第一話・・・夏野菜のカレー

 俺が扉を開けた瞬間俺を包むように首に手を回され耳元で可愛らしい声が囁かれる。


「おかえり! おにーちゃん!」

「お帰りなさい、りょうちゃん」


 その可愛らしさ声の正体は俺の義妹、九十三つくみ まいだった。さらにその可愛らしい声に続いて優しさに満ちた声がほんの少し遠くから聞こえてきた。

 その声の正体は舞の姉でもあり、俺の義姉でもある九十三つくみ 亜衣あいだった。

 そして亜衣に関しては俺や舞、亜衣の両親が家庭の事情というものにより今は家を空けており、俺ら義兄姉妹の中でも1番の年上である亜衣が家事全般をしてからている。

 俺と舞からしたら今は亜衣が母親のような存在になっていた。


「あぁ、ただいま。亜衣さんもただいま」

「別に亜衣で良いって、歳の差も2歳ぐらいしか変わらないんだし」

「そうだけど、まだ慣れないんですよ」

「おにーちゃん、わたしは?」

「舞はもう慣れたよ? 舞は積極的に接してくるからね」


 俺はこの二人と両親にしか心を許していないため外では何かと近づかないような雰囲気を漂わせている、のだが、茶立場に関しては何故か俺に近づいてきてしまう。

 まあ、それはさておき、俺が心を許した相手には外のような厳しい言葉ではなく甘い口調で喋る。

 だが、俺らは知り合ってからまだ数ヶ月しか経っていないため、積極的に接してくれた舞にはもうタメ口で話せるのだが亜衣さんに関してはまだ他人という概念が俺の心に残っており、所々敬語が混じってしまう。

 それを俺もなんとかしようとするのだが何かとうまくいかないともので、俺はもう時間の経過で慣れていくしかないという結論に至り、結局放置してしまっていた。


「あ、それで亜衣さん、今日の夕飯はなんですか?」

「今日はカレーだよ。夏野菜を使ったカレー」

「そうですか、楽しみです」

「カレー! 舞も手伝ったの!」

「そうかぁ、兄ちゃん楽しみだなぁ」

「えへへ」


(あぁ、舞はかわええのぉ、茶立場もこんな感じになれば良いのにな)


 舞は現在小学1年生でありそれゆえあまり人に対して可愛いと感じない俺でも流石に可愛いと思う。そして今ふと茶立場がこんなにも可愛くなってくれれば今よりも少しだけ俺も丸くなるのにと思い、そんな茶立場を想像するが、何故か少し気持ち悪いと感じでしまい、その想像を振り払う。

 そして俺に抱きついていた舞の頭を撫でながら俺の体から離すと、次は腕に抱きついてくる。

 そんな舞を見てから亜衣さんへ視線を飛ばすと亜衣さんは俺らを優しい目線で見ると、そそくさとリビングへ繋がる扉を開けてリビングに入って行ってしまった。

 その光景によく分からないが何かを感じ取った俺は舞と共にリビングへ向かう。

 リビングへと続く扉に近づけば近づくほどカレー独特の匂いが漂ってくる。

 やがてリビングと廊下を隔てる一枚の扉を開けると、ブオっとカレーの匂いが俺の鼻を刺激し、高揚感を高める。


「匂いだけで分かります。美味しいって」

「そうりゃあそうでしょう、なんせ私と舞の合作なんだから」

「そうだよー! わたしとおねーちゃんがつくったからおいしいのー!」

「そんなに美味しいのか、じゃあ早く食べないとな」


 亜依さんの言葉に舞も反応する。舞の言葉に俺は甘やかすような口調と優しい声色で言葉を返す。

 すると俺は亜依さんに視線を送り一つ尋ねる。


「お風呂が先か、ご飯が先か、どっちがいいですか?」

「う~ん、もうそろそろご飯が炊き終わるから私はご飯を先にしたいなぁ」

「分かりました、ご飯を先にしましょう。さぁ舞ー?どうする?兄ちゃんの隣か亜依さんの隣、どっちがいい?」

「うーーーん......おにーちゃんとおねーちゃんのまんなか!」

 すると舞は俺の椅子の隣に舞と亜依さんの椅子を引きずりながら持ってくる。そして俺の隣の用意した椅子に舞が座ると亜依さんを招き猫の手のような動きで誘う。

 そんな舞を見た亜依さんは微笑みながらカレーの入った鍋と白色のさらによそった白米を机に下ろすと舞の隣に用意された俺とは反対の椅子に座る。

 そして俺が俺用の椅子に座るために高校のカバンを地面に置くと同時にメールの着信音である電子音が鳴る。

 俺は誰からのメールなのか確認するためにケータイを開くと、そこには、茶立場と書かれたメッセージカードが表示されていた。

 茶立場から送られてきたメールの内容を確認するためにメールアプリを起動させ、茶立場とのメール画面を開く。すると、そこには......

『そういうのが好きなんですね......私は、別にいいと思いますよ、ロリコンせんぱい』

「はっ!? なんでそーー! ......ってか、どっかからか見てんのか!?」

「いきなりどうしたの?」

「あ、いや、なんでもないです。学校の後輩からのメールでした」


 茶立場から送られてきた文面を脳内再生させ、その言葉の意味などを理解する。

 俺はその言葉を理解した瞬間、咄嗟に聞こえてないだろう返事を飛ばす。

 案の定俺の返事は聞こえてなかったらしく、それ以降メールは来なくなった。

 急な出来事に亜衣さんが質問をしてきたが、後輩というワードを使い追求されるのを防ぐ。

 そして右手に持っていたケータイを高校の鞄に投げ入れ、自分の席へ座る。


「そ、それじゃ、いただきます」

「「いただきます」」


 俺が手を合わせて食べ始めの挨拶をするとそれに続いて二人が若干ハモリながら挨拶をする。


「…………美味すぎないか?」

「えへへ、でしょお、舞はカレーのるー? を入れたの!」


「そうかそうか、すっごく美味しいなあ……亜衣さんもこんな美味しい食事を毎日ありがとうございます」


「いやいや私がしたいからやってるだけだし、りょうちゃんは学校で大変なんだから」


 本当にこの人はすごいと心の底から思える。

 亜衣さんだって大学の勉強だったりで忙しいはずなのに俺たち義兄妹の世話全般を率先して嫌な顔せずしてくれる。

 だからこそすごいと思えるし、尊敬することができる。

(前の母親はここまでしてくれなかったなあ……)

 俺の元母親に当たる人物との生活の記憶が浮かび上がって来たが、なんとか打ち消す。


 そして俺は舞と亜衣さんが作ってくれたこの夏野菜のカレーを美味しく頂くのだった。

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