何もない。

ただ私の心が、


 浄化され成仏した。



「私が何かしちゃったのかと思ったからさ…。そうじゃ無くて良かったよ。」


「アミさん…。じゃあ、許してくれる?」


「何も悪い事してないよ?」


「ありがとう。 私、ユンくんにアルバム見た事言えない。だから、アミさんの事も伝えられない。ごめんなさい。」


「怒られちゃうから言うのやめとこう。2人の秘密にしておこうね?」


「アミさん…ありがとう。アミさんが良い人で良かった。ユンくんがどうして好きだったのか分かる気がする。」


「ありがとう。ユナちゃんって言うんだね?(笑)ユナちゃんも良い子で良かった。私で良かったら仲良くしてね。」


「良いの?ありがとう…。」


――――――――――――――――

 ユナと別れて1人で繁華街に向かった。

真っ直ぐ家に、帰る気分では無かった。


 ユンは間違いなく、私が好きだった。

心底嬉しかった。

それも嬉しかったけど、

今私が、どこに居るかを知ってくれていた。

ひっそりと受験をしたのに、通っている大学を知っていてくれた!

その事が1番嬉しかった。


(ユンくんのお部屋に行ってんだ…。)


 ユンの部屋に出入りし、私には言ってくれなかった「好き」の言葉を言って貰っている事を考えると、心がチクチクと痛んだ。

だけど、なぜか清々しい気分だった。


 街を歩きながら考えた。



―― 彼に、会いに行こう。


 ある決心を胸に、彼に会いに行く事にした。

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